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近年、デスクトップマシンからラップトップへの移行が進んでいるが、ハイエンドモデルでも同様の動きが増えてきた。"モバイルワークステーション"への移行である。
デジタル・コンテンツの制作現場では、一連のプロダクション業務を依然としてデスクトップで行うのが基本だが、それが未来永劫続くという保証はない。そこで今回は、ワークステーションのベンダーとして定評あるヒューレット・パッカード製のモバイルワークステーション「HP EliteBook 8740w Mobile Workstation」の使い勝手を、デジタル・アーティスト視点で試してみた。

デジタル・アーティストとモバイルワークステーション

極端かつ勝手な予測ではあるが、デザイナー諸氏の中にはコンピュータは"グラフィック制作とインターネットを行うための道具"というシンプルな認識をしている方も多いのではないだろうか? 正直なところ、まさに筆者がその類の人間であり、実はハードウェアの詳細についてそれほど興味がないという、いわゆる右脳系デザイナーの典型といって過言ではないだろう。そんな筆者のワークスタイルだが、目下、全てのCG・映像制作業務はデスクトップマシンで対応しており、これまでラップトップでの本格的なCG作業を体験したことはなかったりする。

そんな筆者は、今年度前半から仕事上の大きな転機により、東京、名古屋、さらには神戸という3つの拠点でCGコンテンツ制作と教育業務という二足のワラジを履くことになってしまった経緯がある。
自宅を離れて本格的なモデリング作業しなければならないといった事態に遭遇することが多くなり、デスクトップマシンを大きなカートに載せて新幹線で移動したりしていた。
さすがに体力的にもマシンの耐久性能的にも心配になってきたので、6月頃からモバイルワークステーションに注目していたところに、今回レビューする機会を頂いた次第。さて、前置きが長くなったが、今回はそうした自身の制作スタイルを全面に押し出そうと、敢えてスペック比較等に基づく客観的なテクニカル・ライター的な視点ではなく、"文系デザイナー"の視点からこの最新モバイルワークステーションの実用性をレビューしてみたい。

今回取り上げた、日本ヒューレット・パッカード社(以下、日本HP)の「HP EliteBook 8740W Mobile Workstation」(以下、8740w)は、その名の通り強力なグラフィック性能を持ちながらも、普段の制作環境を離れて持ち歩くことが可能というコンセプトの高性能ラップトップだ。HPのデスクトップワークステーションのZシリーズのように「ISV認証」を取得するまでには至っていないものの、撮影現場など、イレギュラーな現場で作業したり、クライアントへのプレゼン業務などが多いクリエイター、あるいは筆者のように仕事柄長距離移動が多く、複数の場所で作業を強いられるものの、各所ごとに環境を構築するのではコスト的に割りが合わないといった悩みを抱える人には、うってつけの選択肢となるだろう。

評価機の主要スペックは、下表の通り。飽くまでも評価モデルに対する印象だが、現在のプロダクションワークで使用されるデスクトップと比較すると、特にOSやRAM容量に物足りなさを感じた(最新のハイエンドな3DCG作業を行う上では64bit環境が必須)。もちろん、Windows 7 64bit版搭載モデルも用意されているし、RAMも最大8GBまで増設可能だったりと、予算と目的に応じて適切な構成を選択すればその不満も解消されることだろう。

8740w評価機の構成

今回レビューした8740wの主なスペック。直販サイトで用意している4モデルの中で最も廉価なものだが、上位モデルでは、インテルCore i7や、WUXGA(1,920×1,200)などが採用されている。詳しくは、製品サイトを参照

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ベンチマークと静音性

まずは外出時にCG作業を行なってみた。さすがは、17インチワイドスクリーン/WSXGA+(1,680×1,050)という大きなディスプレイは実に快適で、仕事場に近い感覚で一連の操作が行えた。Autodesk Mayaのように細かなメニューが並ぶアプリケーションであっても、まったく問題なく可読できる。その反面、本機の約3.57キロという重量は、持ち運ぶ上ではかなり重く、ショルダーバックに納めてJR山手線に乗ってみたところ、肩にずっしりと重みを感じ、立っているのが辛い状況だった。そもそものところで、本機が"EliteBook"というHPのラップトップ製品群におけるエンタープライズ向けのブランドを冠していることからも判るように、手軽に持ち歩くものではなく、外出先でデスクトップ同等の高いパフォーマンスを発揮するために開発された製品なので無理もないのだが......。
カフェに到着して作業を始めると、当然、他のお客さんの目を引いてしまう。特にペンタブレットを繋いでZBrushでスカルプティングを始めたりしようものなら、かなりの注目を浴びること受け合い。やはり、移動途中に洒落たカフェでちょっとお仕事というものではないようだ(苦笑)。

