2013年にリリースされ、スマートフォンRPGの概念を変えた『チェインクロニクル』。同タイトルの開発について記した書籍が『チェインクロニクルから学ぶスマートフォンRPGのつくり方』だ。運営型ゲームの企画・運営ノウハウを余すところなく開示した点が評価され、CEDEC AWARDS 2019で著述賞を受賞した。著者であり、『チェインクロニクル』の開発を主導した松永 純氏に受賞の感想や、ゲーム業界の現状などについて聞いた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

『チェインクロニクル』
スマートフォンで楽しめる本格王道RPG。ワンタッチで必殺技を放つ爽快なタワーディフェンスバトルと、アニメ化もされた圧倒的なボリュームのシナリオ、800体を超えるキャラクターたちとの出会いがプレイヤーごとにちがった「冒険」を生み出す。2013年に第1弾がリリースされ、2016年11月からは最新作『チェインクロニクル 3』が展開中
© SEGA

受賞と聞いて「嘘だろ」と思った

CGWORLD(以下、CGW):改めてCEDEC 2019での著述賞受賞、おめでとうございます。月並みですが、感想を教えてください。

松永 純氏(以下、松永):ありがとうございます。最初に知ったときは正直、「嘘だろ」と思いました。初めて書いた本ですし、かなり自由に書いてしまったので、まさか表彰されるとは思ってもいませんでした。実際、過去の著述賞をみると、しっかりとした技術書ばかりでしたからね。

松永 純/Jun Matsunaga
株式会社セガ・インタラクティブ 第四研究開発部 部長、チェインクロニクルシリーズ総合ディレクター

2002年にSEGA入社。アーケードゲーム市場にて『三国志大戦』シリーズ、『戦国大戦』シリーズの企画原案、メインゲームデザイン、ディレクションを務める。その後、モバイルゲーム市場で本格RPGジャンルの草分けとなる『チェインクロニクル』をリリース。このタイトルでは、企画原案、ゲームデザイン、ディレクションに加えて、キャラクター・世界観設定、シナリオ制作を担当。現在は同タイトルの運営開発を行うとともに、各モバイルタイトルの総合ディレクションに従事している

CGW:ただ、その中でも『チェインクロニクルから学ぶスマートフォンRPGのつくり方』は、非常にユニークな内容だったと思います。あまりに印象的だったので、Amazonのカスタマーレビューに投稿してしまいました。「ブーメランを恐れずに良く書いてくれました! すばらしい!」と見出しにつけたところ、著述賞の受賞理由に「ブーメラン」という文句があり、またまた驚きました。

2019年現在、数多くのスマートフォン RPG がリリースされており、その内容は多岐に渡る。その様な状況の中で、タイトルに「スマートフォンRPGの作り方」という普遍的なタイトルをつけることは著者にとって勇気の必要な選択となるが、本書はそのリスクに見合うだけの内容を備えている。どのような信念をもってユーザーを楽しませるか、それを予算と人員の範囲内でどのように実現するかということが具体的かつ平易な表現で余すところなく書かれており、現役開発者、ディレクター初心者、ゲーム開発者志望の学生など多くの層に響く内容であることは間違いない。自分にとってのブーメランになる可能性についても触れられているが、それを理解した上であえて一歩を踏み出す姿勢には、見習うべき点が多くある。

松永:自分もCEDEC運営委員の方から「スマートフォンの運営型ゲームで、企画や運営ノウハウについて書かれた本が少ない」、「スマートフォンRPGが市場に溢れる中で、改めてこういった内容について書いたこと自体が評価に値する」などと説明を受けて、納得しました。本書のような内容の書籍が、もっと出版されてしかるべきだというお話もいただき、自分も同じように思うところがあったので、なるほどなという思いはありました。



  • 『チェインクロニクル』(2013年7月~)



  • 『チェインクロニクル~絆の新大陸~』(2014年7月~)

『チェインクロニクル3』(2016年11月~)

CGW:これまで本を書かれたり、雑誌やWebメディアに連載されたり、ブログを書かれたりといった経験はありましたか?

