誰も見たことがない恐竜という生物をアニメ作品で表現する難度は言うまでもなく高い。CGによる恐竜を担当したMORIEは、監督の意向であったリアル寄りのルックを模索し、これまで恐竜のドキュメンタリー作品で培ってきた生物学的に正しい動きとは異なるアニメ的な演出を加えた新しい恐竜のアニメーションを見事に実現している。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 260(2020年4月号)からの転載となります。

TEXT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)
PHOTO_森江康太 / Kohta Morie(MORIE)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

  • 『映画ドラえもん のび太の新恐竜』
    8月7日(金)より全国ロードショー
    原作:藤子・F・不二雄
    監督:今井一暁、脚本:川村元気
    CGアニメーションスーパーバイザー:森江康太
    制作:藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ動画・ADKエモーションズ・ShoPro
    配給:東宝
    doraeiga.com/2020
    © 藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020

シリーズ屈指の人気テーマを3DCGの利点を活かして描き出す

ドラえもん50周年、劇場公開40周年とドラえもんイヤーとも言える2020年。その記念すべき年に公開される本作は、映画ドラえもん第1作および2006年作と同じく恐竜をテーマにしたものだ。作画で描かれる人物との芝居に絡む恐竜以外は3DCGによるもので、それらを手がけたのは本作でCGアニメーションスーパーバイザーとしてクレジットされている森江康太氏率いるMORIEだ。CGの恐竜を相当数出したいという相談を受けたのが2018年秋頃で、「恐竜のアニメーションに習熟し、アニメ作品も継続的に手がけているMORIEだからこそ最高のものを提供できると考えました」と森江氏は自信をのぞかせる。CGによる恐竜は、分類的には"モブ恐竜"という扱いだが、背景的に小さく映るのみならず、カットの主体となるような場面も多々あったようだ。

左から、コンポジター・柴野剛宏氏、CGキャラクターモデラー・木寺 桂氏、テクニカルアーティスト・高畠和哉氏、CGアニメーター・菅原愁也氏、丹原 亮氏、CGキャラクターモデラー・冨田直人氏、テクニカルアーティスト・伊藤浩之氏、リギングアーティスト・田島誠人氏、白井麻理江氏、CGキャラクターモデラー・的場一樹氏、CGアニメーター・東 孝太郎氏、プロダクションマネージャー・大野陽祐氏、CGアニメーター・小川光悦氏、右上丸枠:CGアニメーションスーパーバイザー・森江康太氏(以上、MORIE)

本作の制作にあたり、まずは前作の『映画ドラえもん のび太の月面探査記』において、恒例となっているエンドロール後のおまけ予告映像に着手。アニメーションに関しては、リアルな大型生物の動きにアニメ的な演出を付与して対応したものの、難航したのはルックだった。まずは「ライン」「カラー」「シャドウ」からなる一般的なアニメCGのルックで様子を窺ったところ、今井一暁監督から「恐竜図鑑の挿絵のような細かさ、セルとは異なる"美術が動いているような質感"を」と求められ、何段階かの変遷を経て完成に至ったという。

CGアニメーションスーパーバイザーとしての関わり方について、森江氏は次のようにふり返る。「自身でも監督をすることもあって、本作では監督がディレクションしやすい立ちふるまいを心がけました。監督の『こういう画がほしい』という抽象度の高いオーダーを咀嚼し、CG実務にフィードバックして画に落とし込む。演出要望や動き、ルックに関してはテクニカルな面まで網羅的に対応する必要がありましたが、上手くいったと思います」(森江氏)。

<1>独特の見映えを徹底追求したルックデヴ

前作のおまけ映像から始まったリアル寄りのルック開発

アセット制作でまず取りかかったのは、前述の通り前作のおまけ映像に向けてのルック開発だ。「恐竜を題材にした映画ドラえもんは過去に2作ありましたが、それらとは異なるリアルさを求められました。誰も具体的には答えがわからない状態でしたが、アニメ調すぎず......とはいえアニメ調なんだろうなと考えて進めたところ、今井監督からは『もっともっとリアルに』といったチェックバックをいただきました」(木寺 桂氏)。このおまけ映像用ルックには約2ヶ月ほど取り組んだが、本編で登場する恐竜は25種。チェックバックをくり返しながらひとつひとつ仕上げていくのでは間に合わないため、まずはタルボサウルスでルックを詰めてそこから他の種類へ広げていくことになった。「おまけ映像の画をPSDにしてシンエイ動画様に渡してレタッチしていただき、目指しているルックに近づけてもらいました。その戻しをレイヤーごとに要素として分解し、パスやテクスチャを用意してCGで再現しています」(木寺氏)。これによりハイライトやシャドウの中のハッチング、鱗の質感などが加わって見た目が大きく変化。これを反映してアニメーション~コンポジットを行なって提出したチェックは好評の下で通過したという。アニメに出てくる恐竜としては画期的なほどにディテール感のある仕上がりだが、造形面では実際の恐竜より目や牙、頭部が大きくなっているなどアニメ的なデフォルメも施されている。

