2023年12月、筆者はCGWORLD.jpの企画で「東南アジアで働く。新しい地平線:東南アジアで活躍する、日本人3DCGクリエイターのリアル」という記事を担当した。公開後、友人や知り合いから「かなり面白かった」、「東南アジアで仕事するのもアリかなと思った」などの反響をもらい、注目度の高さを実感した。そこで今回は、マレーシアで勤務している松倉千夏氏に登場いただき、東南アジアでの就業経験について話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    松倉千夏 / Chinatsu Matsukura(Bandai Namco Studios Malaysia / Lead Animator)
    栃木県出身。2006年に専門学校東京ネットウエイブ(現:専門学校東京クールジャパン)CGアニメーション専攻を卒業後、遊技機開発会社でCGデザイナーのキャリアをスタート。その後、OLM DigitalにCGジェネラリスト、3Dキャラクターアニメーターとして入社。派遣会社を通じてバンダイナムコスタジオでインゲームアニメーターとしてゲーム開発に携わる。その後、バンダイナムコスタジオマレーシアへ移籍し、現職。アニメ・映画制作会社の経験からバンダイナムコスタジオマレーシアのシネマティックチームに所属し、ゲームモーションやシネマティックムービーの制作を担当している。
    www.bandainamcostudios.my

    <1>遊技機開発で経験を積み、映像業界へ

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    小さい頃はよくTVアニメを観ていて、『ドラえもん』や『ルパン三世』のTVスペシャル、金曜ロードショーで放送されたジブリ映画などを録画し、繰り返し観ていました。小学生の頃は夕方に再放送されるアニメを観るため、学校が終わるとすぐに家に帰り、TVにかじりついていた記憶があります。

    そんな小学生時代に観た『トイ・ストーリー』は衝撃的で、作画アニメばかり観てきた自分にとって3DCGアニメはとても新鮮で「3DCGってこんなにすごいことができるのか」と驚きました。ただただ観て楽しんでいたアニメを、将来の仕事にしてみたい、と漠然と思うようになったきっかけです。

    出身が田舎ということもあるかもしれませんが、周りに美大進学やCGを勉強している人がいませんでしたし、どのようにアニメをつくっているか、どこで何を学べばアニメ制作に関われるかなどもわかりませんでした。そんな中、高校で行われた進学関連のイベントに専門学校の担当者が来ていて、そこで受けた説明が自分のやりたいことのイメージと合致し、その専門学校へ進学することを決めました。この出会いがなければ、CGの道に進んでいなかったかもしれません。

    専門学校時代は、お世辞にも才能のある学生ではありませんでした。卒業制作の映像作品も評価はあまりよくありませんでしたし、就職活動でも苦労したことを覚えています。他の同級生に比べて多くの会社を受けましたし、一度内定をもらった会社から、プロジェクトの関係で内定取消しに、という連絡もありました。

    幸い、遊技機開発の会社から内定をもらうことができ、順風満帆というわけではありませんが、CGデザイナーとしてのキャリアをスタートさせることができました。このことから、うまくいかないこともあるけど、目の前のことに一生懸命取り組んでいれば次につながる、ということを学んだと思います。

    ――日本で仕事されていた頃の話をお聞かせください。

    就職した会社は小規模で、CGデザイナーは数名しかいませんでした。ジェネラリストとしての働き方が求められる環境です。また、クライアントや外注先とのやり取りもあったりと、小規模な会社だったからこそ、本来、新人には任せてもらえない仕事も経験できたと思います。

    その遊技機開発会社に2年勤め、その後、OLM Digitalへ転職しました。CGジェネラリストとして『ポケモン』の劇場版アニメ、TVシリーズや三池崇史監督の実写映画作品などに参加させていただきました。初めてのアニメ・映画業界ということもあり新しく覚える技術や業界用語など大変なこともたくさんありましたが、子供の頃に夢中になっていた映像業界に入ることができ、エンドロールに自分の名前を見つけたときは、とても嬉しかったです。

    OLM Digitalでは『パックワールド』というTVシリーズで、3Dキャラクターアニメーターとして、はじめてフル3DCG作品に関わることができました。この作品がはじまるという話を聞いたときは、社内のディレクターに直接、アサインしてくれるようお願いにいきました。

    元々『トイ・ストーリー』に触発されてCGをはじめていたこともあり、フル3DCGの作品には絶対に関わりたいと思っていました。結果、プロジェクトの開始から終わりまで参加でき、自分にとって大きな意味のある経験となりましたし、自分から動くことの大切さも学べました。

    また『パックワールド』は、外国人や日本人の経験豊富なフリーランスの方が多く参加しているプロジェクトでもありました。社員で参加していた人の中にも、海外を視野に入れてキャリア形成している人がいらっしゃいました。そのときまで、ニュースやドキュメンタリー、CGWORLDの記事で海外で働いている日本人がいることは知っていましたが、自分にとっては関係ない話だと思っていました。

