記事の目次

    今回は久しぶりにニューヨークからお届けしよう。日本のゲーム業界で経験を積み、単身でNYへ乗り込み、現在は人気スポーツの広告におけるグラフィック・デザイナーとしてご活躍中の栗原氏に、その体験談を伺った。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    栗原唯央 / Kurihara Io(Graphic Designer / Freelance)
    埼玉県出身。2009年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、任天堂で『トモダチコレクション』や『リズム天国』シリーズなどのソフトウェア開発でグラフィックデザイナーとして参加。2017年にニューヨークのパーソンズ大学AASグラフィックデザインコースに入学。卒業後はCBS Sportsとフリーランス・デザイナーとして契約し、現在に至る。スーパーボウルやNCAAトーナメントなど、アメリカの人気スポーツに関わる広告を制作している
    www.linkedin.com/in/io-kurihara-2690b6127/

    <1>任天堂を退社後、海外を目指し留学

    ――日本での学生時代の話をお聞かせください。

    小さい頃から絵を描くのが大好きで、高校3年生のときにせっかくなら好きな道へ進もうと思い、美大へ進みました。在学中は課題を必死にこなす一方、バイトや友達の誘いなどに積極的に飛び込み、新しい経験を通じて自分自身を成長させるつもりで行動していました。このときの「新しいことに挑戦する」姿勢が、後に海外進出する行動力へと繋がっていると思います。

    就職活動の時期になると、初めは広告会社をたくさん受けましたが、結果は惨敗でした。就活に疲れ果てて「広告業界は向いていないのだ」と認めた瞬間、気持ちが楽になり、自分に合った会社を探すようになりました。そのとき目に入ったのが任天堂のデザイナー募集ポスターでした。任天堂がつくる「遊び」にとても共感し、迷わず応募しました。何回もの試験や面接を乗り越え、内定をいただきました。

    ――任天堂でお仕事をされていた頃のお話をお聞かせください。

    ソフト開発チームに参加し、ユーザーインターフェイス(UI)デザインの仕事を多く手がけました。当初UIの経験はなかったですが、先輩のデザイナーやプログラマーの方々に助けてもらいながら試行錯誤してつくっていました。じっくり学ばさせていただく環境があったことを本当に感謝しています。一番大きな仕事は『トモダチコレクション 新生活』のUIデザインで、制作に何年もかかりましたが、発売後に国内外で大ヒットし、チームでとても喜びました。

    また、イラストが得意だったのでキャラクターデザインをさせていただくこともありました。『Dr.LUIGI』のウイルスキャラや、『リズム天国』のごっつぁん兄弟などが自分の代表作です。

    ――どうして、海外を目指しはじめたのでしょうか?

    ゲームのお仕事は夢がありとても楽しかったですが、いつしか海外への憧れが芽生え始め、「国際的な環境で働きたい」という漠然とした夢を抱くようになりました。しかしこれは建前で、正直に言いますと、日本の社会で生きることに少し疲れていました。周りの目を気にして自分を偽り、友達や家族がいるはずなのに孤独を感じていて、このままでは自分のために良くないと感じたのが最初の動機でした。長い間モヤモヤしていましたが、海外への興味が何年経っても消えなかったので、思い切って退社を決意しました。

    会社を離れた後はすぐにフィリピンへ行き、英語を勉強しました。その後、ニューヨークへのんびりと旅行し、マンハッタンでたまたま見つけたThe Art Students League of New Yorkというデッサン教室に入り、約3ヵ月間ほぼ毎日通い、絵を描いて過ごしました。そのときの生活が楽しすぎて、日本へ帰国後、再びニューヨークへ行くことを決意します。

    ――留学されたときの話をお聞かせください。

    渡米までの経緯ですが、まず東京のバンタンデザイン研究所という学校でパーソンズ大学に編入するためのプログラムがあると知り、 そこへ半年間通いました。自分はすでにデザインの経験があったので学校へ行く必要はなかったのですが、アメリカで就職するにはどうすれば良いか全く分からなかったため、まずは大学に入り、現地で仕事を探そうと計画しました。

    パーソンズ大学の入学試験を一応クリアし、ニューヨークへ渡りました。英語のスコアが不十分でしたが、現地で英語の夏期講習をパスすれば秋に正規入学できるシステムでした。入学後は一生懸命課題に取り組みつつ、早い段階でインターンを探し始めました。

    しかし、初めてのインターンで最悪な経験をしました。スタートアップの小さい会社で3ヵ月間ブランディング・デザインを担当したのですが、最終デザインデータをメールで渡した途端、連絡が取れなくなり、給料未払いのまま逃げられてしまいました。学校に相談しても助けてもらえず、どうすることもできませんでした。そのショックが大きく、しばらく精神状態はかなりひどかったです。当時もう少し語学力があればマシな解決方法が見つかったかもしれません。

