筆者自身も身をもって経験してきたことだが、海外での就活は決して容易ではない。この体験が後に『ハリウッドVFX業界就職の手引き』の出版へとつながった訳だが、今回、ご紹介する傘木氏も、ハリウッドでの就職活動で大変苦労された経験をおもちだ。今回はそんな傘木氏の体験から、就活部分にフォーカスして紹介しよう。
TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Artist's Profile
傘木博文 / Hirofumi Kasagi(Atomic Fiction Montreal / Lead Crowd Effects TD)
長野県出身。2009年に会津大学コンピュータ理工学部を卒業後、サンフランシスコにある美大Academy of Art Universityに入学。卒業後、同じベイエリアにあるVFXスタジオAtomic Fictionに就職。『ゲーム・オブ・スローンズ』で群集シミュレーションを担当したのを機に、以降「群集(Crowd)」のスペシャリストとして、同社の群集シーンを全て担当している。2016年、新スタジオのオープンに伴いカナダのモントリオールに移住。主な参加作品に『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』、『トランスフォーマー 最後の騎士王』、『ゴースト・イン・ザ・シェル』など。
www.atomicfiction.com
<1>仮契約まで進んでいた就職先が、まさかの倒産
ーー日本では、どのように学生時代を過ごされたのですか?
傘木博文(以下、傘木):高校時代に友達から借りたゲームがきっかけでCGに興味をもち、会津大学コンピュータ理工学部に入学後は、研究室に3ds Maxが入ったマシンがあったので、時間を見つけては独学で3DCGの勉強をしていました。また、会津大学は教授の半数近くが海外出身の方なので、普段から英語を使ったコミュニケーションに親しんでおり、その影響もあってか在学中から海外留学を強く希望していました。
ーー海外での就活では、多大なご苦労をされたそうですが。
傘木:現在、カナダで永住権を申請中でして、留学→就職→永住権とスムーズに来ているように見えますが、実際は何度も失業と帰国の危機を乗り越えての海外生活でした。
Academy of Art University(以下、AAU)に留学中から、就職活動のためSIGGRAPHのジョブフェアに参加していました。ある年、たまたま自分の渡したデモリールがDigital Domain(以下、DD)の方の目に留まり、その場で面接をしていただけることになりました。その方の話では、DDのフロリダ・オフィスでトレーニング・プログラム(数ヶ月トレーニングの後、実際にアーティストとしてプロジェクトに参加するプログラム)を募集しているので、ぜひ参加してみたらどうか、と言うものでした。当時はまだ在学中でしたし、サンフランシスコからフロリダとなると、かなりの長距離移動となるため少し悩みましたが、DDは目標の1つでもあったので、その場で2つ返事で参加を決めました。仮契約をまとめ、意気揚々とサンフランシスコに帰って来たのですが、数週間を過ぎても何の連絡もなく......不思議に思っていたところ、ある日、突然DDの倒産とフロリダ・スタジオ閉鎖の話が舞い込んできました。せっかく決まった就職先がなくなってしまったのは残念だったのですが、これがもしフロリダに移住した後だったらと考えると、時間や費用のロスは相当なものだったので、引越し前に白紙になった自分は運が良い方なんだと考え直すことにしました。
ーーその後、一度、Atomic Fictionに就職されたのですね。
AAUを卒業したことでOPT(Optional Practical Training)を取得することができ、同じベイエリアにあるVFXスタジオAtomic Fiction(以下、AF)に、プロジェクト契約ですが就職することができました。当時のAFはまだ十数人の小規模スタジオで、社長のライアンやケビンを始め、スタッフ全員と気軽に話ができる、非常に居心地の良い会社でした。 そんなAFでの契約も終わりに差し掛かり、このまま契約延長の交渉をしようか考えていた矢先、なんとIndustrial Light & Magic(以下、ILM)とPDI/Dreamworks(以下、DW)の2つから同時にオファーをもらうという、まさに奇跡のような出来事が起きました。
OPT(Optional Practical Training):学生ビザ(F-1)で就学中・卒業後に学んだ分野の関連職種で仕事すること
ちょうどその頃、OPTの失効期限が迫っており、このままアメリカで働き続けるには就労ビザ(H1-B)を取得するか、OPT Extension(理工学系の学生向けのOPTの延長プログラム。以下、OPTex)に申請する必要がありました。 そこで贅沢な悩みだとは思いつつ、両社と同時に交渉を重ねたところ、ILMはAFと同じで「今回はプロジェクト契約なので、就労ビザを出すことはできない」と言われた一方で、DWは2年契約の上、移民弁護士を付けて就労ビザの申請費用も全部払ってくれると、まさに夢のようなオファーをもらうことができました。 ILMのプロジェクトも魅力的でしたが、少しでも長くこの業界でキャリアを積むことを考えると、この段階で就労ビザがもらっておいた方が良いと思い、DWと契約することにしました。
群集(Crowd)シュミレーションの作業中
[[SplitPage]]<2>ビザ失効期限間近で打つ手なし!?
