>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:栄養士志望の学生が3DCG業界へ転身、一歩ずつ夢を追った日々 第22回:山本真世/Yamamoto Mayo(Hydraulx Vancouver / Modeler)
栄養士志望の学生が3DCG業界へ転身、一歩ずつ夢を追った日々 第22回:山本真世/Yamamoto Mayo(Hydraulx Vancouver / Modeler)

栄養士志望の学生が3DCG業界へ転身、一歩ずつ夢を追った日々 第22回:山本真世/Yamamoto Mayo(Hydraulx Vancouver / Modeler)

カナダのブリテッシュ・コロンビア州が実施する税優遇制度の恩恵でVFX産業が急成長を遂げたバンクーバー。日本人を含む外国人アーティスト&エンジニアの活躍の場が増え、門戸が広がったとは言え、ハリウッド映画を手がけるVFXスタジオへの就職が難しいことに変わりはない。そんな中、努力の末にこのバンクーバーの地で夢を叶えたのが山本真世氏である。「大学を卒業するまでは3DCGとは無縁だった」という山本氏が、いかにして著名VFXスタジオでの海外就職を実現させたのだろうか。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

山本真世/Yamamoto Mayo(Hydraulx Vancouver / Modeler)
三重県出身。2004年にデジタルハリウッドCG本科を卒業後、Production I.GなどTVアニメを手がける制作会社でジェネラリストとしてキャリアをスタート。その後、コナミデジタルエンタテインメントにてModeler/Texture Artistに転向し、2010年にオムニバス・ジャパンに入社。2015年にバンクーバーのHydraulx(ハイドラックス)へ移籍し、現職。Hydraulxでの参加作品には映画『ランペイジ 巨獣大乱闘』(2018年5月18日公開予定)、ハリウッド版『Death Note/デスノート』(Netflix)、ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界 シーズン2』(Netflix)があり、日本での参加作には映画『THE NEXT GENERATION パトレイバー』、映画『BRAVE HEARTS 海猿』、NHK大河ドラマ『八重の桜』、ゲーム『ウイニングイレブン』 などがある。

<1>大学卒業後、はじめて3DCGの面白さに気づく

――日本では、どんな学生時代を過ごされたのですか?

実は学生時代は3DCGとはかけ離れた生活を送っていました。映画も特別好きではなかったですし、そもそも将来やりたいことがありませんでした。そのままでは日本での就職すらできそうになかった私が海外を目指すことになるなんて、あの頃の自分は思ってもみなかったです。

大学では管理栄養士を目指していましたが、授業を受けながらも、何となく「あまり自分のやりたいことではないかな」と感じていました。たまたま選択で受けたPhotoshopの授業がとても面白かったので、デザインの分野はどうだろう? と考えてたところ、先生からデジタルハリウッドの存在を教えていただき、大学卒業後に同校の本科コースに入学しました。

デッサンすら学んだことがなかったので、当然ですが周りの学生についていけず、お恥ずかしい話ですが途中から通うのを止めてしまいました。物心ついた頃から諦め癖があって、何も続けられなかったので、今回も「まあ、こんなもんだよね」という感じで。家でボケっとしていた私を見かねて、父親が当時、趣味だった自作PCに3ds Max 5をインストールしてくれて、「遊びで良いから始めてみれば?」と言ってくれました。高いお金を払ってPCをつくってくれた手前、さすがに断るのは申し訳なくて、「じゃあもう一度がんばってみようか」と決心しました。

もう一度、学校に通い始め、秋からスタートのMayaコースに所属することになりました。はじめはうまくつくれない自分に落ち込みましたが、クラスの雰囲気も良く一緒に泊まり込みで作業するなどして、なんとか卒業までの1年間に自分の作品を1つつくり上げることができました。

――日本でお仕事されていた頃のお話を教えてください。

日本ではTVアニメ、ゲーム、映像業界をジェネラリストとして幅広く経験しました。派遣としてコナミデジタルエンタテインメント(以下、コナミ)で働いていた頃、「単調でつまらない」と言う人も多かったのですが、私にはとにかく仕事が楽しくて。3DCGを始めてから3年経って、ようやく「3DCGが好きだ。1番楽しめるのがモデリングとテクスチャだ」と思えるようになりました。

上司からは「仕事が早いね」と褒めていただき、自分を必要としてくれることがとても嬉しかったです。もっと上手くつくれるようになりたいと、それからは仕事から帰った後、海外の3DCGサイトを見て研究したり、自分の作品をつくるようになりました。

昨日までできなかったことが今日はできるようになるなど、毎日少しずつ前進してる気がして、とても充実した日々でした。そして、嬉しいことに在職中にコナミの方から社員採用のお誘いをいただけたのですが、悩んだ末、「もっと映像よりの3DCGモデルをつくれるようになりたい」という想いから、オムニバス・ジャパンに入社しました。

――海外の映像業界での就職活動は、どのようにされたのでしょうか?

海外での就職を目指し始めたきっかけは、2012年に映画『BRAVE HEARTS 海猿』のプロジェクトが終わった頃、当時同時に走っていた映画『宇宙兄弟』を担当していた同期の品田はる香さん(※)と「海外の人たちと仕事してみたい、将来『アイアンマン』のプロジェクトで一緒に働けたらいいね」と話をしたことです。

※品田はる香氏は、現在モントリオールのFramestoreにてDigital Matte Painterとして活躍中だ。品田氏のインタビューは、本誌194号(2014年10月号)の連載「海外で働く日本人アーティスト」に掲載

就職活動用のデモリールは、海外での就職を思い立ってから3年後、自分がリードとして納得いくプロジェクトが終わったタイミングで、2ヵ月ほどかけじっくりつくりました。8月後半に応募して、10月に初めてHydraulx(※)からSkype面談がありました。早朝の面談でしたが、前日に友人に予行練習を手伝ってもらったせいか、本番ではほとんど緊張することなく回答できました。スーパーバイザーの人に「英語が上手いね」と褒められ、とても嬉しかったのを覚えています。

※Hydraulx:ロサンゼルスに拠点を置く中堅VFXスタジオ。カナダのバンクーバー支社に主力制作チームをもつ

Hydraulxでの就職が決まったときには、海外で働くことに一番反対していた父親が「おめでとう」と言ってくれたことが何より嬉しかったです。いつも心配や迷惑かけてばかりだったので、やっと嬉しい知らせを報告することで、親孝行ができたのかなと。海外でがんばることは両親への恩返しでもありました。


仕事中の山本氏  

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<2>英会話は独学で習得。情熱をもち続け、夢に向かって一歩ずつ

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