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    今回はニュージーランドからお届けしよう。『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)でコンポジット・リードとスーパーバイザーを兼任し、「チームのアーティスト達と終日コミュニケーションを取り、帰宅したら声がかすれていた」という逸話をおもちの武田裕史氏は、「海外では交渉と自己アピールが大切」と語る。そんな武田氏にお話を伺ってみることにしよう。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    武田裕史 / Takeda Hirofumi(Weta Digital / Senior Lead Compositor)
    東京都生まれ、滋賀県育ち。2001年に渡米し、下積みを経てフリーランス・コンポジターとしてキャリアをスタート。デジタル・ドメインで参加した『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)はアカデミー視覚効果賞やVESアワードで複数の賞を受賞。2012年に『プロメテウス』(2012)に参加するためニュージーランドのWeta Digitalに移籍。第18回VESアワードでは、『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)で最優秀コンポジット賞に連名でノミネートされた。デジタルヒューマン作品に縁があり、『トロン・レガシー』(2010)、『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015) 、『ジェミニマン』等に参加した経歴をもつ。
    www.wetafx.co.nz/

    <1>大学卒業後に渡米、現場に飛び込みコンポジットのスキルを習得

    ――日本での学生時代の話をお聞かせください。

    4年制大学の情報工学科に通っていました。映画が好きで、オールナイト上映会やレンタルビデオ店に足を運び、ジャンルを問わず観ていました。予定のないときは、大学の目の前のコンビニで、置いてある漫画雑誌や週刊誌、月刊誌などに手当り次第、目を通していました。基本立ち読みだったので、出版社の敵でしたね。作品を観たり読んだり、インプット欲が強かったと思います。

    大学卒業後はアメリカに留学しました。渡米後、ESL(語学学校)に通いつつ仕事を探したわけですが、英語もろくに話せない状態だったので、苦労しました。

    99セントのチキンバーガーや、特売のプリングルス1缶で1日を凌ぎ、デモリールを送る生活を続けていると、ある日、現地の大学の映画科に通う日本人学生がCGを絡めた作品を撮るために、VFXの撮影技術をもった人を探している、という話を耳にし、撮影の現場経験はなかったのですが、手伝いを申し出ました。当時は仕事もなく、ひたすら自己研鑽の毎日で、知識だけは増えるのに活かす場所がなく悶々としてたので、渡りに船だったんです。

    撮影は無事に終わり、なんだかんだでCGの作業も自分がすることになったので、その作品でデモリールをつくることができました。その後も横の繋がりから学生作品を手伝っていたところ、バーバンクの小さなスタジオに出入りするようになりました。会社の機材で空いてるものは使い放題だったので、そこでMVやTVの合成作業を傍で見ながら勉強させてもらいました。

    その合間に、会社にあったFlameSmoke、Shakeを使い仲間の作品をつくり、実地で使い方を覚えていきました。その頃、語学学校に在籍できる期間が終了に近づいていたのですが、カレッジは学費が高すぎて入学が難しく、困っていたところ、幸運にも学費が安く、卒業後にOPT※を発行してもらえる専門学校を友達が知っていたので紹介してもらい、入学することになりました。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い

    ――海外での就職活動はいかがでしたか?

    OPTが出た後は、知り合いの紹介ですぐに仕事に就くことができました。「就労ビザや労働許可をもっているのともっていないのとでは、全くちがうな」と身をもって痛感させられました。OPT期間中は朝9時頃に出勤して、明け方3時に帰るのを2ヵ月休みなしで続け、同僚と「嫁と居るより、お前と過ごしてる時間の方が長いな」と笑えない話をすることもありましたが、仕事のある嬉しさもあり、さほど苦ではありませんでした。

    その後、就労ビザのサポートが決まっていたのですが、就労ビザが発給される前にOPTが切れてしまうため、「切れている期間は休ませて欲しい」と頼んでおいたにも関わらず、期限切れ前日になって急に会社が「OPTなしでも、なんとかするから出てきてくれ」と言い出しました。

    普通なら仕方なく出社するところですが、その頃、この会社からの給料の未払いが相当な額になっており、未払い問題すら解決しない会社が何かあったときに自分をバックアップしてくれるとは思えず、リスクが高すぎるので、頑なに休ませてもらえるように頼んだところ、会社を解雇され、就労ビザのプロセスも打ち切りにされました。この会社のように、どれだけ身を粉にして会社のために働いていようと、全く意に介してくれない人間もいるので気を付けてください。

    幸運なことに、別会社で同時期に進行していた妻のグリーンカードプロセスが進み、認可されてことなきを得ましたが、間に合わなかった場合はどうなっていたんでしょうね。

    その後、デジタル・ドメインを経て、ニュージーランドのWeta Digitalへ移籍しました。


    第18回VESアワード受賞式にて

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    <2>Weta Digitalに移籍し、大作映画の制作にたずさわる

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    <2>Weta Digitalに移籍し、大作映画の制作にたずさわる

