湯浅政明監督とチェ・ウニョンプロデューサーが2013年に設立したサイエンスSARU。ハイスピードで傑作を生み出し続けているスタジオが今回挑んだのが、女子高生たちのアニメ制作を描いたマンガ『映像研には手を出すな!』(以下、映像研)のTVアニメ化だ。今回はサイエンスSARUの起ち上げ以前から湯浅作品に参加してきたウニョン氏に話をうかがった。『映像研』への思いや、Flash(現・Adobe Animate)を導入した経緯、そしてサイエンスSARUの強みまで、幅広い話題が飛び出した。

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TVアニメ『映像研には手を出すな!』×Adobe Animateを活用したサイエンスSARU流アニメ制作術

INTERVIEW_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_島田健次 / Kenji Shimada

  • TVアニメ『映像研には手を出すな!』
    ▼放送:NHK総合テレビ
    毎週日曜日24:10~放送中!!!
    (関西地方は24:45~)
    ※放送予定は変更になる場合があります
    ▼配信:FOD独占配信
    毎週日曜日26:00最新話配信

    原作:大童澄瞳(小学館『月刊!スピリッツ』連載中)、監督:湯浅政明、キャラクターデザイン:浅野直之、音楽:オオルタイチ、アニメーション制作:サイエンスSARU
    eizouken-anime.com
    ©2020 大童澄瞳・小学館 /「映像研」製作委員会

『映像研』とサイエンスSARUが目指すもの

CGWORLD編集部(以下、CGW):『映像研には手を出すな!』のアニメ化が決まった経緯を教えてください。

チェ・ウニョン氏(以下、ウニョン):NHKの坂田(淳)プロデューサーから「『映像研』をアニメ化しませんか?」と提案されたことがきっかけです。湯浅監督はマンガを読む時間がなかなかつくれなくて、企画会議で話題になったタイトルを知らないことも多いのですが、『映像研』に関しては「あっ、知ってる。面白いよね」と好感触でした。どうもネットでの「『映像研』を湯浅監督にアニメ化してほしい」というファンの方のコメントが本人にも伝わって、原作を読んでいたらしく、原作権まで調べていたそうです(笑)。

  • チェ・ウニョン/Eunyoung Choi
    プロデューサー、サイエンスSARU
    www.sciencesaru.com

ウニョン:サイエンスSARUのスタッフの中に『映像研』のファンが多かったことも決め手のひとつになりました。アニメ制作ではスタッフのモチベーションはものすごく重要で、「この作品を面白くしたい!」という気持ちがあるだけで制作がスムーズに進みますし、良い作品を生み出すパワーに繋がると思っています。

CGW:ウニョンさんは『映像研』にどんな印象をもっていましたか?

ウニョン:まず一読者として絵の可愛らしさに惹かれ、プロジェクトに関わっていくうちに、サイエンスSARUが目指す方向性にマッチした作品だと感じるようになりました。私たちがアニメをつくる上で最も大切にしているのは、絵が動くというプリミティブな面白さを視聴者に伝えることです。イラストのように1枚の絵の密度を上げるのではなく、連続した絵が動くアニメーションという表現を通じて、思わず心が躍ってしまうようなワクワクするドラマをつくりたい。『映像研』ならそういったアニメを生み出せるだろうと思いましたね。

とくに私は主人公の3人がアニメを楽しそうにつくっている姿に惹かれたんです。実際のアニメ制作は非常に大変な仕事でつらくなることもしばしばですが(笑)、『映像研』は集団制作の難しさに触れながらも、そのやり取りがユーモアを交えて描かれています。原作と同じようにアニメ制作の楽しさに焦点を当てた作品にするという方針は企画段階から決まっていました。

CGW:アニメ制作を楽しく描く上での課題はどこにありましたか?

ウニョン:3人がつくったアニメをどう描けば面白そうに見えるのかが大きな問題でした。原作では3人のアニメが観客を魅了している描写もあるので、それに見合った映像をつくらなければいけません。アニメに説得力をもたせるために、湯浅監督だけでなくスタッフのアイデアもたくさん詰め込めるような現場にしたいと考えていました。

副監督にアニメーター出身の本橋(茉里)と、制作進行出身の山代(風我)という、異なるキャリアをもったスタッフを起用したのも、アイデアが自然と出てくるような環境をつくりたかったからなんですよ。異なる視点をもった2人が加わった方が、より多くのことに気付けるようになりますし、原作の理解も一層深まりますから。サイエンスSARUのスタッフが一体となって『映像研』に挑んでいます。

CGW:ちなみにNHKで放送されることは、いつごろ決定したのでしょうか?

