CEDECで毎年実施されるCEDEC AWARDS。コンピュータエンターテインメント開発に功績をもたらした「技術」に注目する、世界でも珍しいアワードだ。中でもビジュアルアーツ部門では、技術やツールへの顕彰を通して、開発者の問題意識や技術トレンドが垣間見える内容になっている。2020年度の結果について、ノミネーション委員会の担当者にふり返ってもらった。
INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
委員会と参加者の二階建て投票システム
CGWORLD(以下、CGW):CEDEC AWARDS 2020のビジュアルアーツ部門についてふり返りながら、一年間のトレンドや今後の展望などについてお伺いしていければと思います。まずは簡単な自己紹介をお願いします。
櫻井慶子氏(以下、櫻井):グリーの櫻井と申します。2Dアーティストとして2012年に新卒入社し、自社タイトルを中心に様々な案件に係わってきました。現在は子会社のWright Flyer Studiosに移り、リードアーティストをしています。主なタイトルでは『絶対防衛レヴィアタン』(2013)、『消滅都市』(2014~)などがあり、キャラクターデザインからUIまで幅広く担当しています。
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櫻井慶子/Keiko Sakurai
グリー株式会社に入社後、Wright Flyer Studiosの分社化と共に移籍。『絶対防衛レヴィアタン』、『消滅都市』などの開発に参加。CEDEC AWARDS 2020で ビジュアルアーツ部門の責任者を務める
www.wfs.games
麓 一博氏(以下、麓):セガの麓です。1998年にセガ・エンタープライゼスに新卒入社し、以後いろいろ社名が変わりながらも、ずっとセガで働いてきました。今年の春に社名が「セガ」に戻り、一周回ってきた感じですね。もともと2D/3Dアーティスト出身ですが、次第にTA的な業務を担当するようになり、現在はコンシューマを中心に、複数のタイトルで開発環境・パイプライン・DCCツールの制作などを進めています。
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麓 一博/Kazuhiro Fumoto
株式会社セガ第三事業部。『龍が如く』シリーズをはじめ、様々なプロジェクトにTAとして参加している。2014年からCEDEC運営委員を務め、CEDEC AWARDS 2020ではビジュアルアーツ部門の世話人を担当
sega.jp
CGW:お二人ともCEDEC運営委員会ではどういったことをされているのですか?
櫻井:CEDEC運営委員会は毎年顔ぶれや役職が変わるのですが、2020年度ではセッションワーキンググループでビジュアルアーツ分野を担当しつつ、CEDEC AWARDS 2020ノミネーション委員会の方ではビジュアルアーツ部門で責任者を務めました。CEDECについては、2017年にアドバイザリーボードを担当するところからお手伝いが始まり、2018年からセッションワーキンググループに入り、昨年からAWARDSの世話人を行なっています。そのうえで今年から責任者になりました。
CGW:毎年、役割が増えている感じなんですね。麓さんはいかがでしょうか?
麓:自分が運営委員会に入ったのは2014年からで、もう6年目になりますね。最初からセッションワーキンググループのビジュアルアーツ部門に入って、翌年から主担当を務めています。CEDEC AWARDSも同様で、2014年に世話人となり、2015年から責任者になりました。今年になって櫻井さんに責任者を引き継いでもらっています。ビジュアルアーツ分野でお手伝いいただける方が少ない中、櫻井さんに入っていただいて、たいへん助かっています。
CGW:はじめにCEDEC AWARDSの位置づけと表彰までのながれについて、整理させてください。CEDEC AWARDSでは部門ごとに毎年、様々なゲームが表彰されていますが、内容ではなく、そこで使われたり新しく開発されたりした「技術」に焦点が当てられていますね。そのためツールやイベントなどが表彰されることもあります。ユニークなところでは本年度、エンジニアリング分野で「技術書典運営チーム」に優秀賞が贈られました。
麓:そうですね。
CGW:その上で、最優秀賞が選出される過程について教えてください。まず、部門ごとに優秀賞が5件程度選出されますよね。これはどういったながれで決まるのですか?
櫻井:はじめに前年度のCEDECに登壇された講演者の中で、聴講者アンケートが上位者の方々で「CEDEC AWARDSノミネーション委員会」を結成します。そこで候補を出していただき、運営委員会も含めた協議を経て優秀賞が選出されます。その後、会場や公式サイトなどで優秀賞のリストを掲示し、CEDEC参加者の皆さんに投票いただいた上で、最優秀賞が選出されます。
CGW:委員会の選出と、一般参加者による投票という、2段階で表彰されるのですね。最優秀賞の選出時に、委員会による投票や協議内容が加味されたりするのでしょうか?
