いよいよ8月11日(日)深夜に最終回を迎えるTVアニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』前篇では第3弾のオープニングディレクターを務めた旭プロダクション・脇 顯太朗氏が本作を手がけることになった背景や、前半の各カットについての制作意図を紹介してきた。後篇では、脇氏が特に力を入れ、本OP映像のOA直後から話題となった40年前の『機動戦士ガンダム』を思わせるアナログ風のカットを中心に、後半の一連のカットについて解説していこう。

TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii (ねぎぞうデザイン
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/ Mitsuru Hirota

【公式】『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』第3弾オープニング

●Information
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』
NHK総合テレビにて毎週月曜0:35〜(日曜深夜)放送中
www.gundam-the-origin.net/tv/
©創通・サンライズ

4:3のアナログ風表現に込められた思い

本作の中盤、前篇にて紹介したザクのモノアイの光から切り替わった後、戦艦ワルキューレのブリッジから40年前にワープするようなカットが挟まれる。直後、ここまで2.35:1のシネマスコープであった画面サイズが4:3に変化し、「BEYOND THE TIME」の文字の通り、まるで時を超えたかのように、『機動戦士ガンダム』を思わせるアナログ風のシャア専用ザクの戦闘シーンが展開される。本作の中で脇氏が最も描きたかったのがこのパートだったという。


  • 脇 顯太朗/Kentaro Waki
    旭プロダクション
    撮影監督/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』OPディレクター

    高校時代に見たアニメーター「金田伊功」の作画でアニメの面白さに魅了され、業界を志す。入社9年目。担当作品に『ソードアート・オンライン アリシゼーション』(撮影監督)、『機動戦士ガンダムNT』(撮影監督)、『Fate/Grand Order配信4周年記念映像』(撮影監督)、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』(撮影監督)、『GOD EATER』(撮影監督)、『ガンダム Gのレコンギスタ』(撮影監督補佐)など
    asahi-pro.co.jp
    Twitter:@HiconManiacs

このカット制作の裏には、「最近のアニメ作品が"コンテンツ(商品)"になりすぎている」という脇氏の現在のアニメーションに対しての思いがある。

「フィルム時代のアニメーション制作は、最終的な仕上がりが実際にフィルムになってからでないとわからないことが多く、"こう描けばこういう風に見えるのではないか"とやってみたものの、いざフィルムになったら全然そう見えなかったり、じゃあ今度はこっちでやってみようといった具合に試行錯誤のくり返しだったという話をよく聞きます。個人的にデジタルに切り替わってからの一番の変化は、いくらでも修正(リテイク)ができてしまうことだと思っていて、やろうと思えば頭の中にある映像をいくらでも表現できる時代になってしまった。結果的に映像のクオリティもクリエイターの満足度も上がりましたが、その反面、映像として完成されすぎているがゆえに、観る人が映像世界に入り込む"余地"が失われつつあると感じます。ひとつのコンテンツ、エンターテインメントとしてただ消費されて終わってしまっている。映像は作る側と観る側のコミュニケーションで成り立っていたはずなのに、今はスナック感覚で楽しんで終わり。映像ひとつひとつの重みが昔と比べて大きく変わって来ていて、個人的にそれが寂しい」。

この一連のシーケンスでは、現在のデジタル素材を使っていても、昔のフィルムのような「映像に入り込む余地」のある、暖かい雰囲気を出したかったという。「ここのパートを際立たせるために、前半と後半のパートは、どちらかと言えば最近の雰囲気に寄せた高精細でトレンド感のある映像にして、映像的にも差をつけたつもりです」。

