TEXT_神山 大輝 / Daiki Kamiyama
Photo_弘田 充 / Mitsuru Hirota

2018年3月23日(金)から3月25日(日)にかけて表参道SO-CAL LINK GALLERYで開催された「未来世界遺産展」。コンセプトアートのスペシャリストが集うINEI 富安健一郎氏と、『蒼穹のファフナー』や『マルドゥック・スクランブル』などを手掛けた小説家 冲方丁氏によって描かれる、独自の世界観を持つ展覧会だ。3日間の来場者数は約2700名となり、10メートルもの巨大な絵画を介して、"未来にあるかもしれない世界遺産の絶景"を多くの来場者が体験した。

展示された3点のコンセプトアートは全長10メートル、高さ2メートルと類を見ない巨大さで、継ぎ目の一切ない一枚の紙に印刷されたデジタルアートだ。会場に入ると、まずは旅行ガイドのような四つ折りのガイドマップと、封筒に入った数枚の「手紙」を受け取ることになる。ガイドマップは今回描かれた仮想の観光地の成り立ちや代表的建造物が書かれており、手紙には旅の最中の男性が恋人に向けて旅の様子を伝える内容が記されている。

ノワール=アレキサンドラ島

1枚目は「ノワール=アレキサンドラ島」の全景で、中央に位置するアレキサンドラ城を中心に港や神殿、監獄島が描かれている。青い空と青い海、赤屋根の建造物からイタリアの街並みのような印象を受けるアートとなっている。

九界(クージェ)



2枚目は「九界(クージェ)」。燃えるような夕焼けを背景に、船市場や発電所、レストランが描かれている。この絵の前に立つと、会場内のスタッフがおもむろに2通目の手紙を手渡してくれる。旅の最中の男性は、九界の喧騒や夕焼けについて恋人宛に手紙をしたためているようだ。ガイドブックに書かれた観光情報と、手紙を媒介とした旅する男性の生の声。巨大な絵の没入感も相まって、見ている私たちも徐々に世界に入り込んでいく。

フォマルハウト・パラス

3枚目は「フォマルハウト・パラス」の夜景で、ここは過去の伝承から恋人たちの聖地となっている砂漠の街となる。3枚目の手紙では、恋人が既に他界しており、男性は旅をしながらこの聖地を目指していたことが明らかになる。飛び交うランタンの中にひとつだけ赤いランタンがあるが、この中には彼が恋人のために作った指輪が入っているーーーという、切なくも美しい物語が展開される。

主催者INEI富安氏インタビュー

"巨大な絵""手紙"。こうしたユニークな展覧会を開催した背景とコンセプトについて、INEIの富安氏と橋本氏(執行役員)にお話を伺った。

ことの発端は「我々が普段描いているコンセプトアートは、まるで未来の世界遺産のようではないか」という2人の新幹線内の会話で、その5分後には開催コンセプトまで固まっていたという。

「通常の展覧会は短時間で見て回る方も多いが、未来世界遺産展では3時間は見ていられる絵画を作りたい」と語る富安氏だが、その目標の達成のために巨大な絵画をわずか3ヶ月で描き上げた。

1枚目は旅の始まりを感じるような爽やかな青空、2枚目は少し猥雑な雰囲気を表現した夕焼け、そして3枚目は夢の世界のような美しい夜景が描かれているが、全て色合いにコントラストがあり、富安氏によると「会場に入った瞬間、全体を俯瞰して見た時にバランスが良いように調整している」とのこと。

また、会場にはアロマオイルや波の音を再生するスピーカーなどが置かれており、手紙やガイドブックの仕掛け以外にも空間全体の演出に気を遣っている様子が見て取れる。両氏は「この試みはまだ実験的な部分もある」としながらも、事前に印刷した手紙の数が初日で不足するほどの来場数で嬉しい悲鳴を上げていた様子。

富安氏は「まずは開催出来て良かった。中には3枚目の絵で涙を流して下さる方もおり、こうした会場の方の反響が素直に嬉しい。」と笑顔で語っていた。

富安健一郎 × 冲方丁 トークショー

初日(23日)の夜には作品のストーリーテリングを担当した冲方氏と富安氏によって、トークショー形式で各コンセプトアートの説明が行われた。初回の打ち合わせでは富安氏が絵の各要素について事細かに説明を行い、その後冲方氏が富安氏にインタビューをするような格好でその場で次々に設定を練り上げ、1ヶ月程度でストーリーを組み上げていった形だ。

会場を移動しながら解説を続ける2人。2枚目は冲方氏いわく「1番難しかった」とのことだが、島ごとの特徴から街のギミックや機能を考えていくことで、喧騒感などの雰囲気を読み取っていったという。また、タイの水上マーケットや九龍城砦など、実際の観光地を挙げながらイメージの擦り合わせを行っていたとも語った。

3枚目は月と星、そしてオーロラが同時に出現する非現実的な空模様で、街の光の他にスカイランタンまで飛んでいる光源の多い1枚だ。ここから冲方氏は「祝祭」をイメージし、現実世界と非現実世界の境目がないような幻想的な場所という設定を盛り込んでいった。余談となるが、富安氏は絵を描いている最中ずっと「風に立つライオン/さだまさし(1987年)」が脳内に流れていたそうで、ここから少し切ない展開や手紙の仕組みが生み出されたとも説明された。


なお、未来世界遺産展は2019年3月29日(金)から3月31日(日)の期間、横浜大さん橋ホールで開催されることが決定している。今回公開された絵よりも更に巨大なものを描いていく計画もあるとのことで、この展覧会が気になった方は是非チェックをしてみて欲しい。