ーー大手2社からオファーをもらうとは素晴らしいですね。しかしこの後も、ご苦労されたとか......。
傘木:AFの契約も無事終了し、DWのあるレッドウッドシティへの引越し準備に追われていた5月中旬ごろ、突然、DWのリクルーターから電話が入りました。「残念ながらH1ビザの抽選に落ちました。契約はキャンセルさせていただきます」と。 一瞬頭が真っ白になりましたが、詳しく聞いてみると 「映画のプロジェクトなので長期契約は必須。就労ビザがないと、この先あなたを雇い続けることはできない。申し訳ないがオファーはキャンセルさせていただきたい」ということだったんです。
ーーなんと、二度目のドタキャン!
傘木:日本で生活をしていると考えられないことですが、アメリカの就労ビザには発給数の制限があり、それより多くの応募があった場合は抽選となります(ちなみにこの年の当選確率は35%程度だったそう)。 しかも抽選は毎年4月にしか行われないため、もし抽選に落ちた場合は1年後の抽選を待つしかなく、ほとんどの場合そのまま契約キャンセルのながれになるそうです。
ただ自分もそのまま「はいそうですか」と諦めるわけにいかず、必死にOPTexでの再契約と食い下がってみたのですが、OPTexに更新するためには、会社側がE-Verifyという政府が提供する雇用管理プログラムに参加していなければならず、DWはこのプログラムに参加していないため断られてしまいました。
アメリカの就労ビザの厳しさに、このときばかりは本当に心が折れそうになりましたが、状況はさらに悪い方向に向かっていました。当時のビザステータスは先に書いたOPTの期限付き就労プログラムで、このときまさにその失効期限が1ヵ月後に迫っているという状況でした。
一刻も早くE-Verifyに参加している会社に就職するか、帰国するかの局面に立たされることになったのですが、現実的に考えて、失効まで残り1ヶ月、どのVFX会社がE-Verifyに参加しているかわからない状態で、いちから会社を探すのは絶望的でした。
ーーまさに打つ手なし、といった状況ですね。
傘木:夢敗れて帰国かと半ば諦めかけていたときに、思わぬ助け船を出してくれたのが、AAUの同期でアニメーターとしてPixarにいた若杉 遼(現Sony Pictures Imageworks)でした。彼も映画『アーロと少年』の延期問題でPixarを去らねばならず、自分よりも先に同じような問題に直面していたのでした。当時、彼がこのピンチを乗り切った方法、それは自身で「起業」することでした。 具体的には、自分で会社をつくり、その会社をE-Verifyに登録。その後、自分のつくった会社に自分をOPTexで雇うという方法でした。学生の起業が当たり前のように行われている、まさにアメリカならではの一発逆転方法です(注:現在ではOPTのルールが変わり、この方法は使えない)。
と、方法がわかったとはいえ、当然、起業に関する知識などかけらもない自分でした。しかしこれが最後のチャンス、ここで諦めてしまったら一生後悔すると思い、ノートPCとありったけの書類を抱えて、次の日、市役所に駆け込みました。人間、その気になれば何だってできるものらしく、2週間ほどでなんとか会社の設立に成功し、その後、E-Verifyの登録も無事完了することができました。
最後に必要な書類を揃えて学校の方にOPTexの申請をお願いしたのが、ちょうど失効期限の10日前だったと思います。学生課の人には、何でこんなギリギリまで更新しなかったのかと怒られましたが、これまでのエピソードを話すと、苦笑いしながら「こんなにがんばったんだ、君ならきっと成功するよ」と言われたのを覚えています。そして失効期限ギリギリの4日前、無事、OPTexの申請が受理されたとのメールが届いたのでした。
ーーギリギリまで粘ったおかげで、今があるわけですね。
傘木:捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、OPTexの更新に成功してしばらくした後、以前、お世話になったAFのプロデューサーから連絡があり、再びAFに戻ることができました。そして自分がAFに戻ったのとほぼ同時期に、今度はPDI/Dreamworksの閉鎖と大量レイオフのニュースが舞い込んできたのでした。
人生とは本当に何が起るかわからないもので、もしあのとき、就労ビザに当選してDWで働いていたら、半年と経たずにレイオフの波に巻き込まれて帰国しなければいけなかったかもしれません。
ーー波瀾万丈の就活体験をありがとうございました。では最後に、将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
傘木:某バスケットボール漫画の監督も言っていましたが「諦めたらそこで試合終了」です。 あのとき、ハリウッドで働き続けたい一心で、なりふりかまわずあがいたことが、結果として今のキャリアにつながったと思います。 多少英語が話せなくても、スキルに不安があっても、それは海外で働くことを諦める決定的な理由にはならないと思います。ときには根拠のない自信で自分を励ましつつ、したたかに海外で活躍する機会をうかがい続けてください。
AFエフェクト・チームの同僚達と
【ビザ取得のキーワード】
1.会津大学コンピュータ理工学部を卒業
2.サンフランシスコの美大を卒業後、OPTプログラムを利用してAtomic Fictionに就職
3.アメリカでの就労ビザ(H1-B)の抽選に漏れるも、カナダにできた新スタジオへ移籍が決まり、就労ビザを取得
4.これまでの職歴と学位が永住権の申請資格を満たすことを知り、現在カナダの永住権を取得中
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