>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:国内で働きながら情報を集め海外の制作会社に就職 第26回:横井祐子/Yuko Yokoi(Digic Pictures / Senior Environment Artist)
国内で働きながら情報を集め海外の制作会社に就職 第26回:横井祐子/Yuko Yokoi(Digic Pictures / Senior Environment Artist)

国内で働きながら情報を集め海外の制作会社に就職 第26回:横井祐子/Yuko Yokoi(Digic Pictures / Senior Environment Artist)

今回は、ハンガリーのブタペストで働く女性を紹介する。映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』や、ゲーム『コール オブ デューティ ワールドウォーII』、『リーグ・オブ・レジェンド』などのハイエンドなシネマティックで知られるDigic Picturesでは複数の日本人アーティストが活躍中だ。今回はその1人、横井祐子さんに話をうかがった。  

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TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

横井祐子/Yuko Yokoi(Digic Pictures / Senior Environment Artist)
東京出身。2004年に日本大学芸術学部デザイン科を卒業後、広告デザイナーとして働きながらデジタルハリウッドCG専攻コースに通いMayaを習得。その後、コナミデジタルエンタテインメント/小島プロダクション、ポリゴン・ピクチュアズ、スクウェア・エニックス VISUAL WORKSを経て、2017年にハンガリーのDigic Pictures に移籍。現在はSenior Environment Artistとしてシネマティクスを中心に『コール オブ デューティ ワールドウォーII』、『リーグ・オブ・レジェンド』などのゲーム作品に参加している。

<1>日本で働きながら、海外に向けて着々と準備を進める

――日本では、どんな学生時代を過ごされましたか?

大学進学について考え始めた高校生のころ、自分のしたいことと初めて向き合いました。「人生は1度きりだし、将来は自分の得意な美術関係の仕事に就きたい! 美術を学びたい!」と思い、美術系大学への挑戦を決意したんです。受験まで半年間しか時間がなかったのですが、計画を立ててデッサンや平面構成などの実技、筆記試験の勉強をすることで、無事その年に日本大学芸術学部デザイン学科に合格することができました。「目標を定め、戦略を立てて努力すれば、必ず報われる」この成功体験が、その後の自分の糧となり、人生の大事なターニングポイントの1つとなっています。

大学時代は公告やパッケージ、ロゴ制作などデザイン全般について学びました。授業ではMacを使いIllustratorPhotoshopなどのソフトウェアで、プレゼンボードをつくり皆の前で発表していました。ここで学んだデザインの基礎は、今でも役立っているので、よい勉強ができたと思っています。

大学卒業間近、就職活動の時期には、再度自分のしたいことと向き合いました。その当時、ちょうど『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『モンスターズ・インク』などの映画を鑑賞して3DCGに興味をもち始めていたのと、ゲーム業界にも興味があったため、「CG業界で働きたい」と考えるようになりました。そこで卒業後は広告デザイナーとして働きながら、デジタルハリウッドCG専攻コースに半年間通ってMayaを習得、終了後にデジタル・アーティストとしてキャリアをスタートしました。

――日本でデジタル・アーティストとして仕事していた頃の話をお聞かせください。

初めは小さなCGプロダクションからキャリアをスタートさせ、その後、コナミデジタルエンタテインメントにあった小島秀夫監督率いる小島プロダクションに移籍しました。それから4年程、テクニカル・アーティスト兼背景アーティストとして『メタルギア』シリーズの制作やR&D業務を担当していました。大好きな作品の制作ができ、とても有意義な日々でしたね。その頃から海外のゲームをかなり意識するようになり、中でもゲームシネマティクスに興味をもち始めたんです。そんな中、「一度は海外のスタジオで働いてみたい」と思い始め、海外での就職を意識するようになりました。

コナミデジタルエンタテインメントを退職した後は、まず映像の仕事をしてみたいと考え、フリーランスとしてポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)で働き、アニメ作品などの制作に関わりました。PPIではキャラクター制作など、今までできなかったことにトライする機会をいただき、スキルの幅を広げることができました。この頃、プロジェクトの合間に個人でSIGGRAPHに参加したり、海外スタジオの情報を集めるなどして少しずつ海外へ向けた就職活動を始めました。その後、スクウェア・エニックスのCG映像制作部門VISUAL WORKSに移籍し、様々なゲームシネマティクスに関わりながら、同時に就職活動も行い、Digic Picturesからのオファーをいただくことができました。

――海外での就職活動で苦労したのはどんな点ですか?

私は30歳を過ぎてから海外を対象にした就職活動を始めましたので、すでにワーキングホリデーが使えない状況でした。なので日本から海外のスタジオに応募しながら、日々情報を集めていました。SIGGRAPHに参加した際、ジョブ・フェアーの各スタジオのブースで、様々な人種の人達が自分の作品を必死にプレゼンしているのを目の当たりにし、常に世界のアーティストと競争しているのだと強く意識することができました。そこで「埋もれてしまう作品では、きっと声がかからないだろうだろう。もっと自分が得意なことを前面に出し、他の応募者よりも即戦力として使える! という印象を与えるデモリールをつくろう」と心に決めました。

また、何社か応募した後の反応から、客観的に自分の強みが分るようになってきたので、その部分を中心にデモリールを作成したところ、リクルーターから手応えが得られるようになりました。しかし苦労したのは次の段階となる電話面接です。いざ作品が通っても、電話面接の英語が聞き取れず、採用を見送られたことがあります。これを機に会社の休み時間など空いた時間も使い、リスニングの勉強をしたり、英会話教室で勉強する機会を増やしました。そうして、ちょうど英語に慣れてきた頃に面接を受けたのが今の会社で、無事にオファーをいただくことができました。


エンバイロメントチームの同僚たちと

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<2>海外での就職を希望する人は「悩む前に行動を!」

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