松永:まったくありません。仕様書を作成したり、シナリオを書いたりといったことは、プランナー出身なので当然ありましたし、文章を書くことも苦手ではありませんでした。ただ、実際にこれだけの分量の本を書いたのは初めてでした。

CGW:もともと、どういったかたちで企画が進んだのでしょうか?

松永:版元の星海社さんには、『チェインクロニクル』のリリース直後からたいへん気に入ってもらって、画集『チェインクロニクル1st season イラストレーションズ』を出版いただいた経緯がありました。そうしたご縁で、本を書きませんかというオファーも、すぐにいただいていたんです。ただ、ゲームが出たばかりのタイミングでは、自分の中で考えがまとまっていませんでした。それで、いったんお断りしていたんです。

CGW:ただ、それから現在まで運営を続けられて、結果的にスマートフォンRPGのながれを変えた作品になりましたし、CEDECでも2年連続で登壇されましたね。CEDEC 2016では「スマホゲームにおけるゲーム性と物語性の"運用で摩耗しない"基礎設計手法 ~チェインクロニクル3年の運用と開発の事例を交えて」。CEDEC 2017では「スマホゲームで物語を更新し続けること。4年間のストーリー制作コンセプトの変遷をファクトに重ねて」というタイトルで講演されて、高く評価されました。

松永:CEDECでの発表は、自分のこれまでのやり方を整理する上でも、非常に大きな意義がありました。そうした活動も踏まえて、次第に本にまとめられるだけの内容がたまってきたんです。それまでも折につけて編集部から打診をいただいていて、そのたびに「無理っす」とお断りしてきたんですが、ようやく「今からでも良ければ、お願いできますでしょうか?」と、お引き受けすることができました。

CGW:松永さんの中でも、機が熟してきたという感じだったんですね。

松永:はい、その頃には内容がある程度まとまっていました。週末にわっと集中して、1ヵ月くらいで書き上げました。

CGW:書きたいことを書ききったという感じですか? 本の終盤では「現役の開発者がゲームをつくりながら本を書くことを、周りの何人かに止められました」と書かれていますよね。「絶対、どうやっても、ブーメランになるからと。『あなたが本でかくあるべしと書いていることと、逆のことを運営やアップデートでやってしまっても、誰もあなたを守れないよ』と」あり、実際にそうした側面もあったかと思います。

松永:それはそうなんですよね。運営中のタイトルですので、内容も変わっていきますし。ガチャについてもデリケートな部分が多いので、書くだけ損だという話は、周りから言われました。ただ、だからこそ実際のところどうなのかという話は、特に開発や運営をしている若い人たちなら、みんな知りたいと思います。自分自身も他社のゲームを遊びながら、一番気になるところでもあるので。そういったところを書かなければ、本を出す意味はないんだろうなと思っていました。

ゲームのサービス化によって産まれた変化

CGW:興味深いですね。同じく終盤で「個人的に、(チェインクロニクルを企画していた)当時の市場は嫌いでした。(中略)ゲームが好きでもないのにゲームをつくっている人がたくさんいるのが嫌だったんです。(中略)そして『舐めたつくりのゲームが減って、市場にもっと面白いゲームがあふれろ!』と願っていました」というくだりがあります。個人的にも共感した部分でしたが、なぜこうした内容を盛り込まれたんでしょうか? 単にゲームのふり返りを行うだけなら、不要な印象も受けます。

松永:うーん、なんでこんなことを書いたんでしょうね(笑)。たぶん2つ理由があって、第一に『チェインクロニクル』をつくるにいたった動機を、あますところなく書かせていただいた方が良いだろうと。自分も他のゲームを遊んでいて、そういったことが気になる性質なので。どういう感情でこれつくったんだろう? って。

第二に運営型のスマートフォンゲームをつくっている若手と話をしていると、自分の理想のゲームがつくれないという愚痴を聞くことが多いんですよね。会社でつくる以上、売上を上げなければいけないし、運営の施策を途切れなく回さなければいけない。そのためには、どうやっても型みたいなものが決まってくる。もっと自由につくりたいけど、会社から許諾が出ない。そのうちに青臭いことを言ってるほうが間違いという空気になってくる。そんなふうに悶々としている人たちに、君たちが間違ってるわけじゃない。そういう気持ちをもってて良いんだって。ちょっと偉そうな言い方かもしれませんが、そんな風な思いがありました。

CGW:なんだか懐かしいですね。お話を伺っていて、昔のセガを思い出しました。昔といっても、20年近く前になりますが。自分が良く取材でお伺いしていたのは、まだドリームキャストが現役の時代で、開発部署が分社する前だったので。

松永:ああ、そうなんですね。僕はセガが分社してから入社したので。そういう意味では、セガの遺伝子を継いでいる人間の中でも、わりと若造の方ですね。

CGW:あれ? 松永さんって、おいくつなんですか?

