「心が動くワクワク体験を届ける」モバイルゲームの開発・運営や、リアルな体験を届けるライブエクスペリエンス事業などを手がけるアカツキ。今回から全6回にわたり、主にモバイルゲーム開発におけるロジカルな考え方やコンセプトワークを中心に、同社のデザインにおける考え方を連載形式でお伝えする。

なお、アカツキ クリエイティブチームでは共に働く仲間を募集中だ。詳しくは下記バナーより参照してもらいたい。



物語体験に紐付いたアカツキ流イラスト制作の考え方とは

ゲーム事業を主軸に、ライブエンターテインメントなど様々な事業を展開するアカツキ。同社は2010年6月の設立以降モバイルゲーム市場で頭角を現し、「自分自身がワクワクするか」を評価基軸とした"Heart Driven"というキーワードの下に集ったメンバーが日々開発を続けている。今回から全6回にわたり、ゲーム制作におけるデザインワークを中心に、同社のデザインに対する考え方を連載形式でお伝えする。

アカツキ モバイルゲームギルド アートクリエイティブディレクター
柴田陽一氏

初回は「物語体験にフォーカスしたイラスト制作」と題して、アートクリエイティブディレクターの柴田陽一氏に話を聞いた。世界的なアニメーション制作会社がみなストーリーファーストを謳う昨今、ストーリーテリングの手法やナラティブ論などの注目度は年々上がっている。一方スマートフォン向けのゲームにおいては、ゲームデザインなどの様々な理由により大量にキャラクターが制作され、大量に消費されている現状があると柴田氏は分析する。「これまでは容量の問題や、会話劇は1シーン◯◯タップ以内で読み終わることなど物語ることへの制約があるケースも多く、こうした理由から世界観を表現しづらい状況が続いていました」(柴田氏)。

しかし、モバイル端末の進化と共に表現できる幅が増えたことで、現在では、例えば表現したい場面に対してスチルと呼ばれる一枚絵を用意するといったことも可能となった。単体の絵として成立するだけでなく、ストーリーに紐付きゲーム全体としての物語体験をブーストさせるようなイラスト制作が、柴田氏の目指すビジョンだ。次ページからは、柴田氏によるキャラクターやシーンの設計、実際の描画の段階について具体的に説明していく。

<設計1> キャラクター
徹底的にロジカルなキャラクター制作の考え方

アカツキでは、イラスト制作にあたってデザイン指示書という綿密な設計図を都度作成している。具体的には、ゲームのコンセプトを踏まえた上で、キャラクター、ストーリー(5W1H)、演技・演出の順にシーンの情景を考えていき、これらの言語化された要素をデザイン指示書として社内外のイラストレーターに共有している。「私たちはキャラクターを"デザイン""設定"に分けて考えるようにしています。見た目の話をしているのか、それとも設定の話をしているのか、両者を混同させないためです」(柴田氏)。

設定は、大きく「名前」「要素」「世界観」の3つから成り立つ。「要素」はキャラクターの性別や職業、属性(元気、内気、騎士、高校生など)を指しており、「世界観」は文字通りの意味合いで、衣服や装飾品、文明レベルなど世界を規定するレギュレーションとして機能するものとなる。世界観と要素が合わさることで、大まかなデザインのテイストが見えてくる。世界観は物語に強く紐付いたものであり、要素が同じでも世界観が異なるだけでまったくちがうテイストになるため、アカツキでは定期的にプランナーやストーリー制作者とミーティングをして認識のすり合わせを行なっていると柴田氏は説明する。「当社で開発するゲームでは、企画の初期段階からコンセプトが言語化されています。イラスト制作の担当も初期段階からミーティングに参加し、徹底的にコンセプトの共有を図ります。また、不明点が出るたびにプランナーの席に足を運び、話をすることもあります」(柴田氏)。

デザイン×設定



▲要素と世界観の組み合わせから生まれるキャラクターデザインのちがいについて、例に示す。「英雄、剣士、知恵」という同一の「要素」であっても、「世界観」としてギリシャ神話を組み合わせるとペルセウス、日本神話を組み合わせるとスサノオノミコトというように、見えてくるデザインは大きく異なる。キャラクターのコンセプトに合致する要素と、ゲームのコンセプトに合致する世界観を組み合わせることで、違和感のないキャラクターを制作できると柴田氏は語っている。「要素×世界観=デザイン」という図式だ