とは言え、8740wならではの利点もある。何よりもディスプレイの大きさや本機の「周辺光センサー」は、明るさの違いを感知して自動でディスプレイの輝度を目疲れしにくい明るさに調整してくれるので、間接照明による薄暗い店内ではありがたかった。例えば、ロケ先などで夜、宿泊したホテルで締め切り間際の別件作業を行うことがあったとしたら、撮影現場と部屋の環境光のギャップを再調整する手間を省いてくれるはずだ。さらに、上位2モデル(インテルCore i7 720QMプロセッサ搭載モデルと同820QMプロセッサ搭載モデル)は、HPと米ドリームワークスSKGが共同開発した「HP Dream Color」規格に対応したディスプレイを採用しているので、本格的なカラーマネジメントがラップトップで行えるそうだ。

カフェでは、ベンチマークソフト「MAXON CINEBENCH R11.5」も走らせてみた。あいにく比較対象がラップトップではなく、4コア以上のデスクトップマシンとの比較になったものの、モバイルワークステーションの名に恥じない結果だと言えよう(下表)。
また、ベンチマークテストで負荷を与えた際はどうしてもファンノイズが大きくなってしまうが、作業に集中できなくなるほどではない。静かな店内でも他のお客さんの迷惑になりそうな気配は全くなかった。

今回は屋外ではカフェでの試用に止まったため、長時間のバッテリ駆動については検証できなかったのだが、続く後編では、実際に新幹線のぞみ号(東京ー新大阪間)で3時間近くCG作業を試した際の使用感を紹介する予定だ(ちなみに、オプションで最大約7.5時間までの利用が可能なセカンダリ拡張バッテリも用意されている)。

CINEBENCH R11.5の結果

CINEBENCH R11.5による、メインプロセッサ(CPU)画像左とグラフィックスボード(OpenGLモード)画像右の計測結果。筆者の手元に適当なラップトップがなかったため、比較対象が4コア以上のデスクトップマシンになってしまったが、大健闘したのではないだろうか。特にOpenGLでは、8コアのATI Radeon HD 4870搭載マシンよりも好スコアを叩き出した

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基本的な操作感

筐体は「HP DuraCase」と呼ばれる、フルマグネシウムのベース、マグネシウム合金とアルミニウムを貼り合わせたディスプレイカバー、そして特殊形状のラッチと強靱なヒンジで構成されている。HPサイトの製品写真からは想像できなかったが、実際に手にとってみると、かなりしっかりとした堅牢な造りだ。無駄な曲面を排したフラットな面で構成された背面やキーボードパネルは、プロダクションワークの現場でもお洒落すぎず、悪目立ちをしないで自然に"場"に馴染むであろう、正に質実剛健な気配を漂わせている。
左右2つある、ゴツい蝶番周りの力強い剛性は素晴らしい。ねじれを全く感じさせず、前方の解除ボタンを押してノートを開く時には頼もしさすら感じてしまった。これならCG・映像の作業データを預けても安心。180度完全に水平となるまでディスプレイを開くことができることも、ミーティング時などに重宝しそうだ。

マグネシウム(合金)とアルミニウムを中心に構成された本機。マグネシウムと言えば、車やオートバイの好きな方にはピンと来る素材だが、軽くて丈夫なことは請負だ。アルミニウムは熱伝導も高く、使用時の冷却が期待できる。ただし、今年の夏の異常な暑さの前では、どうしたって熱いものは熱いというのが正直な感想ではあった。機会あれば季節を改めてトライしてみたい。

8740w本体前面と背面

本体前面(上)と背面(下)。背面が通気口があるだけなのに対して、前面には左右にスピーカーが配置されている他、中央右にはオーディオ入出力端子を各1つづとメディアカードスロットを持つ。また、左側に数種類のLEDも配置されており、ネットワークを感知した際などに色が変わり、状況が確認できる仕組みだ。視覚的に判りやすく、輝度が抑え目に設定されてはいるものの、常時視覚に入ってくるため集中を妨げるかもしれない懸念もある(好みが分かれるところか)。また、個人的に好感を覚えたのが、ヘッドフォン・ラインアウト出力が前面に配置されている点。音楽を聴きながらの作業をすることが多いため、コードが邪魔にならず重宝した。同じくマイク入力も前面にあるため、Skypeなどを行う際に助かるだろう。地味ながら心憎い配慮だ

8740w本体左側面

本体左側面。DisplayPort(最大1,920×1,080)と外部ディスプレイポート(ミニD-sub 15ピン)の2つを備え、出先のプロジェクタの仕様が不明な際にも安心だ。外部ディスプレイポートは最大2,048×1,536まで対応可能なので、筆者は自宅では24インチディスプレイとUSBキーボードを繋いで完全にデスクトップマシン感覚で使用していた。その他、電源コネクタ、USB2.0×1、IEEE1394a×1、Expressカード/54×1、スマートカード×1が配置されている