松永:39歳です。

CGW:自分は1971年生まれで48歳なんです。自分の方が年上なんですね。改めて驚きました。

松永:セガには僕より社歴が長い方がたくさんいらっしゃいますしね。一緒に仕事をしていくなかで、そういった遺伝子が自然に伝わってくるんだろうなあと思います。もちろん僕らのゲームを遊んでセガを志してくれたさらに若い層もいて、時代が変わっても脈々とそういう文化の伝承が続いています。

CGW:実際、これまでのゲームの歴史の中で、いくつか転機がありましたよね。アーケードからコンシューマへの変化もそうでしたし、スマートフォンの運営型ゲームも転機のひとつだと思います。その上で何でもそうですが、変化には良い面と悪い面があると思うんです。

良い面でいうと、ユーザー層が一気に広がりましたよね。メディア側からすれば、ゲームってこういうものだと、いちいち説明しなくても済むようになりました。昔は新聞などでゲームについてコラムを書く際、「RPGとは」的なところからかみ砕く必要がありました。しかし、今ではタップやスワイプといった専門用語でも、普通に使うことができます。市場も広がって、新規参入した会社が増えて、業界が活性化して、ゲーム開発者も増えました。ただ、その一方でつくっている人の顔が見えにくくなってきたのも、事実だと思うんですね。

松永:そうですね。作家性のようなものは......。

CGW:ゲームにはっきりした作家性は不要だというのが、スマートフォンの運営型ゲームにおける一般的な風潮で、それはそれで正しいと思います。ただ、個人的にはちょっと寂しいなという感じもしていて。だからこそ、本の中でああいったメッセージが発せられていたことに驚きました。

松永:ゲームがサービス化していったことで起きた変化ですね。僕もそんなふうに、誰がどんな風につくっているのか、つくり手の顔が見えにくくなっていくのは、ちょっと寂しいなと思っているところがあって。実際は、開発者の想いが詰まってるゲームは多くあるんですけど、サービスのさらに奥にあるから、伝わりづらいんですよね。だから抜き出して説明するしかないんですが、スマートフォンの運営型ゲームで、あまりそういった内容の本がないから、書きたかったという点はあります。

CGW:運営型ゲームを否定するものではありませんが、企画やディレクションの知見が共有されにくいという問題は、避けられない面がありますよね。運営型ゲームは開発者が外部からわかりにくいですし、「中の人」が入れ替わることも少なくありません。そのため開発者インタビューなどがやりにくい。ゲームの運営が終了するのも、人気の低下が原因であることが多いので、書籍化の企画も通りにくくなります。

実際、ゲームエンジンやネットワークなどの技術書はたくさんありますが、運営型ゲームのゲームデザインに関するものは少ないですよね。CEDECでも関連する講演は数えるほどしかありません。

松永:ゲームデザインが得意な人間と、運営が得意な人間は異なることが多いので、運営が軌道に乗ってヒットしている頃には、中の人が変わるケースが多いですよね。また根っこのところで、エンジニアリングに比べてゲームデザインは個々のタイトルに紐付く部分が多く、体系化が難しい側面もあると思います。

ネットワークの構築や、3DCGのレンダリングなどであれば、どんなプロジェクトでも応用が利くと思いますが、ゲームデザインの、ユーザーに魅力として映っている商品性の部分は、単純なゲームデザインのインゲーム(いわゆるバトルシステムやパズルゲーム部分)の設計だけで成立していることはほぼなくて、キャラクターやゲームサイクルなど様々な要素がからまって表現されるので、一点ものに見えるんだと思います。