ウニョン:今回は最初からNHKで放送する方向で企画が進んでいました。実はサイエンスSARUは地上波で放送されるタイトルを手がけたことがなくて、30分のシリーズものも『DEVILMAN crybaby(以下、DEVILMAN)』しか制作経験がありませんでした。30分のシリーズアニメ制作として、『DEVILMAN』の次が『映像研』というのも、よくよく考えるとかなり極端ですよね(笑)。ただアニメをつくるときは、作品を世の中に向けてどう発信していくのかもポイントになると考えています。

ウニョン:『DEVILMAN』は過激な描写が含まれる作品だったので、表現規制を考慮する必要のないWeb配信との相性が良かったですが、『映像研』は原作のテイストとNHKの相性が良いと感じました。作品を企画する上でそういった最初のセッティングを見誤ってしまうと、良いアイデアを思いついても媒体に合わせて表現を変えなければいけないなど、予想外の事態に振り回されることになりかねません。そのせいで作品の魅力がどんどん削がれていって、現場のやる気も失われてしまうのを避けるために、アニメ制作では現場での実作業だけでなく、そういった事前準備にも気を付けなければいけないと考えています。

Flashを採り入れた理由

CGW:サイエンスSARUは2013年のスタジオ設立当初から、アニメーション制作にFlash(現:Adobe Animate CC)を導入しています。その経緯を教えてください。

ウニョン:2003年ごろ、私がイギリスの大学でアニメーションを学んでいたときには、紙ではなくデジタルツールを使って絵を描くことが当たり前の時代になってきていました。学生だった当時はFlashを上手く使いこなせなかったのですが、その後海外のスタジオで働く機会があったときに、Flashを駆使してアニメーションをつくっているスタッフに出会いました。その技術力は素晴らしかったものの、海外の作品のため動きはカートゥーン調で、日本のアニメを見慣れていると芝居がオーバーに見えてしまう部分もあったんです。

その後そのスタッフたちと日本のアニメに馴染ませるために、動きの設計図となるレイアウトまでを手描きで、それ以降の作業をFlashに置き換えるという実験をしてみたところ、すごく上手くいったんです。手描きのアニメと区別が付かないぐらいの仕上がりで、これなら日本の観客にも受け入れてもらえると確信したのですが、残念ながら企画自体がながれてしまって、その研究結果を作品で発表する場がなくなってしまいました。それからは普通のアニメを手がけていたところ、湯浅監督が海外アニメの『アドベンチャー・タイム』でスペシャルエピソードを担当することが決まったんです。

CGW:シーズン6の『Food Chain』で、サイエンスSARUを設立する契機になった作品ですね。

ウニョン:はい。そのタイミングで、フランスのスタジオで働いていたアニメーターも参加することになったんです。私たちはFlashを使えばもっと効率良くアニメがつくれるという自信があったので、それができるということをサイエンスSARUで実現してみせると意気込んでいました。『Food Chain』では、アニメーターは2人、制作期間は2〜3ヵ月で、13分の映像をつくることができました。もしFlashがなかったら、これだけの少人数かつ短期間では完成させられなかったと思います。

CGW:サイエンスSARUの公式サイトにはFlashが生産性の向上にも繋がると書いてあります。具体的にどのような作業が軽減されるのでしょうか?

ウニョン:例えば紙の場合は最初にスキャンをしてデータ化をしなければ次の作業に移ることができません。デジタル作画はそういった手間がなくなることが第一のメリットです。アニメのデジタルツールは数多くありますが、その中でもFlashが優れているのは自動中割機能です。アニメでは動きのポイントを描いた原画をもとに、動画マンが動きの間を描く中割という作業がありますが、Flashの場合は自動的に行なってくれるので、日本のアニメに合わせて調整は必要ですが、工程をひとつ飛ばすことができます。チェック時のフィードバックも早くて、前の工程に戻る必要があるときも、その場ですぐに直せるなど、Flashはとても効率が良いツールなんですよ。

CGW:なるほど。サイエンスSARUは2017年以降、多くの作品を生み出してきましたが、そのスピード感はFlashが支えていると考えて良いのでしょうか?

