大人気スマートフォンアプリを原作とし、2020年で5周年を迎えた『アイドリッシュセブン』。毎年各アイドルの誕生日に合わせて趣向を凝らした企画を実施してきた本プロジェクトが、2020年の誕生日企画として選んだのはIDOLiSH7、TRIGGER、Re:valeのアイドルたちが『RabbiTube』クリエイターに扮して様々なコーナーに挑戦するというものだ。MVとはまったくちがう異色の番組制作について、制作陣に聞いた。
TEXT _川島基展(もももワークス)/ Motonobu Kawashima
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『RabbiTubeクリエイター』にチャレンジ!
アイドリッシュセブンYouTube公式チャンネルにて好評配信中!
【2021年誕生日企画】
今年はŹOOĻの4人が、誕生日に『RabbiTubeクリエイター』として『RabbiTube』に挑戦いたします! 今回もアイドルたちが様々なことにチャレンジしたり、メッセージをお届けします! トップバッターは、3/15生まれの虎於くんです!ぜひ、お楽しみに...!
idolish7.com
©アイドリッシュセブン
4社の綿密なタッグが描き出したアイドルたちの新しい魅力
『RabbiTube』クリエイターにチャレンジ!(以下、『RabbiTube』)は、『アイドリッシュセブン』に登場するアイドルたちの誕生日企画として実現した配信番組である。ラジオなど声だけの企画はこれまでにもやってきた中で「今回はアイドルがちゃんと見えるコンテンツをつくりたい」という意向のもと、様々な案の中から実現した。
いわゆるYouTuberということで、これまでの歌やダンスのコンテンツとはまったくちがう表現が求められるため、プロジェクトの座組もゼロから検討。バンダイナムコオンラインのプロデューサー・下岡聡吉氏、企画プロデューサー・根岸綾香氏と、以前から振り付けやモーションアクターコーディネート等で関連プロジェクトに長く関わってきたソリッド・キューブに加え、ダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、ダンデライオン)、MOZOOが新たに参画するかたちで2019年8月頃からのスタートとなった。普段TVシリーズや劇場映画の受託制作を多く手がけるダンデライオンやMOZOOにとってもYouTube番組の制作は初めての経験であり、全てが手探りの状態から制作フローを固めていったという。
制作において特に意識されていたのは、各アイドルがVTuberに見えないよう、あくまでYouTubeの番組としてつくり上げることだった。「リアルタイムモーションキャプチャを行わず、しっかり演技を仕上げているのはそのためです。また、編集も普段行なっている映像編集ではなく、あくまでYouTubeクリエイターの方が行う編集に近づけるよう心がけました」と下岡氏は話す。YouTube番組のフォーマットに合わせながらもしっかり計算した演出がなされており、プロがつくる番組としての矜持が感じられる。各社の綿密なタッグが『アイドリッシュセブン』の新たな魅力を生み出した。ではその詳細をみていこう。
▲写真左から モーションディレクター・原田奈美氏(ソリッド・キューブ)、プロデューサー・下岡聡吉氏、企画プロデューサー・根岸綾香氏(以上、バンダイナムコオンライン)
▲前列左から アニメーションスーパーバイザー・松島有香氏、プロジェクトマネージャー・礒脇由妃見氏、後列左からリードアニメーター・井崎正裕氏、プロデューサー・中山佳代氏、ディレクター・山崎拓哉氏(以上、ダンデライオンアニメーションスタジオ)
▲写真左から テクニカルアニメーター・中澤魁斗氏、モーションキャプチャエンジニア・磯崎良樹氏、モーションキャプチャアシスタント・春原夏樹氏、モーションキャプチャプロデューサー・竹原真治氏(以上、MOZOO)
手探りで構築した制作フロー
各アイドルの誕生日が配信日として確定しているため、プロジェクトの初期はワークフローを検討しつつ、第1弾和泉一織編・第2弾二階堂大和編の2本の制作を急ピッチで進めた。まず、バンダイナムコオンラインで作成した台本に基づいて作打ちを行い、ソリッド・キューブにて原田奈美氏が演技の方針を検討、その内容に基づいてモーションアクターのリハーサルを行う。次に、撮影したリハ映像をYouTube番組に適した展開になるように編集し、これを仮のVコンテとして制作チーム内で共有し、プレスコ用のガイド映像とした。「当初、リハーサルは2本分同時並行で丸1日かけていたりしましたが、今はかなり短時間で済んでいます。コロナ禍の影響もあり、なるべく少人数でということでアクターと私にお任せいただいたので、とてもスムーズでした」と原田氏は話す。
ダンデライオンでは、基本的にはこれまで積み上げてきたワークフローに沿ってアニメーション制作を進めた。撮影したモーションキャプチャデータはMOZOOでいったん調整した後にダンデライオンに渡され、Vコンテに合わせてYouTube番組らしい演出やテンポの仕上げが行われた。モーションキャプチャ撮影時の映像を基にもう一度バンダイナムコオンラインにて2度目の編集を行い、その正式Vコンテを目標として仕上げを行う徹底ぶりである。
