クリスマスの夜、孤独な少年ジョンの祈りによって命を宿したテディベアのテッドは、27 年の時を経て、マリファナを吸引し美女をナンパする「大人」になっていた。あまりに斬新かつ挑戦的なR指定コメディである本作の主人公、テッドに命を吹き込んだ、VFX スタッフの挑戦について紹介しよう。
映画『テッド』
2013年1月 18 日(金)から、TOHO シネマズ スカラ座ほか全国ロードショー!
www.ted-movie.jp
VFX スタッフに要求された、型破りなテディベアの具現化
本作が映画初監督となった Seth Macfarlane/セス・マクファーレン氏は、アメリカの人気 TV アニメ番組『ファミリー・ガイ』(1999~2001、2004~)の原作者であり、同作に登場する複数のキャラクターの声を演じる声優でもある。その演技の評価は、プライムタイム・エミー賞のボイス・オーバー・パフォーマンス賞を受賞するほど。ほかにも作詞家、作曲家、歌手、司会者など、今日にいたるまで多方面で活躍を続けてきたマクファーレン氏は、『テッド』で監督、原案、脚本、製作、声優、モーションアクターの1人6役に挑戦している。
そんなマクファーレン監督が描く本作の主人公は、愛らしいテディベアの身体に完全にグレきった中年の心を宿すテッド。もう1人の主人公は、27 年来のテッドの友人であり自堕落な生活を続ける 35 歳の中年男性ジョンだ。物語は、皮肉と毒舌に彩られた2人の友情と、それにふり回される周囲の人々の喜怒哀楽を中心に展開する。ジョンと語り合い、殴り合いのケンカをし、風呂に入り、大酒を飲んで踊り、マリファナの煙を吹かす、身長1mに満たないぬいぐるみのテッドは 3DCG で表現されている。本作の VFX スタッフには、マクファーレン監督が思い描く斬新で型破りなテディベアを 3DCG で具現化し、実在する役者たちと共演させ、テッドというキャラクターがあたかもそこに実在しているかのような映像をつくりあげるという、高度な VFX 技術が要求されたのだ。
「VFX プロデューサーの Jenny Fulle/ジェニー・フレ氏は、30 年以上の付き合いのある気心の知れた相手でした。それでも、マクファーレン監督の期待に応えることの難しさを思うと、フレ氏の誘いを承諾するまでには時間を要しました」と VFX スーパーバイザーの Blair Clark/ブライアー・クラーク氏はふり返る。
映画『テッド』R15 予告
MVN の新たな可能性を提示した撮影スタイル
撮影現場でモーションキャプチャを同時収録
フレ氏にとって、本プロジェクトにおける最大の挑戦はテッドに命を吹き込むことだったという。「映画の冒頭数分のうちに、テッドが 3DCG でつくられた命を持たないキャラクターだという事実を観客に忘れてもらうことを目指しました。日常生活の中で出会うかもしれないと錯覚するような、リアリティのあるキャラクターにしたかったのです」とフレ氏。そこでマクファーレン監督がこだわったのは、テッドにオーバーなアニメーションを付けないことだった。子供向けアニメのキャラクターにありがちな誇張された動きではなく、テッドの内面と年齢を反映させたリアルな動きが求められたのだ。
限られた予算とスケジュールの中でマクファーレン監督が理想とするテッドの動きを具現化するため、VFX スタッフは全てのモーションを MVN で収録することを決定した。MVN は 17 個の慣性センサーを搭載したフルボディスーツで、カメラやスタジオを必要としないシステムだ。マクファーレン監督は連日 MVN を着用して撮影現場に現れ、撮影スタッフへの指示、役者の演技指導、テッドのモーションと声の収録を同時に行なった。
<左>MVN は 17 個の慣性センサーを搭載したフルボディスーツで、データの送受信機、電源バッテリなど、全てのシステムが1台のスーツケースの中に収まる。
<右>MVN の上から普通の衣服を着用することも可能で、専用のカメラやスタジオを必要としないため、屋外や公共の場所でもモーションを収録できる
MVN を着用して演技を行うマクファーレン監督
「私たちには、光学式モーションキャプチャを行うだけの余裕がありませんでした。また、マクファーレン監督は役者たちとのやりとりから生まれる、即興の演技やアドリブを重視しました。MVN を使用したからこそ、撮影現場での監督のひらめきや、監督の動きの癖をテッドに注入することに成功したと感じています」(フレ氏)
30 年以上の VFX 業界での経験を有するフレ氏にとっても、今回のような撮影現場でのキャプチャ同時収録は初めての試みだったという。本作での草分け的な挑戦によって、MVN の新たな可能性を提示できたとフレ氏はふり返った。
