2Dアニメーション作成ツール「OPTPiX SpriteStudio」。モバイルゲームや各種ゲームなどに使用される2Dキャラクターのアニメーションを、誰でも手軽に作成できるツールだ。マウス操作で直感的に使用でき、リアルタイムで結果を確認できるなど、学習コストが低い点が特徴だ。企業だけでなく、大学や専門学校で授業に採り入れている例も多い。また近年ではUIパーツやエフェクトアニメーションに使用されるなど、採用事例も広がっている。
こうした中、SpriteStudioを用いて映像作品を制作する授業をいち早くはじめたのが、京都精華大学のマンガ学部マンガ学科キャラクターデザインコースだ。毎年2年生向けに半期15回の授業「キャラクター造形実習」を行い、学生に15秒程度の2Dアニメーション映像を制作させている。1月22日(水)には外部からの見学者も招いた発表会が実施され、全37本の学生作品が上映された。そこで発表会にあわせて担当教官の辻田幸広准教授に授業のねらいや、カリキュラムの概要などについて話を聞いた。
INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
外部から企業人を招き、発表会を開催
「もともとキャラクターデザインコースは、学生にキャラクターの魅力を教えることからスタートし、最終的にマンガ家を育成する目的で、2013年に設立されました。しかし授業を進めていくうちに、キャラクターとストーリーでは別の価値観や才能が求められることがわかりました。実際にマンガ家になる人も少数派だったので、マンガ以外のキャリア設定が急務となり、キャラクターデザインの社会的な価値を再定義しました」。辻田幸広氏はコースの概要について、このように説明した。
実際、キャラクターデザイナーには会社に就職したり、フリーランスとして、イラストレーションやデザインワークを行う人というイメージがある。しかし、実際にはエンジニアの仕様に合わせて外注から上がってきたデータを整理したり、会社ごとの仕様に合わせてデータを納品する力も求められる。言い換えれば、仕様に即した素材の加工ができる力だ。同じ人間が両方の力を備えることが理想だが、キャラクターデザインコースでは比較的、後者を重視した教育を行なっているという。
こうした方針のもと、辻田氏が本コースで教育に関わるようになって、5年が経つ。モンティ・パイソンに代表される、イギリスのシュールなイラストレーションに魅せられ、高校卒業後に渡英。Kingston UniversityとRoyal College of Artで学び、卒業後は様々なアニメーションやゲーム制作に携わってきた。教育経験も豊富で、四国学院大学・宝塚造形芸術大学・デジタルハリウッド大学などを経て2017年度から本学に着任。SpriteStudioを用いたアニメーション制作の演習などを行なっている。
「大阪のゲーム開発会社でSpriteStudioを用いたアニメーション制作のワークフローを起ち上げ、アートディレクションをしていました。そんななか縁あって『キャラクター造形演習』の演習サポートをすることになりました。その2年後に専任教員となり、そこから1人で授業を担当しています。そのため本授業に携わって5年目になりますね。コースの方針も踏まえつつ、単にツールの使い方を学ぶだけに留まらず、プロポーザル(企画)重視の方針で授業を行なっています」。
このことはシラバスを見れば明らかだ。授業の目的・到達目標の欄には「オリジナルキャラクターの演出をストーリーボードで作り上げる」「オリジナルキャラクターをもとに、SpriteStudioで動画を作成する力を身につける」「PowerPointを使ったプレゼンテーション資料の作成ができる力を身につける」「プレゼンテーションのための心構えと発声・身体パフォーマンスなどの発表技術を身につける」という4項目が並ぶ。これを実現するために、15回の授業が組まれている。
●授業計画
第1回:イントロダクション
第2回:SpriteStudioのインストールと基本操作説明
第3回:SpriteStudioを使いこなすための、Photoshopの設定と注意点の説明
第4回:企画書作り
第5回:ストーリーボード作り
第6回:ストーリーボード発表
第7回:キャラクター作りとパーツ化
第8~第12回:アニメ化
第13回:完成・動画ファイル作成