Cut.8 BEYOND THE TIME

ガルマからドズルへ画面は移り、それに伴い舞台も地球から宇宙にいる戦艦ワルキューレのブリッジへ。そして上部のモニタの数字が2019から1979へと巻き戻り、ワープするようなエフェクトが挟まる。2019は現在、1979はTVアニメ『機動戦士ガンダム』がスタートした年だ。「主題歌のタイトルが『BEYOND THE TIME ~メビウスの宇宙を越えて~』というのと、40周年ということで、時間の流れや歴史をどこかで表現したいと考えて、ワープさせることにしました。映像的にもBEYONDしちゃえと(笑)」。


  • 【1】ワルキューレのブリッジ


  • 【2】「BEYOND THE TIME」の文字。フォントはあえてカットのイメージに合わない、少しオールドな雰囲気のものを使っている


  • 【3】1979へワープし、次のカットへつながる

Cut.9 4:3の『機動戦士ガンダム』風アナログ表現

脇氏が最も思い入れがあるという一連のシーン。当時の手描きセルのレトロな雰囲気を出すため、撮影監督ならではの徹底的なこだわりで、多くの手が加えられている。

素材は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN(以下、ジ・オリジン)』で制作されたものだが、1979年当時のテイストを追求。作画をし直すということはなく、本編のデジタル素材をAEの中で加工して仕上げられている。その際、単純なレトロ寄りのカラーグレーディングにとどまらず、アナログ撮影時にあった「セルを1枚1枚取り替える」ことによって起こる細かな揺れ(ずれ)、彩色の際のゴミ、セルの重なりによる影、手塗りのムラ、塗り分けの単純化など、当時のセルによる制作工程で起こり得た様々な要素を、当時はエラーと判断されていたものまでノスタルジックに追加し、手描きのセルをアナログ撮影してブラウン管で見ているようなテイストを再現した。

「ここは思ったより反響がありました。以前『機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096』の最終話のEDやお台場 ダイバーシティ東京 プラザの壁面映像でも似たような表現にチャレンジしていましたが少しわかりづらかったこともあり、いつかリベンジしたいと思っていました。ファーストガンダム当時を知る方には懐かしい、デジタル世代の方には逆に新しく見えるような映像になっていたら嬉しいです」。

●シャア専用ザク


  • 【1】本編素材


  • 【2】モノアイの発光や元々のCGのディテールなどをあえて消し、シャア専用ザクの色を1979年当時のピンクへ変更、アウトラインの線に手描きのかすれなどを追加


  • 【3】画面周囲の集中線エフェクトも当時風のブラシで表現されている

●ザク・バズーカによる射撃


  • 【1】本編素材


  • 【2】爆発の発光や照り返しなどの派手なディテールを消し、爆発の発光エフェクトは当時風の手描きのブラシで描き直され、「光っている」から「光っているように見える」表現に調整されている。背景の宇宙も『機動戦士ガンダム』に寄せた青系のものを新たに作成している


  • 【3】さらに、フィルムで撮影されブラウン管に映し出されているかのような調整をして完成

●戦艦サラミスへの着弾


  • 【1】本編素材。戦艦は3DCGによるもの


  • 【2】背景を青い宇宙へ差し替え


  • 【3】当時っぽいタッチを手描きで足して、戦艦の色がシンプルに見えるよう調整


  • 【4】完成。セルの取り替えによる細かい揺れも再現している

●爆発


  • 【1】昔のセルアニメを彷彿とさせる、タコの足のように伸びた実線で描かれる爆発素材


  • 【2】『機動戦士ガンダム』を意識したピンク系のブラシと飛沫などのタタキ(スパッタリング)で表現された爆発


  • 【3】4:3の完成画。照り返しは当時っぽく単色で

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Cut.10 ハーモニー処理

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Cut.10 ハーモニー処理

40年前へのタイムスリップから前半と同じシネマスコープサイズの画面に戻り、セイラ、シャア、アムロと続く3つのカットは、背景と同じ質感でキャラクターを描く「ハーモニー処理」という技法が採り入れられている。「この一連のカットは、このシーンの歌詞ともリンクさせたつもりで、"離れても変わっても見失っても輝きを消さないで"、つまり、アナログから現在の綺麗なデジタルの映像に変わっても、昔の映像にあった温かみや良さを忘れないでほしいと言うメッセージを込めたつもりです」。