8740w本体右側面

本体右側面。こちらには、eSATA×1、USB3.0×2、USB2.0×1、ネットワークポート(RJ-45)×1、モデムポート(RJ-11)×1を配置。アップグレードベイ(光学ドライブもしくはセカンダリハードドライブ用)も用意されており、優れた拡張性を持つ。さすがは"モバイルワークステーション"だ

耐久力のあるフルサイズキーボード

堅牢性の高さは筐体だけに止まらない。キーボードも通常の50倍(第三者機関の認証済みだそうだ)の耐久性を持つという「HP DuraKeys」を採用しており、特殊なコーティングを施すことで印字のはがれ・かすれを防止している。またキーボードと本体の間には、米デュポン社が開発した静電・非浸透フィルム「マイラー」を挟みつつ、液体を筐体下に流し落とすドレイン機構になっているので、うっかりコーヒーなどをこぼしてしまっても作業中のデータを保存して、OSを終了させるまでの時間を確保できるという(防水性を保証するものではないので注意)。
個人的な好みによるところが大きいのだが、キータッチはかなり深めに感じた。スイッチを押すような感じでカシャッっと音がするまできっちり押し切る感じだ。しっかりしていると言えばそうだが、深く押しきる感じが続くため、特に小指への負担が大きい。そのため、しばらく使っていると無意識に小指を使うのを避けていることに気がついた(もちろん慣れの問題もあるだろう)。

8740wキーボード全体

キーボード全体。操作性を考慮し、タッチパッドに加えキーボード中央にポイントスティックも用意されている。筆者は長年ThinkPadを愛用してきた経験があるのでどうしても比較してしまうが、違和感なく操作することができた。縦横ともにキーピッチ19mmとゆとりがあり、フルサイズキーボードなのでテンキーも備える。数値入力の多いCG作業の際にはとても助かるところだ。また、ディスプレイのベゼル部分には上下に各4個のソフトラバーが配置され、パネルを閉じた際にキーボードや筐体に当たって傷が付かないように配慮されている

8740w付属のACアダプタ

付属のACアダプタは「HP スマートACアダプタ」と呼ばれる製品間で仕様を統一したものであり、大半のビジネスノートPCで共通して使用可能である。しかし、サイズがかなり大きいので、持ち歩くことを想定すると多少閉口してしまった。消費電力を平均約35.5W(最大約200W)という大容量を実現するためには仕方のないことだと理解はしているものの、将来的には改善してほしいところだ

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本格的な3DCG作業にも対応できる

新たにマシンを購入するにあたって、一番気になること。それは何と言っても、自分が使いたいソフトがまともに稼動し、その上でハードな作業にも耐えうるのか? という点に尽きる。
特に業務用途を前提に設計されたミッドレンジ以上のCGソフトは、グラフィックスボードの選択が重要だ。PCゲームを楽しむ限りでは十分なスペックを持つグラフィックスボードであっても、CADやCGソフトでは十分に力を発揮できないことがある。実際、操作ハンドルやジオメトリの表示でのトラブルは良く見受けられることで、これによって苦い思いをした読者も多いはずだ。

その点に関して、本機はNVIDIAのQuadroブランドのもの(Quadro FX2800M/3800M)を搭載しているので、まず大きなトラブルは起きないだろう。実際に Autodesk Maya 2011を使い、過去に仕事で制作したハイポリゴンのキャラクターモデルを表示させ、バーテックスの移動や簡単なデフォーマ変形など、ひと通りの作業を行なってみたが、表示上のトラブルはまったく起きなかった。同様にZBrush 3.5R3による作業もスムーズに行えたので、大半の業務用CGソフトでも支障ないはずだ。

実は、現在「CGWORLD+digital video」にて連載中である「デジタルスカルプティング道」の本誌146号で取り上げた作例は、約8割の作業を8740w上で行なっていたりする(評価機が32ビットOSのモデルで利用可能なメモリが3GBに制限されたため、残念ながら完結させることはできなかった)。後編では、そのレポートも行いたい。

8740wレビューに用いたCG作例

月刊CGWORLD146号で取り上げた、老人の顔モデル。全作業の約8割を8740wで行なった

TEXT_吉蔵
PHOTO_弘田 充

HP EliteBook 8740w製品写真

HP EliteBook 8740w Mobile Workstation

186,900円〜(HP Directplus価格)
問:カスタマーインフォメーションセンター
TEL:03-6416-6660
http://www.hp.com/jp