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3月5日に実施された「CGWORLD デザインビズカンファレンス2021春」では、建築に関する講演「次世代型プラットフォームとしてのコモングラウンド実装において、ゲームエンジンが持つ可能性について」が実施された。講演では、建築家でnoizパートナー、gluonパートナー、東京大学生産技術研究所客員教授の豊田啓介氏より、特に未来都市設計におけるゲームエンジンの有効性と2025年の大阪万博に向けた取り組みが話されていった。

TEXT_安田俊亮
EDIT_池田大樹(CGWORLD)

なお、本セッションは豊田氏がディレクターを務める大阪コモングラウンド・リビングラボにゴールドメンバーとして参画するシリコンスタジオが協賛している。


  • 豊田啓介氏

    建築家 noizパートナー、gluonパートナー、東京大学生産技術研究所客員教授1972年、千葉県出身。1996~2000年、安藤忠雄建築研究所。2002~2006年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースにnoiz を蔡佳萱と設立、2016年に酒井康介が加わり共同主宰。2020年、ワルシャワ(ヨーロッパ)事務所設立。2017年、「建築・都市×テック×ビジネス」がテーマの域横断型プラットフォーム gluonを金田充弘と共同で設立。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017年~2018年)。東京大学生産技術研究所客員教授(2020年~)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ ディレクター(2020年)。

■アーカイブ動画について
本セッションのアーカイブ動画は2021年4月30日までボーンデジタルの動画視聴チャンネル「BD CHANNEL」で公開中だ。

アーカイブ動画はこちら ※本動画を視聴するにはクリエイターズIDが必要となります

フィジカルでありデジタル
未来の建築手法「コモングラウンド」とは

現在、豊田氏が取り組んでいるのは、ゲームエンジンを中核に据えた建築プラットフォーム「コモングラウンド」の実証実験だ。

コモングラウンドは、現実の都市や建築空間を3Dデータ化し、現実と同じ環境をデジタル上に再現したものを指す。豊田氏いわく「モノと情報をつなぐ3Dデジタル汎用記述」であり、フィジカル空間とデジタル空間をシームレスにつなぐことで、人とロボットが共存する暮らしをより簡単に実現するためのものだ。

スマートシティと呼ばれるような未来都市では、先端技術を使って人々の暮らしをより効率的に、より豊かに発展させることが想定されている。ただ、そうした構想を実現しようとしたときに、ネックとなるのがロボットやAI、ARアバターなどのNHA(非人間エージェント。Non-Human Agentの略)をいかに現実世界になじませるかという問題だ。

▲以前はフィジカルな建物・エージェントだけが存在していたが、デジタル領域が広がり、当たり前の存在となってきたことで、建築側の変容も求められている

▲コモングラウンドはフィジカル空間とデジタル空間の間の存在になる

プロジェクトによっては、ディープラーニングなどで複雑かつ高コストな手段を用い、現実世界を学習させる場合もある。が、コモングラウンドの利点は、こうしたNHAが「現実世界を学習する時間やコストを一切省ける」点にある。

コモングラウンドは、現実空間とデジタル空間がいわゆる「デジタルツイン」の状態になっていて、どちらもシームレスにつながっている。ロボットやAIがデジタル側の空間情報を読み取り、動作すれば、自動的に現実空間にも問題なく作用することになる。NHAはデジタル空間の情報を元にすればいいので、たとえば現実空間を認識するカメラが搭載されていなくても動作には影響しない。

裏を返せば、人間が現実空間で何か行動を起こしたとき、それはコモングラウンドのデジタル側にも影響する。NHAにとってはデジタル空間で起こったこととして認識でき、結果として人間そのものがデジタルな存在となんら変わらなくなる。フィジカルでありデジタル。相互が無理なく存在し、フィジカル空間とデジタル空間が覆いかぶさるように同居している状態こそが、コモングラウンドの大きな意義となる。