『テッド』はマサチューセッツ州のボストンが舞台とされ、いくつかのシークエンスはボストンに実在する場所で撮影された。上のシークエンスのロケ地は人気観光名所のニュー・イングランド水族館で、マクファーレン監督はここでも MVN を着用し、実写映像の撮影とテッドのモーションキャプチャ収録を同時に行なった
息の合ったかけ合いを実現した監督の声とアイラインツール
MVN を着用したマクファーレン監督は、撮影セットから離れている、カメラに映らない場所でテッドを演じた。本来テッドがいるべき場所には、「アイラインツール」という下の模式図のような機器が置かれた。このツールはT字型の金属のパイプの上部2ヶ所にテッドの眼と同じ大きさの白色の球体を配置したもので、ツールの下部にはスタンドが付いており、立ったり座ったりといったテッドの姿勢に応じて高さを変えられるようになっている。
<左>役者たちにテッドの眼の位置を伝えるための「アイラインツール」の模式図
<右>役者の演技の振り付けやカメラワークなどを検討する際には、アイラインツールに加え、本来テッドがいるべき位置にクマのぬいぐるみを置いたり、事前に制作しておいたプリビズを参照したりすることもあったそうだ
「役者たちは、マクファーレン監督が演じるテッドの声によって演技のタイミングを知り、アイラインツールによって視線を向けるべき位置を把握しました。これらが助けとなり、息の合ったテッドと役者のかけ合いが実現したのです」とクラーク氏は解説する。こうして撮影されたアイラインツールは、VFX の段階で 3DCG のテッドに置き換えられた。
2つのプロダクション間でのルックの統一
求められた緊密な連携
テッドの VFX 制作は、フレ氏が所属するクリエイティブ・カルテル(ロサンゼルス)、クラーク氏が所属するティペット・スタジオ(カリフォルニア州)、イローラ(オーストラリア)の3社によって進められた。クリエイティブ・カルテルは VFX 全般のマネジメント、スケジュール管理、予算管理、様々な機関との調整を担当。実際の VFX 作業はシークエンス単位に分けられ、全体の約半分をティペット・スタジオが、もう半分をイローラが担当した。
クラーク氏にとって最大の挑戦は、ティペット・スタジオが手がけたテッドと、イローラが手がけたテッドとのルックの統一だったという。「とりわけ、毛のルックの統一には多くの努力と時間が必要でした。毛を表現するにあたり、両社は完全に異なるレンダラとシステムを使っていたからです。毛のやわらかさ、起伏、固まり具合を合わせるのに加え、シェーディングのパラメータ調整も必要でした」。ティペット・スタジオは Furator と名付けられた RenderMan ベースのインハウス・ファーシステムを以前から構築しており、本プロジェクトではグローバルイルミネーション・シェーディングとアンビエントオクルージョンの機能を強化して使用した。一方のイローラでは、レンダリングに V-Ray と 3Delight を用いていたため、ルックの統一には両社の緊密な連携が必要となったそうだ。
2つの組織をひとつのチームにする
プロジェクトが本格始動する以前から、異なるシステムとレンダラによって1体のキャラクターを表現することの難しさをフレ氏も認識していた。「2つの組織を可能な限り統合し、全スタッフが"自分たちはひとつのチームである"と感じられるようにすることが、本プロジェクトを成功に導くための鍵でした」。そこでフレ氏は、全体を統括する VFX スーパーバイザーになってくれるよう、クラーク氏に依頼したという。
クラーク氏を中心としたリーダーたちは頻繁に Skype を使ったミーティングを行い、チームとしての連帯感を高めていった。「プロジェクトの初期に、私たちは同じ背景素材、モーションキャプチャデータ、カメラデータ、ライト情報を共有し、ルックテストのためのレンダリングを行いました。そこで明らかになった差異を極限までなくし、最良の結果を生み出すためにどのように協力し合うべきか、私たちは意見やアイデアを率直に交換し合ったのです。このようにして、全員のプロフェッショナリズムが1つの目的に集中された結果、両社のルックは監督にも判別できないほどのレベルで統一されたのです」とクラーク氏は語った。
ティペット・スタジオが担当したシークエンス。<左>の実写映像に<右>のテッドが合成され、キャプチャデータをベースにアニメーションが付けられている
ファーとクロスは別々にレンダリングされた。ぬいぐるみ特有の人工的なファーを表現するため、Furator の光の吸収率や反射率の調整が必要になったという
制作末期には両社のショットをつなげて追加のシークエンスを制作したが、ほとんど見分けがつかないほどルックを統一できたとクラーク氏は語る
ティペット・スタジオの制作環境
本プロジェクトを担当した際のティペット・スタジオの制作環境と体制について、クラーク氏に紹介してもらった。
【ハードウェア】
・ワークステーション