櫻井:過去はわからないのですが、少なくともここ最近は一般参加者による投票をふまえて、運営委員会で決定されています。
CGW:一般投票ベースというわけですね。CEDECの一般参加者は現役のゲーム開発者が中心なので、最優秀賞にはCEDECに参加される方々の、業務に対する思いや願望、問題意識などが、無意識のうちに反映されていると理解して良いのでしょうか?
麓:正確にはわかりませんが、そんなふうに言えるんじゃないかなと思っています。
CGW:面白いですね。そういった視点で今年の優秀賞と最優秀賞をふり返ってみると、いろいろな内容が推し量れそうです。
CEDEC AWARDS 2020 ビジュアルアーツ部門をふり返る
【最優秀賞】
圧倒的に大量なアセットを生産した開発能力
『あつまれ どうぶつの森』開発チーム(任天堂株式会社)
©2020 Nintendo
【優秀賞】
プレイヤーに使命感と没入感を与える圧巻のビジュアル表現
『DEATH STRANDING』開発チーム(KOJIMA PRODUCTIONS)
©2019 Sony Interactive Entertainment Inc. Created and developed by KOJIMA PRODUCTIONS.
全世界を魅了するエフェクトとキャラクターデザイン
『ポケットモンスター ソード・シールド』開発チーム(株式会社ゲームフリーク)
©2019 Pokémon. ©1995-2019 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
モバイルタイトルにおける屈指のIP表現
『七つの大罪 ~光と闇の交戦~』開発チーム(Netmarble Corp. 開発元:Netmarble Fun Inc.)
©NS,K/TSDSRP,M ©NS,K/TSDSIWGP,TX ©Netmarble Corp. & Netmarble Fun Inc.
思考を分断させない統合型エフェクトツール
『SPARKGEAR』開発チーム(株式会社スパーク)
©NS,K/TSDSRP,M ©NS,K/TSDSIWGP,TX ©Netmarble Corp. & Netmarble Fun Inc.
CGW:候補自体は何タイトルくらいあったんでしょうか?
麓:25本くらいですね。最初は20本くらいでしたが、話し合いの中で追加されていって、それくらいになりました。
CGW:そこから5タイトルに選出された過程で、どういった議論が行われましたか?
櫻井:あまり大きな意見の対立はなくて、割と満場一致な感じでした。その上でフォトリアルだったり、尖った画づくりをしているものはこれ。デフォルメ系だったり、キャラクター性の高いものはこれ、というふうにいくつかのカテゴリがつくられて、そこに当てはめていくような感じで選出されました。
CGW:カテゴリについては、何か決まったものがあるのでしょうか?
麓:いえ、毎年変わっていきます。そもそもビジュアルアーツはひとつの軸で評価しきれるものではないので、候補リストを見ながら、今年はこれとこれとこれだね、というふうに話し合いで決めていきます。
[[SplitPage]]プロの視点で選ばれた優秀賞の選出理由
【グラクロ公式】 PV | 七つの大罪 ~光と闇の交戦~ [Netmarble]
CGW:そういう意味で言うと、モバイルゲームの『七つの大罪 ~光と闇の交戦~』が優秀賞に選出された点が興味深いですね。
櫻井:そうですね。過去のCEDEC AWARDSでも非常に珍しい例だと思います。モバイルはコンシューマとちがって、画面が小さかったりIPものが多かったりと、不利になる要素があります。その中で優秀賞に選出されたのはすごいなと。それだけモバイル端末のパワー自体が上がってきて、アニメ的な表現を載せやすくなったことが背景にあると思います。
麓:それまでモバイルゲームにも、ローポリゴンなのに格好良いなど、センスがずば抜けているタイトルはありました。ただ、ようやくここに来て、総合的なグラフィックの完成度やこだわりの部分でコンシューマと遜色なく戦えるようになってきたのかなと感じています。昨年も候補出しの時点ではいくつか上がりましたが、残念ながら優秀賞にはいたりませんでした。
CGW:ノーマークだったので驚きました。
櫻井:昨年6月に正式リリースされたのですが、モバイルの方では「やばいのが出てきた」と注目を集めていましたね。他の技術カンファレンスでビジュアルアーツに関する講演を聴いたことがあり、原作アニメを再現する上ですごく試行錯誤をされたとのことでした。そのため、個人的にも優秀賞を顕彰できて嬉しい作品でした。
CGW:もうひとつすごいのは、もともとの原作が週刊少年マガジンで連載された漫画作品だということです。その一方で開発は韓国のネットマーブルですよね。国内IPを海外でゲーム化して、日本でヒットさせる時代になっているんですね。
櫻井:国産IPでアジア開発のゲームは増えていますね。『Re:ゼロから始める異世界生活』でも、セガさんから配信されている『Lost in Memories』とは別に、中国向けに『Re:从零開始的異世界生活-INFINITY』が愛奇芸(iQIYI)から配信されています。
CGW:改めてすごい時代になってきたなと思います。ちなみに、他の委員からはどういった点を評価する声が上がっていましたか?