▲NHAがデジタル空間を認識、作用すれば現実にも同じことが起きる。見事な「同居」状態だ

「これまで建築家は、いかに人間に使い勝手がいいかとの視点でつくってきた。しかしこれからは、NHAにとっていかに動きやすいか、認識しやすいかなどの視点でも建築や都市をつくらないといけない。建築の教科書の記述が変わってきたところが、現在のポイントなのだと思う。」(豊田氏)

豊田氏によれば、「コモングラウンド」はもともと会話情報学の用語という。人と人の会話や振る舞いが成り立つのは、そこで発せられている言葉の意味以上に、はるかに多くの前提となっている背景=コモングラウンドが存在するから、とする考えだ。豊田氏は「これは建築分野でもそのまま使える概念」として、上記のようなスマートシティ版のコモングラウンドを構想した。

▲コモングラウンドは、もともとは京都大学大学院情報学研究科教授の西田豊明氏が定義した言葉

またコモングラウンドのメリットは他にもある。それは様々な技術を統合するプラットフォームとしての一面だ。あらゆる技術が入り込むスマートシティ環境では、それぞれ別の技術で構築されたアプリやサービスをつなぐ作業が必須となり、ここに時間とコストを膨大に割く可能性が高くなる。

しかし、あらかじめ設定されたコモングラウンドに合わせて技術開発が行われれば、後からサービス同士をつなぎ直さなくてもひとつの「都市OS」として機能する。基礎的な仕様統一を都市設計側から投げかけることで、スマートシティ実現へのハードルを極力下げたいとの狙いだ。

▲研究開発のコストを下げることにもつながるコモングラウンドのプラットフォーム構想

未来の空間をつくる
リアルタイム性の価値

コモングラウンドのもうひとつのポイントは、その中核にゲームエンジンが採用されていることだ。建築にも3Dデータで設計できるBIMなどがあるが、ゲームエンジン最大の価値は「人間の認識を前提としてつくられていること」だと豊田氏は語る。

コモングラウンドとしてデジタルツインの空間を構築する際、必須となってくるのは「時間と空間のスケール」だ。BIMは建築設計に向くツールである一方で、リアルタイムに空間を書き換えて運用することは想定されていない。リアルタイム性に欠けることはロボットが認識するデジタル情報としては不十分であり、コモングラウンド構築のベースには向いていない。

▲ゲームエンジンは「人間の認識」が前提であるため、リアルタイム性についてはどの空間記述よりも強い

しかしゲームエンジンが描き出す3D空間は、むしろリアルタイム性に特化している。「ゲームでは、階層的なAIがマルチに動いていて、それぞれが瞬間ごとの環境を読み取って反応し、しかも遅延がない。ユーザー体験を最大化するためにジェネラティブに動作するものが、バグなしに何百万コピーを売る。これはものすごいことで、同じことが建築や都市はできていない。このノウハウを建築、都市業界はゲーム業界から学ばないといけない」(豊田氏)。

豊田氏はバンダイナムコ研究所との共同で「現実空間をゲーム空間化する」実証実験を行っている。この実験ではバンダイナムコ研究所のスタジオをレーザースキャンとドローンによるフォトグラメトリーを組み合わせてデジタル空間化している。現実空間とデジタルツインの空間を組み合わせることで、実空間のゲーム化や、デジタルと現実がインタラクションするゲーム化(コモングラウンド化)などをどう実現するかが試されている。この実証実験は、「ゲーム業界からノウハウを学ぶ」ための活動の一環とのことだ。

豊田氏がゲームエンジンに注目したのは5年ほど前。当時は「未来都市の建築にはNHAの認識がポイントになる」と漠然と考えていたが、その際にゲームAI開発者の三宅陽一郎氏による「剣を振ったときに、どこの空間のボクセルを通過したかを判定しているから敵への攻撃判定が楽になる。実際に当たっているかどうかを計算しているわけではない」との内容の講演を聞いた。そこで、「この考え方がないとNHAと物理空間での交流は難しいのでは」と気づき出したそうだ。