    ここでは語学力が全てなんだと強く感じた瞬間でした。落ち着いたころに再びインターンを探し始め、運良くCBS Sportsに雇っていただきました。スポーツは経験したことのない業界でしたが、実力を認めてもらい、卒業後も働かせていただいています。


    お仕事中の栗原氏

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    <2>CBS Sportsで、広告を手がけるグラフィックデザイナーとして働く

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    <2>CBS Sportsで、広告を手がけるグラフィックデザイナーとして働く

    ――海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか?

    LinkedInでCBS Sportsのインターン募集を見つけ、レジュメとポートフォリオを添えて応募し、数ヵ月後、忘れたころに採用担当者から連絡をいただきました。3回ほど電話インタビューを受けましたが、「週に何日働けるか」が一番の焦点でした。最低でも週3日来て欲しいと言われましたが、当時は学校の課題がものすごく忙しい時期で、働くとしても週2日が限界でした。何度も話し合った結果、間をとって週2.5日で納得していただき、採用が決まりました。直接会っての面接は一度もありませんでした。

    こうしてCBS Sportsでのインターンが決まり、卒業後も継続して勤務していますが、OPT(※)期間が終わったら契約が終了するので、別の会社に移ることを前提に準備を進めています。現在、O-1Bビザのスポンサーを探すためにアメリカ国内の様々な会社を当たっていますが、グラフィックデザイナー職はものすごく競争率が激しく、就労ビザをもっていない時点で、ほぼ相手にされない状態です。何十社、何百社と応募し、採用担当の方から電話をいただくこともあるのですが、「ビザのスポンサーが必要だ」と話した途端、どの会社でも断られてしまいます。

    今はこのような厳しい状態ですが、OPTの期間が終了するまでにはまだ時間があるので、カナダなども視野に入れつつ、鋭意リサーチを続けていきたいと思います。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得するとOPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    CBSはニューヨークのマンハッタンに本社を構える巨大メディアグループで、自分が働いているCBS Sportsのオフィスはヘルズキッチンに立つ高層ビルの中にあります。仕事はバナーやSNS広告制作が主ですが、他にもアリーナの巨大スクリーンに表示される広告や、イベントで配られるグッズ、野外特設ステージのデザインなど幅広く担当しています。スーパーボウルがCBSで放送されるので、それを世間にアナウンスするための大量バナー広告を制作することになり、上司のデザイナーと協力し、短期間でそのグラフィックをつくりました。写真の扱い方に偉い人達から厳しいチェックが何度も入り、時間がない中、何度も修正するなど苦労しました。

    完成後の翌週すぐ、それらの広告が様々なサイトで一斉に公開された様子は圧巻でした。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    スポーツ業界は常にエネルギッシュでワクワクします。力強いタイポグラフィーや、躍動感あるスポーツ選手の写真を使えるのはデザイナーとして楽しいです。働いている同僚たちも活き活きしていて、こちらも背筋がピンと伸びます。仕事を通じてアメリカの人気スポーツの動向をリアルタイムで体感できるのは特権です。

    ――英語の習得は、どのようにされましたか?

    渡米前、フィリピンに6ヵ月間、語学留学しました。フィリピン留学は安くて日本から近いのでオススメです。本気で勉強したかったのでリゾート地は避け、マニラから車で1時間半ほどの勉強に集中できそうな学校を選びました。フィリピンの人たちは英語が流暢ですし、教え方も上手かったです。留学中はなるべく日本語を使わず、英語しか話せない環境を自分でつくっていました。その成果あって短期間で力がついたと思います。

    アメリカに来ると周りの英語レベルがグンと上がるのでかなり苦労しましたが、数年暮らしてやっと慣れました。英語の環境に住むことが大事だと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    たくさんの課題や不安があると思いますが、まず一度動き出すと、次のステップが見えてきます。自分が会社を辞めたときは全く先が見えませんでしたが、見たことのない世界をどうしても見たくて、思い切って飛び出しました。今では行動に移した当時の自分を誇りに思います。 自分を信じるしかありません。


    CBS Sportsの同僚と

    【ビザ取得のキーワード】

    ①パーソンズ大学AASグラフィックデザイン専攻に入学
    ②在学中、CPTを利用しCBS Sportsでインターンを行う
    ③卒業後、OPTを利用しCBS Sportsと契約し、キャリアを積む
    ④現在、O-1Bビザの申請準備中

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