1月30日(土)に佐々木 洋太氏(KLab株式会社)による「Houdiniで作るNPRエフェクト&After Effectsでのコンポジット実践解説オンラインセミナー」が開催された。Houdini とAfter Effectsを使ったセルアニメ調エフェクトをテーマとする本セミナーでは、佐々木氏がアニメ・3DCG映像業務やR&D業務を通して習得した技術的知見や経験を基に、NPR(Non-Photorealistic Rendering)エフェクトの実践的な解説がされた。
TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
人間の感覚と指数関数グラフの曲線には強い相関関係がある
CEDEC 2020にて「プロシージャルゲームコンテンツ制作ブートキャンプ 2020 Part 1 モバイルゲーム はじめに」に登壇し、SideFX公式サイトでもHoudiniのチュートリアルが掲載されているKLab所属の佐々木氏。本セミナーでは、セルアニメ調のエフェクトを作成する方法について、HoudiniおよびAfter Effects(以下、AE)を使用して実践的に解説。日本的なNPRエフェクト表現において、コンポジットでの仕上げ作業に欠かせないAEでの制作工程についても詳しく解説された。
まず、HoudiniおよびAEのメリットと日本におけるNPRの特徴について、エフェクトの前提条件として「人間の感覚と指数関数グラフの曲線には強い相関関係がある」と佐々木氏は言う。リニアではなく、指数関数的な表現を意識して制作すると感覚的に心地良く、格好良い(と言われる)ものができるとのことだ。例えば、移動アニメーションもリニアに動かすのではなくイーズを入れていくなど、指数関数的な動きを付けると自然に感じるというわけだ。確かに重力や人間の動きなど、自然界においてリニアな動きをするものは少ない。また、モニタのsRGBガンマも同様で、リニアな色よりも曲線のガンマのかかった色の方が自然に見える。
また、画としては要素を多層的にしていくことで、「格好良さ」の演出ができるという。日本のアニメは、作画だけではなく作画やCG、背景を重ねて情報量を増やしていく「撮影」と呼ばれる工程を経て完成する。撮影の工程において、要素を適切に重ねて画づくりをしていくことが重要で、コマ単位でこだわることがクオリティアップに繋がるという。
具体的なエフェクトの指標として下記の5つが挙げられた。
1:シルエットがわかる
2:ディテールが多い
3:アニメーションの緩急
4:粘性
5:パーティクルが多い
上記は本セミナーの基本となるテーマで、これらを意識して具体的なテクニックについて解説された。後述するが、特に「4:粘性」についてはなかなか珍しい内容ではないだろうか。また、コンポジットの指標は下記のとおり。
1:sRGB環境(ガンマ2.2)で綺麗に見える
2:色味調整
3:キャラクターの顔やシルエットを隠さない
3:画ブレ(カメラシェイク)
4:透過光
5:ディフュージョン
本稿では、実践テクニックとして解説された事例のうち、「衝撃波」に関するHoudiniとAEによるコンポジットの工程に焦点を絞って紹介していく。
Houdiniによる「衝撃波」エフェクト素材メイキング
Houdiniでの作業は、FLIPでつくられた素材を変形させて作成したベースに、アニメーションをつけてレンダリングするというながれで制作されている。エフェクトの指標のひとつとして示された「粘性」とは、Fluidなどの流体シミュレーションを素材のベースにしていくことで、自然な粘性のあるエフェクトを生成しているということだ。直線的でリニアなエフェクトよりも指数関数的な粘性をもたせることで、自然で心地良いものになるという。
▲Fluidの[FLIP]でベースの素材を用意する。ディテールは、飛沫がそれなりにある方がリッチになる
Bendをかける際は、位置を少しずらすと良い感じになる。動きのタメ・ツメも含め、TransformとRetimeでアセットを用意しておくと便利だ。さらに「Attribute Blur SOP」をかけたり「PolyReduce SOP」でポリゴン量を10%程度に削減したりするなど、ディテールを保持しながら削ることも多い。そのときにも、FLIP素材に細かい飛沫を出しておくと良い感じになるという。
▲FLIPの素材を[Bend SOP]や[Attribute Blur SOP]でデフォームして、渦巻の形に整える
