『HAPPY FOREST』(MARZA ANIMATION PLANET)の制作支援をはじめ、INEIの執行役員就任、Life is Tech!のCTO就任と、企業の枠にとらわれず、活躍の幅を急速に拡大させた橋本善久氏。CGWORLD大賞の候補者の選出にあわせて、各々の活動における意味合いや抱負を聞いた。
ーーCGWORLD大賞2015のノミネートおめでとうございます。ゲーム業界のキャリアが長い橋本さんが、本賞にノミネートされている点が、時代を象徴している気がします。
橋本善久氏(以下橋本):ははは、そうかもしれませんね。
ーーあらためて2015年を振り返ってみて、橋本さんにとってはどんな年でしたか?
橋本:実は自分の中では、まだ助走という感じなんですよ。『HAPPY FOREST』ではMARZA ANIMATION PLANETさんの制作支援をさせていただきましたが、自分は水先案内人にすぎませんでしたからね。ただ、これまでプリレンダーCGを作られてきたスタジオにとって、リアルタイムCGは新しいフロンティアに映るようです。
▲Real Time Engine Tech Demo - "HAPPY FOREST"
ーー今年は本業のリブセント・イノベーションズに加えて、コンセプトアートのINEIで執行役員になりましたね。教育事業のLife is Tech!でCTOにも就任されました。
橋本:そういう意味では、2015年に一番力を入れたのはLife is Tech!としての仕事でした。一年ちょっと前にジョインしたのですが、段々と負荷が増えて2015年後半は半分くらいの労力がそこにさかれています。来年は1/3くらいに抑えたいところですね(笑)
ーーあらためて3社の位置づけについて教えてください。
橋本:リブゼント・イノベーションズは自分が代表を務める会社で日常の仕事や生活をITやゲーム作りのノウハウを生かして、豊かにしたり、笑顔を作り出せるようなサービスやアプリケーションの開発を主眼としています。あくまで自社ソフトウェア開発と販売が基本の会社です。コンサルティングや開発支援はサブにすぎません。
▲橋本氏が代表と務めるリブセント・イノベーションズ(HPはこちら)
ーーINEIについてはいかがですか?
橋本:INEIは映画・ゲーム・CMや、都市計画・大型案件のコンセプトアートを専門に手がける会社です。執行役員プロデューサーとして裏方をやっています。代表の富安健一郎とは、スクエニ時代から付き合いがあり、コンセプトアートの重要性についても同じ問題意識がありました。いろいろなプロジェクトの初期段階にかかわることで、さまざまなプロジェクトの生産性や品質向上に貢献できればと思っています。
▲橋本氏が執行役員/プロデューサーを務めるINEI(HPはこちら)
ーーLife is Tech!だけ教育事業ということで、毛色が違いますが・・・?
橋本:教育事業は自分でも関心がありましたが、もっと後の話だと思っていました。ただ、日本のITやクリエイティブ教育を活性化させるうえで、Life is Tech!は最適解だと思います。ライフイズテックでは取締役CTOとして経営陣の一部として活動しています。独自でやるよりは、そうした会社と一緒に組んで進めた方が良いだろうとも判断しました。今はオンライン学習システムの開発やカリキュラム作り、経営視点での組織改善などを中心に取り組んでいます。
▲橋本氏が取締役CTOを務めるLife is Tech!(HPはこちら)
ーーコンセプトアートは短期、ソフトウェア開発は中期、人材教育は成果が出るまで、10年スパンの時間がかかる長期プロジェクトですよね。
橋本:そうですね。各々に並行して取り組みながら、いろんな観点で日本を元気にしていきたいですね。
ーー橋本さんからすると、リブゼント・イノベーションズの本業以外の部分で注目された1年だったと思いますが、それだけ時代とマッチしていたということかもしれません。
橋本:自分なりに流れにそって動いているつもりです。人材教育でいえば、僕の周りだけかもしれませんが、若手を育成して業界に貢献したいという人が増えているんですよ。アラフォーでそういったスイッチが入るのかもしれません。
[[SplitPage]]ーーリアルタイムCGの映像制作についても「Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」(2012年)で先鞭をつけられていました。
橋本:自分にとっては、リアルタイムCGもプリレンダーCGも、そんなに違いはないんですけどね。レイトレース式やラスタライズ式などのレンダリングの仕組みの違いやCPUやGPUなど計算環境の違いはありますがレンダラーで書き出した画像を、あとから一枚ずつ連続して再生すればプリレンダーCGで、その時々で表示すればリアルタイムCGというだけで。もっといえばゲームかノンゲームかも、あまり違いはなくて、映像体験に対してゲームデザインの要素が入っていれば、ゲームと言われるだけですから。ただ、リアルタイムエクスペリエンスの価値を高めていけるのはゲーム会社の持つ技術や経験になると思います。そういう意味では僕はこれまでもこれからも変わらず、ゲーム業界の人間だと思っています。
▲2012年6月5日、E3にて発表されたリアルタイム技術映像作品「Agni's Philosophy -- FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」の映像
ーーリアルタイムCGは今後、映像業界でも普及するでしょうか?