櫻井:特にスキル演出の部分ですね。各キャラクターの必殺技を使った際の演出のこだわりようなどが、高く評価されていました。
CGW:続いてエフェクトツールの「SPARKGEAR」に優秀賞が贈られたのは、どういった理由からでしょうか? ツール自体は以前から存在していたと思いますが......。
麓:確かにそのとおりですが、ここ最近で使用されるユーザーのすそ野が広がってきて、影響力が増してきたことが背景にありました。エフェクトツールの一般化という意味で、一番抜きん出たツールだという議論もありましたね。エフェクトツールはこれまで大手が内製でつくって外部に出さない時代が長く、そこからいくつか商用ツールが出てきた経緯があります。
そうしたながれの中で、「SPARKGEAR」はハイエンドだけでなくモバイルゲームでも気軽に使えて、有名タイトルの採用事例が出てきた点が評価され、このタイミングで顕彰というながれになりました。
CGW:ノードベースで直感的に使える点も秀逸ですよね。まさに玄人目線で評価されたわけですね。
麓:そうですね。
CGW:続いて最優秀賞に選ばれた『あつまれ どうぶつの森(以下、あつ森)』について伺いたいと思います。私見ですが、とてもCEDEC AWARDSらしいと思うんですね。というのも、一般的に3DCGのアワードといえば、キャラクター中心のポップなタイトルよりも、ハイエンドでフォトリアルなタイトルに評価が集まりがちです。今回で言えば『DEATH STRANDING』になるでしょうか。
あつまれ どうぶつの森 夏CM2
櫻井:確かに、この2作は評価が分かれそうですね。その上で一般投票の結果『あつ森』に軍配が上がったのも、フォトリアルなゲームを好む参加者すら唸らせるようなアイテムやアセットのつくり込みにあったのではないかなと思います。
麓:フォトリアルな表現を実現するのは、すごく大変だしお金もかかるんですが、現実を忠実に再現すれば良いので、ある意味で楽なところがありますよね。一方で『あつ森』のグラフィックは、現実を踏まえた上できちんとデフォルメされているんです。それもただデフォルメするだけではだめで、ちゃんとアイコンとして機能しなければいけない難しさがあります。アーティストのセンスがすごく問われる内容だなと思います。
CGW:なるほど。
麓:実際、ゲーム中に出てくる蝶のキャラクターが、すごくリアルに描かれているんです。ちゃんと本物の蝶を研究した上で、『あつ森』のテイストになっていて。だからこそ、集めることの満足感が得られるという。良い感じのバランスになっているところが、評価されたポイントじゃないかなと思います。
CGW:しかも表彰理由に「大量なアセットを生産する開発能力」や「カスタマイズの自由度」が挙げられていますね。
櫻井:今年の講演「『あつまれ どうぶつの森』のアートができるまで~想像を膨らませる記号的デザイン・かわいいだけじゃないだなも~」では、扇風機のらしさだとか、サイズ感や、オブジェクトの調整などについて、アーティストの方が解説されていました。講演を聴かれた方は、人々の心をわしづかみにした理由が理解できたかもしれませんね。
CGW:面白いですね。昨年のビジュアルアーツ部門で、アトラスの須藤正喜さんが最優秀賞に選出されたときも仰天しました。『ペルソナ』シリーズを通してスタイリッシュなUI表現を確立された点が評価されましたが、これもまたCEDEC AWARDSならではだと思います。
麓:現場の開発者が、普段業務で取り組んでいる視点から選んでいるという点が、なかなか伝わりにくいのかもしれませんね。
CGW:一方で『DEATH STRANDING』については、どういった点が評価されたのでしょうか?
