約10年も続いているカナバングラフィックス制作のショートアニメーション『ウサビッチ』。ストーリーのシュールさや独特な世界観とキャラクターは多くの視聴者を虜にしてきた。今回は手描きタッチの質感をどのように表現しているのか、中核スタッフに聞いてみた。



※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 207(2015年11月号)からの転載記事になります

カナバングラフィックスが描く『ウサビッチ』シリーズの魅力とは

2006年から始まったショートアニメーション『ウサビッチ』シリーズ。ふたりの主人公プーチンとキレネンコが監獄ライフを楽しんだり、脱獄して追われてみたり、不思議な森で暮らしたりと、スラップスティックな冒険活劇を5シーズンにわたってくり広げてきた。6シーズン目にあたる『ウサビッチZERO』では、これまでの前日譚、ふたりの出会いの物語が、よりクラシカルに尖がったテイストで描かれている。

制作を担当するのは『やんやんマチコ』、『バート&チャピー』など作家性の強い作品を世に送り出しているCGプロダクションカナバングラフィックス。本作もオリジナリティあふれるキャラクターデザインや、思わずクスッとしてしまうリズムの良いアニメーションなど、唯一無二の作品に仕上がっている。富岡聡監督は「当社のモデラーは絵を描くスタッフが多いため、モデリング作業だけでなくキャラクターや背景のデザインなどを提案することにも積極的です。モデラーチームというよりモデリング&アートチームに近いですね」と話す。

左から、古部満敬キャラクター&プロップスモデリングリーダー、宮崎あぐりアートディレクター、関厚人背景モデリングリーダー。以上、カナバングラフィックス

長く続いている作品ということで「シーズンごとにワークフローが整備され、1エピソードにかかる時間は短縮されています」とは、太田洋康コンポジットリーダー。スタッフはのべ人数で、監督1名、アートディレクター1名、デザイン&モデリング6名、リグ3名、アニメーター9名、コンポジット&エフェクト4名、マネージャー2名、計26名。制作期間は作品全体で約1年半、1話あたりのアニメーションは6週間、コンポジットは3週間前後とのこと。

本作の多々ある魅力の中で特に目を引くのが、絵本のようなルックだ。そこで今回は、CGを用いながらいかにして独特な質感を描き出しているのか、その妙技をお伺いした。取材を通してみえてきたのは、小手先の技術に頼ることのない、盤石の基礎的な画力と丁寧で緻密な手仕事、そして2DとCGの良さを活かしたハイブリッドなつくり方であった。

[Topic1]『ウサビッチ』らしい質感のポイント

---複数スタッフで 共有の質感を描く

『ウサビッチ』の魅力のひとつに、原作&アートディレクターである宮崎あぐり氏の描く、作家性の強いデザインがある。キャラクターづくりに関しては「デザインとして説明ができていることが何よりも重要です」と富岡氏は言う。「イラストは絵を描く行為ですが、デザインはキャラクターの人物像、職業、性格等が観ている人に伝わるように設計する作業です。この設計ができて初めて、アートディレクターの個性を色濃く乗せられるのです」(富岡氏)。本作は、これまでのシーズンに比べて彩度が抑えられている。これは「今までより大人向けに、モノクロにして無機質な印象に変えたい」という宮崎氏の意図によるもので、登場するキャラクターも全体的に低い彩度で統一されている。

制作ツールに関してはMayaを中心に、2DワークはPhotoshop、コンポジットはAfter Effectsが使用された。あれだけ独特な質感である、テクスチャを描くにも秘伝のブラシがあるのだろうと思っていたのだが「特殊なブラシはつくっていません。普通の丸ブラシで描いています」と宮崎氏。藤川鑑プロダクションマネージャーも「技術的には特殊なことはせず、誰でもできるようにシンプルにしています」と話す。とはいえ、宮崎氏の独特な色やタッチをほかのスタッフが描くことは「やはり難しいですね」と古部満敬キャラクター&プロップスモデリングリーダー。「だからこそ感覚ではなく、システマティックに描いています。こうすれば良いという丁寧に描かれた指示書を用意して、初めて描くスタッフでも宮崎アートディレクターのタッチで描けるようにしています(」古部氏)。

特に難しいのは色だという。本作のテクスチャには陰影も描き込まれているが、例えば赤いものを描く場合、絵画的質感を出すためには、明るい部分は黄味がかった赤に、暗い部分は紫がかった赤にして、同じ赤でも少しずつ色相をずらして描く必要があるのだとか。しかもデジタルは重ねて描いている間にタッチが消えやすいため、ブラシの透明度は45%以上とし、「意思の力でアンチエイリアスに反してタッチが残るように描いています」と古部氏は笑って説明してくれた。これまでのシーズンを制作してきた中で、このような様々なノウハウが指示書として蓄積され、これが共有されることで「全員でひとりの人間が描いているような印象にする」(古部氏)ことができているのだ。ただし「納期や効率を優先すると、アートの重要な部分を切り捨ててしまいがちになります」(太田氏)とのことで「常に俯瞰の目を忘れずに、何をどうしたいのかを客観的に捉えることが大事ですね」と太田氏は語った。