CGW:見えてしまいますよね、確かに。

松永:逆にプランナー向けの技術書は一昔前に比べると、ずいぶん潤沢になりましたよね。3Dゲームにおけるゲームルールの設計、いわゆるメカニクスの組み立て方や、気持ち良く遊べるようにするためのつくり込みの工夫など、ちょっと前だと各社の秘伝のタレみたいな内容でも、技術書で紹介されるようになりました。それ自体はすごく良いことだと思うんです。

ただ、そこから一段先にある、タイトルごとの個別の価値みたいなものを、どのように共有していくかといったことについては、まだまだ難しいのかな、とも思います。個人的にはベースのメカニクスに乗っかるもの、例えばキャラクターや世界観、それからレベルデザイン、サイクルデザインなどのノウハウについても、汎用化できるはずだと思うんですけどね。

また、現場で仕事をしていると、ほとんどの判断はそういった部分によるものなんです。運営型ゲームでは、ゲームデザインのメカニクスに関する議論は、開発における最初の5%くらいの話になります。残りの95%は、運営を見越したゲームサイクルの設計、世界観やキャラクターの魅力づくり、継続性を高めるための序盤の体験の設計とか、そして実際の運営計画の練り込み、さらには現場が正しく動くためのマネジメント的な動き、そういったものに費やされます。

CGW:痛し痒しですね。

松永:そうなんですよね。実際にそういった本があれば僕も読みたいです。

CGW:この本が出る前と後とで、何か反響があったり、社内で変化が起きたり、といったことはありましたか? できれば、こういった本がどんどん出てくると嬉しいんですが。

松永:いろいろな方から愛のあるツッコミをいただきました(笑)。ただ、「俺も書こうと思った」みたいな話は、なかなか聞かないですね。

CGW:松永さんが言われたように、ゲームデザインに関する本は増えてきましたが、ディレクターやプロデューサーが読んで役立つ本は、これからなんでしょうね。

例えばチームメンバーに対して同じ指示を出すのでも、ときと場合、それから言い方で、ずいぶん受け止められ方がちがうじゃないですか。本の中でも開発中、「ピリカ問題」(※1)と「ボス戦におけるマナ不足問題」(※2)という2つの問題を一気に解決した施策(※3)について、飲み会を通して上手く指示を出したエピソードが、具体的に語られていました。ああいった、ディレクションの機微に触れるようなノウハウが共有されることは、他になかったような気がします。

※1 ピリカ問題:パーティのガイド役をつとめる妖精ピリカが、開発バージョンではゲームプレイで活躍する場がなかったため、プレイヤーにとって浮いて感じられた問題
※2 ボス戦におけるマナ不足問題:本作の戦闘シーンでは通常バトルを経て、ボス戦をクリアすれば勝利となる。マナは各々のキャラクターのスキルを発動させるために必要な要素となるが、開発バージョンではボス戦で回復させる手段がなく、一度マナ不足に陥るとじり貧になってしまっていた
※3 ボス戦でピリカがマナをもってパーティのもとに飛んできてくれるように改良された

『チェインクロニクル』より

松永:だとしたら良かったです。世の苦しんでいるディレクターさんが、何かしらヒントを得てくれたら、本当に嬉しいなと思うので。

CGW:松永さん自身は、そういったノウハウは業務を通して、自然に学ばれていった感じでしょうか。

松永:完全にそうですね。たぶん、世の中にいるディレクター以上の人間は、みんなそうじゃないかなあ。失敗の中から自然に学んでいく感じで。他人にコツを体系的に教えてもらった人は、たぶんいないと思います。ただ、本当は失敗する前に知っておいた方が良いことって、たくさんありますよね。そういったノウハウの共有が書籍を通して増えると良いなと、すごく思います。

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ユーザーの開発者に対する捉え方が変わってきた

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ユーザーの開発者に対する捉え方が変わってきた

CGW:CEDECで講演されたり、本を書かれたりしたことで、ご自身のノウハウが改めて言語化されたところも多いかと思うんですが、何か仕事をする上でプラスになりましたか?