台本から完パケまで、1本あたりの制作にはおよそ3~4ヶ月かけているとのこと。アニメーションの制作ラインは複数同時並行で進んでおり、ダンデライオン社内だけで約30名が関わっている。非常に手間のかかる工程を踏み、リアリティにこだわり抜いた制作フローと言えるだろう。
パーカーの着こなしで個性を表現
本作では、ダンデライオンの誇る「イケメン制作部隊」がキャラクターモデルを全て新規でつくり下ろした。検討の末、普段のアイドルたちとはちがったアットホームな雰囲気を出したいということで、コスチュームはステージ衣装ではなくパーカー、素足とした。アイドルごとに袖をまくったり、着こなしに個性をもたせたりしている。
なお、モデリングにはMayaを使い、トゥーンレンダリングについてはV-RayとPencil+との組み合わせで仕上げている。アイドル1人あたり、フェイシャルポーズの作成を含めてモデリングに2ヶ月程度をかけているとのことだ。
下岡氏によれば、『RabbiTube』は企画そのものの難しさと、番組として継続して制作していけるものにできるかどうかという壁があったという。そこで、使い回しが利くよう、舞台セットは特設ステージなどではなく、YouTube番組らしさを意識しつつ、ソファやテーブルのある部屋のシチュエーションとした。ソファを飛び越えるような場面はあるものの、部屋の外に出るような演出は制作の手間を考慮してNGとしたとのこと。
▲IDOLiSH7。登場するアイドルたちの衣装はメンバーカラーを採り入れたパーカーと素足で統一。パーカーの丈や紐の長さ、ボトムスなどに個性が表れている
▲TRIGGER
▲Re:vale
次ページ:
『RabbiTube』のために専用設計した新スタジオ
『RabbiTube』のために専用設計した新スタジオ
モーションキャプチャ撮影を担当したのは竹原真治氏率いるMOZOO。モーションキャプチャ業界を長年リードし、数多の実績をもつプロフェッショナル集団である。今回の撮影に使われた乃木坂スタジオは、『RabbiTube』のために専用設計して新たに設立したという。「2019年の秋頃に企画の相談をいただいて、僕が最初にやった仕事は物件探しです(笑)。ちょうどオフィスが手狭になってきてセカンドオフィスを探していたタイミングで、プロジェクト専用のスタジオを確保したいとのお話を受け、急いで探しました。この番組では箱に手を入れたりするコーナーもありますし、このシチュエーションではソファやテーブルなど体が隠れるところが多くなりますので、光学式モーションキャプチャではなく慣性式であるMVNが適していると判断しました」(竹原氏)。MOZOOがプロジェクトに参画した頃にはすでにCG先行で家具のモデリングが進んでいたため、家具類はCGモデルのサイズやデザインに合わせて調達または自作して用意したという。
また、指のキャプチャについては、以前からMOZOOで自社開発していたシステムを、社外の協力を得ながらテクニカルアーティストの中澤魁斗氏がアップグレードしてこのプロジェクトに活用した。このシステムでは、人差し指・中指・小指に曲げセンサを取り付け、曲率に応じた電気抵抗値をワイヤレスでPCに送信している。残り2本の指の動きは、3本の指の情報から補間している。キャプチャ結果はMotionBuilderでリアルタイムプレビューが可能だ。モーションアクターの指の動きを完全再現するものではないが、MVNとも相性が良い、ノイズの少ないモーションデータを取得できるという。
さらに本作では、フェイシャルキャプチャにスマートフォンアプリを活用するという新たなチャレンジにも取り組んだ。中澤氏は「TrueDepthカメラでフェイシャルキャプチャを行うことのできるアプリとしてiCloneなども検証していましたが、いろいろ試した結果、今回はFace Capがこのプロジェクトに向いているなという結論になりました」と話す。フェイシャルキャプチャの撮影時には、Face Capのプレビューだけでなく、Unityとライブリンクしてアイドルたちの実際の表情を確認できるようにしていた。撮影後のフェイシャルデータはMOZOOでの編集後、ダンデライオンによって仕上げを行なった。
モーションキャプチャ撮影
▲MOZOO乃木坂スタジオでのモーションキャプチャ撮影の様子。テーブルやソファが置かれたセットで、MVNによって収録が行われた
指キャプチャ
▲MOZOOで自社開発した電気抵抗式の指キャプチャシステム
フェイシャルキャプチャ
▲iPhoneとFace Capアプリを使ったフェイシャルキャプチャの撮影風景
「番組の中で演技をしている」ことを意識したアニメーション制作
MOZOOにてMotionBuilderでモーションの編集を行なった後、ダンデライオンにてMayaでさらに細かい演技を仕上げる。和泉一織編の箱開封チャレンジコーナーでの指の仕草や、四葉 環編のソファを飛び越える演出などが特に難しかったとのことだ。ダンデライオンのラインには協力会社も加わっているため、はじめに表情のライブラリなどを整備して統一感のある表現を心がけた。フェイシャルキャプチャデータの使えるところはそのまま使い、あとは表情ライブラリを用いるなどして適宜表情を追加するなどアレンジしたという。特にまばたきや眉の動かし方の表現にはキャプチャデータが役に立ったとのことだ。「TVアニメに登場するアイドルたちは素の表情なわけですが、『RabbiTube』は番組なので、彼らが『アイドルとして立ちふるまっている』ような表情や演技を心がけていました」ダンデライオンのアニメーション・スーパーバイザー松島有香氏は話す。
衣服や髪の揺れ表現には、nHair、nClothなどのシミュレーションを用いた。ひとつひとつのシーンが長尺であるため、途中でシミュレーションが暴れてしまわないように対応するのが大変だったという。特にパーカーの袖がめり込みやすかったため、肘の回転角に連動してめり込みを自動補正するリグを用意したとのこと。
また、アニメ調のルックで対応が必要となる角度に応じた輪郭の補正については、コンストレインでリグをカメラに連動させ、ある程度自動で行うように効率化を図った。トゥーンシェーディング特有の、影と明るい部分が一瞬で切り替わってしまう影パカ問題への対応については、固定カメラで撮影していることからカメラ位置の変更によってパカを回避することができないため、アニメーションを修正するか、シェイプを修正するツールを活用。さらに、シーン構築ではカット単位ではなくコーナー全体をまとめて1つのシーンファイルにして編集。そのシーンを各カットに切り分けるためにMayaのカメラシーケンサを使っており、プレイブラストの作成やレンダーシーンを自動で切り出すことのできる内製ツールを用意した。
他にも、カット管理の手間を軽減するための自動で動画データを振り分けるチェックアップツールなど、パイプラインを効率化するための複数のツールを整備。プロジェクトの性格上、各社間でリハから完パケまで膨大な動画や音声データをやり取りしていたが、共有手段としてはクラウドストレージのBoxを用いたとのこと。
アニメーション作業
▲Mayaでのアニメーション作業画面
▲MotionBuilderでのアニメーション作業画面。MOZOOから渡されたモーションデータをMotionBuilderでエディットし、Mayaで細かい定義づけを行なっている。レンダリングにはV-Ray for Mayaを使用
フェイシャルライブラリ
-
▲ダンデライオンで制作した十 龍之介の表情集。アニメーション作業に入る前に、バンダイナムコオンラインとの方向性の確認のため各アイドルごとに準備された -
▲フェイシャルキャプチャデータ。番組の各パートごとに作成したデータをカットに読み込み、編集作業を行う
▲口パクのパターンライブラリ。各母音とその中割り、閉じ口、その他必要になりそうなデータを用意し、口パクの作成に活用している
アニメーション的な見どころ
▲アニメーション作業で特に苦労したという和泉一織編での箱開封チャレンジ【左】とその作業画面【右】。手に収まるサイズの箱を開け、中のキーホルダーを取り出すという動きを7箱分くり返すというもの。「動画では2箱目からは早送りになっていますが、アニメーションは定尺で7回分制作しています。モーションキャプチャでは実際に同じサイズの箱を用意して、真面目に全部開けました」とダンデライオンのプロデューサー・中山佳代氏
▲もうひとつ大変な作業だったと挙げられた四葉 環編の箱の中身を当てるコーナーで感触に驚き、飛び上がってソファの背後に隠れるシーン【左】とその作業画面【右】。環は登場アイドルの中でも背がかなり高い方であるため、想像以上に調整が必要だったという
肘のめり込みを自動補正
今回の衣装であるパーカーは、ダボッとしたシルエットのためめり込みが発生しやすく、アニメーション作業においては悩みの種だった。そこで、腕の曲げ伸ばしの角度に応じて自動でめり込みを回避するリグを採用することでひとつひとつ手で修正する手間を削減した
カメラシーケンサを活用したシーン管理
▲本作ではモーションはシームレスに収録しているが、カメラは固定でカットが短いスパンで切り替わる。そのため、カット単位でシーン構築作業を行うと、カットごとにシーンを開き直し、シミュレーションをかけ直し、シミュレーション結果やアセットの配置、ポーズの整合性をとるという手間が大きくなる。そこで、Mayaのカメラシーケンサ【画像】を活用し、パート単位で作業を行えるフローを構築した
▲カメラシーケンサを使い、撮影したパート単位の一連のモーションで、カットを区切る
- ▲カメラシーケンサに紐付けられたカメラを選択し、プレイブラスト作成ツールでチェック画像を作成
- ▲レンダリングする際は、カメラシーケンサのシークエンスごとにカットを切り分けて保存する内製ツールを使用。カッティングしたいカットを選択し、個別に切り出すことができる
▲切り分けられたカットを開くと、そのカットに必要なシーケンサとカメラ以外は削除されたシーンが作成される。デュレーションもシーケンサのデュレーションに合わせられる
アングルターゲットによる輪郭補正
▲本作は固定カメラということもあり、トゥーンシェーディングの作品でよく使われるカメラによる見た目の調整が難しい。そのため、アングルターゲットと呼ばれる補助用のブレンドシェイプを作成。画像内の黄色い矢印の リグをカメラやロケータにコンストレインすることで、カメラの向きに応じて輪郭をある程度自動で補正することが可能