『DEATH STRANDING』ローンチトレーラー 4K
麓:委員会の中で評価が高かったのが、実は波の表現なんです。いくら画面がリアルになったといっても、流体表現はテクスチャで上手く使ったり、頂点を引っ張ったりと、良い感じにごまかしているんですね。本作でも同様なんですが、それでも「波打ち際の美しさが本当に良かった」、「エフェクトの品質がすごく高かった」という声が多く上がりました。そんなふうに現行ハードだと難しい流体表現を綺麗に、リアルに表現していたのが評価された理由ですね。
CGW:今これだけできるんだったら、次はどんなふうになるだろうって。ハードの端境期だからこそ、妄想がかき立てられた点があるかもしれませんね。
麓:そうですね。小島秀夫監督の作品は、常に期待させられるんですよね。
櫻井:私はキャラクターの表現や演技が良かったです。主人公サムの葛藤が、ノーマン・リーダスという演者さんの熱演とあいまって、たとえ3DCGモデルであっても、良くプレイヤーに伝わってきました。他にヒロインであるアメリの不気味さなども良かったです。そんなふうに、3DCGのキャラクターを通して、物語がリアルに感じられた点が、やっぱりすごかったなと思います。
CGW:最後になりますが、『ポケットモンスター ソード・シールド』はどうでしたか?
【公式】『ポケットモンスター ソード・シールド』FINAL PV
櫻井:過去作にも増して、キャラクターごとの個性が出ていましたね。特に今作ではポケモンだけではなく、トレーナーに目が行ってしまいました。モンスターボールを投げるときの動きが、トレーナーごとにちがうんですよね。そんなふうに、世界観を意識したデザインを評価する声が多く上がっていました。
麓:これも『あつ森』と同じで、すごい物量のアセットが、ものすごく丁寧につくられているんですよね。アーティスト目線でいえば、それぞれのキャラクターに個別の表情や動きをつけたいのが人情です。その一方で、同じような体型であれば、モーションを使い回した方が効率が良いという話もあります。そうした中で本作では、できる限り使い回しを避けて、丁寧につくろうとしている。そこをちゃんとやるのが『ポケモン』の良さだということを、つくり手側がちゃんと理解している......。そうした姿勢に共感した声が多く、優秀賞の選出になりました。
CGW:本作を開発したゲームフリークは、『ポケモン』シリーズを第一作からつくり続けているんですよね。しかも本作でいえばNintendo Switchに特化して、内製ゲームエンジンでつくっているわけで。
麓:だからこそ、あれだけのリソースが割けるのかもしれませんね。
CGW:一度『ポケットモンスター サン・ムーン』の発売時に取材したことがあります。古き良き日本のゲーム会社のこだわりというか、良さみたいなものが、会社全体に残っているように感じました。そういったゲームづくりを、ゲーム開発者がどこか望んでいるのかもしれませんね。
麓:そうですね。今年の受賞作をふり返ってみて、そんなふうに思いました。
次世代ゲーム機の発売とリアルタイム3DCGの未来
CGW:さて、すでにCEDEC 2020が終了して、次年度がスタートしているわけですが、これから1年間のリアルタイムCGのトレンドについて、どのように感じられていますか? 直近で言えば11月にPlayStation 5とXbox Series Xという、次世代ゲーム機が発売されます。また来年にはUnreal Engine 5のリリースが予定されていますね。フォトグラメトリやリアルタイムレイトレーシングといった技術も注目を集めています。これによって据置機だけでなく、モバイルも大きく変化していきそうです。
PS5 Hardware Reveal Trailer
Xbox Series X - World Premiere - 4K Trailer
麓:ハードウェアが切り替わると、それに伴って様々なものが変わりますよね。CEDECにしても、CEDEC AWARDSにしても、ハードウェアがしばらく変わっていなかったので、ノウハウの成熟が進む方向に進化していきました。そんな風に成熟されたノウハウが、今年で1回終わるんだろうなと感じています。来年から再来年にかけて、CEDEC AWARDSの内容も変わってくるんだろうなと。
CGW:過去のながれでいうと、はじめに現行機と次世代機で「縦マルチ」のタイトルが出て、そこから次世代機専用タイトルが出てくるんでしょうね。