ウニョン:そうですね。2017年に公開した映画『夜明け告げるルーのうた』は100%Flashで制作した作品です。Flashを扱うスタッフは当初は3人でスタートしました。スケジュールは1年間でしたが、この制作体制で完成できたのはFlashがあったからです。またFlashの場合は少人数での作業ができることも効率の良さに繋がっています。通常の映画は何十人ものアニメーターが参加しますが、その多さが時間のロスに繋がってしまうこともありますからね。

CGW:『映像研』ではどのようなカットにFlashが使われているのでしょうか?

ウニョン:カメラがキャラクターにものすごく寄ったり、逆に引いていったりするカットにはFlashを良く使っています。手描きの場合は線が太くなったり細くなったりしてしまうのですが、Flashだと太さを一定に保てるので役立つんですよ。仕上がりもすぐに確認できるため、新しい表現にチャレンジしたカットではFlashを使ってテストをすることが多いです。

ただ『映像研』は『ルー』のように全編を通してFlashを使っている訳ではなく、1話のイメージボードの世界は手描きと混ぜるようにしています。Flashで無理に全カットをつくってしまうと、逆に作業が複雑になってしまうこともあるんです。当初からFlashを導入したのは手段のためで、Flashでつくること自体が目的ではありません。あくまでFlashは良いアニメをつくるための現時点でのツールのひとつとして捉えています。

サイエンスSARUの色はレインボー

CGW:ウニョンさんはアニメーターや監督を務めた経験もあります。それらがプロデューサーの仕事にどう活かされているのでしょうか?

ウニョン:プロデューサーは与えられたスケジュールの中で、目標の実現に向けて効率的に作業を調整していく仕事です。そのためには作品の良さを見抜く審美眼が必要で、それを養う上で現場での経験は大きな糧になっています。

例えばスタジオに優秀なクリエイターがいても、その人のどこが素晴らしいのかがわからなければ、作品に活かすことはできないと考えています。スタッフにリテイクをお願いするときも、完成映像がどう変わるのかをイメージできる力が求められます。限られた時間のなかで、クオリティが1%しか上がらないリテイクと、同じ労力でクオリティが20%も上がるリテイク、そのどちらかを選ばなければいけないなら、当然後者を優先するべきですが、そういった判断ができないと間違った選択をしてしまう可能性もある。その積み重ねによってフィルム全体の出来映えにも差が生まれるので、作品の良さを見抜く力は重要なんですよ。

CGW:プロデューサーから見て、サイエンスSARUの強みはどこにあると思いますか?

ウニョン:柔軟性です。スタジオ設立時にフランスのアニメーターを迎えたことをはじめ、サイエンスSARUには様々なバックボーンをもった人たちが集まっています。だから新しいチャレンジをするときも否定することなく、オープンマインドな気持ちで臨むことができるんです。もし青のグループしかいない場所に、急に赤が来たら戸惑ってしまいますよね。でもSARUは色でたとえるならレインボーなんです(笑)。新しい技術はどんどん吸収していくし、優れた表現も自分のものにしていく。それは湯浅監督も含めたサイエンスSARUのスタッフ全員がもつ強みだと思っています。

CGW:湯浅監督の作品はよく"唯一無二"と評されますが、それもチャレンジ精神ゆえなのでしょうか?

ウニョン:そうですね。湯浅監督は新しい作品を手がけるときに、実験的な試みも必ず採り入れています。原作をリスペクトして、作品の魅力はどこなのかを分析した上で、アニメならではのプラスの要素も加えています。マンガをそのままアニメ化するだけだったら、究極的には原作を読めば良いだけの話になってしまうので、どうやってアニメーションの魅力を表現するのかは、企画の段階から力を注いでいる部分です。

そういったチャレンジは現場から反発があったら実現できないものですし、生まれたアイデアを実際に映像化するための実行力も必要になってきます。サイエンスSARUはその柔軟性と実行力が備わっているスタジオです。今後も『映像研』を通してアニメの楽しさを伝えていきたいですね。