Dell Precision T3500、Dell Precision T5500
作業効率を最適化するため、状況に合わせて構成を変更している
・レンダーファーム
Dell PowerEdge C6145
レンダーファームのコア数は約 3,000。本プロジェクトではそれら全てを使用している
・ストレージ
プロジェクト終了時点のアーカイブ総量:約 30 テラバイト
「データを運用しているプロダクション期間中の総量は変動的で、さらに多くのストレージを必要としました」とクラーク氏は語る
【ソフトウェア】
Maya、MotionBuilder、NUKE、RenderMan、Houdini、MARI、Mudbox、RV、Shotgun
アートツールとしての使い勝手が良いソフトウェアを選択。パイプラインは Maya と RenderMan を中心に構築している
【スタッフ数】
60 名以上が参加。内訳は以下の通り
プロダクション管理:9人、モデリング:5人、アニメーション:21 人、コンポジット:14 人、テクニカルディレクター兼エフェクト:14 人
【制作期間】
本作の企画立案から完成までには約 16ヶ月を要している。その内、ティペット・スタジオが関わったのは以下の期間
VFX のテストやルックデベロップメント:約3ヶ月、撮影:約 10 週間、VFX 制作:約6ヶ月
【図にまとめたもの】 ※クリックで拡大
複雑なシークエンスの撮影に貢献したプリビズ
プリビズを最大限に活かし短期間での撮影を実現
最近のハリウッドでは不可欠の存在になっているプリビズは、本作でも大きな効果を発揮した。プリビズ・アーティストの Webster Colcord/ウェブスター・コルコード氏、マクファーレン監督、撮影監督の Michael Barrett/マイケル・バレット氏が中心となって制作されたプリビズは、テッドと役者が複雑なやりとりをしたり、カメラワークやセットが複雑に変化するシークエンスで幾度となく重宝された。
本作のハイライトのひとつである、ホテルの一室でテッドとジョンが部屋中の家具を壊しながら派手に殴り合うシークエンスでは、プリビズが極めて大きな助けになったとクラーク氏は語る。「プリビズのお陰で、マクファーレン監督から撮影スタッフ、VFX スタッフにいたるまで、全員が何をすべきか、どんなアイデアを出せば良いのか理解できました」。本シークエンスのプリビズ制作においては、プリビズや撮影のスタッフに加え、スタントコーディネーターやジョンのスタントマンも協力し、テッドとジョンの振り付けやカメラワークを決定した。この時点ではセットが未完成だったので、図面を基にセットの模型をつくり、それをビデオ撮影した映像を使ってシークエンス全体のプリビズを完成させたという。このプリビズを参考にすることで、数ヶ月後に実施された実際の撮影はわずか2日間で完了できたそうだ。
テッドと、実在する街並みや施設、役者などが相互に影響しあうシークエンスの撮影計画では、プリビズによってスタッフたちのアイデアが引き出された
「適正価格」でテッドを具現化するための試行錯誤
マクファーレン監督や本作のプロデューサーである Jason Clark/ジェイソン・クラーク氏は、長年『テッド』の企画を温めていたが、テッドの具現化には高い制作予算が必要になると予想されたため、企画は却下され続けてきた。
「制作を開始する1年前に、クラーク氏からR指定コメディに許される範囲の"適正価格"でテッドの VFX を実現できないかと相談されました」とフレ氏はふり返る。
10 年以上の付き合いのあるクラーク氏の期待に応えるため、フレ氏は VFX スーパーバイザーのクラーク氏などに相談を持ちかけた。その結果、限られた予算とスケジュールの中でテッドを具現化する方法として、MVN の使用や、3つの組織による協力体制、プリビズの活用などが選択されたのだ。今回紹介した舞台裏での試行錯誤も想像しながら、本作を鑑賞してほしい。
TEXT_尾形美幸
Jenny Fulle/ジェニー・フレ氏
(VFX プロデューサー)
ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのエグゼクティブ・プロデューサーを経て、2009 年にクリエイティブ・カルテルを設立。30 年以上の経験を活かし、国内外、様々な規模の VFX チームを率いている
Blair Clark/ブライアー・クラーク氏
(VFX スーパーバイザー)
インダストリアル・ライト&マジック のアーティストを経て、1993 年よりティペット・スタジオに所属。映画『キャッツ&ドッグス 地球最大の肉球大戦争』(2010)のキャラクター制作では、VES Award にノミネートされた経験を持つ
映画『テッド』
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