異色の世界観で観る者を魅了してきた石橋義正監督の劇場映画最新作『ミロクローゼ』が公開された。原作を持つ映画が幅を利かせている中、映画発のオリジナルに挑み独特な映像表現に取り組んだ本作について演出と VFX の両面からみていきたい。
シネクイントほか全国公開中
©2012「ミロクローゼ」製作委員会
www.milocrorze.jp
「恋」をテーマに石橋ワールドが炸裂する!
登場人物がマネキンというショートコメディ『オー!マイキー』や舞台、インスタレーションなど勢力的に活動している石橋義正氏が監督を務める映画『ミロクローゼ』が先月公開された。本作は「恋は世の中の全てのことのはじまりだということがわかった」と劇中の台詞にあるように、「恋」がテーマの純愛ラブストーリーだ。恋をすることでそれが愛に発展し、相手のことを考えるようになり、やがて全ての人や物に対する愛へとつながっていく......。様々な刺激をバーチャルで得られるようになり、積極的な恋をしなくなってしまった現代の若者へ「もっと本気で恋をしようよ」という監督のメッセージが込められているのだ。
3つの話、3人の主人公からなる本作。平凡な生活の中で出会った美女、偉大なミロクローゼに恋をして人生が変わる少年のような姿の青年「オブレネリ ブレネリギャー」、恋に悩める青年たちの恋愛の神、イケイケ青春相談員「熊谷ベッソン」、さらわれた恋人ユリを探して次元を渡り歩く浪人「タモン」という、まったく異なる3人の主人公を演じるのは、俳優山田孝之。「1人の役者が3人を演じることで、映画を観終わった後に3人が重なりあって、観た人の心に1人の人物像として浮かび上がってくるというみせ方にチャレンジしました。1つのストーリーでは描写しきれない、人間の持つ多面性を表現しています」と石橋監督は語る。
そんな物語の舞台は、カラフルで絵本のような世界、70 年代のアメリカンムービーテイストな世界、江戸時代と西部劇と現代が交錯する世界など、ひと言では言い表せられない摩訶不思議な世界たち。このビジュアルを実現するために、監督を中心とした美術スタッフ、ファッション関係者、学生やプロのスタッフなど、個性的なチームが編成された。そこで今回は、石橋監督へのインタビューとギャラクシーオブテラーのテラオカ氏に聞いた 3DCG メイキングについて紹介しよう。
映画『ミロクローゼ』予告編
石橋義正監督インタビュー
〜純粋なものづくりへのこだわり〜
監督だけでなく、脚本、美術、編集、さらに音楽まで自らてがける石橋監督。様々な挑戦を続ける監督が本作で試みた表現とは何か。『ミロクローゼ』で監督はどのような世界を描こうとしたのか、石橋流映像演出に迫る。
Q:カット割りやノリの良さなど「石橋ワールド」全開の本作ですが、編集も監督自ら行われているのですか?