動きはキーフレームで行うバージョンとVEXのバージョンの2つを用意し、比較・検討しているという。VEXではScaleとLifeを個別に制御して、それぞれのStartやEndなどに指数関数的な値を与えておく。これらの動きを簡単に確認できるよう、テスト用のSphereも同じアセットに入れてある。
手付けのキーフレームとVEXで制御したものを比較して、今回は自然な感じで仕上がったキーフレームバージョンを採用。後からグラフでキーフレームを確認すると、かなり歪んでいるのがわかる。「キーフレームを打つ際にグラフは見ません。あくまでも経験を基に、感覚でキーフレームを付けます。後で見てけっこう歪んでいると気付きますね。やはり自然な動きは、指数関数的なものになります」と佐々木氏。感覚を優先するとリニアなものにはならないそうだ。また、コピー&ペーストなどの取り回しが良いので、全てサブネットでつくっているという。
▲キーフレームで動きを付けるバージョンとVEXで付けるバージョンをつくる
回転させてできたものをクロスさせて、エフェクトの素材が完成。同じ素材でトルネードのタイプも制作。同じ素材から多くのバリエーションをつくることができるのがノードベースの強みだ。横から見るより斜め上からのカメラの方が、情報量も多く迫力が感じられる。「真横から見ると薄っぺらく見えてしまいますが、斜めから見ると厚みがあってよく見えます」(佐々木氏)。
▲同じ素材からつくられたトルネード。横から見ると隙間が気になる
ここからは、エフェクトを実際にキャラクターが入ったHoudiniのシーンに載せていく工程について紹介していく。今回のシーンでは、3カットをまとめて1つのhipで管理している。初めのレイアウトを理解していくことはエフェクト制作では重要だ。「レイアウト次第でどうやってエフェクトを入れていくか変わっていきます」(佐々木氏)。
レンダリングは標準のトゥーンシェーダを使用。「Houdiniのトゥーンシェーダはとても優秀です。設定もほとんどデフォルトのままで使用しています」と佐々木氏。AOVを使ってレンダリングしており、ライティングは3点照明をベースにした基本的なものだ。また、光るエフェクトが大量に載せられるので、影などの暗い部分を多めに取っている。ライティングの時点で、コンポジットのフィニッシュを想定。NPRでは影がなくても大丈夫、ということで「RenderVisibility」はPrimaryのみにしている。むしろ、影が多いとモッサリと野暮ったくなってしまうので注意が必要だ。影がなくても違和感があるときは、疑似的にコンポジットで足すことが多い。これはリフレクションも同様で、「コンポジットで付ける方が効率的な作業」との切り分けが重要とのこと。
Houdiniでキャラクターに合わせてエフェクトを配置するときは、エフェクトのベースは別ファイルで作成してカメラに合わせて配置し、アナログ的に手で位置合わせを行う。「アナログ的な作業により気持ちの良い見映えになり、クオリティが上がっていきます」と佐々木氏。プロシージャルな制作が得意なHoudiniであっても、随所にアナログ的な作業が差し込まれている。また、マット用の素材も何パターンか用意してレンダリングしている。素材はコンポジットを考えて、エフェクトごとに小分けにレンダリングされている。
▲他のアングルから見ると、一見エフェクトは外れているように見える
▲レンダリング用カメラに合わせて、このアングルでエフェクトを移動
▲エフェクトごとに小分けにレンダリング。レンダリングの管理は、3カット分をテイクでカットごと、素材ごとにしている
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After Effectsによる「衝撃波」コンポジットメイキング
After Effectsによる「衝撃波」コンポジットメイキング
佐々木氏はAEを使う理由について「日本の2Dアニメ業界で使用している人口が多く、共通言語として話が進めやすいからです。デファクトスタンダードとなっている利点は大きいです」と話している。また、その他に「レイヤーベース」、「タイムラインベース」のツールでコマ単位の調整がしやすい点や、プラグインが豊富な点などが挙げられた。特に「気持ちの良い動き」の追求に関しては、タイムラインベースの方が適しているという。
AEのコンポジットでは、レンダリングされた単色塗り分けの素材にリッチな情報量を足して、最終的な画に仕上げていく。このとき、最終的な画から逆算してコンポジットを詰めていくのがポイントだ。
▲同じ素材でも仕上げ方によって見映えが全く異なる。過程で悩まないようゴールをイメージすること大切だ
