2月9日(火)、ハリウッドの各メディアが報じたところによれば、米ウォルト・ディズニーは、21世紀フォックス(以下、フォックス)買収によって傘下に収めた大手アニメーション・スタジオ、ブルースカイ・スタジオ(Blue Sky Studios / コネチカット州グリニッジ 以下、ブルースカイ)を、来る4月に正式に閉鎖する決断を下したという。

画像:書籍『Blue Sky: The Art of Computer Animation』の表紙(筆者所蔵)
© 20th Century Fox

TEXT&PHOTO_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura、山田桃子 / Momoko Yamda

大手スタジオの閉鎖で多くのクルーが失職の危機に

ブルースカイ閉鎖のニュースはハリウッドのメディア、デッドライン(Deadline)が最初に報じ、その報道を受ける形でバラエティ誌(Variety)が引き続き報じた。このニュースはSNSを介して瞬く間にハリウッドの業界中に拡散され、文字通りハリウッドのアニメーション&VFX業界を震撼させるニュースとなった。

同スタジオでは約450人のクルーが勤務しているが、その多くが失職の危機に直面しているという。しかしながら、ディズニーは傘下にある各アニメーション・スタジオの募集職種を調査し、もし的確なポジションがあればクルーの再就職を支援する姿勢だという。

2019年3月のディスニーによる21世紀フォックス(以下、フォックス)の買収が成立してから2年近くが経過しているが、そのフォックス傘下にあったブルースカイの処遇は、業界内でも注目されていた。なぜながら、ディズニーの傘下にはすでにウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオピクサー・アニメーション・スタジオという2つの大規模アニメーション・スタジオがあり、果たして3つ目のアニメーション・スタジオが必要とされるだろうか? ということが焦点であった。

2020年の新型コロナウィルスによるパンデミックの影響を受け、ディズニーはテーパマークの一時的な閉鎖、大型客船クルーズ事業の休止などによって大きな経済的損失を受けた。ブルースカイのスポークスマンは、「現在の経済的現実を踏まえ、十分な検討と評価を行なった結果、ブルースカイでの映画製作事業を閉鎖するという難しい決断を下した」というコメントを発表した。

ハリウッドのVFX・アニメーション業界内には、ブルースカイで働く友人・知人をもつ人も少なくない。筆者の同僚も、報道があった日の朝、ブルースカイのクルーが「おそらく、仕事を探さないといけなくなるだろう」というコメントをSNSなどに投稿しているのを多数見かけたと話していた。今回の閉鎖決定のニュースは非常に残念であり、心を痛めている業界関係者も多い。

VFXスタジオから始まったブルースカイの歴史

多くの読者は、ブルースカイと言えばアニメーション・スタジオというイメージが強いと思う。しかし、ブルースカイを長く知る者にとっては、印象がやや異なる。ここで、同スタジオの歴史と偉業を簡単に紹介してみたい。

ブルースカイは1987年に設立された老舗スタジオで、元々はテレビCMや映画のVFXを手掛けるVFXスタジオであったことは意外と知られていないかもしれない。設立当初はNYのJFK空港から車で1時間程の場所にスタジオを構えていた。多くのVFXスタジオが西海岸に集中する中、東海岸において非常にハイエンドなVFXを制作するスタジオとしてユニークな存在であり、90年代にはフォトリアリスティックな自社開発レンダラーが描き出す完成度の高い映像がSIGGRAPHでも注目を浴びた。

▲LAのアナハイムで開催されたSIGGRAPH1993エレクトロリック・シアターでは、ブルースカイがCGI(Computer Generated Image)で制作したブラウン電動シェーバーのCMが上映された。当時の標準的なクオリティを遥かに上回るフォトリアリスティックな質感は注目を浴びた。この頃の社名はブルースカイ・プロダクションズ。制作クルーのクレジットにはクリス・ウェッジ氏(『アイスエイジ』シリーズの監督)の名前もある。SIGGRAPH 1993 Visual Proceedingより(筆者所蔵)
©SIGGRAPH ©Blue Sky Productions Inc.

