VFX業界への就職を目指す際、学校に通ってDCCツールを習得された方も多いと思う。一方で、今回ご登場いただく荒井瑶史氏は、大学卒業後に独学で3DCGを学び、日本のVFXスタジオへ就職を果たした。現在は、カナダのトロントでハリウッド作品のプロジェクトに参加されている。その体験談を伺った。
Artist's Profile
荒井瑶史 / Yoji Arai(Character & Creature Artist / PIXOMONDO TORONTO)
静岡県出身。2019年に大阪市立大学理学部生物学科を卒業後、独学で3DCGの勉強を始める。2020年から株式会社グリオグルーヴ LiNDAでCGデザイナーとしてキャリアをスタート。2022年から現在までPixomondoトロントにてキャラクター&クリーチャーアーティストとしてハリウッド映画やドラマのVFX制作に携わる。
主な参加作品:『ザ・ボーイズ』 シーズン4(2024)、『WOODWALKERS』(2024)、『グースバンプス:バニシング』(2025)、『スタートレック: セクション 31』(2025)、『Final Destination: Bloodline(原題)』(2025)など
www.pixomondo.com
<1>『スター・ウォーズ』に心を打たれて内定を辞退、未経験から独学でハリウッドを目指す
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
小さい頃から映画を観るのが大好きで、友達や家族、親戚と映画館に行ったり、TVで放送されている作品をくまなくチェックしていました。特に『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』がお気に入りで、休みの度に実家のTVを独占し、朝から晩までぶっ通しで、レンタルしたDVDを観続けていました。その頃から、エンドロールに載っている人たちの名前を見て、映画をつくるという仕事に憧れを抱き始めていました。とは言え、その頃にはまだハリウッド映画に関わる仕事は非現実的に思え、目指そうとは思っていませんでした。
ところが、大学時代に人生を変える映画と出会いました。
大学4年生だったときのことです。小さい頃から映画と同様にTVを観るのが好きだったので、大阪の放送局に就職が決まり、それなりに満足していました。そんな中、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を映画館で観て、僕の心は再び映画の世界に引き戻されました。冒頭の宇宙船の爆発シーンに、「世界最高峰のスタジオが本気を出せば、こんなにとんでもない映像をつくれるんだ」と衝撃を受けました。そして「やっぱり子供の頃からの憧れだったハリウッド映画の世界で働きたい」、「映画以外の何かをやっている自分の人生はあり得ない」と思うようになり、その日のうちに内定を辞退する連絡を入れました。VFXという世界があること、海外で働いている日本人が何人もいることを知り、それなら自分も行けるのではないかと、VFXアーティストになることを目指し始めました。
しかし、専門学校に通うお金もなく、大学卒業後に1~2年間も学生を続けている時間もないと思いました。周りの同級生たちは就職したり、大学院に進学したりしている中で焦りもありました。なるべくお金もかけずに、最短で就職できるレベルまで技術を身に付ける方法を考え、独学で勉強することに決めました。
ハリウッドの業界スタンダードであるMayaを中心に、インターネット上の3DCGモデリングに関するチュートリアル動画を見漁り、半年間猛烈に勉強に打ち込みました。一緒に勉強する友達も、相談する人もいない中、こんな方法で本当に就職できるのかと不安でいっぱいでしたが、「働くために必要なスキルをもっていさえすれば、採用されないわけがない」と合理的に考え、自分を信じて勉強を続けました。そしてなんとかデモリールをつくり、全国の3DCGスタジオに送りまくりました。運よくLiNDAへの就職が決まり、無事CGデザイナーとして仕事ができるようになりました。
――日本でお仕事をされていた頃の話を、お聞かせください。
専門学校などでしっかりとした教育を受けずに、独学の付け焼刃で入社したので、1年目はものすごく苦労しました。できないこと、わからないことだらけで、毎日挫折しながら落ち込んで家に帰る日々を送っていました。それでも根気強く教えてくれる親切な先輩がいたので、毎日必死に勉強して、少しずつ腕が上がっていくのを感じられました。当時、深夜でも休日でも、わからないことがあったときにサポートしてくれていた先輩方には今でも、とても感謝しています。
