10月9日(土)深夜より、アニメ『シキザクラ』が中京テレビをはじめ、一部の日本テレビ系列にて順次放送・配信が開始された。サブリメイションにとって初となるテレビシリーズとしても注目が集まっているアニメ作品だ。本作は一体どのように制作されたのか、その経緯がアニメ制作技術の総合イベント「あにつく2021」にて「『シキザクラ』-TVシリーズへの挑戦-」と題して語られた。登壇者はサブリメイション・取締役で監督を務める黒﨑 豪氏、アニメーションプロデューサーの横田一平氏、CGディレクターの佐藤 真氏、佐藤 悠氏。本稿ではその様子をお伝えする。
TEXT & PHOTO_真狩祐志 / Yushi Makari
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
コンテ・アフレコの苦労 〜CGはタイムシートが鬼門?
本作は、2017年からのナゴヤアニメプロジェクトから誕生した企画だ。サブリメイションは2016年末に名古屋スタジオを開設しており、企画の初期から関わって今回の放送にいたるところまで漕ぎつけた。東海地方を中心に制作するだけでなく、舞台や声優もほぼ名古屋というこだわりようで、その進捗報告は中京テレビ(LocipoやYouTubeチャンネルでも視聴可能)でもなされてきている。
▲「オリジナルアニメーション『シキザクラ』30秒CM佐藤二朗ナレーションver」。佐藤氏は愛知県出身ということで、ゲストキャラクターの1人として登場
テレビシリーズを元請けするだけでなく名古屋を中心とした座組となったため、監督を務めた黒﨑氏は基より、スタッフ全員にとっても「初めてづくし」の制作となった。黒﨑氏がCGディレクターからの監督抜擢となったこともあり、絵コンテの作成も今回が初挑戦。短いコンテを描いた経験はあったものの、不安があったことからテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』(2005)の脚本で練習して臨んだという。ツールに関しても、なるべくアニメの制作に沿った作り方としてCLIP STUDIOをメインに使い、後は紙と鉛筆で描いたそうだ。
▲(左から)佐藤 真氏、黒﨑 豪氏、横田一平氏、佐藤 悠氏。
▲「左が第1話の絵コンテです。右が後半に描いたものなんですが、ちょっとは上手くなったかな」(黒﨑氏)
中でもとりわけ大変だったのが「コンテ撮」だった。この工程でも、ただコンテの絵を繋ぐのではなく「追加の絵」を描き、2Dの作画で用いられる「タイムシート」を使用して映像を作成した。見たことがあったとしても3Dでタイムシートを書く機会はなかなかないため、尺の感覚やそもそもの書き方がわからず悪戦苦闘の作業となった。After Effectsでやっていることを想像しながらの作業となった。それでも全12話分のコンテ撮素材を作成したことで「アニメの文法」が見えてきたそうだ。
カット数に関しても、当初は200カットで進める想定だったが300カット前後まで増えた。今まで携わった作品では1つのカットに集中して時間をかけて作っており、200カットを超えるものを作ることがなかったとのことだが、本作では300カット前後ほど制作しなければならないという状況に直面し、そのギャップが大きかったという。
▲コンテ撮からアフレコ(AR)のながれ。CG制作の前後で2回収録が行われている
声の収録に関しては、準備した素材を撮影(コンポジット)担当が撮影しそれに対してプレスコを実施、その後CG制作を経て再度アフレコを行う2段構えとなった。そもそもアフレコブースや音響スタジオに入ることから、編集、V編、本読みにいたるまで黒﨑氏にとっては「何もかも初めての経験」である。いきなりCGディレクターから監督になるよりも、「1度演出になった方が良い」と感じたという。ようやく慣れてきたところで、声優にもリテイクを出せるようになったそうだ。
CGモデルのセットアップとCGの壁を超えるモーフ
本作で使用したツールは3ds Max、Pencil+ 4、Phoenix FD、After Effectsがメインで、その他はPhotoshopなどである。社内スタッフの体制は2班で進め、各班ディレクターとチーフが1名ずつ。東京本社を中心に、名古屋工学院専門学校から入社したばかりのアニメーターを加え、東京と名古屋の連携でチームを構成した。1班あたり10名程度、全体で25名程度という体制ではあったが、経験者数名に対しほとんどが新人という構成は苦労も多かったという。