プーチン

▲宮崎あぐり氏によるプーチンのデザイン画

▲シーズンごとのテクスチャの変化。左からシーズン1、シーズン5、そして本作『ウサビッチZERO』。本作は背景の彩度が低いため、これまでのシリーズに比べてキャラクターの彩度も抑えられている



キレネンコにみるキャラクター制作

▲左から、デザイン画/3DCG モデル/ 完成したテクスチャ。テクスチャには陰影も描き込まれている



▲テクスチャ作業時に背景を敷くことで、背景とキャラクターとのバランスを見ながら作業することができる

▲左から、身体のテクスチャ/身体のパーツのテクスチャ/お尻のテクスチャ

▲左から、囚人服のテクスチャ/白目のテクスチャ/黒目のテクスチャ/包帯クリップのテクスチャ

特徴的な色遣い

カナバングラフィックスでは、陥りやすい点や宮崎氏のデザイン画を再現するコツなどを宮崎氏自身がまとめた、内容の濃い仕様書が作成されている。その一部を紹介する。

▲「Photoshopで使用する筆の注意」。ぼかしたブラシは使わず、メインの色のテクスチャを描く場合は45%以上の透明度を推奨している。また、透明度の高いブラシで描いたり、グラデーションを細かく丁寧に描いたりすると滑らかな表現に近づいてしまうため(左)、色と色の境が残っているくらいで止めているとのこと(右)

▲「色に関して」。テクスチャを描く場合、つい同系色のみで描いてしまいがちになる。明部に白を、暗部に黒を混ぜただけではCGっぽい質感になってしまうため、色相を微妙にずらして描くことがポイントだ。グレーっぽくするときも、多少青みや赤みを入れることで『ウサビッチ』らしい質感に仕上がる

次ページ:[Topic2]2D素材×CG素材の融合

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[Topic2]2D素材×CG素材の融合

---カナバングラフィックス流が光るチーム一丸の制作体制

質感と同様に、モデリングする際にも指示書が役立つという。例えば、デザイン画からCGにすると、薄く・細く・小さくなる傾向があるため、絵画的な存在感を保つように、デザイン画の線画の内周ではなく、全体の印象から厚さ・太さ・大きさを決める、といった約束ごとが共有された。また、キレネンコの包帯やケダムスキーの毛など、『ウサビッチ』ならではの少し厚みのある質感を表現するために、テクスチャで質感を描き込むだけでなく、キャラクターのCGモデルの上に包帯や毛束のオブジェクトを重ね合わせて厚みを出す手法も採られている。これができるのは「うっすらとディフューズをかけるだけのシンプルなシェーダにしているからですね」と古部氏。テクスチャがシェーダの影響をあまり受けないため、2DとCGの素材が混同しても違和感が出にくいそうだ。ちなみに、宮崎氏が描く特徴的なデザインをCGで表現するために最も大切なことは「CGモデルにテクスチャが貼られた段階でデザイン画と"徹底的に"比較するのが全て(」古部氏)なのだとか。

魅力あるアニメーションという観点から見た場合も、作中で一度しか登場しないものはモデルを起こすのではなく、2Dの素材を作成してCGと組み合わせる手法が採られている。キレネンコがロープや鎖を引きちぎるシーンでは、動きのある部分はCGでモデルを作成し、動きのない部分は2D素材で描き込むことで作業負荷が抑えられた。逆に、ひっくり返ったペンキがとろりと流れるシーンでは、2Dの素材とペンキの専用モデルが用意され、独特の立体感とペンキの動きを演出し、こだわる部分はコストを割いて表現されている。

このように、本作では2DとCGの両者が上手く融合しているが「デザイナーとモデラーが完全に分離していないので、デザインするときにCGを意識したり、ときにはデザイナーが自らモデリングしたりして、2DとCGの移行はスムーズです」と古部氏。モデリングチームがアートチームでもあるという、カナバングラフィックスならではの強みが活きているのではないだろうか。

キャラクターモデル

▲キレネンコのモデル。Mayaで作成されている

▲(左)包帯など一部をオブジェクトとして作成していることがわかる/(右)完成モデル。テクスチャの質感とモデルの立体感が上手くマッチしている

▲(左)ケダムスキーのモデル/(右)完成モデル。同じく毛束の一部をモデルで作成することで、良い感じに仕上がっている

2D素材とCG素材の使い分け
▲(左)背景とキレネンコのCG素材/(右)動きのない鎖部分は2Dでレタッチしている

▲(左)動きのある鎖はCGでモデルを作成/(右)鎖のテクスチャが反映されて質感が出ている完成画。シェーダがシンプルなため、2DとCGの素材が違和感なくマッチしている