石橋監督:はい。シネレンズを装備したソニーの PMW-EX3 で撮影を行い、データを ProRes 422 で Mac に取り込み、Final Cut Pro で編集しています。編集が終わったものはカットごとに After Effects に読み込んで、カラーコレクションを施しました。そこまでの作業は自分で行い、それ以降は CG が必要なカットなどに分け、分業しながら進めています。様々な技術が進化したことにより、今は編集スタジオを借りなくても自分で作業することが可能になりました。時間をかければとことん追究できるので、本作でも細部までこだわって作り込んでいます。
After Effects での操作画面。監督自ら編集も行う
Q:石橋監督の作品は映像が音楽的で、観ていて非常に気持ち良いですが、音楽も担当されているそうですね。
石橋監督:音楽は感情的に作っていけるので好きですね。ベッソンのパートはミュージカル的な表現になっていて、映像に後から音楽を付けるのではなく、シナリオを書く前に曲から作っています。Logic Pro 上でキーボードやループ音源を使って作曲しました。どのようにダンスをみせるかを決め込んでから撮影に臨み、音に合わせて自分で編集をしています。それが全体のリズム感につながっているのでしょうか。ベッソンのパート以外は作曲家にお願いしていますが、もう少し乾いた感じ、ウェットな感じ、というように曲のニュアンスを伝えながら仕上げてもらいました。
Logic Pro での編集画面。監督自ら作曲することで映像と音楽がマッチした気持ちよいグルーヴが生まれる
Q:主人公の1人、タモンが大立ち回りする大迫力のシーンには圧倒されました。あの表現に行き着くまでの経緯をお聞かせください。
石橋監督:「大立ち回りの途中で見得を切るシーン」を描きたくて、この映画を創ったようなものです。自分は「こういう画を撮りたい」というところから映画づくりに入ることが多いのですが、このシーンは高知県で絵金の歌舞伎絵を観たときに思いつきました。絵巻物のように横にスクロールしながら、平面的ながらも奥の方まで人物の細かい動作が見えてくるようにしています。最初はセルフタイマーでカウントしながら自分で動いてみて、イメージボードを起こし、After Effects でプリビジュアライゼーションを行い、それを元にアクション監督と動線や動きを決めていきました。このシーンは 50 人ほどの役者が一斉にアクションするのですが、ひとりひとりに自分の演技を大切にするようにしてもらったので、とても活き活きした画が撮れています。現場が一体となって盛り上がり、その気持ちが画として出ているのかもしれませんね。当初はブルーバックで別々に撮影し、後で合成しようとも考えていたのですが、一発勝負でやって良かったと思っています。
何度もリハーサルを重ね、全スタッフの心をひとつにして一発勝負の気持ちで撮影したという
Q:大勢の学生スタッフも制作に参加されたということですが?
石橋監督:以前から、前向きな意味での自主制作的なスタンスで作品制作に臨んできたのですが、今回はプロが学校に持ち込んだプロジェクトを学生が手伝い、現場を体験しながら学ぶというプログラムがあり、それに参加しました。タモンの大立ち回りで登場する横幅 30m のセットを京都造形芸術大学のウルトラファクトリーに、お猪口や花札などの小物は 3DCG を大阪電気通信大学の学生たちに頼みました。彼らは手探りなので、やってみたけどできなかったということも起こり得るのですが、純粋にものづくりをしたいという気持ちだけで挑んでいるのは大変気持ち良いものですし、一緒に制作することで刺激も受けました。自分も常に「純粋にものづくりを!」という気持ちを大切にしているので、こういった自主制作的なスタイルをこれからも続けていこうと思っています。
オーディションで選抜された学生スタッフも加わり、大立ち回りをはじめとする様々なシーンのセットが組み上げられた
Q:映画原作の制作が難しい状況下で、あえて挑戦した思いを聞かせてください。
石橋監督:この映画を完成させるのに8年の歳月がかかりました。原作のある映画とちがいヒットの保証がないオリジナル作品は、どんなに良い脚本ができてもなかなか話が進みません。たとえ自分ひとりになってもつくるんだという強い思いがなければできないのだと痛感しました。現在、原作を持った映画や広告を目的とした映像が多く、映像本来の作品性が失われつつあります。また、どこででも簡単に映像が観られるようになったことで映画館を利用する機会が減り、映像はどんどんパーソナルなものになってきました。「大勢で共有できる文化」としての映像をつくっていくことは、映像に携わる人間にとって大切なことです。その意味でも『ミロクローゼ』が映画発の作品であることは、意義があると思います。
『ミロクローゼ』の台本。中にはラフコンテも描き込まれている
Q:CG など映像技術の発達によって、どのような変化がありましたか?