止め絵で印象的に使われるハーモニー処理は、当時の安彦良和氏のイラストを参考にして脇氏が着色している。「はじめは現在の安彦さんのタッチを再現しようとしたのですが、既に第1弾のEDで安彦さんご本人のイラストがたくさん使われていたので、僕の方は昔の安彦さんタッチを目指しました」。脇氏は元々『勇者ライディーン』(1975)などに代表される安彦氏の昔のテイストが好きで、現代に置き換えたらどうなるかを考えながら着色したという。

「『勇者ライディーン』の色の感じや、昔の特撮玩具のジャケットにあるような、アクリルみたいな色合いが好きなんです。ああいう色の感じを今の時代にやるとしたらどうなるだろうと考えたときに、それは"サイバーパンク"っぽいのかなと思って。デジタルでやったら映像的にも合うのではないかということで、エッジに蛍光色を入れたりとやや近未来的にしています」。

●セイラの成長

【1】セイラが成長していく時間の流れをシルエットで表現。直前カットの遠くの三日月形の爆発が、そのまま月の満ち欠けに変わっていく。『ジ・オリジン』本編第1話の母アストライアから娘アルテイシアに向けての言葉に絡めた演出になっている


  • 【2】セイラのアップカットの基となった、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』キービジュアル


  • 【3】【2】の素材からセイラのみを切り出した状態


  • 【4】後頭部を脇氏が描き足し、まつげなどのディテールも追加


  • 【5】厚塗り調にタッチを描き加える

●シャア


  • 【1】本編素材


  • 【2】手描きでタッチを加えたもの。色は当時の安彦氏の関わった作品を参考に現代のサイバーパンク感を加味した


  • 【3】参考にした、安彦氏がキャラクターデザイン・作画監督を務めたTVアニメ『勇者ライディーン』のEDイラスト ©東北新社


  • 【4】元の背景素材。コックピットはCG、モニタ内部は2Dのモーショングラフィックスになっていた


  • 【5】背景のコックピットやモニタも手描きでトレースし、テクスチャなモニタに斜めのハイライトを足して当時っぽい雰囲気に。当時はモーショングラフィックスもセルで描かれていたのを意識したとのこと


  • 【6】シャアを重ねてレイアウト

【7】完成画像

●アムロ


  • 【1】本編素材のレイアウト


  • 【2】アムロの着彩。シャアに比べて実線タッチを入れる部分などに、より試行錯誤が必要になり、3回ほど描き直された。色は連邦の青を強めに


  • 【3】背景も手描きでタッチを足して着彩


  • 【4】グレーディングして完成

Cut.11 サイド7へ飛び去るシャア専用ザク

続いて、たくさんの箱のような画面に様々なキャラクターが映し出される上をシャア専用ザクが飛んでいき、スペースコロニー「サイド7」へ向かって飛び去っていくクライマックスのカット。「個人的にシャア専用ザクは本編では動きが速く、ザクの顔が印象的に登場することが少なかったと感じていて、今回はその顔をしっかり描きたかった。この作品にはあのシャアザクがちゃんと出ているんだということを見せたかったんです」。

本編の印象的なカットをシャアが飛び越え、アムロとガンダムの待つサイド7へ消えていき、最後にモビルスーツ開発計画「V作戦」を意味する「V」の文字が登場して終わるという一連の流れは、『ジ・オリジン』の物語が『機動戦士ガンダム』へと続くという先の展開を暗示させたかったからだという。単なる前日譚としてではなく、『機動戦士ガンダム』の世界へつながる話ということが強調されている。