CGモデルは主人公・主人公・翔(かける)はキャラクターデザインに忠実に作成したが、パワードスーツは原案をベースにモデル作成時にディテールを付け足しながら作業を行なったため、基のデザインよりも線が増えた。基本的に、キャラクターはノーマル色にラインと影で構成されているが、パワードスーツは8〜9つ程度の素材を1度のレンダリングで出力するしくみを作り、ルックを細かく調整できるようにしている。
▲モデルの基となったデザイン。主人公・翔(かける)がアニメ的な線であるのに対し、パワードスーツは美術的な塗りで描かれている
▲パワードスーツはノーマルとラインに加え、カットに応じたレンダリングが可能
本作ではパワードスーツが光る「発光パーツ」などを意識しており、パワードスーツが登場する場面を暗めに設定。1度レンダリングすると、それぞれ影やハイライトなどの素材が個別に書き出される。ハイライトが欲しい場合にレタッチで処理ができるなど、アニメーターの作業のしやすさを考慮した素材の並びにしている。
セットアップは作業のしやすさからBipedのリグをベースにし、スキニングはBones Proで行なった。歪みや長さの調整など、変形が必要な部分があるためだ。またコントローラが大量にあるため、各種モーフなどはもともと開発していたものを使用した。ただ、「ダンス用のコントローラ」だったため、後々困ることになったという。
▲過去作を踏襲したリグ
表情のモーフに関しては、これまでに手がけてきた「カワイイ女の子が笑顔で踊る作品」で制作していたものを踏襲してみたが、表情変化の激しいTVシリーズには対応しきれず、結局使用しないこととなった。話数が進むごとに作り直し、最初の2〜3倍、左右だけで300以上のモーフを追加作成。「CGの壁」を越える2Dの作画らしい表現を目指すならば多種多様なモーフが必要となり、過去のデータでは到底足りなかった。
▲「CGの壁」を超えるため、新規開発する必要に迫られた
背景とCGのカットワークフロー
背景は一般的には設定が上がってきたら美術ボードを描き、それをCGで簡易的にモデリングする場合が多いが、CG制作会社ということもありかなり作り込んだ。美術ボードでは画像のように、ここまでテクスチャを描いて使用している。実在する場所で作っていたため、写真だけで進めることも多かったという。
▲美術ボードを基にCGで制作して原図とし、レタッチして仕上げる
▲こちらはロケハンした写真を基にCGモデルを制作して原図としている
社内に「CGスタッフ」と「監督」がいるということで、神社の垂れ幕などは監督がCGスタッフに直接指示しながらCGモデルを作っていった。現地の写真を基に美術モデルを大量に起こすことができたのは、社内に監督、演出、CGディレクターがいる強みでもある。
街などは基本的にロケハン時の写真をレイアウトとして使い、決め込んだ状態でCG作業に入っていく。原図についても、見たことはあれど作ったことはなかったため、まずテンプレートを定めるのに苦労したという。美術スタッフと相談しながら改良を重ね、After EffectsとPhotoshopとを紐付けして一度に書き出せるようにした。それを監督や演出がチェックする。
▲絵コンテとレイアウト用に撮影した写真。撮影時のエピソードも語られた。「この場所が大変だったね(笑)」(黒﨑氏)、「名古屋駅の目の前なんですけど、出勤のサラリーマンが大勢いたり、何やってんの......みたいな目で見られたり(笑)」(横田氏)
CGカットのワークフローは原図位置を先に決めてCGレイアウトとする。その後、当初はアニメーションとセカンダリを分けて進める予定だった。ところが新人が多い関係で、CGレイアウトはBipedでモーションを付け終わってからカメラ位置を決めるなど、二転三転した。それから原図発注、アニメーションのながれとなる。アニメーションはコントローラで髪の揺れなどを調整した。
▲原図と完成した美術背景。「原図をもらったことはあっても作ったことはなかったので、作り方から出し方まで最初てんてこ舞いでした」(横田氏)
エフェクトなどの処理については、撮影段階で入れることもあるがCG側で追加する場合もある。他作品ではエフェクトを作画や撮影に頼むケースも多いが、今作ではほとんどを社内で担当した。CGの演算でもなく手描きでの作業となったが、それでも回を進めるごとに慣れていったとのこと。
