>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:就労ビザ申請が白紙に!? 米国で危機を乗り越え、Weta Digitalで活躍中 第48回:武田裕史(Weta Digital / Senior Lead Compositor)
就労ビザ申請が白紙に!? 米国で危機を乗り越え、Weta Digitalで活躍中 第48回:武田裕史(Weta Digital / Senior Lead Compositor)

就労ビザ申請が白紙に!? 米国で危機を乗り越え、Weta Digitalで活躍中 第48回:武田裕史(Weta Digital / Senior Lead Compositor)

今回はニュージーランドからお届けしよう。『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)でコンポジット・リードとスーパーバイザーを兼任し、「チームのアーティスト達と終日コミュニケーションを取り、帰宅したら声がかすれていた」という逸話をおもちの武田裕史氏は、「海外では交渉と自己アピールが大切」と語る。そんな武田氏にお話を伺ってみることにしよう。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

武田裕史 / Takeda Hirofumi(Weta Digital / Senior Lead Compositor)
東京都生まれ、滋賀県育ち。2001年に渡米し、下積みを経てフリーランス・コンポジターとしてキャリアをスタート。デジタル・ドメインで参加した『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)はアカデミー視覚効果賞やVESアワードで複数の賞を受賞。2012年に『プロメテウス』(2012)に参加するためニュージーランドのWeta Digitalに移籍。第18回VESアワードでは、『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)で最優秀コンポジット賞に連名でノミネートされた。デジタルヒューマン作品に縁があり、『トロン・レガシー』(2010)、『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015) 、『ジェミニマン』等に参加した経歴をもつ。
www.wetafx.co.nz/

<1>大学卒業後に渡米、現場に飛び込みコンポジットのスキルを習得

――日本での学生時代の話をお聞かせください。

4年制大学の情報工学科に通っていました。映画が好きで、オールナイト上映会やレンタルビデオ店に足を運び、ジャンルを問わず観ていました。予定のないときは、大学の目の前のコンビニで、置いてある漫画雑誌や週刊誌、月刊誌などに手当り次第、目を通していました。基本立ち読みだったので、出版社の敵でしたね。作品を観たり読んだり、インプット欲が強かったと思います。

大学卒業後はアメリカに留学しました。渡米後、ESL(語学学校)に通いつつ仕事を探したわけですが、英語もろくに話せない状態だったので、苦労しました。

99セントのチキンバーガーや、特売のプリングルス1缶で1日を凌ぎ、デモリールを送る生活を続けていると、ある日、現地の大学の映画科に通う日本人学生がCGを絡めた作品を撮るために、VFXの撮影技術をもった人を探している、という話を耳にし、撮影の現場経験はなかったのですが、手伝いを申し出ました。当時は仕事もなく、ひたすら自己研鑽の毎日で、知識だけは増えるのに活かす場所がなく悶々としてたので、渡りに船だったんです。

撮影は無事に終わり、なんだかんだでCGの作業も自分がすることになったので、その作品でデモリールをつくることができました。その後も横の繋がりから学生作品を手伝っていたところ、バーバンクの小さなスタジオに出入りするようになりました。会社の機材で空いてるものは使い放題だったので、そこでMVやTVの合成作業を傍で見ながら勉強させてもらいました。

その合間に、会社にあったFlameSmoke、Shakeを使い仲間の作品をつくり、実地で使い方を覚えていきました。その頃、語学学校に在籍できる期間が終了に近づいていたのですが、カレッジは学費が高すぎて入学が難しく、困っていたところ、幸運にも学費が安く、卒業後にOPT※を発行してもらえる専門学校を友達が知っていたので紹介してもらい、入学することになりました。

※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い

――海外での就職活動はいかがでしたか?

OPTが出た後は、知り合いの紹介ですぐに仕事に就くことができました。「就労ビザや労働許可をもっているのともっていないのとでは、全くちがうな」と身をもって痛感させられました。OPT期間中は朝9時頃に出勤して、明け方3時に帰るのを2ヵ月休みなしで続け、同僚と「嫁と居るより、お前と過ごしてる時間の方が長いな」と笑えない話をすることもありましたが、仕事のある嬉しさもあり、さほど苦ではありませんでした。

その後、就労ビザのサポートが決まっていたのですが、就労ビザが発給される前にOPTが切れてしまうため、「切れている期間は休ませて欲しい」と頼んでおいたにも関わらず、期限切れ前日になって急に会社が「OPTなしでも、なんとかするから出てきてくれ」と言い出しました。

普通なら仕方なく出社するところですが、その頃、この会社からの給料の未払いが相当な額になっており、未払い問題すら解決しない会社が何かあったときに自分をバックアップしてくれるとは思えず、リスクが高すぎるので、頑なに休ませてもらえるように頼んだところ、会社を解雇され、就労ビザのプロセスも打ち切りにされました。この会社のように、どれだけ身を粉にして会社のために働いていようと、全く意に介してくれない人間もいるので気を付けてください。

幸運なことに、別会社で同時期に進行していた妻のグリーンカードプロセスが進み、認可されてことなきを得ましたが、間に合わなかった場合はどうなっていたんでしょうね。

その後、デジタル・ドメインを経て、ニュージーランドのWeta Digitalへ移籍しました。


第18回VESアワード受賞式にて

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<2>Weta Digitalに移籍し、大作映画の制作にたずさわる

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