ペンキの表現

古部氏こだわりのペンキのカット。ペンキがかかった瞬間と垂れるときにはモデルを切り替え、アニメーションを付けている。

▲(左)ペンキがかかった瞬間のモデル/(右)垂れているときのモデル

▲それぞれの完成画

▲ペンキのテクスチャ。なお、手に着いたペンキはテクスチャで描かれている

コンポジット素材

個別にカラー調整をすることが多いため素材は小分けにされているが、基本的に必要な素材はカラーとシャドウと背景というシンプルな構成になっている。なお、影素材は赤がシャドウ、緑がオクルージョン。

▲背景

▲水の背景素材

▲キレネンコのカラー素材

▲キレネンコの影素材

▲キレネンコの背景影素材

▲プーチンのカラー素材

▲プーチンの背景影素材

▲完成画。ほかにレニングラードやベルトなどの素材も小分けされている

[Topic3]世界観をつくり出す背景

---CGでしっかり作成しレタッチで『ウサビッチ』らしさを出す

隅々まで描き込まれた密度の高い背景も、本作を支えるひとつの柱である。背景にも、設計という意味でのデザイン性が求められた。「柱・壁・空調など建物としてまずしっかりしているか、建物の役割がよく現れているか、キャラクターの生活臭があるか、という要素が揃っていることを基本としています」と富岡氏。

獄舎などの背景は、まずアニメーションやレンダリングがしやすいように、CGでしっかりパースを整えてつくるという。しかし、そのままレンダリングすると正確すぎるため、デザイン画にあるような2D特有のちょっとした線の歪みや、パース・立体感の崩れが消えて、『ウサビッチ』らしさが失われてしまう。そこで、モデル自体を調整し、テクスチャで見え方を大胆に変え、細やかにレタッチして、手描きらしい歪みや崩しを加えることで、絵本のような『ウサビッチ』らしい背景に仕上げているのだそうだ。

「特に柱やベッドなどは、デフォルメしてもサイズ感がリアルに寄りがちです。モデル単体ならそれで良くても、最終的な画として見ると、作品のデフォルメ具合から外れて浮いてしまうことがある。そこでデザイン画をじっくり読み込んで、宮崎アートディレクターだったらこれくらいのデフォルメ具合かなと、想定してやっています」と背景モデリングリーダーの関厚人氏は話す。本作のメイン舞台は独房のため、独房が頻繁に出てくるわけだが、モデルは同一のものを使っても、独房ごとにテクスチャを変えるなどして、リピート感が出ないように工夫しているのだとか。

背景はCGで描かれたものだけでなく、登場回数が少ないものはマットペイントとして宮崎氏が描いているものもある。この場合、まずコンテから宮崎氏がラフイメージを描き、それを基にアニメーションやコンポジットでCGキャラクターと絡む部分をラフモデルで作成し、最後に宮崎氏がラフモデルをベースにマットペイントを仕上げる、という特殊なながれを経ている。これも、2DとCGとの融合が上手くいっている部分だろう。6シーズン目の本作ではこれまでと印象を変えるなど、新しいチャレンジを続ける『ウサビッチ』シリーズ。画面の端から端まで、キャラクターの一挙手一投足まで、趣向の凝らされた作品である。そのこだわりは、ぜひコマ送りにしてじっくりとご覧いただきたい。

背景モデル

▲背景のデザイン画

▲ラフモデル

▲完成した背景。CGモデルから徐々にデザイン画へ近づいていることがわかる。なお独房は全て同じモデルが使われているが、家具やキノコを置いたり、壁の隙間のレイアウトを変更したり、壁や柱の汚れた感じをレタッチで調整することで、リピート感を抑えている。

レタッチ調整

▲簡単なひび割れや亀裂はラフモデルをつくらず、レンダリング画像に直接レタッチを描き加えて作成している。左が元画像で右がレタッチされた完成画

マットペイント

▲背景はマットペイントの手法も用いられている。まず宮崎氏がラフイメージを描き

▲それを基にアニメーションやコンポジットでキャラクターと絡む部分のラフモデルを作成する

▲最後に宮崎氏がラフモデルをベースにマットペイントを描き、完成だ



TEXT_佐藤 平夥

  • 『ウサビッチZERO』

    監督:富岡聡/原作・キャラクターデザイン・アートディレクション:宮崎あぐり/絵コンテ:富岡聡・三浦隆子/音楽・音響効果・プーチンの声:上野大典/脚本・制作:カナバングラフィックス

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