3DCGによるTVアニメシリーズ『こねこのチー ポンポンらー大冒険(以下、こねこのチー)』がフランスを中心に爆発的な人気を誇っている。原作コミック『チーズスイートホーム』(こなみかなた/講談社)は2012年から16年までの5年間、フランスの子ども向けマンガのセールスで第1位を獲得し続け、2017年にはパリで開催された「Japan Expo 2017」に招待され、そこでシリーズ第2期の制作発表を行うほどのプレミアムな存在感を発揮している。ほかにも原作はアメリカや中国など23の国と地域で人気を博し、海外での累計発行部数は350万部を記録しているという。

日本のマンガ・アニメコンテンツが海外で盛況という話題はもはや珍しくはないが、青年誌掲載の原作作品が子ども向けのキャラクターコンテンツとしてこのようなかたちで受け止められたのは類例が少ない。『こねこのチー』はなぜこの結果を生み出せたのか。講談社ライツ事業部副部長で、『こねこのチー』ではチーフプロデューサーを務める北本かおり氏に話を聞いた。北本氏はもともと原作の担当編集者であり手塩にかけて育ててきた立場でもある。そんな彼女がクリエイティブの立場からいかにして愛されるコンテンツとしてのビジネス展開を成し遂げられたのか。そこにはストーリー作品とはちがう新たな日本発のキャラクターコンテンツをヒットさせるための秘訣が垣間見えた。

TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

『こねこのチー ポンポンらー大冒険』
Amazonプライム・ビデオにて独占配信中
原作:『チーズスイートホーム』(講談社「モーニング」刊)
原作者:こなみかなた
チーフ・プロデューサー:北本かおり/監督:草野公紀/副監督:沓名健一/キャラクターデザイン:鴻巣 智、皆川恵美里/アートディレクター:梅田年哉
アニメーション制作:マーザ・アニメーションプラネット
chissweethome.com
公式Twitter:@chi_ssweethome
公式Facebook:www.facebook.com/chissweethomeofficial
公式Instagram:chi.ssweethome
©こなみかなた・講談社/こねこのチー製作委員会

<1>世界で愛されるキャラクターコンテンツを育てるための方程式

――北本さんは原作『チーズスイートホーム』の担当編集者であり、アニメ『こねこのチー』においてはチーフプロデューサーとしてクレジットされています。実際のところはどのようなお仕事をされているのでしょうか?

北本かおり氏(以下、北本):私はもともと(週刊)モーニングで『チーズスイートホーム』の連載の起ち上げのときから担当編集者としてこなみ先生と作品をつくり上げ、今回『チーズスイートホーム』を『こねこのチー』として新しくアニメ化するにあたって、キャラクターコンテンツとしての全体のプロデュースを行なっています。わかりやすいところで言うと、アニメの脚本監修や監督との打ち合わせ、宣伝戦略やブランディング、ビジネス周りの交渉ごとなど様々です。

  • 北本かおり/Kaori Kitamoto(講談社 ライツ事業部副部長)
    1981年生まれ。2003年に講談社入社、週刊モーニング編集部に配属。『チーズスイートホーム』(こなみかなた)、『チェーザレ~破壊の創造者~』(惣領冬実)を連載起ち上げから担当。社内の海外研修制度でヨーロッパの出版社にて研修。帰国後、編集部と国際ライツ事業部を兼務しヴェルサイユ宮殿とグレナ社と合同で漫画を制作。現在はライツ事業部に所属してTVアニメ『こねこのチー ポンポンらー大冒険』のチーフ・プロデューサーとして原作含めた作品全体を総監修している

北本:ビジネス周りのお話とクリエイティブな仕事をいったん分けてお話しすると、まず「モーニング」の編集者は作家さんと綿密なコミュニケーションを取りながら一緒に物語をつくるタイプの人間が多く、私が新人のときは指導社員の編集者がかわぐちかいじ先生と週3~4日も打ち合わせをしている様子から編集の仕事を学びました。ただ、「モーニング」ではそうやって良い作品をつくるだけでは編集者としては不十分で、いかにそれを世に送り出していくかを厳しく求められます。弊社の役員である古川(公平氏)が編集長の時代から、編集者は販売担当とともに書店回りをして実際にどんな読者に届けているのかを見てきなさい、という風土がありました。私も実際に回っていましたし、そうやって作品を読者や書店さんと一緒に育てるのが楽しく、良いものをつくるためにはビジネスサイドと積極的にコミュニケーションを取った方が良いという考えがありましたので、クリエイティブな方にもビジネスの方にも関わるスタンスで現在の仕事をしています。

――ビジネス面において、キャラクターコンテンツをつくる上でのポイントはどんなところにありますか?

北本:キャラクターコンテンツを二次・三次展開する時に重要なポイントは、いかに世界観をつくり上げ、作品としてのブランドを構築するかというところにあります。しかし日本のコンテンツ産業においては、そのプリンシプルをつくる人が明確でない、あるいは存在しない作品が多いように思えます。多くの作品で、どういう予算組みでつくるかを製作委員会というビジネスサイドが決め、実際のアニメをつくるスタジオ側は決められた事項に合わせてつくるしかないというかたちに終始してしまっています。つまり、「どうつくろうか」ではなく、「あるものから落とし込む」なんです。そのやり方では短期的にコンテンツを量産しやすいですが、『こねこのチー』のように長期的に育てていこうとするキャラクターコンテンツでは難しい。


北本:コンテンツというものは大きく言うと、キャラクターが主体になっていくものとストーリー構成が主体となっていくものに分けられます。愛されるキャラクターをつくり上げるというのはストーリーベースでつくるよりも非言語化された要素が必要で、そこを目指すのはけっこうハードルが高いんです。おそらく1万作品にひとつあるかどうかだと思います。他社作品ですがドラえもんやピカチュウ、孫悟空などは作品を読んだことがなくても誰もがキャラクターを知っています。弊社はキャラクター型のコンテンツをつくるのが苦手で、チーが初めて世界中で人気になったキャラクターでした。でもキャラクターでヒットすると固定ファンがついて、何があっても揺るがない定着の仕方をします。野球にたとえるとホームランをねらっていく感じなので、確実にヒットをねらう作品とは育て方が変わってきますね。

――『チーズスイートホーム』は2008~9年に一度アニメ化をされていますが、当時から大きなキャラクターコンテンツとして育てるという意図があったのでしょうか?

北本:当時はアニメ化できるだけで嬉しくて、そうした展開なんて夢の話でしたね。「モーニング」は青年誌ですので実写化は多くてもアニメ化される作品は当時まだ少なく、映像化されて商品展開していくという2ステップ目に上がれたところで、これをいかに売っていこうかな、みたいなレベルだったんです。アニメは毎話2分半を1年間月~金で子ども向けに放送して、制作したマッドハウスさんは十分に愛情を注いでつくってくれたのですが、コンテンツとして大きく当たったという手応えはあまりもてませんでした。というのも、アニメは子ども向けにつくられているのにもかかわらず連載しているのは青年誌の「モーニング」なので、玩具メーカーさんやライセンシーさんがターゲッティングに迷うとされて、商品化が軌道に乗らなかったんです。それに作品自体は映像化するといったんピークを迎えたと認識されるので、マンガとしてのクライマックスの前にそれが来てしまったという感覚がありました。


――想定したほどには映像化による作品へのメリットは多くなかったんですね。

北本:ところが世の中ってわからないもので、映像化されたことでこのアニメのライセンスが海外で売れて露出するようになって、マンガとアニメをセットで売っていきたいという声がフランスの出版社からかかったんです。その前の段階でアメリカや中国でけっこうヒットはしていたのですが、一番大きく化けたのがフランスでした。マンガとアニメを同じターゲットに向けて届けるという日本ではやりたくてもできなかった展開を向こうから提案してきてくれたんですね。フランスでは、子ども向けコンテンツをテレビで放送するときは、輸入作品を全体の1割以下に抑えるという自国の作品を守る政策を当時行なっていて、それは作品を売る側にとっては、ディズニー作品のような世界的コンテンツとその1割の枠を競うことになります。そこで放送できた『チーズスイートホーム』はフランスの人たちにとって、色彩や形状、ストーリー展開も含めて優しい絵本のように波長が合い、子どもたちの友だちとして受け止めていただけました。当時の国際ライツ事業部の担当者の進藤美輪が良いかたちでフランスの出版社に紹介したというところもあるのですが、そこからフランスの方で自国に合うようにブランディングしてくれたところが大きいですね。こちらとしてはそういった偶然の幸運な出会いによって繋がったみたいな感覚でした。


2008年から2009年にかけてOAされたマッドハウス制作のTVアニメ『チーズスイートホーム』の公式サイト
©こなみかなた・講談社/テレビ東京・チーズスイートホーム製作委員会

北本:その後、2013年から14年の間に海外研修制度でヨーロッパに滞在する機会があり、そのときにフランスとイタリアの出版社に入り、ヨーロッパ中のマンガやアニメ、ゲームのコンベンションやブックフェアなどで毎月のように聞いて回ったんです。各国の担当編集者や出版社の方に「何でこれを出そうと思ったの?」とか「どの部分がこの国で愛されているんですか?」とか。すると皆さん、作品の根幹で先生が大事にしていたものを汲み取ってくれていて、「全てはこの本の中に描かれているよね」とお話しされて。そうした中で『チーズスイートホーム』を今の状態のまま終わらせるのはもったいないなと思ったんです。

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<2>「チー」と過ごす日常を、いかに動きを主体とした3DCGで表現するか

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<2>「チー」と過ごす日常を、いかに動きを主体とした3DCGで表現するか

――『こねこのチー』では3DCGという手法を選ばれたのはどんな理由からだったのでしょうか?