石橋監督:コンピュータ1台で作品がつくれるようになったことで、絵を描いたり写真を撮るように、映像制作が身近になった影響は大きいです。ポスプロなど、今まで誰かに頼まないとできなかったことが自分の手で行えるようになり、時間をかければとことん追い込むことができるようになりました。もちろん何もかもが CG になってしまうと手作り感が失われてしまう気もしますけど、今後 3DCG を含め映像技術がどう発展していくか楽しみにしています。
石橋作品が生み出される監督のデスク
シナリオと同時に描かれたイメージボード。様々なことが自身で可能となり、思い描いたビジュアルにより近づけられるようになった
同じくイメージボード<左>と、実際に制作されたカット<右>
石橋義正(監督)
1968 年、京都生まれ。京都ならではの伝統工芸に慣れ親しみながら、映像制作の道へ。初の短編映画がキリンプラザ大阪コンテンポラリーアワード優秀賞、映像部門賞を同時に受賞する。代表作は『オー!マイキー』、『バミリオン・プレジャー・ナイト』、劇場用映画『狂わせたいの』など。また、映像&パフォーマンスグループ「キュピキュピ」のメンバーでもある。
完成度を押し上げた 3DCG 表現
ここからは、本作の具体的なメイキングについて紹介していこう。石橋監督独自の制作手法に加え、挑戦的な表現を描くのにひと役買った VFX ワークについて中核スタッフのひとり、ギャラクシーオブテラーのテラオカ氏に話を聞いた。
全てはこの画のために! 圧巻の大立ち回り
浮世絵×絵巻物:飽くなき映像制作
本編後半に登場するタモンの大立ち回りは、石橋監督がこのシーンを描くために本作を撮ったというだけあり、大勢の役者が入り乱れ浮世絵の中に入り込んだような錯覚さえ覚える、とても見応えのあるシーンだ。
当初は4レイヤー化して別々に撮影し、後で合成して画をつくることも検討されたそうだが、最終的には奥行きのある横長のセットを作り、1発撮りで撮影されたという。カメラはハイスピードで撮れる FASTCAM を使い、最もスピードが活きる 500 コマ/秒で撮影。奥にいる人物の演技までしっかりと観ることができる。スローモーション映像としての尺は長いものの、実際の演技時間はわずか 20 秒間ほど。これを1セットとして4セット撮影したそうだ。役者ひとりひとりの演技と構図がどこのタイミングでも決まっており、1コマ1コマが絵画のように見えてくるほどの完成度には驚かされる。その中でカメラがドリーし、奥方向の構造が見えてくる瞬間は鳥肌ものなので、ぜひ劇場で体感していただきたい。
大立ち回りのために制作されたセット
<左>処理前の映像。上手にはグリーンバックが見える。<右>セットで作れなかった欄間などが 3DCG で足された
3DCG は、セットの構造で作ることのできなかった欄間や飛ばしものの小物のほか、襖の奥に繋がる部屋や庭、タモンが見得を切る際のモーフィングなどで使われた。ハイスピードカメラで撮影された映像は NUKE でカラーコレクションが施され、そこに 3ds Max で作った 3DCG 素材を足して仕上げられている。3DCG を実写に馴染ませるには複数のパスが必要になってくるため、OpenEXR を使いマルチパスで管理された。しかし、このカットは全篇ハイスピードカメラで撮影されているため、とにかくデータ量が多く、200GB 強にも膨れ上がった素材の管理には苦労したそうだ。
<左>3ds Max での作業画面。カメラは boujou でトラッキングしている。<右>合成前の 3DCG 素材。この後コンポジットで実写と馴染ませる
刀や花札などの飛ばしものは 3DCG で制作された。これらを合成して映像が完成する
このシーンの要所要所でタモンが見得を切り、カッコイイ! と思うと同時に笑ってしまうのだが、この歌舞伎絵のような表現も 3DCG によって実現したものだ。西洋からパースという概念が持ち込まれる以前の歌舞伎絵では、人間の関節が3次元的にはありえない付き方で描かれることがあった。それを表現するために役者の顔と腕を別に素材撮りし、2D 的にモーフィングさせることで画を完成させたという。ただし、寄り眼の表現は、当初 CG で対応することも検討されたが、役者が練習してできるようになってしまったというから驚きだ。
1番の見せ場と言える、見得を切るシーン
絵本の世界のようなオブレネリ ブレネリギャーの小さな家
