>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:理系大学を卒業してから『トイ・ストーリー4』のアニメーターになるまで 第37回:原島朋幸(Pixar Animation Studios/ Animator)
理系大学を卒業してから『トイ・ストーリー4』のアニメーターになるまで  第37回:原島朋幸(Pixar Animation Studios/ Animator)

理系大学を卒業してから『トイ・ストーリー4』のアニメーターになるまで 第37回:原島朋幸(Pixar Animation Studios/ Animator)

今回、ご紹介する原島朋幸氏に筆者が初めて会ったのは、原島氏の作品がSIGGRAPH1999に入選したときだったと記憶している。その後、2001年12月に取材でサンフランシスコを訪問した際に参加した食事会で、当時アメリカに留学したばかりの原島氏と再会した。あれから時が流れ、現在はPixar Animation Studios(以下、ピクサー)で活躍中の原島氏をこうして取材できることには、特別の感慨がある。では、さっそく原島氏に話をうかがってみることにしよう。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

原島朋幸 / Tomoyuki Harashima(Pixar Animation Studios/ Animator)
神奈川県出身。理系4年制大学を卒業後、エンジニアとして就職するが、デジタルハリウッドでCGを学ぶために2年で退職。デジタルハリウッド在学中に制作したショートフィルムがSIGGRAPHエレクトリック・シアターを含む海外のコンテストに入賞。デジタルハリウッド卒業後、セガ第12AM研究開発部(後のセガ・ロッソ)にてアーケードゲームの開発に短期間わった後にフリーランス。2001年に渡米し、2006年にアカデミー・オブ・アート・カレッジ(現アカデミー・オブ・アート大学)卒業。在学中にリズム&ヒューズ・スタジオにてインターンとして映画『ガーフィールド2』の制作にアニメーターとして携わる。その後、LAのドリームワークス・アニメーション、サンフランシスコ郊外にあるPDI/ドリームワークスを経て、2015年にピクサー・スタジオに移籍し、現職

『トイ・ストーリー4』7月12日(金)全国ロードショー!
監督:ジョシュ・クーリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
日本版声優:唐沢寿明、所ジョージ、戸田恵子、竜星涼、新木優子、チョコレートプラネットほか
Disney.jp/TOY4
©2019 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
 

<1>就職後、あらためて「自分の道」を考えCGを学びはじめる

――学生時代の話をお聞かせください。

日本では理系の4年制大学に通っていました。自分で言うのもなんですが全然勉強しておらず、大学2年の頃から卒業まで留年の危機がついてまわってました(笑)。今思えば何と親不孝だったことか......。そんな状態の上に就職氷河期でもあったのですが、奇跡的にNTTのグループ会社に就職が決まりました。ですが、自分のやりたいことがあって就職したわけではなかったので、毎日「自分は本当は何がしたいのか」について考えていました。

漠然と「今の仕事は5年で辞めよう」と決めて、独学でプログラミングなどを勉強していたところ、WindowsNTでSoftimage3D(※)が動くようになったという記事を読み、当時、Softimageを教えていたデジタルハリウッド(以下、デジハリ)のイベントに参加しました。

※当時の3大DCCツールの1つ。後の2つはAlias(現Maya)とPrisms(現Houdini

小学校の頃から「クラスでちょっと絵がうまい奴」的な存在で、アニメや映画にも興味がありましたが、理系出身でどちらかと言うとコンピューターいじりなどが好きでした。美大を出ていない私が映像制作の現場に入るなんて想像もしなかったし、入る方法なども全く知りませんでした。

この頃、『トイ・ストーリー』の1作目や『ジュラシック・パーク』が公開され、そこでCGが使われていることを知り、「これだ! これで映像をつくる側になれる!」と思い、仕事を辞めデジハリでCGの勉強をはじめました。

デジハリでは同じ志を持つ友人と切磋琢磨し、自分のショートフィルムを制作する中で、キャラクターを動かす楽しさに目覚め、アニメーターになる決意をしました。友人達の多くは現在、日本の業界のトップで活躍しています。

アメリカに留学後は、語学学校を経てアカデミー・オブ・アートの大学院で3Dアニメーションを専攻しました。ここにはピクサーのアニメーターが先生を務める、通称「ピクサークラス」というクラスがあり、とにかくそこに入りアニメーションを勉強したかったのです。

ですが、ピクサークラスは大学生向けで、大学院の生徒はある条件を満たさないと取れないことを知り、学校側とかなり揉めました(笑)。まだオンラインのアニメーションスクールがなかった時代で、ピクサークラスは唯一トップスタジオのプロから教えてもらえる貴重な場だったのです。

在学中はほかにも、自分の足りない部分だったドローイングのクラスや、自分が必要だと思うクラスを取るために、学校側とはかなり揉めましたね。......「揉めた」と言うよりは、正確には交渉でしょうか。きちんと事情を説明して学校側と話し合うことで、自分が必要とするクラスを取ることができました。当時のピクサークラスの先生やクラスメイトの何人かは、現在ピクサーで一緒に働いています。ちなみに『トイ・ストーリー4』のスーパーバイジング・アニメーターの1人はピクサークラスの先生の1人でした。

――海外での就職活動はいかがでしたか?

簡単ではなかったです。やはり、まずは就労ビザの問題が大きかったですね。アカデミー卒業1年前にいくつかのスタジオに面接してもらったんですが、結局は卒業しないと、ほぼビザを取得することができないということで悔しい思いをしました。しかしビザは自分ではコントロールできないので、スタジオが「ビザをサポートしてでも雇いたい」と思うスキルを身につけようと、気持ちを切り替えました。

その後、大学院の最後のセメスターでリズム&ヒューズでのインターンの機会を得て(これも学校といろいろ揉めましたが......)、その勢いで卒業する前にドリームワークス・アニメーションから仕事のオファーとビザのサポートもしてもらいました。


スタジオにて  

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