北本:今回、最終的に届けたい相手は子どもたちで、子どもたちにこそ"古い"ものではなく新しいものを届けたかったので最新技術と組もうと思いました。ただ、世界では3DCGが主流なのでそれでやりますというだけだったら、それはただの足し算に過ぎません。大事なのはアメリカ主流のマーケットにあって、日本が3DCGでつくったらもっと良いものができるという状況をどうやってつくるかです。「チー」というキャラクターがフランスで受け入れられたのは、アメリカ的なビジュアルやストーリー展開ではないところにあったので、それを3DCGにしたからといって急に色彩がギラギラした変に細部がリアルなチーを見せたら離れてしまうのは明らかで、これまでのファンに受け入れてもらえるような作品でありつつ、どうやって新しい3DCG表現でそれをつくれるかを一緒に模索してくれる方を探すことになりました。


――そのパートナーとしてマーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)を選ばれた理由はどこにありましたか?

北本:何社かサンプルをいただきました。ある会社は3DCGでセル的な表現をするというアプローチで出されてきまして、マーザさんからはチーではない状態で、いわゆる3DCGで表現したらこんな感じになるというかたちでいただきました。そのときは正直、どっちもちがうなと思ったんです。前者のセル調はすでに一度アニメ化しているのでちがうなと。ただ、どちらも動きは圧倒的に良かったです。セルアニメは基本的に動かす=コストがかかる、なのでチーをこんなに動かせるというのは大きなサプライズで、やはり動きをベースにつくっていこうと。ルックについてはフランスで販売していたフィギュアを参考にしました。プラスチック製ですが温かみがあって、ちょっとクレイアニメっぽくなるかなと思ったんです。質感として柔らかさがありつつも、動きがすごく可愛くて原作に近い優しい色彩感覚が出せればアメリカ作品とちがうところで戦えるかなと思って。


チーのルック変遷。【左上】マーザ側から最初に出されたルック案。「滑らかで可愛い動きの3Dルックだけど、表情や動きがまだチーの性格を反映した仕草になっていなかったため、チーではない猫に見えました。『"猫"であり"キャラクター"である"チー"』の模索がここからスタートしました。3Dルックの背景とも合う質感も見つける必要がありましたが、フィギュア的な質感であればリアルに近い3D背景とも溶け込めるのではないか、など議論を重ねました」(北本氏)。【右上】この議論を経て制作された2つめのルック案。「リアルな猫の骨格をベースに作成したため、"凛々しい猫"になってしまいました。マンガの表現に合わせて目の輪郭を黒くしていますが、クマのようになってしまい、鋭い印象に。マンガに忠実にすることに固執せず、白目は立体感のみで輪郭を表現する方向で模索してもらうことに。また"猫"であるよりも、"チー"であることを優先し、実際の猫の骨格からは離れてチーという生き物の骨格をつくってもらうイメージで作業をリセットしてもらい、子どもたちの親しみが湧くフォルムになるように、シャープな"三角"ではなく"丸"を全てのパーツの造形のベースにするよう変更を依頼しました」(北本氏)。【下】最終的な決定案。「丸くて下膨れで頭がリアルの猫よりもずっと大きく、どこから見ても可愛い真ん丸のチーになりました。アイキャッチの黒目の中の白い丸も表情を豊かにするために原作から"逸脱" 。監督曰く、チーらしい動きができる骨格にするため首を工夫しました、とのこと」(北本氏)

――監督が草野公紀さんに決まった経緯は?

北本:今回、マーザさんとしてもTVシリーズは初めてで、外部の監督を入れるか社内の若い方を起用するかどちらが良いですかと聞かれたんです。この作品はこれまでにも初めての人とやると上手くいった経験があって。つまり初めての方は「こういうフォーマットでやるべき」という思考から入るのではなく、「この作品をどうしたら良いか」と自分なりの仮説をまず立てて一緒に考えて挑戦してくれるんです。『チーズスイートホーム』を担当してくれた世界中の皆さんがそうでした。だから今回も新しい人との出会いに賭けてみようと思い、マーザさんのご提案に沿って社内で手を挙げて下さった草野さんにお願いをしたという経緯です。

――草野監督とはどのようなお話をされましたか?