序盤に登場する数体が完成した8月頃からアニメーション工程もスタートし、その後はアセット制作とショットワークが並行して進んだ。ルックを含むアセット制作は1種を除き木寺氏が担当し、10月頃まで行われた。アニメー ションの物量も多いため、可能な限り使い回しが利くよう、関節の位置が似ている恐竜ではリグも共通化させている。翼竜風の4種や、トゥオジャンゴサウルスとオロロティタンでは同じ、といった確認と調整をリガーの田島誠人氏と共に行い、なるべくコストカットにつなげている。「どこまで効率を優先し、どこまでデザイン的に譲れないかのせめぎ合いもありました。同じ骨格でいけると判断したものでも、コンテで演出を確認した結果、よりしっかり演技をさせたいとわがままを言って別骨格にしてもらった例もあります」(木寺氏)。

「図鑑の挿絵」のようなルックを実現



  • 2006年映画を参考に、いわゆるセルアニメ調で制作したファーストルック。これをブラッシュアップしたセカンドルックは「おまけ映像」で使用された



  • 指標となるルックを目指し、CG側で再現した最終ルック

セカンドルックをシンエイ動画がレタッチしたもの。直接光や間接光、タッチが描き込まれている。CG側ではPSDファイルの各レイヤーを確認し、レンダリング素材やコンポジットに反映していった

AOVs。各段右から左の順に、[1段目]Diffuse、beauty、multimatte(マスク用)、line(Pencil+ 4)。[2段目]Fresnel、鱗テクスチャ、normal、AO。[3段目]描き影、rampshadow、multimatte(マスク用)、finallook。[4段目]筆テクスチャ(大)、筆テクスチャ(小)、Specular、shadow。lineについては、映っているのが遠景で線自体にそれほどディテール感がいらないカットではVray Lineに切り替えるなどしている。また、マスク用multimatteはカットの内容に合わせて必要な部位を出力するなど増減があった

図鑑風仕上げのためにハイモデルをスカルプト

図鑑の挿絵のような仕上げを実現するために、ハイモデルをスカルプト。コンポジットで重ねるために、鱗などのディテールをつくり込んでいる。登場するCG恐竜25体のうち24体でハイモデルが制作された

撮影後の完成カット

XGenによる毛の表現

本作で登場する羽毛恐竜は4種類。毛はXGenで表現されている。「図鑑の絵が動くというオーダーなので、テクスチャで描くのではなく3DCGで立体的に表現する必要があると思いました。リアルになりすぎないよう太めに設定し【画像】、キャラクタライズされた感じを出しています」(高畠和哉氏)

毛の法線が1本1本出ている(右)とリアルでノイジーになってしまい、コンポジットで使い勝手が悪いため、毛が生えている面から法線を転送して均している(左)

完成形。ヴェロキラプトルは荒々しい印象、オビラプトルは優しい印象と、種類ごとに毛の調子を変えている。社内で何テイクかの調整後、チェックではほぼ一発OKと好評を博したという

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<2>アニメーション~コンポジットにおける創意工夫

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<2>アニメーション~コンポジットにおける創意工夫

劇場作品に対応するためにショットワークのフローを刷新

映画は内部的にはA~Dの4パートに分かれ、MORIEはBパート以降の約140カットを担当。体数の少ないカットやあまり動きのないカットもある一方、終盤は数十体を数えるカットも多く、中には200体を超えることもあった。アニメーションは小川光悦氏・菅原愁也氏を主軸に、丹原 亮氏・東 孝太郎氏の計4名で担当。これまではいわゆる科学番組に登場する恐竜を手がけることが多く、キャラクター的な擬人化を避けつつ、実際に動物として存在していたらどうかという点を考察した上でアニメーション作業が進められていた。「本作では、そのようなアプローチでは生々しくなってしまい馴染みません。とはいえ擬人化的な芝居の方向性とも異なり、まずはそのあたりのバランスを探っていきました」(小川氏)。作業開始時点でOKが出ていたのは、先行して森江氏が仕上げていたおまけ映像用のアニメーションであり、これが唯一の正解への手がかりとなった。「アニメらしい演出が多く、現実味もありつつ演技性を重視して作業を進めました。足の裏が見えるほど大げさにアクションしたりと、無駄な動きをしない野生動物とは異なるニュアンスを大事にしながら進めました」(菅原氏)。