建築業界でも3Dソフトの中で設計をしていく手法がトレンドになっているが、ゲーム業界では同じことをずっとしているし、さらに世界中からデータを共有しながらひとつのものをつくり上げることが当たり前になっている。「建築の世界よりもはるかに大きいスケールで物事が動いている。コミュニケーションや競争のデザインをグラフィカルコーディング上でガシガシつくっている。その辺りも参考にしているうちにハマった」(豊田氏)。今ではコモングラウンドを構築する上で、空間記述をするのは「ゲームエンジン以外ありえない」と豊田氏が言うほどの存在になっているそうだ。

2025年大阪万博を見据え
コモングラウンド実証実験がスタート

現在、豊田氏が目標としているのは2025年の大阪万博でコモングラウンドを利用したスマートシティの実証実験を行うこと。その第一歩としてスタートしたのが、大阪でセミオープンしている「コモングラウンド・リビングラボ」だ。

「コモングラウンド・リビングラボ」は中西金属工業のスペースを借りて設置されたコモングラウンド専用の実験場で、シェアオフィスと共有実験場が用意されている。実空間に加えて、実空間とほぼ同じデジタル空間がUnreal Engine 4でつくられており、この両方を使ってスマートシティに向けたサービスやアプリの開発が可能になる。

▲2025年大阪・関西万博の誘致会場計画

▲セミオープン時のコモングラウンドデモ。現実空間での変化をセンサーなどで認識し、デジタル空間側が同様に変化。ロボットはデジタル側の空間を認識し、動作する

なお、デジタル空間の構築において、セミオープン時のデモ制作で点群データからのビジュアライゼーションを担当したのはシリコンスタジオ。シリコンスタジオは、今後ゴールドメンバーとして豊田氏らと協力し、デジタル空間におけるコリジョンやオクルージョンカリングの設定、そのために必要なLoDの設定などを検討しながらプラットフォームの構築に積極的に関わっていくことが期待されている。

「コモングラウンド・リビングラボ」の運営には竹中工務店、中西金属工業、日立製作所、三菱総合研究所などが参加しており、現在さらなる研究開発メンバーを募集中だ。そしてメンバーから環境側への要望をより多く募ることで、現実空間側に設置するカメラやセンサーはどのようなものが必要かなど、コモングラウンドにおける標準仕様を決めていきたいとした。

▲シリコンスタジオによって制作されたシェアオフィスエリアなどのデジタルツイン。コモングラウンド環境を利用して様々な実験ができる場所となっている

一方で、建築業界側にゲームエンジンを扱える人材が足りていないとも豊田氏は感じている。氏の実感として、5年以上ゲーム業界に働きかけているが、考え方を理解しても「それでどんなゲームができるの?」と言われてそれ以上先に進まない。「ゲームエンジンを扱う技術は実際の都市や建築の未来をつくるためにものすごく価値があるが、実際に建築業界に出てきてくれる人は少ない」と業界間に大きな壁があるという。

「状況として、ゲームはゲーム、AIはAI、建築は建築と他の分野に出ていけない場合は多くある。ただ、『コモングラウンド・リビングラボ』がゲームエンジンを積極的に利用しているように、領域横断が起きることで生まれる価値は様々にあると思う。ゲーム開発に取り組んでいる方に建築や都市に興味を持って入ってきていただけるとありがたい。実際、ぜんぜん人材が足りていない(笑)。ぜひご一緒にお願いします。」(豊田氏)

問い合わせ先

シリコンスタジオ

https://www.siliconstudio.co.jp/products-service/?trflg=1

本セッションを協賛するシリコンスタジオは、豊田氏がディレクターを務める大阪コモングラウンド・リビングラボにゴールドメンバーとして参画しています。コモングラウンド構築の中核にあるのはゲームエンジンです。分野横断型で即応性のあるプラットフォームの実現には、ゲームエンジンに関する技術や知見が求められています。当社はUnreal EngineやUnityといった産業分野での活用が進むゲームエンジンでの開発のみならず、自社開発のゲームエンジンも有し、さまざまなプラットフォームでの最適化を図ってまいりました。デモンストレーション用アセット制作においては、点群データからのUnreal Engine 4用データ変換および質感設定を担当しています。