今回はデジタル・マットペインターとして活躍する原島 順氏に登場いただいた。ハリウッド映画のVFXにおいて、エンバイロメントは極めて重要な役割を果たすが、それ故に要求される水準も高く、高度なアートスキルが必要とされる。日本のVFX業界で経験を積み、36歳でカナダに渡航したという原島 順氏に話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    原島 順 / Jun Harashima(Digital Matte Painter / Framestore Montreal)
    東京都出身。2001年に武蔵野美術大学彫刻学科を卒業後、イベントの大道具制作や写真の現像所などで働きながら作品制作、個展やグループ展を行う。2006年にグループ展で出会ったマットペインターの江場左知子氏に弟子入りする形で、VFX業界に入る。フリーランス・マットペイントチームPhoenix(現Fude)として山崎 貴監督、樋口真嗣監督作品をはじめ数々の映画やCMに参加。2016年にカナダのモントリオールに渡り、シニア・デジタルマットペインターとしてMPCに入社。その後Framestoreに移籍し現在に至る。主な参加作品に『エイリアン: コヴェナント』(2017) 、『オリエント急行殺人事件』(2017)、『X-MEN:ダーク・フェニックス』(2019)、『ムーラン』(2020)、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022)、『ピーター・パン&ウェンディ』(2023)などがある。
    www.fude-vfx.com

    <1>絵や写真を通して、「風景」に心を奪われる

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    4歳の頃に父親の仕事の関係でサンフランシスコに1年間住んでいたのですが、そのときに映画『スター・ウォーズエピソード6/ジェダイの帰還』(1983)が公開されたんです。近所にある国立公園のセコイヤ杉の森が惑星エンドアのロケ地に使われていて、すっかりスター・ウォーズに夢中になりました。ヨセミテやグランド・キャニオンにも訪れ、アメリカの大自然が心に深く残りました。

    小学生の頃は、外で遊ぶより家で絵を描くことが好きな子供で、毎週土曜日の絵の教室が楽しみでした。自由な教室でジオラマをつくったりアニメのセル画をつくったりしました。

    高校生の頃に横浜美術館で行われたロバート・フランクの展覧会に感銘を受け、写真を撮るのが好きになりました。それは現在まで続いています。写真はマットペインターにとって密接な存在なので、自分にとって自然なながれだったのかもしれません。

    また、高校生のときに1年間だけボストンに留学しました。芸術系の学校だったので、毎日油絵や写真のクラスがありました。とくに写真が好きで、撮影だけでなく学校の暗室でのプリント作業にも夢中になりました。自分の作品が学校の冊子の表紙に採用され、それが自信にもなったりして。その1年間では英語は全然上手くなりませんでしたが、海外就労するにあたって、この留学経験がハードルを1つ下げてくれたかもしれません。

    武蔵野美術大学のときに1年間だけ夜間の写真専門学校にも通っていました。そのときは実家の部屋の一角に暗室をつくっていました。大学は彫刻学科でしたが、自主制作では彫刻をほとんどつくらず、卒業制作では発泡スチロールの梱包材を巨大な建築物に見立てた写真作品や、演劇の背景美術を提出しました。思えば、幼少のころからずっと「風景」に興味をもっています。

    ――日本で仕事されていたときの話をお聞かせください。

    Ongoingというアートのグループ展に参加したときに江場左知子さんと知り合いました。映像の背景の仕事がしたかった自分は、すでにマットペインターとして仕事をしていた江場さんに弟子入りしました。そこで1からマットペイントを教えてもらったのが始まりです。「Photoshopだけでできる、マットペイントという仕事があるんだ!」と嬉しい発見でしたね。

    最初の仕事は樋口真嗣監督の『ローレライ』(2005)で、夜明けの空のマットペイントでした。次に山崎 貴監督の『Always 三丁目の夕日』(2005)に参加しました。このお2人の監督の組にはとくにお世話になっています。

    日本で働くときに良いと思う点は、監督との距離がとても近いことです。海外の職場では監督はクライアントなので、直接会うことはなく、少し遠い存在なんです。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか。

    30代に入りサンフランシスコへ旅行したとき、ILMやドリームワークスなどを見学させてもらい、現地で働く日本人アーティストの方々に会う機会がありました。そのときに受けた刺激が海外就活のキッカケになったんです。

    そこで知り合った先輩にサポートしていただき、初めてデモリールをつくりバンクーバーの会社に送りました。面接では英語もグダグダでオファーはもらえなかったですが、しばらくしてリクルーターの方から「モントリオールに仕事が増えているので、興味はないか」とメールが来ました。そのときも日本人の先輩に紹介をいただき、面接を受けてみました。結果、MPCモントリオールからオファーをもらうことができました。

    これが1つのターニングポイントになりました。ちなみに最近はどうか分かりませんが、リモートでの面接は何故かいつも電話でした。顔も見えないし音も悪いので、電話での英語は今でも一番苦労するんですよね(笑)。