第14回:発表準備
第15回:アニメーション作品発表会(プレゼンテーション)
発表会で上映された作品も、「2Dアニメーション」「15秒程度の短編」という点は共通でも、方向性が見事にバラバラだった。テーマでいえばホラー要素のあるもの、コミカルなもの、メルヘンタッチのもの、商品のコマーシャル的なものなどだ。タッチの面でもキャラクターを動かしやすいように線画中心で表現したものもあれば、細部まで繊細に描き込み、イラストの魅力を前面に押し出したものもあった。カメラの切り替えやカット割りに工夫をこらしたものもあった。
教室には特別ゲストとして訪れた社会人の姿もあった。SpriteStudioの開発・販売元であるウェブテクノロジと、SpriteStudioを業務で使用しているHappy Elements カカリアスタジオ、そしてテクロスのスタッフ。フリーランスのデザイナーで、SpriteStudioで様々な作品を発表している池田陽朗氏も参加した。ひととおり作品の上映が終わると、それぞれのゲストが講評を実施。また、カカリアスタジオのアーティストから2Dアニメーションの特別授業も行われるなど、にぎやかな内容になった。
●主な学生作品
欧宇豪さん
池田氏からは学生5作品に対して具体的なアドバイスも贈られた。欧宇豪さんの作品は、イラストの魅力がプロレベルだと賞賛。その上で踏切の向こう側や電車の車内に人影を描くなどして、世界の広がりを感じさせられれば、さらに良かったとした。森田結衣さんの作品は、間の取り方やテンポ・リズムが天才的で、自分ではとても表現できないレベルだと舌を巻いたほど。西村璃子さんの作品は、平面的な演出が多い中、チャーハンや卵の立体的な動きに挑んだ姿勢が評価された。
また、中田恭平さんの作品は、自分のフェチシズムが良く出ていたと称しつつ、ライティングに凝ることで、より魅力的になったとコメント。高橋由衣さんの作品には、表現したい内容が明確で、様々な作品を参考にしつつ、自分の演出に取り込んだ点が良かったとした。その上で、今の自分の作品に足りないものを持っている人と友達になり、今後の作品制作を通してお互いが高め合っていくと、一生の財産になるとエールを送った。
コンセプトベースでカリキュラムを策定
続いて辻田氏への取材を基に、本授業のカリキュラムについて、より深掘りして紹介していこう。前述のとおり本授業は「企画書」→「ストーリーボード」→「アニマティック」→「アニメーション」→「発表」と、段階的に進んでいく点が特徴だ。その上で学生に対して「締切を意識させる(完成していない作品は評価しない)」ことと、「数字だけでなく評価理由も公開し、作品の完成度に対して様々なチェック項目があることを認識させる」ことを意識して指導を行なっているという。
●2018年度学生作品より
企画書
はじめに内容面で迷走しないように、表現したいコンセプトを言語化させる。続いてコンセプトを的確に伝えるために必要なテーマを設定させる。途中から技巧にこだわりすぎると収拾がつかなくなるため、最初にしっかり言語化させることが重要。また、テーマはビジュアルと世界観などの両方で考えさせる。
ストーリーボード
稚拙でも良いので、まず最後まで描ききることを目標にする。自身の想像力を客観視すると共に、全ての要素について考えきれているか確認することが目的。その際、画面切り替えが発生する場合は、シーンごとに全ての意図を確認させる。最低限の要素で最大限の効果が得られるように考えることで、全ての演出に対して説明責任が必要であることを意識してもらうのが重要。
アニマティック
全てのカットをSpriteStudioのタイムライン上に並べて、時間に置き換えさせる。それまで想像上でしかなかった時間の流れが、実際にカットを配置することで体感してもらうのが目的。その一方で冗長な部分はないか再確認し、必要に応じて削除させる。また動画上では静止画や漫符(集中線や汗の表現など、感情や感覚を視覚化した、マンガならではの記号)が貧弱になるため、こちらも必要に応じて動画として機能する演出に切り替えさせる。
アニメーション
スケジュール管理を徹底して作業を進めさせる。作業が計画より遅れている場合は、どんどん内容を簡略化していく。その上で毎週ごとに、その時点での完成系を明示することが重要。
完成・発表