松永:他人にすごく説明しやすくなりました。最近の運営型ゲームはとても複雑になってきているので、スタッフに指示を出すときでも、ただ仕様を説明するだけでは、とても済まなくなっているんです。その背景やねらい、ユーザーさんに遊んでもらいたいタイミングなど、いろいろな要素まで含めて説明しないと、まともにゲームをつくるのが難しくなってきているんですね。そのため、そもそも『チェインクロニクル』って何が大事なタイトルなのかとか。どんな理由でこの仕様が入っているのかといったことを、ちゃんと整理する機会がもてたことが良かったです。

あと個人的には、先ほど話したように、開発者が何をしたいのか、伝えたいのかというのが昔ほど表だって感じられなくなっているので。だからこそ、書籍という形でそうした思いを書くことができて、同じ開発者の人から反響をいただけたのは、正直少し報われる部分があったと思います。

CGW:それこそ20年くらい前の話になってしまいますが、雑誌『WIRED』日本版に『シェンムー』などの生みの親として知られる鈴木 裕さんがコラムを連載されていて、自分も一読者として楽しみに読んでいました。そのとき、名越稔洋さんが代筆されたことがあったんですね。その後、連載自体が終了したとき、自分も別の雑誌の編集をしていたので、名越さんに連絡を取って、連載をお願いした経緯があるんです(※4)。ちょうど『龍が如く』リリース前夜の頃で、「今はまだ言えないけど、新しい企画を進めていて、E3で発表しようと思ったけれど、もっと準備が必要で......」みたいなことが同時並行で書かれていました。すごく面白かったですし、つくっている人がゲームについて語るというのは、今も求められているのかなと思います。

※4 「名越武芸帖」(ゲーム批評連載コラム)。後に『ゲーム屋人生-名越武芸帖』として書籍化

松永:そのあたり、昔ほどユーザーがゲーム開発の裏側について、求めていないのかなという気もするんですが、どうでしょうか? もちろんゲーム開発者や、ゲーム業界に進みたいという学生さんであれば、興味深く読まれると思うのですが......。

CGW:たぶん、そうした濃いユーザーの絶対数は変わっていないと思います。ただ、運営型ゲームの拡大に伴い、ユーザーの分母が広がりましたよね。それに伴い、1つのゲームでも濃いユーザーからカジュアルユーザーまで、ユーザー層が広がったので、薄まって感じられるのかもしれません。

松永:ああ、そういったところはあるかもしれませんね。

CGW:それに、同じように濃いユーザーでも、興味のもち方が変わってきているのかもしれません。自分自身もゲームの専門学校で非常勤講師を行なっているので感じるんですが、今の学生はスマートフォンの運営型ゲームを、すごく良く遊んでいます。それに伴い、開発ではなく運営に興味をもつ学生が増えているんですね。ただ、自分も含めてゲーム専門学校で講師をしている人間は、多くがコンシューマ世代なので、運営について詳しく説明できないんですよ。本書はそのギャップを埋める上でも、貴重な一冊になったと思います。

『チェインクロニクル』リリース6周年記念イベント「絆の大感謝祭2019」(写真:セガゲームス提供)

松永:確かに運営を5年やってみて、最近特に感じることに、ユーザー文化の変化がありますね。例えばガチャの確率が渋いなどで、SNSで運営に非難が集中することがあります。ただ、そのときに「たぶんこういう事情でこうなんじゃないか」といった運営の裏側について、想像を巡らせるような書き込みが見られるようになりました。そのゲームを信頼した上で、こういった事情が裏にあるんじゃないか的な書き込みをしてくれるユーザーさんも、徐々に増えてきた印象があるんです。

なので運営側でも、ユーザーさんに向けて、もうちょっと内情について説明しても良いのかなと。昔は「どんなミスも仕様ですと胸を張れ」みたいな指導を良く受けましたが、今の時代はきちんとユーザーと話して信頼関係を結んでいくのが良いんじゃないのかなと思っています。

CGW:さきほど「つくり手の顔が見えにくくなってきた」といいましたが、一方でSNSや動画配信などで、ユーザーが運営側のスタッフに触れる機会は増えているんですよね。そのため、ユーザーにとってみれば「開発者」のイメージが変わってきているのかもしれません。運営はユーザーにとって一番身近な存在だし、そこに憧れるというのは良くわかります。