    Linkedinに登録していると各社リクルーターから勧誘のメールが来たりします。それもあって現在はFramestoreで契約をもらって働いています。途中からパーマネント契約にもなりました。

    MPC在籍時の3D/DMPデパートメントの集合写真

    <2>憧れのリドリー・スコット監督作品『エイリアン: コヴェナント』にも参加

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Framestoreはロンドンに本社をもつVFXスタジオです。大きな会社ですが温かい雰囲気があり、事務処理もスムーズなので安心して働けています。個人的にHRや移民サポートがしっかりしていたり、一回の契約が長い会社はポイントが高いです。ワークパーミット(就労ビザ)が更新になると健康保険も申請し直す必要があるので、何かと面倒なんですよ。なので、契約は長い方が心の安定に繋がります。その後、会社のサポートを受けながら、ケベック州のVFX用パイロットプログラムで永住権も獲得しました。

    ――最近参加された作品について、印象に残るエピソードはありますか?

    基本的には数ヵ月ごとにプロジェクトが変わります。いくつものプロジェクトが同時進行していますが、会社内のアーティストがその都度配置されるしくみです。毎日「デイリー」と呼ばれるチェックがあり、そこでスーパーバイザーと進捗を確認します。スーパーバイザーのチェックは本当に凄くて、彼らの眼の鋭さにいつも感服しています。

    印象に残るプロジェクトは、MPCで参加した『エイリアン: コヴェナント』(2017)です。憧れのリドリー・スコット監督の、あの幽玄な世界の一部をつくることができて、はるばるカナダに来た甲斐があったと思いました。

    Framestoreで最初に参加した作品はディズニー映画『ムーラン』(2020)でした。あるシーケンスで全方位のカメラプロジェクションのセットアップをつくりました。対応するカットもかなり多くカメラポジションも変わるため整合性を取るのに苦労しました。今なら3D的に少しちがうアプローチを試みると思います。

    こぼれ話では、毎回会社でプロジェクトTシャツやワッペンをつくったりするので、もらったり買ったりします。一番嬉しかったのは、やはりエイリアンのグッズでした(笑)。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    マットペインターはPhotoshop、NukeMayaなどを基本ツールとして使います。ほとんどのショットのマットペイントはNukeが軸となってカメラプロジェクションでつくられます。

    シニアのマットペインターは、1つのシーケンスを丸ごと任されることが多いです。後からなるべく苦労がないように、「いかに上手くNukeでマスター・セットアップをつくるか」が肝になってきます。

    画づくりは勿論ですが、そういった作業も面白いところだと思います。自分は2D寄りですが、3Dも扱うジェネラリストはHoudiniでプロシージャルな作業をしたり、ZBrushでスカルプトをする人もいます。個人的にUnreal Engineもマットペインターに向いていると思っています。使えるソフトウェアが増えれば就職の幅も広がります。

    最近では、マットペイント作業において壁に当たる機会が少なくなってきましたが、良く言えばリスク回避ができていて、悪く言えば新たな挑戦をしていないのかなとも思います。常にスキルを更新していかないといけないですね!

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    上手く話せなかった最初の面接以降、オンラインサービスのマンツーマンレッスンを何度もやりました。面接のような台本でロールプレイしてもらったりもしました。

    実際の面接に際してはデモリールを説明することが必要になると思い、そのカンペを英語で作成しました。また、海外のチュートリアル動画を英語で観るのは、仕事にも直結し役に立つと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    自分は日本で経験を積み36歳で渡航しましたが、もっと若かった方が永住権を取りやすかったかもしれません。

    ただ、どんな年齢でもそれぞれにチャンスがあります。行きたいときがタイミングだと思います。海外では普段の生活で人の年齢を気にしたことはないです。

    日本でも海外でも基本的に仕事で目指す場所は同じです。最初は英語力が弱くても、仕事で何をすればいいか分かっていれば、意思の疎通も何とかなるものです。

    海外で働くということだけで様々な価値観に触れられるし、日本を見つめ直すこともできると思います。楽しいことも辛いことも、かけがえのない経験になることは間違いないです。目指してる人は、ぜひ挑戦してみてください!

    ちなみに、自分がいるケベック州モントリオールは、冬は長くて雪景色、夏になると緑が輝き、そのコントラストが魅力です。フランス語が公用語で(会社では英語です)、文化的なリラックスした街ですよ。

    リモート作業風景

    【ビザ取得のキーワード】
    ①武蔵野美術大学彫刻学科を卒業
    ②フリーランスで映画やCMの仕事に携わる
    ③MPCからオファーをもらい、ワークパーミットを取得しモントリオールへ
    ④Framestoreに移籍後、ケベック州のVFX用パイロットプログラムでカナダ永住権を取得

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    e-mail:cgw@cgworld.jp
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    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada