>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:VFX知識ゼロで留学しマーベル作品を多数手がけるアーティストに 第41回:上原勇樹(Lola Visual Effects / Senior Flame Artist)
VFX知識ゼロで留学しマーベル作品を多数手がけるアーティストに 第41回:上原勇樹(Lola Visual Effects / Senior Flame Artist)

VFX知識ゼロで留学しマーベル作品を多数手がけるアーティストに 第41回:上原勇樹(Lola Visual Effects / Senior Flame Artist)

今回は、ハリウッド映画の大作シリーズなどでよく使われる「ディエイジング/エイジング(若返りと老化)」のVFXテクニックを得意とするスタジオ Lola Visual Effectsで活躍中の上原勇樹氏に登場いただいた。アメリカに留学し、何もない状態から勉強を始め、現在はマーベル作品などに参加し多忙な日々を送っているという。そんな上原氏の横顔に迫ってみよう。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

上原勇樹 / Yuki Uehara(Lola Visual Effects / Senior Flame Artist)
沖縄県出身。2008年にカリフォルニア州ノースリッジ大学デジタルアート科を卒業後、Skulley FX、yU+coでデジタルアーティストとしてキャリアをスタート。その後、Method Studio、Hydraulxなどでフリーランスとして活躍。2009年にロサンゼルスのLola Visual Effectsに入社。2019年現在までに『ハリー・ポッター』シリーズ、『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』、マーベル作品など、全70作品以上の映画やテレビシリーズを手がけた

<1>留学後、VFXにハマる

――日本での学生時代の話をお聞かせください。

中学、高校の頃は絵を描くのが好きでよく漫画に出てくるようなキャラクターばかり描いていました。それと母親と祖父が中学校の美術の先生だったこともあり、よく美術館に一緒に行っていました。週末には両親にドライブに連れて行ってもらい、沖縄の自然に触れ合ったことでアートの感覚を養うことができたと思います。

得意科目は美術、音楽、英語でした。その頃からよく洋画を観ていて「アメリカや、海外で勉強したい」という気持ちはありました。ただ、その当時は将来アメリカで映画関係の仕事に携わるとは想像もしていませんでした。というのも、学生の頃は映画の舞台裏やVFXのVさえ知らないほど、知識がなかったからです。

――留学されたときの話をお聞かせください。

アメリカに留学した当初は、語学学校でTOEFLの目標スコアに達成するために4ヵ月程勉強して、その後にサンタモニカ・カレッジに入学しました。最初は音楽科で卒業して、音楽関係の仕事を探していましたが中々見つからず、再度サンタモニカ・カレッジに戻り、4年生大学への編入のための科目を取得して、最終的に自分の得意分野であるアートの専攻でノースリッジ大学に編入しました。

そこで美術の基礎を学びつつ、コンボジットやモーショングラフィックスのクラスを取りました。当初は3D方面で就職したくて、ドリームワークスで働いたことのあるマーク・ファーカー教授の下でMayaを学び、モデリングからアニメーションまで勉強しました。

それらのクラスで勉強したときは、あまりにも楽しくてハマってしまい、朝の授業が始まるギリギリまでプロジェクトの制作に取り組んでいたのを覚えています。この時、「この業界でアメリカで働けたらな」という夢がますます強くなってきました。

クラス以外の活動として、サンタモニカ・カレッジ在学中は英語練習も兼ねてテニスやその他のサークルに参加しました。またノースリッジ大学では当時新しくできた「Viscom」というグループに積極的に参加していました。そこでは活動の一環として、実際のクライアントと仕事をやり取りしたり、他の大学とデザインやモーショングラフィックスなどのショートフィルムを競い合うことでスキルを伸ばしました。

ただ、ノースリッジ大学は他の美術学校と比べると、専門部分においてまだまだ発展途上でもあったので、卒業後もハリウッドにあるGnomon Schoolという専門学校でクラスを取って、デモリールを磨くようにしました。

――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

この業界は「経験と人脈などのネットワークが大事」だというのをよく学生の頃から聞いていたので、デモリールを早めにつくり始めたり、インターンを卒業1年前から始めるなどして、卒業と同時に就職できるよう準備はしていました。

卒業してOPT※という就労許可証が発行された後、できるだけたくさんのスタジオにデモリールとレジュメを送った結果、運良くモーショングラフィクスで有名なyU+coというスタジオに採用されることが決まり、そこで8ヵ月程働き、就労許可証が切れるまで様々なスタジオでスキルを磨きながら経験を積んだ結果、なんとかO-1ビザを取得することができました。

※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみると良い

O-1ビザは、映像関係者などの特殊技能保持者のためのビザですが、個人で申請することができません。雇用主となるVFXスタジオや、アーティスト・エージェンシーなどの企業を通して申請する必要があります。その関係で、僕の場合は、たまたまこの業界でビジネスを立ち上げたいという知り合いと組んで自分で会社を設立して、自分自信をビザスポンサーする形で、最初のO-1ビザを取得しました。

また、移民弁護士の選定も重要で、こちらの状況を提示すると「可能」だと言う弁護士もいれば、「無理」と言ってくる弁護士もいます。自分は、同じ方法でO-1ビザを取得した元同僚に弁護士の情報を教えてもらい、その弁護士と何度もやり取りをして、ビザを得ることができました。ビザでも永住権でも、その申請プロセスは忍耐力がかなり必要になってきます。

その後、現在の会社にスポンサーしてもらうまでに、何度かビザを更新しつつ、ようやくグリーンカードを取得して、現在に至ります。


仕事中の上原氏

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<2>シニア・アーティストとして、マーベル作品を数多く担当

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