全ての背景をCGモデルとして作るわけではないため原図出しなどが大変で、結局アクション以外は2Dの美術の背景が大半となった。表情のモーフやパース感を強調した構図などCG制作の弱みもあり、「やりたいこととのギャップ」が多かったという。モーフを直したりエフェクトを足したりなどは、最終的にはレタッチなどの力技。「最後はパワーゲームになると思う」(横田氏)。
▲名古屋市役所の執務室。CGチームは背景が描けないため、写真で補完しつつ東京と名古屋でやり取りしたのが大変だったという
撮影を発注するにも、CGではタイムシートを描かないためそれらの指示をどうするか、どうやって伝えるのか、最初から最後まで新しい挑戦の連続だったという。撮影処理を描くためのカット毎の指示書を作りそこに書き込んで渡したが、撮影にとってはタイムシートに書かれているわけではないため逆に混乱を招いてしまい、各所との「共通言語」の模索が必要となった。
あらゆる局面で直面した壁 〜今後の課題
「20名中17名が新人」という状況でなんとか制作できたものの、経験不足は否めなかった。トライ&エラーを繰り返しながら進めていくと時間がかかってしまう。「言い訳ではありませんが、新型コロナウィルスの影響は大きかったです。ロケハンも名古屋、アフレコも名古屋ということで、新人だから直接ディレクションさせてもらい、みんなで作り上げていく企画だったのに、コロナ禍で現地に行けなくなってしまい困りました」(黒﨑氏)。
▲制作において直面した壁はこれだけあった。「毎日のようにケンカしましたね(笑)。社内に監督がいたので、そういう話し合いができたことは良い点でした」(横田氏)
東京ー名古屋間のやり取りでも、本当はもっと教えに行きたかったが、移動ができずオンラインでの指導が主になった。オンラインでは、横についてもらって簡単に聞けることが聞けなくなってしまうため、直接顔を合わせて話すことの大切さが身に沁みたという。リテイクの出し方やスケジュールなど、かなり見直しながら進めていったが、1話では1班20名で取り組み作業期間は3〜4ヶ月かかった。最終話あたりになると、半分の人数で2ヶ月で終わり、実質4分の1程度の作業コストになった。
また、監督とディレクターで夜通し全カットのレイアウトを切るということもあった。チェックバックも新人がCGで作ると画像(上)のようになるので、かなりリテイクを出したという。その場にいるとできることなのだが、オンラインで伝えるとなるとなかなか難しいところがある。これまではさほど赤入れは行なってきておらず言葉で伝えるだけだったが、今回はディレクター陣がほぼ全カット赤入れ(実際は青色だが:画像)した。その結果、徐々にテイクを重ねることもなくなっていったという。
3Dの部分は「各話の演出」をでディレクターにも手がけてもらい、 監督が目指しているものをディレクターに伝えると演出にも伝わるという形を目指した。2D作画はK&Kデザインや作画の演出に担当してもらうというながれで、作業の分量としては、スケジュール管理、ロケハン、ロケハン写真の選定、フェイシャルの指示描き、シート描き、カット作成など多岐にわたる。それらが最後に監督に集まりチェックを受ける。
演出を兼ねたディレクターは、近くにいるからそれなりに楽であった一方で、初めての座組で人数も少なかったため、「誰かが何かを兼任」して進めていく場面が多くなっていった。各人の理解力が高まると分担も可能になると黒﨑氏は話しており、「ワークフローの確立をはじめ、恐らく全ての工程に繋がってくることでそれがわかっただけでも挑戦して良かった。挑戦したからこそ、次回への課題がたくさん見えてきた気がする」とふり返る。
▲「僕たちを踏み台にして、業界全体でより良い作品や現場を作ってもらえると良いなと思います」(横田氏)
最後に黒﨑氏は「特殊な座組ということもありますが、CG会社が初めてテレビシリーズに挑んだときに直面した問題として、真似してほしくないし味わってほしくない。学生さんは『こういうことやってるんだ』で良いですけどね。企業向けとしては、同じ轍を踏まないよう『こういうことがありました』、『こういった問題が山のように起きますよ』ということを見ていただけたかと。準備を怠らない方が良いと思います」と話している。そして「色々とご協力いただけたことで、とても面白い作品になったと思います。ぜひみなさんにも観ていただけたら」と本作のアピールを添えてセッションは幕となった。