麓:そうですね。その過程で解像度が上がっていくので、ひとことでフォトリアルといっても、解像度ぶんだけの情報量が必要になってくるんですね。それをどうやって埋めていくかが、フォトリアルという軸では今後のテーマになるだろうなと思っています。単純に木がそこにあるだけじゃなくて、木の中に住んでいる虫みたいなものまでちゃんと表現しなきゃいけないのかなと思うと、ちょっと気が遠くなりそうですね。
CGW:わかります。
麓:そこを打開していくのがリアリティキャプチャだったりするんでしょうね。しかも、これまではキャプチャしたデータをリダクションした上でテクスチャを焼き付けていましたが、これからは生の頂点データをそのまま使ったり、リアルタイムレイトレーシングで陰影をつけたりすることが可能になっていきます。そっちの方がつくるのも楽ですしね。そんなふうに開発コストを下げつつ、画面が安っぽくならないようにする工夫がどんどん出てくると思います。
CGW:モーションキャプチャのように、ハイエンドなものと、カジュアルなものの二極化も進みそうですね。スマートフォンで写真を撮ったらすぐに3DCGモデルがつくれるといった未来も、すぐそこまで来ています。
麓:そうですね。そんなふうに、画面のサイズに合わせたリアリティみたいなものが追求されていくのかなと思います。その上で、単純に画面がフォトリアルになるだけでなく、違和感のないモーション・エフェクト・UIなどをマッチさせる必要が出てきます。今はもう、問題意識だけしかないですね。どうしたら良いのかなって。
CGW:同じような話はモバイルでも当然出てくると思います。
櫻井:少なくとも国内のモバイル市場ではIPものや、原作つきのゲームが主流です。そのためフォトリアルなものよりも、アニメタッチ、漫画タッチのゲームをつくる技術が重要視されそうです。その上でフォトグラメトリがアニメの背景風アセットをつくる上で利用できるのであれば、注目が集まりそうですね。最近ではmiHoYoさんがつくられているオープンワールドRPG『原神』に注目しています。PS4、Switch、PC、iOS、Androidのマルチタイトルで、Unityでつくられているんですね。
【原神】ゲームプレイ トレーラー
CGW:モバイルゲームとは思えないクオリティですね。
櫻井:そうなんですよ。Unityであれだけのクオリティのものがモバイルで出てくるというのがすごくて。UE5が注目を集めていますが、Unityの未来もすごいものがありそうです。
CGW:しかもmiHoYoさんは中華系の企業なんですね。その意味でもクラッとしました。
櫻井:フォトグラメトリでは昨年のCEDECでCygamesさんが講演されていた「フォトグラメトリーとプロシージャルを用いた最新ハイエンドゲーム3DCG背景制作手法」が興味深かったです。光の理解や構図の理解など、アーティストに求められている技術がより原始的・根本的なところにシフトしていっているように感じます。3DCGで衣装をつくるのに裁縫の知識が要るとか、髪型をつくるのに美容師の知識が要るとか、そういう世界になっていきそうですね。
CGW:衣装を紙型からつくるMarvelous Designerなどは、まさにそういった未来を予感させますね。
櫻井:まだまだ、勉強することがいっぱいあるなっていう感じです。時代によって必要な技術が変わりすぎているところがあって。個人的には楽しいんですが。
CGW:3DCG制作のワークフローが、ますます変わっていきそうですね。
麓:どの会社さんも、新しい制作手法についていろいろ実験されていると思います。今年のCEDECでいえば、ミクシィさんの「CreativeAI事例~AIでモンスト風キャラジェネレイターを作ってみた話」がすごく面白かったです。モンストに特化した事例でしたが、ああいったながれが今後一般化してくるだろうなっていう。
CGW:プロシージャルとディープラーニングはここ1年間でずいぶん身近になりました。
麓:最近はもう勉強する必要がないんです。パッケージになっているので、GitHubから落としてきて動かすだけという。そこだけの技術さえあれば、何とかなっちゃうんですね。そのためTAだけでなく、アーティストにも技術に明るいことが求められる時代になっています。実際、そうしたリソースを享受しようと思えばいくらでも享受できるっていう環境になってきてるなって強く感じています。
CGW:PS3の前夜を思い出しました。当時は「ゲームエンジンやミドルウェアの上陸」、「HD化への対応」、「シェーダなどの新技術」、「国産ゲームの地盤沈下」など、いろいろな外的要因が一気に押し寄せてきて、開発スタイルに激震が走って。おしなべて変化に後ろ向きな開発者が多かったですよね。「ミドルウェアでゲームが面白くなるなら苦労はしない」などという声が良く聞かれました。当時と比べれば、最近は変化に前向きなように変わってきた気がします。
