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第13回:小林 烈(Skulley FX - CG / VFX Supervisor)

第13回:小林 烈(Skulley FX - CG / VFX Supervisor)

今回はロサンゼルスにある小規模VFXスタジオSkulley FXでCG/VFX Supervisorとして活躍中の小林 烈(こばやし つよし)氏を紹介しよう。美容師としてキャリアをスタートし、アメリカに留学してはじめて3DCGを学んだというユニークな経歴をもつ小林氏に、その貴重な体験を語っていただいた。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

小林 烈/Tsuyoshi Kobayashi(Skulley FX - CG / VFX Supervisor)
千葉県出身。1996年東京文化美容専門学校卒業、2003年に美容室HAIR&MAKE EARTHへ入社。アートディレクターとして勤務した後、2003年にデジタル・アーティストへの転職を志ざしロサンゼルスに渡米。2008年にカリフォルニア州立大学ノースリッジ校アート専攻アニメーション学部を卒業、フリーランスを経てSkulley FXに入社

<1>美容師から一転、アメリカに渡ってはじめて3DCGを学ぶ

ーーどういうきっかけでデジタル・アーティストを目指すようになったのでしょうか。

小林 烈氏(以下、小林):長い間、ハリウッドの映画業界でヘアメイクアップアーティストとして働きたいという思いがありました。そこで美容師になるために東京美容専門学校に入学し、夜間部で1年半学びました。卒業後は美容院に就職して「まずは経験を積もう」と思い、働きながらアメリカに留学するための資金を貯めていたのですが、あと少しで目標額が貯まるというときに、なぜかヘアメイクから3DCGに興味が移ってしまいました(笑)。

今思い返してみると、3DCGに興味をもつきっかけとなったのは、以前、遊びで訪れたアメリカで出会った知人の影響かもしれません。彼は当時、ドリームワークスでプロデューサーとして働いていて、会社見学や彼の話から、アメリカのアニメーション業界にとても興味を持ちました。そのとき3DCGに関連するアーティストも紹介してもらい、様々な話を聞くことができたんです。

ーー3DCGはどこで学んだのですか?

日本では美容師として働いていたので、アメリカに留学してからはじめて3DCGを勉強しました。と言うより、日本ではほとんどコンピューターに触ったことがなく、MacとWindowsのちがいすら知らないような状態でした(笑)。なので3DCGの専門学校に行こうかと思っていたのですが、「アメリカで働くなら、3DCGの知識だけではなく文化を学んだ方がよい」とアメリカの知人からアドバイスを受け、1年間、語学学校に通ってからグレンデール・コミュニティ・カレッジに2年間通い、そこからカリフォルニア州立大学ノースリッジ校に編入しました。

大学ではアート専攻アニメーション学部で学んだのですが、アート専門の学校ではなかったため一般教養の授業をたくさんとる必要があり大変でしたね。しかし今考えると、そのおかげで英語力が伸びたような気がします。当時はとにかく、英語だけでなくコンピューターもほとんど使ったことがなかったので、全てにおいて必死でした。しかしそれがとても楽しくて......人生で一番勉強した時期かもしれないです。また、大学で学んだおかげで、友達がたくさんできて海外の人達の様々な考え方や遊び方など、新しいこととの出会いが毎日のようにあり、とても勉強になりました。こうした経験がアメリカで働く上で、今も本当に役に立っていると思います。

ーーアメリカに渡った当時の印象を教えてください。

僕が感じた日本人とアメリカ人の1番のちがいは、アメリカの人間はたとえ間違っていようが知識がなかろうが「自分の意見を言う」ということでした。僕もやはり、アメリカに住み始めたばかりのころは、自信がない物事について意見を口に出すことが難しかったですが、次第に慣れていき、今ではしっかりと自分の考えを伝えることができるようになりました。

ーー英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

小林:高校を卒業してから英語を使う機会がほぼなかったため、渡米したての頃は全く話すことができない状態でした。1年間、語学学校に通ったのですが、あまり実践的な力は身につかなかったように思います。もちろん文法に関する知識や単語力は増えましたけどね。それよりも大学で「何かを学ぶために英語が必要」という環境に置かれたことが、英語力を伸ばしてくれた気がします。当時は語学力の低さから、宿題を出されたことにも気がつかないような状態でして(笑)。そんな中でも「授業でわからないことがある」→「それを質問するためにどう聞けばよいのか考える」→「英語を調べる」→「英語力が伸びる」といった過程で、英会話の力が身についていったと思います。そういう意味では、日本にいても自分が知りたいことを英語の本やインターネットで調べるとよい勉強になるかもしれないですね。その他には、アメリカのドラマや映画をよく観て、その中に出てくるフレーズでかっこいいと思ったものを真似して使ってみるようにしました。しかし本当に一番効果的だったのは、英語圏の友達を増やしたことでしょうかね。

ーー海外での就職活動についてお聞かせください。

小林:日本で現場経験がなかった僕にとって、アメリカでの就活は本当に大変でした。アメリカでは短期大学以上を卒業するとOPT(Optional Practical Training)という1年間アメリカで合法的に働くことができるビザが下ります。その1年以内に働き先を見つけて、さらにその1年の間に就労ビザをサポートしてくれる会社を探すというのがアメリカに残って働きたい学生にとっての大きな戦いなんです。僕のように3DCGの現場で働いた経験がない学生にとっては、この1年間が4年制大学を卒業することより大変だと思います。特に僕が卒業した2008年は、リーマン・ショックの影響で採用どころか大幅なレイオフが様々な企業で行われていました。なので当時は、とにかくデモリールをつくって、ロサンゼルスにある3DCG関係の会社を見つけると、たとえ募集していなくても全ての会社にメールを送っていました。知り合いにも手伝ってもらい、彼らが働いている会社にも話をしてもらいましたが、「経験が少ない」という理由で雇ってもらうことができませんでした。

その間に、小さなフリーランスの仕事をいくつかとることはできましたが、就労ビザをサポートしてくれる会社はなかなか見つかりませんでした。半年が過ぎ、諦めかけていた頃、Skulley FXという会社を経営していた友人が「インターンをやってみないか」と声をかけてくれたのです。しかしそのスタジオは当時、3DCGの仕事を全く請け負っていなかったために断りました。それから1ヶ月が過ぎ2ヶ月が過ぎ......とうとう仕事が見つからないまま1年間という期限が迫ってきた頃、同じ知人から「3DCGがやりたいなら、Skulley FXで3DCGを始めればいいじゃないか」と言ってもらい、Skulley FXでジュニア・アーティストとして働くことを決意しました。その後は少しずつ仕事が増えていき、今では3DCGも業務の1つとして請け負う会社になりました。


作業中の小林氏

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<2>CG/VFX Supervisorとして、楽しみながら試行錯誤を重ねる日々

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