松永:そうですね。フロントに立っているのがゲームデザインをしている開発者ではなく、運営担当の開発者やPR担当者であることが多いので、それは必然だと思います。

CGW:ただ、普通に遊んで楽しいだけなら良いんですが、そこで何かつくりたい、ゲーム業界に入りたいという学生たちと、断絶されている面は否めません。学生がソーシャルゲームをつくって運営するというのは、まだまだ敷居が高いですからね。スタンドアロンのゲームを1本つくるだけで精一杯で、運営までする余裕がないのが現状です。

松永:それは大きな課題ですね。一方で若い開発者の中には、新しいゲームデザインを発明したり、既存のメカニクスを組み合わせたりといったことにはあまり興味がなくて、むしろゲームをサービスとして捉えて、どんどん推し進めていきたいといってくれる運営志向の若者も増えています。そういった方たちは、大学で経営学やマーケティングをしっかり勉強する方が良いかもしれません。実際、人の購買意識をどのように高めるかといった研究は、すでにかなりの蓄積がありますから。

CGW:確かに、そういった知見がますます必要になってきますね。特にWebマーケティングは文系と理系が交錯する分野ですし、運営型ゲームの施策にも近しいところがあります。

なぜ運営型ゲームのノウハウ開示が必要なのか

松永:なので今の時代、ゲームデザインの基礎部分、運営サービスの基礎部分はそれぞれ学ぶべきノウハウが増えてきています。その一方で、僕のようにゲームデザインとサービスの中間にいるような人間には、それだけだと物足りないのも事実です。ゲームがゲームである限り、ゲームデザインの要素はなくならないと思いますし。

そういった分野に興味がある学生や若手が、読んでためになるような本や資料が、すごく少ないのも事実なんですよね。実際、運営型のゲームがすごく複雑になってしまった結果、新しいチャレンジがしにくくなってきているんですよ。その理由として、誰もちゃんとシステム全体を理解できていないんじゃないか、と思うことがあります。

CGW:どういうことですか?

松永:例えば昔の家庭用RPGだったら、面白いゲームシステムと魅力的なストーリーがあって、あとは無難なレベルデザインがそこに乗っかれば、ゲームになっていました。プラスでミニゲームがあったり、やりこみ要素があったりしても、それは付け足せばOKなもので、密接にメインの体験に絡むものではなかった。

一方で今のスマートフォンの運営ゲームは、ゲームシステムと世界観があった上で、お金を払ってもらうための購買要素の設計が複雑に絡んだり、レベルデザインについてもいわゆるレベルアップ的な意味でのレベルデザインだけでなく、ルール理解に対するレベルデザインや継続意欲のレベルデザインといった様々な要素があり、しかもそれが複雑に絡み合っていて、こっちを変えたらあっちも変えなきゃという複雑なパズルのような状況になっています。それで皆どうするかというと、あるものをコピーして使い回すという。

CGW:いわゆる「ガチャ前提」のゲームデザインですね。

松永:もちろん、それで良いと思っている開発者はいないと思いますが、今あるフォーマットに代わるものを完全新規でつくるのは、とんでもない難易度になってしまうんです。

100人いるキャラクターを60人に減らしたら、まったくちがうゲーム設計になってしまいますし、中盤のレベルデザインで難易度設定を間違えたら、簡単すぎてまったく課金がされなかったり、逆に難しいと守銭奴ゲームだ、と炎上しちゃったりします。でも昔は、開発途中で仲間キャラクターを10人から6人に減らすとか、途中の難易度が変で特定のダンジョンだけ苦戦するとか、良くあることだったわけで。

様々な要素がなぜその設計になっているか理解しないと、変えることすら難しい。だから一歩踏み出すのに、すごく時間がかかってしまうと思います。

CGW:新しいビジネスモデルなり、新しいフォーマットなりを発明するためには、今あるしくみをちゃんと理解するところから始めなければいけない、というわけですね。

松永:そうですね。せめて今の運営型ゲームの構造や運営のながれが、どういう理由でできたのか、最低限の基礎知識をみんながもっていないと、新しいものは産まれてきません。なぜガチャがなければゲームのビジネスにならないのか。なぜ育成のシステムは、こんなに複雑なのか。なぜゲームのクエストがこんな構造になっているのか。それぞれ、ベースのロジックを理解していないと、間違ったところを変えてしまうし、それが怖いから変えようとしなくなる。そうなると、どんどんゲームがつまらなくなっていきます。そこが一番恐れているところですね。