また、デザインがストーリーを牽引することもある。柴田氏がキャラクターデザインを行うときの工夫のひとつとして、「安心毛布」「スティグマ」を用いた魅力を引き立てる手法がある。「安心毛布」は、幼年期や思春期の自己の不安定さを代替するためのアイテムを指す。個人の拠りどころとも言えるもので、何かしら不安定さを抱えたキャラクター性の表現に使用する。「スティグマ」はキャラクターの非社会性、非一般性を表すもので、意味ありげな身体の傷や紋様などで表現される場合が多い。前者であれば、キャラクターの不安定な精神を描くことによってドラマをストーリーに盛り込むことができるほか、後者も「どのようについた印か」、その背景を意識してイラストに盛り込むことでストーリーに深みを与える一因とすることもできる。ストーリーだからといってシナリオライターに任せきりにするのではなく、物語を共につくっていく意識をもつ。そのためには、キャラクターのデザインも感性で何となくつくらず理論立てて語る必要性があると柴田氏は言う。

安心毛布

▲画像はアカツキが開発を手がけるスマートフォンゲーム『八月のシンデレラナイン(以下、ハチナイ)』に登場するキャラクター、鈴木和香に設定された「安心毛布」の例。兄から贈られたマスコットキャラクター「ベアマックス」を身に付けているが、それは兄がいないことの寂しさ(不安定な自分)を埋める代替行為である。このように、「安心毛布」はキャラクター性やドラマを描くことを目的とする

<設計2>テーマ&ストーリー
物語全体を長いスパンで捉えユーザー体験を設計する

ゲーム開発において最も重要なのは「ゲーム全体を通して、ユーザーにどのような体験を提供できるか」という点である。スチルイラストを制作する際にもそのことを意識して、キャラクターのテーマとゲーム自体のテーマに矛盾がないようにしなければならない。ゲームのテーマがあり、キャラクターのテーマがあって、だからイラストがこうなっている、という論法がないと、どこかで破綻してしまうと柴田氏は指摘する。

例えば「青春」がテーマのゲームがあったとして、そのゲームに「ひたむきさ」をテーマとするキャラクターがいると仮定した場合、そのキャラクターのスチルイラストに「諦めない心」というテーマを設定すると、青春→ひたむきさ→諦めない心というように、それぞれのテーマが矛盾しないイラストを制作することができるというわけだ。

テーマの階層構造

▲柴田氏によれば、ゲームのテーマ、キャラクターのテーマ、スチルイラストのテーマが、全て通底していることが一貫したコンセプトにつながるという。ゲーム→キャラクター→スチルイラストと下位構造に移行するたびに具体性を増す表現になるようテーマを設定し、ちぐはぐなイラストにならないようにしている

テーマの設定が終わると、ストーリーの設定に入っていく。スマ―トフォン向けのゲームは長期運用が前提という性質上ストーリーの終わりを想定しづらいが、その中でも「このキャラクターはこの物語(ゲーム)でどんな成長をし、どんな結末をたどるのか?」というスタートとゴールを設計し、その中で考えうるエピソードのマイルストーンを設置していくことで、ストーリーの矛盾やブレを防ぐことができると柴田氏は説明する。

ストーリーラインの設計

▲スマートフォン向けのタイトルはその性質上終わりを設定することは難しいが、アカツキではキャラクターのゴールを設定し、そこから逆算してエピソードを配置するという工夫をしている。例えば、ひとりぼっちの主人公が、仲間を得て成長するといった具合だ。どんな成長をし、どんな結末をたどるのか、欠けている状態から満たされている状態へという基本構造は、シェル・シルヴァスタインの絵本『ぼくを探しに』の考え方を援用している

<設計3>演技・演出
"見映え型"と"物語型"のバランスを見極める

スマートフォンゲームにおけるイラスト制作は、絵として見映えのする方がレアリティが高いというトレーディングカードゲームの文脈に基づいた考え方が根強く、決めポーズ的な見せ方をさせるなどして見映えを優先することも多い。そのため、物語を説明するための特定のシーンのイラストでも、"欲しくなるような見映えの良いカードイラスト"であることが求められる場合がある。

「物語体験を優先させるイラストは何気ない自然なポーズのものも多く、派手なポーズやカメラ目線のイラストよりも見映え良くしづらいことが多いです。ゲームとしてどちらを優先させるかはタイトルごとの指針によるため正解・不正解はありませんが、物語には必ず緩急があり、ゲームやデザインにも緩急があるように、カードのイラストにも常にド派手な見映えのするものだけではなく緩急があっても良いのではないか、と考えています」(柴田氏)。