▲アメリカの雑誌に掲載されていたブルースカイの広告。興行的には振るわなかったものの、歌い踊るリアルなゴキブリが注目を浴びた、映画『ジョーズ・アパートメント』から(1996年頃/筆者所蔵)
©MTV Films ©Blue Sky Studios

1997年、ロサンゼルスにあったフォックス傘下のVFXスタジオVIFXに買収されたのを機にフォックス系列となったが、1999年にリズム&ヒューズがVIFXを買収した際、そのままフォックス傘下に残った経緯がある。

▲当時、西海岸のVIFXと東海岸のブルースカイのフォックスによる統合はVFX業界でも大きなニュースだった。BlueSky|VIFXのロゴは、使用された期間が比較的短かかったこともあり、ある意味貴重かもしれない。アメリカの雑誌に掲載されていた映画『アルマゲドン』の広告より(1998年頃/筆者所蔵)
©20th Century Fox

1998年には7分間のフォトリアリスティックな短編アニメーション『バニー(Bunny)』を実験的に製作、長編アニメーション分野への本格参入を模索していた。結果、『バニー』は1999年の第71回アカデミー賞において短編アニメーション賞を受賞、ブルースカイは映画『アイス・エイジ』シリーズでその夢を叶えることになる。

長編第1作目の『アイス・エイジ』(2002)は、ブルースカイにとって初めての長編アニメーションということで、すべでが手探り状態だったという。その際にマネージメント側が注意を払ったのが、"大勢の人材の才能を、限られた時間と予算の中で、如何に効率良く最大限に引き出すか"ということだった。例えばVFX作業の場合は、映画の中から「ショット毎にいくら」という形でこなしていくが、 長編アニメーション作品の制作では、ゼロから最後までの予算を含めて全てマネージメントする必要がある。また、『アイス・エイジ』の場合は制作予算が当時のレートで約72億円相当と、非常に限られていた。

2000年ころ公開された長編アニメーション映画の制作費の比較
※いずれも当時の為替レート
『トイ・ストーリー2』(1999)/$90million 約108億円
『モンスターズ・インク』(2001)/$115million 約138億円
『アイス・エイジ』(2002)/$60million 約72億円

多くの場合、どのスタジオでも第1作目の作品は手探り進行なのでスケジュールも予算もオーバーすることが多いというが、マネージメントが功を奏し、『アイス・エイジ』はなんとオンタイム&オンスケジュールで完成したという。

この『アイス・エイジ』の成功により、"ぜひブルースカイで働きたい"という人が増えた。中には、ピクサーやドリームワークスなどの誘いを断ってまで、ブルースカイに参加したアーティストもいた。以降、ブルースカイはアメリカを代表する大手アニメーション・スタジオの1つとして、全13本の長編アニメーション映画を製作した。

▲アメリカの往年ピーナッツ・ファンにも好意的に受け入れられた、ブルースカイが制作した長編アニメーション映画『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』(2015)(ロサンゼルス市の映画館にて、筆者撮影)
©20th Century Fox

ブルースカイでは、パトリック・オズボーン監督による、同スタジオ14本目の長編アニメーション作品『ニモナ(Nimona)』の制作が2022年1月14日の公開を目指して進められていたが、同作の制作は中止されるという。ブルースカイを長く知る筆者にとっては、まさにCG/VFX/アニメーションの最先端を駆け抜けてきた"他に類を見ないスタジオ"であり、「簡単に潰されてしまってもよい存在ではない」ということは重々承知している。それだけに、今回の閉鎖決定のニュースは心に重くのしかかり、ブルースカイが築き上げてきた1つの時代が、静かに終わっていく寂しさを、感じずにはいられないのである。

最後に、かつてブルースカイに7年間に渡り在籍されていた経歴をもつ、トンコハウスの堤 大介氏より、下記のコメントをお寄せいただいたので、紹介させていただければと思う。

「アニメーションというビジネスは、コストがかかり、リスクを伴うものです。そしてスタジオ閉鎖という出来事も、ビジネスの荒波の中では起こりうる出来事です。しかし今回のブルースカイ閉鎖のニュースは、私自身、非常に悲しい気持ちで一杯になりました。

なぜなら私自身、ブルースカイでアニメーション業界でのキャリアをスタートさせました。私にとって、もしピクサーがフィルム・メイキングを学んだ場と言えるなら、ブルースカイは"ゼロから何かをつくり上げていくこと"を学んだ場でした。私達が映画『アイス・エイジ』を完成させたときは、"大きな夢を抱くガレージ・バンド"のような気持ちだったことを、今でも覚えています。

ブルースカイ時代の思い出は、私の心の宝物です。彼らが私に与えてくれたものに、私は永遠に感謝しています」。