授業でプレゼンテーションを行う。その際、制作物よりも制作者中心で発表させる。具体的には作品だけでなく、制作意図もあわせて説明し、制作者の思想を強調してもらう。
なお、本作品について辻田氏は「具体的な企画力や全体的な絵のバランスもさることながら、動きや感情の起伏を表現するアニメーションを、X軸の伸縮に統一した点や、完成度に焦点をあわせて再編集した判断力を評価した」と語った。
辻田氏は学生が陥りやすい落とし穴について、「見た目の気持ち良さや格好良さ(=ものすごく時間がかかる演出)を追求しようとして、進捗が遅れがちになる」点を挙げた。逆に期待を上回った点で挙げたのが、ストーリーボードの制作だ。時系列を用いた演出の概念について、授業でそれほど時間を取って教えていないにもかかわらず、多くの学生が物語を考えられるという。いずれも子どもの頃から浴びるように映像作品を鑑賞してきた影響だと考えられる。
また、授業でSpriteStudioを導入する利点として、辻田氏は「作成中の動画をチェックするのにレンダリング時間を必要としない効率性」をあげた。SpriteStudioを用いた動画制作では、After Effectsなどで必然的に発生する待ち時間が必要ないため、学生もストレスを感じにくいのだ。これにより静止画による「落書き」しか知らない学生が大半を占める中、自分自身がもつ想像力のポテンシャルを、インスタントに拡張させられるという。
「ただし学生は作業中、PhotoshopやWebブラウザなど、複数のアプリケーションを並行で立ち上げることが多く、PCが不安定になりがちです。SpriteStudioだけなら、そういった心配はないのですが......」辻田氏はこのように補足した。同大学では入学時、学生全員に最新のMacbook AirかMacbookProを購入してもらっている。。スペックにもよるが、特にMacBook Airではマシンパワーが不足する事態に陥りやすいので、注意が必要だとした。
「本授業を履修する学生は、それまで平面上でのキャラクターデザインしか学んでいないことが大半です。これに対してSpriteStudioでは、キャラクターをパーツに分解し、それぞれに動きをつけていくため、時には不自然な動きになることもあります。キャラクターの前髪などは好例で、これは静止画と動画という表現のちがいによるものです。こうしたちがいを通して、自分の創造性を見つめ直すきっかけにしてほしいと思っています」。
辻田氏は授業のねらいをこのように説明しつつ、「アニメーターを育成したいわけではない」と補足した。「学生は1年次に、平面上でキャラクターデザインを学びます。これに対して2年次で、アニメーションを経由することで、また違った角度からキャラクターについて考えられるようになります。その上で3年・4年のゼミで卒業研究や卒業制作に挑戦していってほしいのです」。ここが職業人を実践教育する専門学校と、大学とで大きく異なる点だろう。良い悪いではなく、コンセプトが異なるからだ(※)。
※一方でゲーム業界で言えば、任天堂やカプコンといった大手から、発表会にゲスト参加したHappy Elements カカリアスタジオなど、様々な企業に学生が就職するなど、一定の成果を出している
ちなみに本授業は2020年度から大きく装いが変わる予定だ。大学全体のカリキュラムが2021年度に現在のセメスター制からクオーター制に変わる。キャラクターデザインコースでは学生数の増加もあり、授業によるが、1学年100人を4つに分けて、1年前倒しで1クラス約25人のクオーター制度を採用する。そのうえでクォーターごとにSpriteStudio、Unity、After Effects、Webポートフォリオの授業を実施する計画だ。これと並行して粘土細工やキャラクターデコレーションなど、4種類のアナログ系授業も用意されている。
こうしたカリキュラムの採用で、学生はキャラクターデザインについて、デジタルとアナログの双方から、様々な視点で学べるようになる。その一方で、個々の授業回数は半減するのも事実。そのため、全15回の授業内容をどのように圧縮するか、検討と調整が進められているところだ。もっとも時代の流れに即して、今後も様々な改革が行われることが期待される。ツールの使い方ではなく、キャラクターデザインをアニメーションの視点から学べる場として、本授業の存在感は今後も増していきそうだ。