物語型のイラストを制作する際にはシーンをストレートに伝えるために、キャラクターの心情に合わせた動き、伝えたいテーマに沿ったカメラアングル、時間、天気、特殊効果、ライティングなどを事細かに設計していく。特にライティングやカメラアングルなどは心情表現に大きく影響するため、テーマに沿って試行錯誤をくり返すという。

物語型のイラスト例

▲物語型のイラストは、過度なポーズやカメラ目線の笑顔などはなく(もちろん、そうした演技がストーリーを語る上で必要であれば盛り込んでいく)、上記のイラストは"ただ立っているだけ"という演技である。しかし、天気や時間帯など背景に心情やテーマを託すことで物語を想起しやすくさせる

カメラアングル

▲カメラアングルはキャラクターを説明する上で非常に重要だ。強気な態度や威圧感を出したいときは左のようにアオリで撮り、逆にかわいさを表現したい場合は右のように俯瞰で撮ることで小ささや愛らしさを表現する。ほかにも、状況を説明したければ望遠で撮る、不安定さを表現したいならダッチアングルや魚眼パースにするなど、演出意図に合わせて意識的に画角を考えていく

<描画>配置・パース・ライティング・カラー
伝えたいことを100%伝えるための様々な工夫

設計が固まったら、いよいよイラストの描画に入っていく。設計段階で組み上げた想いをそのまま表現することが描画段階の最終目標だ。イラストのテーマを踏まえて策定した演技・演出・背景情報に基づいて正確に描画するためには、単純な画力だけでなく視線誘導やパースの取り方など総合的にイラストを把握する能力が必要となる。

例えばテーマをより強調させるために「コントラスト(対比)」を使うケース。善悪を表現する際に白と黒のカラーを使って対比させる、弱いものは丸く小さく描く、強いものは角のある固くて大きそうなデザインで描くなど、設計の意図に沿って描画していく。もし「キャラクターの苦しみ」がテーマであれば、周りに楽しそうなモブキャラクターを配置し、ライティングを明るくし、キャラクターの周りは影を落とすことで対比的にキャラクターの苦しさを際立たせる工夫をする。

「様々なイラスト表現が世にあふれていますが、まずは意図したものが100%伝わるイラストを描くところがスタートラインです。物語体験に紐付いたイラスト制作においては、設計段階が一番重要です」と説明する柴田氏は、今後もロジカルな制作手法を追求したいとも語っていた。

視線誘導の設計

▲左はイラスト内に明確に粗密をつくるだけでなく、ひまわりの花を中央に向けることでキャラクターの顔に目線を引き付けているほか、他の背景と比較して明るく描画された花びらのながれも視線誘導の役割を果たしている。また、右のように中央のメインキャラクターを目立たせるため、サブキャラクターに陰影を付けて差別化を図る手法もある。最も重要なのは「誰をどう目立たせたいのか」という点だが、これは設計段階でしっかりと詰められているため、いつでもデザイン指示書を見れば立ち返ることができる

ライティングによる心情表現

▲ライティングひとつで、シーンやキャラクターから読みとれる心情がガラリと変わる。左はライティングなし、右はライティングありの例。心情描写と影の入れ方については設計図の時点で盛り込まれている場合もあるが、影が強すぎると受ける印象が強くなりすぎてしまうため、その加減については試行錯誤をくり返している

column 「アート×アニメーション」のクリエイティブ思想

アカツキ社内のアニメーションデザイナーに、今回の「アート思想」で可能性を感じるポイントを聞きました。




  • アカツキ アニメーションデザイナー
    黄 雯睿 氏

Q1 思想のGood Point

感覚で扱いがちなイラストを、あらゆる理論を駆使し徹底的に分析してから絵に落とし込むという、物語体験の考え方はとても面白いと思います。ただカッコいいキャラというだけでなく、ゲーム内世界への没入感をイラストを通して表現できているのではないでしょうか。

Q2 アートとアニメーションの可能性

アニメーションもアートと同じく、「伝えたいものは何か?」に常に重点を置いています。アートで表現しきれない部分はアニメーションで補完するなど、ゲームのキャラクターデザインやテーマ、世界観の構築に大きく影響を与えることができると考えています。

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