アニメーション後はレンダリング、コンポジットを経て納品される(納品後はシンエイ動画内で作画・エフェクトなどを含む撮影が行われ完成となる)。レンダリング設定やコンポジットは、ひとつひとつは難しくないものの手順が多く、恐竜の種類が多いカットなどは素材数が膨大になる。「これまでは、レンダリング設定を済ませたシーンにアニメーションシーンをリファレンスで引っ張ってくるフローで、問題が起きたら都度対応していました。1名で対応する予定だったため、ルックを構築しながら『これを映画1本分行うのは現実的ではない』という結論に至りました」(木寺氏)。そこで、CGディレクター・柴野剛宏氏と共に現行フローの改善に着手。大量のカットをミスなく捌くため、Shotgunの導入や、アニメーションシーンを引き継がずAlembicで出力した上でレンダリングシーンを構築するフローに変更。マテリアルの割り当てやXGenの読み込みなどの設定類をツール化し、可能な限りミスを減らしている。その結果として、「無添加無農薬のシーンをレンダリングに回しているためトラブルも減り、効率的にレンダリングを消化できるフローになりました」と木寺氏は語る。

演出を汲み取り3DCGのフィールドで膨らませる

ティタノサウルスの群を縫うように飛行する、小川氏お気に入りのカット。「ダイナミックな演出ですが、先方からの作画指示では背景は2Dパンで処理しているなど対応に悩んでいる様子でした。そこで提案型で空は3Dの天球に切り替え、構図などもよりダイナミックにしています」(小川氏)

作画指示の一例と、それに合わせてレイアウトをとった様子

3Dのダイナミックさがより活きるよう調整

完成。このように、作画指示に囚われず恐竜が「よりカッコよく」「より美しく」見えることを優先して作業が進められた

演出に合わせて周囲との干渉まで表現する

鉄格子越しに威嚇するヴェロキラプトル

作画レイアウト

Mayaでの作業画面。美術に合わせて鉄格子の仮モデルを用意している。羽毛恐竜は周囲のものとの干渉を意識する必要があり、通常はレンダリング時のみ用いるXGenを設定したメッシュも読み込んでプレビューを行うことも

このカットの演技を詰めるために菅原氏が撮影したリファレンス動画。クローゼットの隙間にペットボトルをねじ込んでいる。「人間大の恐竜が隙間から噛みつこうとしている、というちょうどいいリファレンスはそう見つからないので、できるだけ演出のシチュエーションに近づけて撮っています」(菅原氏)

完成

Alembicを組み込んだ群衆対応リグ

恐竜が一度に大量に登場するカットは、通常のアニメーション用リグとは異なるアセットを用意して対応している

あらかじめアニメーションを数パターン作成し、Alembic出力した上で切り替え用コントローラを付与して1アセット化。プテラノドンでは6種ほどのアニメーションを組み込んでいる(図はわかりやすく複数表示したもの)

シーンとしては軽くなるがアニメーションのシークは重たくなるため、20体程度でシーンを分けている。このカットでは3分割された。最も手前にくる数体【右】は通常のリグで個別に演技させている

レンダリング、コンポジットしたもの

フローを見直し安定してレンダリング

これまでは、アニメーション後のシーンファイルをレンダリング設定を済ませたシーンにリファレンスすることで、レンダリング作業を進めていた。「わかりやすい反面、開くのに時間のかかる重たいデータになりがちです。またエラーが発生したら個別対応が必要になりますが、これを映画1本分行うのは現実的ではないと判断しました」(高畠氏)。そこで、アニメーション後はAlembic出力し、レンダリングシーンを都度新規に構築するフローに変更。マテリアルアサインやレンダリング設定、XGen関連はツール化することで、ほぼ流れ作業でファームに投げることが可能となった。Shotgun関連とAlembic出力をテクニカルアーティストの伊藤浩之氏が、シーン構築ツールとコンポジット関連を高畠氏が担当した。「恐竜が200体以上登場するような数カットのみ、Alembic出力が現実的ではなかったため個別対応しています」(高畠氏)

色指定とコンポジット

25種類の恐竜は登場する場面ごとに色指定が行われ、それぞれにAfter Effectsのコンポジションが用意されている。それらの「シーンカラーAEP」は、CG恐竜の登場する25場面に、恐竜ごとに用意され、計93ファイルに及ぶ。これを手動で適切に納品コンポジションに組み込むのはヒューマンエラーのもととなるため、自動的に組み込み・素材置き換えを行うツールが用意された。「各場面や各カットの登場恐竜と対応するシーンカラーなど、諸々の情報はShotgunで管理し、各自動化ツールで活用しています」(伊藤氏)



  • 通常色



  • 室内



  • 通常色



  • 夕暮れ

なお制作終盤、図鑑風の仕上げも維持しつつ、ディテールを減らした仕上がりとブレンドし撮影側で作画との馴染ませ具合を調整できるよう、コンポジション構造の変更があった

ファイナル



  • ディテール減ルック50%



  • ディテール減ルック100%



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.260(2020年4月号)
    第1特集:ハイエンド・ゲームグラフィックス 2020春
    第2特集:CG×ファッション
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年3月10日