    ところがそのプロジェクトで初めて、海外の方、海外で働いていた方の話を聞いて、海外で働くという選択肢は当たり前にあって、たくさんの方が意識しているということに気づき、自分も海外で働いてみたいと思うきっかけとなりました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    海外で働きたいと思ったときには30歳近くになっていましたし、英語も苦手で中学1年生レベルでした(そこにも達していなかった気もします……)。とりあえず行動しようと思い、イギリスに語学留学しました。自分が留学先に選んだ場所ではCG系のジョブフェアーもありましたので、何度か足を運びいくつかの企業に対してアピールしましたが、良い結果につながることはありませんでした。単純にスキルも準備も不十分だったと思います。留学を通して英語を話すことに対して苦手意識はなくなりましたが、語学留学では海外での就職は簡単ではないのだと実感させられました。

    帰国後、派遣会社へ登録し日本での就職活動を開始したのですが、その際、自分で1つ条件を設定しました。それが「海外に支社のある会社」を派遣先とすることです。海外での就活はうまくいかなかったので、日本企業の海外支社への転職という形で海外に行ければと考え、バンダイナムコスタジオにインゲームモーションデザイナーとして就業しました。

    バンダイナムコスタジオでの就業中、プロジェクトの上司がバンダイナムコスタジオマレーシアに出向し、その方に直接マレーシアで働きたいことを伝えました。その縁から、派遣契約の満了後、バンダイナムコスタジオマレーシアに就職することができました。

    スタジオ内でのお仕事風景

    <2>東南アジアは、日本人の「海外就業」にうってつけ

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    シンプルに言うなら、若くて勢いのある会社です。バンダイナムコスタジオマレーシアはまだ7年目の若い会社で、経験豊富なベテランもいらっしゃいますが、20代~30代前半の若いアーティストも多く働いています。マレーシアでは英語が公用語ですので、英語での記事や情報など検索できる範囲が広く、新しい知識や技術に貪欲で吸収力もあります。マレーシアは多民族国家ということもあり、お互いの文化に対して理解を深めようとする意識も強いです。インドネシア、タイ、インド、シンガポールとマレーシア以外の国から来ている人もたくさんいて、日本企業でありながら、様々なバックグラウンドをもつ人たちがいる独自の感性があるということも魅力の1つだと思います。

    また、2022年より社内にシネマティックセクションを起ち上げ、インゲーム開発だけでなくシネマティックムービーの制作にも力を入れています。バンダイナムコスタジオマレーシアのオリジナルキャラクターを制作してつくり上げたムービーは、弊社のホームページで観ることができます

    ――英語のスキルはどのように習得されましたか?

    英語の勉強自体は20代後半からはじめました。中学、高校と英語はかなりサボっていたので、本当にゼロからのスタートでした。中学校のテキストからはじめて、出勤中は英語のリスニング教材を聞いたり、邦画、洋画を英語の字幕で観るといった勉強を続けました。先述しましたが、OLM Digitalで働いていたときは外国人アニメーターもいらっしゃったので、拙い英語でもよく話しかけ、なるべく英語で話す機会をつくるよう心がけました。

    その後、語学留学して英語のみの生活を送り、英語で話すことへの恐怖心を徐々になくしていくようにしました。自分の英語力は低いと思います。ですので、「英語をしゃべる」ということを常に心がけています。話さなければコミュニケーションははじまりません。もちろん、正確な英語を話せるに越したことはないですが「拙い英語でも伝える」という気持ちが大切だと思っています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスお願いします。

    海外で働くことをイメージする人の中には、ヨーロッパや北米で働くイメージをもっている人が多いのではないかと思います。ヨーロッパや北米には有名なスタジオやアーティストも多く、働いている日本人も多いので、情報も集めやすいと思います。

    しかし東南アジアのCGスタジオ、ゲーム会社でも世界的に有名なタイトル制作に関わっている会社はたくさんあります。今では働いている日本人も多くいらっしゃいます。日本のCGスタジオ、ゲーム会社も支社を出している会社が多く、東南アジアは成長中の地域です。

    また、日本からも近く、英語が通じますが第一言語ではありませんので、英語があまり話せないという人にも理解があります。日本人としては海外で働くことに適した場所だと思います。これから海外を目指す人の中で、これまで東南アジアという選択肢がなかったという方も、一度検討してみてはいかがでしょうか。

    その選択肢の中に、バンダイナムコスタジオマレーシアが入っていたら嬉しいです!

    スタジオでのクリスマス・パーティにて

    【ビザ取得のキーワード】
    ①専門学校のCGアニメーション専攻を卒業
    ②遊技機開発会社やOLM Digitalで経験を積む
    ③英語習得のため、イギリスに語学留学
    ④派遣会社を通じてバンダイナムコスタジオでの就業後、バンダイナムコスタジオマレーシアへの転職

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada