11月7日(土)・8日(日)に「CGWORLD 2020 クリエイティブカンファレンス」がオンラインで開催された。東京、仙台、ロンドン、サンフランシスコに拠点を構え、常にハイセンスな映像作品を発信し続けるビジュアルデザインスタジオWOWは、目に見えるもの全てをデザインの対象とし、映像制作からインスタレーション作品、UI、建築、ARなど、既存の枠組みに囚われない活動を続けている。

そんな同社は、CGを使ったモーショングラフィックスを起点にインスタレーション→UI→建築の案件といった順で仕事の幅を広げていったという。その根底には、面白そうなことを見つけたら好奇心をもって深堀りしていく姿勢がある。そうして様々な制作や開発にトライしていった結果、業務は広がっていったそうだ。セッション『WOWが動かす世界』では、同社のこれまでの歩みと目指す未来について紹介されたのでレポートしよう。


TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE



オリジナルワークとクライアントワークの密接な関係

まずは同社がCGの表現を拡張してきた経緯について、登壇した佐伯真一氏がこれまでの実例を基に紹介した。『Passage』(1999年)は同社にとって初となるオリジナル作品で、ポートフォリオのオープニングのために制作されたものだ。当時はまだ仙台にのみ拠点を置き、自身の手で仙台の地下道で撮影した実写素材にCGを合成した。

▲『Passage』(1999)

続いて、初のインタラクティブ作品でありリアルタイムエンジンを使った映像作品『motion texture』(2006)が紹介された。映像がコピーされるのが当たり前の時代で、人の動きや状況が関与することによって映像が変化し続けるインタラクティブな体験のもつ一回性に、同社の進むべき映像表現の可能性が見えたという。「この作品で自信を得ることができました」(佐伯氏)。

▲『motion texture』(2006)

『addLib S』(2010)は、UIから実装まで社内で一貫して開発したiOSアプリだ。グリッドシステムやフラクタル理論、黄金比率などを使ったアルゴリズムで、グラフィックデザインを無限につくり出すオリジナルのアプリとしてリリースされた作品である。オリジナルアプリの開発においては、映像制作会社の範疇を越えた活動ではないだろうか。

▲『addLib S』(2010)

そして、最新の作品ともいえるMVで制作とディレクションを担当した『Slingblade』(2020)。DJ Shadowの退廃的で神秘的なトラックのイメージを基に、デザイナーとディレクターがストーリーとビジュアルを設計し、有機的かつ個性的なビジュアルに仕上げられた。人物を撮影するときにフォグを焚き、まとわりつく煙の情報を実写と共に撮影・記録して、それをCGのオブジェクトやアニメーションに活かして表現するという実験的な作品だ。ちなみに、メインツールはCinema 4D(以下、C4D)とのこと。

▲『Slingblade』(2020)

『BAO BAO ISSEY MIYAKE Shape with a world 』コンセプトムービー(2018)では、BAO BAO ISSEY MIYAKEのブランドコンセプトでもある三角形の形状がつくり出す無限の形状をイメージ。「自然界が様々な形状に変化していく中で、偶然できる形の面白さや驚き、楽しさを表現しています」と佐伯氏。生活のあらゆる場面に対応する有機的な形をいかに表すかにトライしたという。こちらもメインツールはC4Dとのことだ。

▲『BAO BAO ISSEY MIYAKE Shape with a world』コンセプトムービー(2018)

続いて紹介されたのが、体の神経に働きかけ、体の内側から活性化されるニューロサイエンスに着想を得たスキンケアシリーズに向けたインスタレーション作品『EXPERIENCE A NEW ENERGY SHISEIDO』(2017)だ。1階から2階の吹き抜けに、わずか1mmの光ファイバーを使った大型モニュメントを設置。2階には、幅9m✕高さ5mの肌触りの良いストレッチスクリーンを置き、触れたところから光が発散されるイメージのインスタレーションとなっている。さらに、奥には暗い部屋の中に商品が置いてあり、そこで初めて商品と人が出会うというながれだ。3つの世界が続くことでブランドコンセプトを体感できるインスタレーション作品である。

▲『EXPERIENCE A NEW ENERGY SHISEIDO』(2017)

『MIDTOWN LOVES SUMMER 2018』の展示作品の1つとして公開された『光と霧のデジタルアート庭園』(2018)では、東京ミッドタウンの芝生広場に日本の夏の涼をテーマにした20m✕40mの巨大な縁側を制作。その中に霧を充満させ、6,000灯のLEDを点灯して幻想的な世界をつくり上げた。霧の動きやLEDの点滅の変化が、まるで川や海を眺めているかのような心地よさを与えてくれる作品だ。

▲『光と霧のデジタルアート庭園』(2018)TOKYO MIDTOWN

渋谷駅と渋谷ストリームを繫ぐ貫通通路の壁面用映像の企画・演出・制作に携わった『SHIBUYA STREAM』(2018)。この場所はもともとは川や電車があった場所でもあり、「文化=変化してながれるもの」と考え、昔の名残を残しつつ「環境は常に変化していく」ことを表現した空間演出のための映像である。また、同社では今後も空間演出の仕事が増えていくと考えていると佐伯氏は話している。

▲『SHIBUYA STREAM』(2018)

テクノロジーでオーケストラを再構築した『双生する音楽会』(2020)では、「映像の奏者」として参加。オーケストラの演奏会にARを加えて発信した。新型コロナウイルスの影響で人々が集まるイベントの開催が難しい昨今、リアルな演奏会とオンラインでの配信の両立が求められている。これまで、インスタレーション作品を体験する場合は来場するのが当然だったが、今後はオンラインでの配信を通じてAR技術を駆使して音楽や映像を拡張していくことに力を入れているという。この作品はそういった試みの1つとのことだ。

▲『双生する音楽会』(2020)

続いてはオンラインで行われたLINE Business Conference 「LINE DAY 2020 ーTomorrow's New Normalー」の制作に参加した際の作品『LINE DAY』(2020)だ。出演者が会場となった渋谷公会堂から視聴者に向けてオンラインで情報を伝える際、ARならではの演出を加えた事例だ。クレーンカメラを含む4台のカメラ全てにARの演出を載せている。Unityを使って実装し、CGデザイナーとプログラマーが一緒になって案件を進めたという。UIデザイナーを含め複数の職種によるチームで作品を制作するワークフローに変わってきているそうだ。

▲『LINE DAY』(2020)

『WOW AR』(2020)は、今年リリースされた同社オリジナルのiOSのアプリだ。あらゆる環境をアートインスタレーション化して、ARとモーショングラフィックスの可能性を探ることをコンセプトとした作品とのこと。リリース第1弾として「EVERYDAY」、「Betweener」、「Loop of Life」の3つの世界が用意されている。モーショングラフィックスとARを使った実験的オリジナルワークとしてプロジェクトを進めていたが、クライアントワークへ活かすことができたという事例である。新型コロナウイルスの影響で撮影がストップしていた4月末に開発をスタートし、7月末にリリースした。突然発生した空き時間に実験的な作品を制作・リリースできた経験は大きかったという。

▲『WOW AR』(2020)

最後の事例は、オリジナルアプリケーション『Breakfast』(2020)だ。モバイルアプリやUIの先にあるものとして位置付けて開発している「WOW Tools プロジェクト」の一環であるプレゼン用アプリケーションツールである。WOW Tools プロジェクトは、彼らが制作する上で必要とするツールを自らつくるというもので、『Breakfast』はPowerPointやKeynoteのようなスライド型のプレゼンツールではなく、縦に長い巻物のようなプレゼンツールだ。

▲『Breakfast』(2020)

同社のオリジナルワークとクライアントワークを織り交ぜて紹介してきたが、この2つは密接な関係があると佐伯氏は語る。創業当時からオリジナルワークを発表しており、常に新しい表現のための技術やデバイスの実験を試みつつも見たことのないアートワークを追求している同社。それがクライアントの目に止まることで新たな受注へとつながり、そこから新たな技術的実績と利益が生まれる......といった感じで、実験から納品へとつながることをくり返して発展していくループがあるという。こういったループ、つまり会社の体力づくりを重ねることで、新たなオリジナルワークの制作へと続いていくのが同社の特徴と言える。このループを回し続けることでビジュアル表現の領域を広げていったというわけだ。

そのため、クライアントワークと同等程度にオリジナルワークの制作を重要視し、単なるレクリエーションやR&Dではなく、将来への投資として日常業務の中にオリジナル作品を制作する時間を組み込んでいるという。前述した『WOW AR』は新型コロナウイルスにより空きができた業務時間を有効に使って、ビジネスへとつなげた好例だ。「不測の事態にどのように対処するか」は企業の資質ではあるが、こういった前向きな姿勢こそ同社が大きく成長してきた要因かもしれない。現在、6つほどオリジナルプロジェクトが進行中だという。今後ますます、オリジナルワークとクライアントワークの無限ループが続いていくことだろう。

さて、セッションの終わりに同社が抱く今後のビジョンについて3つほど触れたので、それを紹介してレポートを締めくくろうと思う。

ビジョン1:高品質なリアルタイムCGを使いこなす。
最近のソフトは高品質でプリレンダに近い品質になってきて、同社でもデザイナーの多くが触り始めている。レンダリングもインタラクティブもワークフローは今後変わっていくという予測の下、現在研究が進んでいるので実践へ投入していきたい。

ビジョン2:オリジナルツールの開発
社内だけはなくつくり手のみなさんに使っていただきたい。

ビジョン3:サブスクリプション
オリジナルツールをサブスクリプションでリリースしていく。これはビジネス面での新たなチャレンジ。


セッションをふり返って

筆者は、10年近く前に『NEOREAL WONDER』というイベントを見て以来、同社がつくり出すスタイリッシュな中に自然を感じる美しい映像表現に注目をしてきた。今回、体系的に同社の歩みをたどったことにより、同社がここまで大きく成長できた理由を垣間見た気がした。もちろん、映像の訴求力もあるだろうが、それをつくり出すビジュアルデザインスタジオとしての姿勢にこそ成長の要因を感じた。

目指す映像表現に対する強い意思があり、その上で好奇心や探究心を忘れず新しいことに積極的にトライしていく姿勢。特に、通常のクライアントワークをこなしながら、自信をもって将来の投資としてオリジナルワークを手がけ続ける先見性と実行力は見習いたい。視聴者からのコメントも多く刺激に溢れたセッションであった。