「『ジ・オリジン』の本編はこのあとジオン軍との全面戦争になるぞ、というところで終わるのですが、このあと『機動戦士ガンダム』で一年戦争という長い戦争がジオンと連合軍の間で行われる、そこでガンダムがキーになっていくことを匂わせて、さらにその先の未来にある新しいガンダムの世界も含め40周年感のある画になるかな、と」。

●印象的な場面を超えていくシャア専用ザク


  • 【1】たくさんの箱はモーショングラフィックス的なイメージで展開、その上をシャア専用ザクが飛んでいく


  • 【2】本編素材


  • 【3】逆光の影を消し、ザクの形状をわかりやすくした上で、厚塗り調の処理を加えている


  • 【4】完成画像

●サイド7〜V作戦


  • 【1】シャア専用ザクがサイド7へ消えていき、クロス光が入る。これは『機動戦士ガンダム』第2話において、建設中のサイド7に偵察に行ったシャアがムサイ艦に送った発光信号のオマージュになっている


  • 【2】サイド7を頂点に伸びていく3つの光。前述の第2話でムサイから放たれたビームを意識している。ビームの色は『機動戦士ガンダム』では黄色だが、『ジ・オリジン』に準拠した緑色となっている


  • 【3】「V作戦」のVの文字が印象的に現れて消える

映像を作って見てもらうことが、自分の存在意義

最後に脇氏は、尊敬する富野由悠季監督の作中の台詞を引用して、本作の制作をふり返ってくれた。「『ガンダム Gのレコンギスタ』(2014)第1話のセリフに『世界は四角くないんだから』というのがあります。僕がこの作品の撮影監督補佐をやっていたのが入社して3〜4年目の頃で、当時はこのセリフの意味が全然わからなかった。いわゆる"富野節"なのかなと思っていた程度だったんですが、映像を作る立場の人間としてであれば今はその意味が自分なりに少しわかる気がしていて」。

「映像は画面の中で展開していくけれど、クリエイターとして作り込みすぎたり説明しすぎたりしてしまうと、映像自体がそこまでで完結してしまって、それ以上広がらなくなってしまう。しかし"そう見えるかもしれない"というくらいに留めて、観てくれる人に対して「想像しても良いんだ・この作品の中にいても良いんだ」と思ってもらえる、そういう"余地"のある映像にすれば、ひとつの映像が観た人それぞれの想像力でその映像以上に、四角い画面の範囲以上に無限に広がっていける。このOPはそういう思いで作っています。そういう意味ではこうして僕がメイキングを語るのもおかしな話なのですが、これが正解ということはないし、僕が考えている以上に今回のOPが、観る人によっていろんな見え方になったら良いなと思っています」。

コンテの作成から映像の完成までに約1ヶ月かけることができたのも、納得いく映像を仕上げられた要因のひとつだったという。「今までやってきたOP映像などの制作は長くて2週間ほど、EDは1週間ということもありました。今回はサンライズさんの協力でいつもより時間をいただけたこともあって、映像を組み上げたあとでひと通り見直して、再度調整する時間を取れたことが大きかったですね」。

本映像は評判も上々で、現在、他の制作オファーもいくつかあるそうだ。このように学生時代から目指していた「映像を丸々1本自分で作り上げる」という仕事がだんだん増えてきているのが何より嬉しい反面、"見てもらえなかったらどうしよう"という不安も常にあるという。

「映像を作ること以外で人として取り柄のなかった自分にとって、映像を作ってそれを観てもらうことだけが、自分の存在意義(証明)であり、モチベーションなんです。作った映像を観てもらえないということは、自分が社会から認識されていないということで、死んでいるのと同じことなんじゃないかと思います。ですからこのOPはたくさんの方に観ていただけて嬉しいです」。

1分30秒という短い尺に『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』という作品への思いと、自身の"アニメーション"制作への情熱を注ぎ込んだ脇氏。「各方面からいま求められている映像を作りながらも、自分が"アニメーションとしてはこうあるべきではないか"と思う部分を、今回は半分くらいは出せたのではないかなと思っています」。