橋本:最終的には普及するでしょうけれど、最初はすごく苦労すると思います。ワークフローの概念や文化が違いますし、TA(テクニカルアーティスト)的な人材やエンジニアが必要ですし、スタッフの意識改革も必要です。そうした現場の抵抗感や不安感や不足を緩和して進めるには、経営者のビジョンと強い意志決定と合理的な推進が必要になります。
ーーゲーム業界でもゲームエンジンの導入に強い抵抗感がありましたね。しかし、今では多くの企業でUnityやUNREAL ENGINEなどが使われています。
橋本:そうですね。映像業界でもセルルックのようにレンダリングコストが低い場合は、リアルタイムCGの恩恵は少ないかもしれませんが、フォトリアルなビジュアルのCG制作では恩恵が大きいでしょう。また映像・VR・ゲームなどのマルチ展開を行う上では、リアルタイムCGは有効です。MARZA ANIMATION PLANETさんは『HAPPY FOREST』の制作を通して、リアルタイムCGのメリット・デメリットを一通り体験されたわけですから、すごく強いと思います。
ーー2015年で印象的だったトピックはありますか?
- 月並みですがVRですね。特にOculus Riftの専用入力デバイスである、Oculus Touchは驚きました。デバイスを左右に握って、トリガーボタンを押しているだけなのに、ちゃんとモノを拾ったり、オンライン越しにつながっている別の人にモノを手渡したりといった感覚が伝わってきました。また、映画『バクマン』のCG表現も印象的でしたね。技術だけでなく、製作陣の原作に対する愛情や、ものづくりという世界に対する愛情が伝わってきました。いくら技術が高くても、作り手の熱量がないと優れた「作品」にはならないんだなと、あらためて実感しました。
ーーでは2016年はどうでしょうか?期待されているトピックはありますか?
橋本:先日、電動車椅子とHMD(Head Mounted Display)を組み合わせたライゾマティクスさんのインスタレーション『border』を体験して、可能性を感じたんですよ。1度に10人ずつ体験する屋内型の作品で、コンピュータ制御によって自動的に移動する電動車椅子に乗り、ダンサーが舞踏したり、他の車椅子が動く様子をHMDごしに眺めるというものです。車椅子の動きはセンシングされていて、HMDにはさまざまなCG映像が表示され、すばらしいVR/ARコンテンツとなっています。
ーーそれはおもしろそうですね。
橋本:これの最大の特徴は、VRコンテンツの弱点とされる「移動が難しい」という点を克服している点なんですね。まずVR HMDを装着していると、ケーブルに縛られるし、周りが見えないので移動すると危ない。ゲーム内で移動させるにも、VR酔いの問題がある。ところが『border』では自分自身が電動車椅子で移動しているわけです。ゲームセンターやテーマパーク向けに、さまざまなアイディアが考えられると思います。
個人としては、ライフイズテックで開発中のオンラインIT学習システムがリリースできる状態になるので、その仕上がりと反響が楽しみです。プログラマだけでなくて、アーティストやクリエイター育成にも繋がる仕組みになります。そして自分の会社リブゼントからもプロダクトがリリースされます。インエイも新しい活動が構想されています。
ーーでは最後に読者にメッセージをお願いします。
橋本:毎年のように過渡期だと言われていますが、結局はそれぞれの立ち場で、丁寧な仕事をしていくしかないのだと思います。やりきった仕事って、思った以上に周りの人が見てくれていますので、次の仕事にもつながります。あとは皆さん、ぜひ体を大事にしてください。
TEXT_小野憲史
PHOTO_弘田充
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CGWORLD大賞2015
2015年にCG・VFXをはじめとする日本のデジタルコンテンツ業界で目覚ましい活躍をされた方々をCGWORLD編集部が独自視点で選出し、その中から大賞を決定することで、1年をふり返りつつ、業界の活性化につなげていく企画です。
大賞は、2015年12月25日(金)に本サイトで発表します。
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cgworld.jp/special/award2015