麓:アーティストが自分で勉強したり、情報を得たりする手段が、ずいぶん増えたことが大きいのかなと思います。ちょっと話がずれるかもしれませんが、今年のCEDECの「デザイン発想に役立つ、西洋甲冑講座」セッションでは、チャットがすごく盛り上がってたんですよね。リアルなものを知った上で、そこに演出を入れていく過程が実感できて、刺激を受けた人が多かったようです。そんなふうに、単にアセットを大量生産するだけではなくて、モノの理屈を知っていたり、理屈について学べる土壌があると、アーテイストは楽しくクリエイティブできるのかなと思います。
「デザイン発想に役立つ、西洋甲冑講座」講演の様子
櫻井:同じような話でいえば、バンダイナムコさんが「BLUE PROTOCOLにおけるアニメ表現技法について」という、素晴らしい講演をしてくださいました。アニメらしい表現がどこから来ているのか、ちゃんと言語化されていてすごいなと思いましたね。その上で、いかに属人化を防いでルール化し、開発に組み込んでいくかという。自分でも普段意識せずにやっていることが、実は言語化できるんだってことがわかり、絵描きとしてもすごく参考になる講演でした。こんなふうに、フォトリアル以外の分野でも、ビジュアルアーツに関する知見が増えてきたように思います。
CGW:ともすれば属人的、あるいは天才的みたいに言われがちな部分をロジカルに解き明かしていく行為や、明文化されたものを見たり聴いたりする行為は、アーティストとして楽しいものですか?
櫻井:すごく勉強になりますし、めちゃくちゃ楽しいですね。
CGW:面白いですね。一方でなかなか体系化が進まない分野に脚本があります。特に日本では脚本は芸術的なもので、ノウハウを言語化していく作業を脚本家が嫌がる風潮もあります。
櫻井:シナリオと3DCGのちがいがあるかもしれませんね。3DCGには誰でも同じ画をつくれる特徴があります。その強みを活かさなければ、ものすごく上手い人が納得いくまでチェックして、修正をくり返す必要が出てくることになるため、大量生産がおぼつきません。そのため、体系化や法則が必要になるんですね。もしかしたら、今後プロシージャルで、私たちが理解できない法則性に基づいて補完されてしまう未来が来るかもしれませんが......。
CGW:同じような話は漫画家さんの間でも聞きますね。デッサン不要論がそうです。デッサンが取れているからキャラクターが魅力的になるわけじゃない、などは好例です。一方でディズニーやPIXARの3Dキャラクターは、人間や動物の筋骨格をベースにデフォルメされていて、考え方のちがいが感じられます。アニメ的なキャラクターであっても、アーティストの基礎を学ばなければ魅力的なモバイルゲームがつくれないという理解で良いでしょうか?
櫻井:そうですね。ひとりひとりで基礎ができていなければ、共通言語で会話ができず、指示が伝わらなくなってしまいます。1人でつくっているものではなくて、大勢でつくっているものだからこそ、共通言語が必要になる。それが基礎に相当する部分だと思います。
CGW:仮にプロシージャルやAIで自動補完されるような未来が来るとしても、そもそもの物量が大きくなっていくので、共通言語としての基礎力が重要であることに変わりはなさそうですね。
櫻井:そうですね。
CGW:そういった視点で改めて今年の最優秀賞をみると、いろいろと感じられるものがありますね。確かに『あつ森』は物量が魅力のゲームですもんね。
櫻井:そして、その物量を可能にするのが、それぞれのアーティストさんの観察力であったり、基礎の部分であったりすると思います。
CGW:なるほど。つながりましたね。ちなみにお二人は来年もCEDECの運営委員や、AWARDSのノミネーション委員は続けられますか?
麓:毎年顔ぶれが少しずつ変わっていくのでどうなるかわかりませんが、また機会があればぜひ続けたいですね。
櫻井:私もいらないって言われない限りはやりたいです。
CGW:ちなみにノミネーション委員をしていて、一番楽しいときは何ですか?
櫻井:やっぱり審査をしているときですね。みんなでわいわいお話をしているときが楽しくて。
麓:いろんな視点が学べますよね。この人はこういうところを見ているんだ、とか。
CGW:10~20年前は「他社さんのゲームを大っぴらに褒めるなんて、何事だ」みたいな風潮がありましたよね。その意味では本当に業界も変わりましたね。むしろプロの視点でどんどん議論できる場があることが魅力なのかもしれませんね。
麓:そうですね。他社の良いところは、どんどん採り入れていこうという。
CGW:ありがとうございました。