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Weta Digitalには様々な国から優秀な人材が集まっており、国際色豊かな会社だと思います。

    最近の作品で印象に残っているのは『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)です。リード・コンポジターとして参加し、制作が進むにつれコンポジット・スーパーバイザーの役職も担当することになったのですが、事情により終盤にリード・コンポジターをヘルプで入てもらうまで兼任だったので、自分のチームのコンポジター延べ30人の取りまとめだけでなく、スケジューリング、アサインメント、品質管理、他部署との連携など業務が増えに増え、体が幾つあっても足りない忙しさでした。毎日がコミュニケーションに次ぐコミュニケーションだったので、家に帰る頃には声がかすれているといった状況がしばらく続きましたね。

    また、『アリータ:バトル・エンジェル』はジェームズ・キャメロンが映画化権を獲得したという話を聞いてから10数年間、完成をまち続けていた作品で、必要以上に思い入れが強かったために、クオリティとスケジュールのトレードオフの部分で精神的に疲弊しました。体力的にも精神的にも大変な仕事でしたが、第18回VESアワードで最優秀コンポジット賞「実写映画部門」にノミネートされ、作品に携わった優秀なコンポジティング・アーティスト達の苦労が報われたと思うと感無量です。

    普通では起こり得ないような状況で、様々な経験を積むことができたこの作品には感謝しています。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    リード及びスーパーバイザーはShot WorkよりもOff Shot Work(ツール・テンプレートの制作、アーティストのサポート、トラブルシューティング、ビッディングなど)の方がメインになります。1ショット単位でなく、シーケンス、プロジェクト全体を見据え、プロジェクトの進行状況にあわせ流動的に動く必要があるので気が抜けませんが、作品をつくり上げている実感が大きく、最後のショットがデリバリーされた際の達成感は何物にも代えがたいです。前述のように、Weta Digitalは国際色豊かな会社ですので、本当に様々な性格の人がおり苦労もしますが、チームの仲間全員が笑顔で始まり笑顔で終われるように努力しています。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    英語は「習うより慣れろ」です。日本語の環境に身を置いて、日本語に頼る状況では英語の上達は遅いですし、何年経ってもまったく上達しない場合もあります。日本語を敬遠する生活をすると早く上達します。

    相手の言っていることが分からないと駄目なので、定番ですが映画を字幕で観ることで耳を慣らすのが良いと思います。

    また、インターネットで調べ物をするときに、英語で検索をする習慣をつければ目が英語に慣れてきます。苦手意識さえなくしてしまえば、基本の単語を覚えて英語の5文型を使いパズルの様に組み合わせるだけなので、すぐに上達します。

    ちなみに、第2言語上達の最短ルートとしてよく言われる「現地の人との恋愛」、「日本人の友だちと縁を切る」を実践した人をどちらも知っていますが、あっという間に上達していましたので、その方法も馬鹿にできません。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    具体的な話ですと、海外で働きたい場合、日常会話までとは言いませんが、会話のキャッチボールは最低限できる必要があります。

    まったく言葉の通じない人間を雇う会社はほとんどありません(ないと言い切れないのがこの世界の面白い所ですが......)。どんな形でもいいので、会話の意に沿った返答をできる様になってください。そして自分のやりたいことよりも、得意なこと、何ができるのかを明確にしておいて下さい。

    面接ではそれを踏まえて、自分がどのように会社に貢献できるのかをアピールしましょう。やりたいことは後でもチャンスは巡ってきますが、まずは、雇ってもらえないと何も始まりません。もし就職後、チャンスをもらえなくても、その経験を糧に次に進むことができます。

    また、就労ビザなどの「就職するために必要な条件」を前もって調べておくことは重要です。いくら実力をもっていても、就労ビザが取得できず、泣く泣く帰国しなければならなくなったケースは枚挙に暇がありません。

    将来を見据えたプランを立てて下さい。就職を勝ち取った後も、油断は禁物です。海外では自己アピールも重要で、黙って真面目に仕事をしているだけでは思うように評価してもらえないこともあります。給料も交渉下手だとなかなか上がらないので、契約更新の際は自分のしてきたことをアピールして実力に見合った額を貰えるようにしっかりと交渉しましょう。

    蛇足ですが、世界は広いので、日本の基準で物事を考えていると僕のように思わぬしっぺ返しを食らうかもしれないので気を付けてください。


    『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)における功績により、第18回VESアワードでは、最優秀コンポジット賞[実写映画部門]に連名でノミネートされた。授賞式会場にて、左からアダム・ブラッドレー氏、ベン・ロバーツ氏、カルロ・スカドゥート氏、武田氏

    【ビザ取得のキーワード】

    ①日本で4年制大学の情報工学科を卒業
    ②学生ビザで渡米、専門学校にてOPTを取得。フリーランスとして活動開始
    ③会社に就労ビザ申請を白紙に戻されるも、運良くアメリカのグリーンカードを取得
    ④Weta Digitalに移籍し、ニュージーランドの就労ビザを取得

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