北本:草野さんも本当にいい人で、最初にお会いしたときに、単行本8巻の帯につけた「毎日が思い出」というキャッチコピーを引き合いに出して、「テレビシリーズで1年間、子どもたちの興味を引き続けなくてはいけないんだけれども、日々の淡々とした日常をチーが楽しんでいるということをアニメーションとして伝えたい」とおっしゃってくださったんです。実はこの8巻は東日本大震災の直後の発売で、家族と過ごせる一日一日が大事で奇跡なんだとすごく実感させられた時期で、チーのお話は日々の何の変哲もない物語を描いているんだけれども、その毎日が実は素敵なんだよねという思いでつけたキャッチコピーだったんです。それを草野監督は気に入ってくれたみたいです。この作品はおもちゃを買わせるタイプのアニメではなく、子どもたちが物語自体を楽しんでワクワクしてくれるような作品であってほしいなと思っていたので、それをもっと噛み砕いたかたちでおっしゃっていただいたなという感じがあり、またチーがラッキーな出会いをしたんだなと思いました。

初期のコンセプトアート【左】とそれを基につくられたキービジュアル【右】。「3DCGアニメの勝機を感じた1枚。同時に詩的な情感のある画ですが、チーの表情が見えない=キャラクターがまだ動き始めていないことを象徴してもいます。ここから、チーが前面に出て笑顔になるまでが最初の山場でした」(北本氏)

――演出方針についてはどのようなお話をされましたか?

北本:草野監督とは「子どもが楽しめる作品にするために、動きをメインにしたいですね」と話しました。草野監督はCGを制作する人間はとにかくチーの歩いている道や草がどれだけ凝っているかにこだわりがちだけど自分にはその主旨はない、ともおっしゃっていました。それよりも、チーが可愛く走って楽しんでいるのをいかにアニメーションで表現するかにリソースを投入したいとお話しされて、私自身もそれを見たかったし、最初の段階からとても信頼が置けるなと思いました。

チーの特徴的な動きのひとつである「ひたひた歩き」について、原作から抜き出したリファレンス【左】と制作されたアニメーション【右】。「セルアニメよりも物理的法則に厳格な3DCGで、いかにアニメーション表現として楽しく逸脱するかが今回のアニメの最大の冒険のひとつでした。"ひたひた歩き"と"だららー走り"のコミカルで可愛い動きが発明された瞬間、3DCGとしてのチーが誕生したのかもしれません」(北本氏)

北本:あともうひとつ、3DCGの素人としてずっともっていた違和感として3DCGは画面全体が動くので見ているとすごく疲れるという感覚があって、それについてなぜなのかを監督に伺ったところ、「それは情報の差し引きの問題だと思います」と。だから、「動かすべきところと動かさない背景とでデフォルメをつけても良いのかもしれませんね」と監督がおっしゃったんです。その結果、つくられた映像ではマンガと同じように純粋にチーの動きだけを楽しむことができました。これはもしかしたら新しい表現が生まれるのではなかろうかと思いましたし、監督も「新しいと思います」とおっしゃっていました。草野さんはとても謙虚な方なので、そういうことは普段あまりおっしゃらないのですが、そのくらい自信をもってお話しされていて(笑)。資本力ではアメリカの大企業には勝てませんが、子どもが見やすくて楽しんでもらえる表現にするにはどうすれば良いのかを、きちんと根底のレベルで話し合える監督と制作チームに出会えたからこそ、こうした新しい表現をつくることができたのではないかと思っています。

――お話を伺っていると、確かにチーにピッタリな監督だと思います。これは草野監督がチーというお題目を与えられて考えられたものなのでしょうか?

北本:いえ、もともとこういう思いをおもちだったんだと思います。草野さんはもともとはCGアニメーターとして特にフェイシャルリグや感情表現を担当されていて、気持ちが良い動きやどのように感情を動きに込めるかを追求されていたんです。だから今回も、キャラクターの気持ち=ストーリーであるということに重きを置いてくださっていて、そこが子ども向けコンテンツにもすごく合っていたし、この作品においてこなみ先生が何を大事にして「チー」をつくってきたのかを最初から掴んでくださっていたという感じはあります。

チーの表情を原作から抜き出し、感情ごとに分類したもの【左】と、フェイシャルターゲットの一例【右】。「原作コミックからチーと主要キャラクターのあらゆる表情を丁寧に抽出して、3DCGで再現できるように調整しました。3DCGでできない表現をどのように処理するか、また物理的な猫や人の骨格のルールをどう逸脱して可愛い表現にするかを相談して模索していきました。この丁寧な作業があったからこそ、3DCGという新しい表現でも原作と違和感のない可愛いオリジナルの感情表現、表情が生まれたと思います」(北本氏)

<後編に続く>