『チェインクロニクル3』より

CGW:先ほど「学生は1本ゲームをつくるだけで精一杯」という話をしましたが、中には1人で何でもつくってしまう学生もいます。ゲームエンジンや開発ツールの無償化・高度化が進んだ結果、クオリティを別にすれば、ゲームは1人でもつくれますしね。実際、日本のインディゲームでは個人制作の割合が増えています。学生のうちにインディゲームを1人でつくって、アプリストアやSteamで配信する例も珍しくありません。

ただ、そういった「できる学生」たちが、いざ就職する段階になって、みんな悩むんです。インディゲームの市場が広がっているからこそ、会社ではインディゲームではつくれない圧倒的なクオリティや、物量などを提示する必要がある。それが今の日本では、スマートフォンの運営型ゲームだったりします。しかし、そうしたゲームがそれまで自分たちがつくってきたものと、まったくちがうように思えてしまうんですよね。

松永:そうですね。断絶していると思います。彼らが美学と感じているゲームのメカニクスやレベルデザインの要素以外のことが多すぎるので、そうなってしまいますよね。

CGW:そのため卒業が近づくと「このまま就職しても良いのかな」と、迷ってしまうんです。そうした学生に対して、1人でつくるインディゲームも、会社でつくる運営型ゲームも、ユーザーを楽しませるという意味では同じだよ。会社でのゲームづくりもおもしろいよ。そんな風に、大人の側が学生に魅力を提示してあげて、架け橋をつくってあげることも、大事なのかなと思うんです。逆にそれを学生に求めるのは無理だと思うんですよ。情報量や人生経験が圧倒的にちがうので。

松永:それはそのとおりですね。運営型ゲームだからこその意義を挙げるとすれば、サービスを重ねることで長時間、ユーザーさんがずっと触り続けてくれるという良さがあります。正直、自分が学生時代にやったゲームでも、5年間毎日遊び続けるゲームなんてなかったと思うんですよ。でも『チェインクロニクル』だと、5年欠かさず遊んでますっていうファンの方がいてくれて。それはすごいことです。これはぜひ、いま最前線でゲームをつくっている若い方たちに体験してほしいです。

それにビジネスモデルの面でいえば、スマートフォンでサブスクリプションモデルがこれから入ってきますし、今後も変化が生まれていくと思います。ただ、スマートフォンが主戦場である限りは、これから先も運営型ゲームのノウハウに対する需要は続いていくのかなと思っています。なので若い人に興味をもってもらうためにも、つくれそうって思ってもらうためにも、今回の本が、ノウハウが普及するながれのひとつになってくれたら嬉しいです。

CGW:楽しみですね。そんな風に多くの人が少しずつ知恵を出し合って、事例が共有されていくことで、ブレイクスルーが起きていくのではないかと期待しています。先ほど松永さんは「ゲームデザインの知見はエンジニアリングに比べて汎用性が低い」と言われていましたが、それも受け取り側の問題ではないかと思うんです。ある本を読んで、感動したという人もいれば、面白くなかったという人もいる。ゲームも同じですよね。コンテンツの価値は受け取り側のコンテキストによって変わります。

松永:そういう意味では、この本も最初は、すごく汎用性が低いつもりで書いたんです。なにしろ『チェインクロニクル』のことしか書いてなくて、しかも遊んでいなければわからないことも、結構盛り込みましたからね。ただ、「ゲームは遊んでいないけれど、読んですごく勉強になりました」と言ってくださった方が、何人もいらっしゃったんです。そんな風に少しでも汎用的な価値を見出してもらえたのだとしたら、嬉しいですね。

CGW:まったくそうですね。松永さんがセガの先輩方から受け継がれたように、若手にもセガの遺伝子を伝えていっていただければと思います。また、これは業界全体の課題でもありますね。ありがとうございました。