セット、模型、3DCG のハイブリッドで作り上げる
重なり合いつつもそれぞれ異なる不思議な世界が登場する本作。その中の1つ、オブレネリのパートではパステル調でミニチュア撮影したような質感の、絵本的でファンタスティックな世界が描かれている。オブレネリの家は、1階、2階、テラスのセットを部分的に組み、セットエクステンションとして壁や屋根が 3DCG で足された。また家のミニチュア模型も制作され、それを利用してフル 3DCG も起こされている。この模型の家とセットからマチエールを撮影してテクスチャを作り、3ds Max のモデルに貼り込むことで質感の向上を図ったそうだ。ベッドや時計などの小物に関しても、実物のリファレンスから 3DCG が起こされており、リアリティのある画に仕上がっている。そのためテクスチャ容量は 4GB にものぼったそうだが、完成した映像を観ると、独特の質感表現に貢献していることがわかるだろう。
シナリオ制作前に描いたイメージボード
ミニチュアや絵本のような世界観に仕上げられている
このパートは 3DCG で補う部分が多かったため、多くのカットでカメラトラッキングが必要になった。トラッキングには PFTrack が使用され、3D カメラを 3ds Max へ読み込むことでマッチングが行われている。さらに、彩度の高いカラフルな色遣いのこのパートでは、人物などのパーツごとにカラーコレクションを施さなければならなかった。そのために必要な多くのマスクワークは、大阪電気通信大学の学生による人海戦術で乗り越えたそうだ。
<左>バーチャルセットとして機能するように、3ds Max で家の細部まで作り込まれている。<右>テクスチャフォルダには膨大なファイルが並ぶ。質感を出すために1つずつ丁寧にテクスチャが描かれていった
リアルさと違和感を併せ持つネコ
ベランドラ・ゴヌゴンゾーラ
3DCG で描かれる不思議なネコの表現
オブレネリの家に住みつくネコ、ベランドラ・ゴヌゴンゾーラはフル 3DCG で描かれている。リアルな質感でありながらも、独特な動きや表情がどことなく違和感を感じさせる、不思議な存在だ。監督からは、世捨て人のようであり狸のようでもある、毛並みの長いネコにしたいという要求があり、それに応えるためにどのようなルックにしてどのような手法で作成するのか、制作終盤まで試行錯誤を重ねたという。
その中で、毛の表現には細心の注意が払われている。毛並みを細かくスタイリングするのには、3ds Max 標準搭載の Hair&Fur を使用。コンフォーム機能によってクシで毛を梳かしたり、散髪したりするようにモデリングが行われた。しかし、これがなかなか思うように動かず、良い結果になるまで何度もトライして追い込んでいったという。また、ネコのような動物の毛が、体の中心に向かうにしたがって影が濃くなっていく現象をディープシャドウというが、本作ではレンダリングを V-Ray で行なっているため、そのままではこのディープシャドウを表現できない。そこでヘアのレンダリング時に V-Ray 1.5 SP3 から対応した mr prim モードを使うことでこの問題を解決したとのこと。このような積み重ねがのひとつひとつが、一見リアルなようでリアルでない、ファンタジーかつ独特な世界観を作り上げるのにひと役買っているというわけだ。
Hair&Fur で少しずつ毛並みを整え、イメージに近づけていく。1日中毛を弄っている日もあったとか
顔と胴体を分けてレンダリングし、後で合成した
リアルな外見に反して不思議な動きをするベランドラが世界観の演出にひと役買っている
映画『ミロクローゼ』より、ベランドラ・ゴヌゴンゾーラの動き
TEXT_高橋哲人/下村舞子(TETSUJIN Audio Visual)
映像音楽家・ディレクター/CG デザイナー
www.tetsuto.jp
PHOTO_弘田 充
『ミロクローゼ』
11 月 24 日(土)シネクイントほか全国順次ロードショー
©2012「ミロクローゼ」製作委員会
監督・脚本・美術・編集・音楽:石橋義正
出演:山田孝之、マイコ、石橋杏奈、原田美枝子、鈴木清順、佐藤めぐみ、岩佐真悠子、武藤敬司、奥田瑛二
主題歌:ONE OK ROCK『LOST AND FOUND』(A-Sketch)
音楽:久保田修、生駒祐子、清水恒輔
配給:ディーライツ、カズモ
www.milocrorze.jp