また、レイヤーベースのツールはレイヤー数が増えると可読性が落ちてしまうが、ラベルを付けた空コンプをつくったり、平面をつくって可読性を高めたりといった工夫をしている。同様に、レンダーキューも見やすくなるよう工夫をしている。「色分けだけだと見にくくなるので、空コンプは意識して入れています」(佐々木氏)。
続いて、CGではなくコンポジットで行う処理のうち、DoF(Depth of Field)、リフレクション、画ブレについて解説された。DoFは被写界深度のことで、奥行きを出すために背景をぼかしていく処理だ。厳密にはCGから被写界深度の情報もレンダリングしてコンポジットしていくのだが、NPRではそこまで厳密にせず、感覚的に手動でぼかしていく。こういったアナログな作業は、人間の感覚に訴えて心地良さを与える要素になるという。
DoF以外の「リフレクション」、「画ブレ」、「影」なども同様で、アナログの手作業はコンポジターのセンスが問われるところだ。デジタルでつくられた画でも、随所に「人の手」を加えることで魅力的な画に仕上がっていく。
▲DoFはZ素材を使わなくても、マスキングでそれっぽくなる。2D背景に対してのDoFはコンポジターの腕次第。アナログな手法だ
▲DoFと同様にリフレクションもコンポジットで足す。こちらもアナログな作業で、センスが問われる作業だ
▲画ブレを足す。プラグインはTwitchやフリーのF's ScreenShakeを使用しているとのこと。画ブレを足すと印象値が思いのほか上がってしまうので、ベースのクオリティを見るためにはなるべく後の工程で適用するようにしているという
次に、単色のレンダリング素材を加工して、情報量の多いリッチな画面に仕上げていく工程の解説がされた。従来のアニメの撮影よりも、AEで処理できることが飛躍的に増えているため、作画と同じくらい仕上げに比重をかけるのが現在のメジャーなワークフローだ。単色の作画に素材ごとに異なる色をつけ、ブラーやグローのフィルタワークで情報量を増やし、最後にカラーグレーディングをして仕上げていく。これらの作業は作品のクオリティを左右するほど大切な工程だ。本作例においては、騎士だけのカットに派手な炎のエフェクトが載るとドラマチックになっているのがわかる。エフェクトは画面を魅力的にするだけではなく、ストーリー性を高める効果があるのだ。
カラーグレーディングは、実写素材を使用するVFXよりも強めに行うという。カラーグレーディング用のMagic Bullet Looksの調整レイヤーを複数使い、さらにそれぞれ透明度を変えるなど、細かくコントロールしている。
▲単色の素材にアルファやブラーを使って色に深みを与え、奥行きを出していく
▲同じ単色の素材から情報を引き出し、それぞれ色をつけていく。炎の素材は赤系の色を付けて作成しコンポジットで重ねる。炎は[Deep Glow]などのプラグインでグローを載せており、明度を落としたタタキ素材も加えられている
▲キャラクター素材(エフェクトを載せる前)。当然だが、まだまだ非常にシンプルな状態
▲エフェクトをキャラクターの前後に載せると、画面が飛躍的にリッチになっていくのがわかる。炎のように「光に光を載せる」のは難しいと佐々木氏。スクリーンを載せるだけでは明るくなりすぎてしまうため、載せ方にも工夫が必要だ
▲PBRと比較すると、NPRではフィルタとカラーグレーディングを強めにかける。グレーディングツールはMagic Bullet Looksを使用し、複数の調整レイヤーの透明度を変えながら重ねて少しずつ丹念に調整していく
セミナーを終えて
自身の豊富な経験を基に、ノードベースのHoudiniとレイヤーベースのAEの良いところを組み合わせて、リッチで魅力的なエフェクトを作成していく方法が理解できたセミナーであった。中でも、佐々木氏はデジタルとはいえ人間のアナログ的な感性に訴える「心地良い自然なエフェクト」を心がけていることが印象的だった。「心地良い自然なエフェクト」を実現するためには、見る人とつくる人の「人間の感性」を繋げることが大切であり、その要素として指数関数的な表現が必要となってくるのではないだろうか。
これからHoudiniを学ぶにあたり、佐々木氏は「『技術』か『技術を使った問題解決』か、どちらを優先するかで学び方は変わります。『技術』を優先させる人は、TAやエンジニア向けでゼロからしっかりと学びたい人に向いています。『技術を使った問題解決』を優先する人は、画づくりや他のツールから移行したいという人ですね」と話す。佐々木氏自身は、「技術を使った問題解決」から入り、ある程度Houdiniに慣れたところで「技術」を学んでいったそうだ。技術を優先する場合は国内のHoudiniの書籍、技術を使った問題解決であれば海外のチュートリアルビデオがオススメとのことだ。