入社当時から、海外のスタジオに就職するのが目標だったので、そのためには何が必要なのかを考えました。当時在籍していたLiNDAは動物の3DCG制作に強かったので、グルーミングに重きを置いたキャラクターモデリング実績をつくれば、競争率の高いモデラー志望でも、海外のスタジオで戦えるのではないかと考えました。動物アセット制作や実写映画、ドラマのVFX実績が欲しくて、生意気にも上司に、「こういう仕事を回してほしい」とか「こういう仕事はやりたくない」と伝えていました。
ハリウッドスタジオの募集ページを毎日のようにチェックし、今どんなポジションを募集しているのか、どんなスキルが必要なのかをアンテナを張り巡らし、「海外就職するために本当に必要なこと」を意識していました。自分がつくりたい作品を自主制作としてつくったり、使ってみたい流行りのソフトを覚えたりするのではなく、自分の目指すポジションが必要とされていることを身に付けるための勉強に専念することを徹底しました。
終電を気にせずに作業できるようにと、会社まで歩いて通える距離に部屋を借りました。入社してから2年間ほど、休日も毎日出社し、一日中3DCGの勉強やモデリングの練習を続けていました。実際に連続出社日数は700日ほどに達していました。日々の仕事で忙しかったり、なかなか納得のいくものがつくれなかったりとフラストレーションはありましたが、当時はそれほど苦ではなく、どんどんできることが増えていって、ハリウッドまでの距離が日に日に縮んでいくような気がして、毎日楽しかったです。
――海外の映像業界への就職活動は、いかがでしたか?
2年半ほどLiNDAで働き、ある程度、実績が増えたので、デモリールをつくり、世界中のスタジオに送りました。3~40社ほど応募し、その中からWētā FXとPixomondoから面接をしようという話が来ました。面接はどちらもオンラインで行われ、デモリールに関して、何を担当したか、どのソフトを使えるかなどの話を15分ほどしただけのものでした。しかしどちらの会社も、映画のエンドロールで何度も名前を見てきた憧れのビッグスタジオだったので、人生で一番ぐらいに緊張しました。

<2>自分の信じた道をひた走り、夢を叶えPixomondoで活躍中
――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。
Pixomondはソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント傘下の企業です。大作映画やエピソードコンテンツ向けの、業界をリードするビジュアライゼーション、バーチャルプロダクション、VFXを制作しています。マーティン・スコセッシ監督によるアカデミー賞受賞作『ヒューゴの不思議な発明』、HBO制作のエミー賞受賞作『ゲーム・オブ・スローンズ』の複数シーズン、そして近年の『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』、Prime Videoの『ザ・ボーイズ』、そしてライオンズゲートの『ジョン・ウィック:チャプター4』など、数々の象徴的な作品を制作してきました。
――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?
僕が入社して最初にアサインされたプロジェクトがドラマ『ザ・ボーイズ』 シーズン4でした。入社前からファンとして観ていた作品なので、参加できることがすごく嬉しかったです。
しかし、この作品はグロテスクなシーンが多く、担当したアセットも飛び出した脳みそや剥がれた顔など、そんなモデルばかりでした。参考資料として、凄惨な写真を数多く集めて観察しなければならず、慣れるまでは精神的に堪えました。同僚の女性からは、彼女が私のデスクの前を通るたびに、「あなたのモニターは、ランチの前には見られない」とよく言われました。
周りの友人にもこのシリーズが好きな人が多く、僕が関わったショットを教えると、皆とても良いリアクションをしてくれました。世界的に有名な作品に関わることはプレッシャーも大きいですが、観てくれる人の数も多く、プライベートでも様々な場面で嬉しい言葉をかけてもらえます。日本で働いていたときには感じなかった誇らしさや、やりがいを感じることができました。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
キャラクターアーティストとして、モデリングからテクスチャ、ルックデブ、グルーミングまで、1つのキャラクターのアセット制作全工程を担当することができます。同じような作業ばかりになってしまうこともなく、キャラクターも人間、動物、クリーチャーなど様々なので、飽きることがありません。全ての工程を担うので、そのアセットのクオリティがよくなければ誰のせいでもなく、自分の責任です。その分、ゼロからつくり上げた我が子のようなキャラクターがスクリーンで動いているのを観ると、格別の喜びを感じます。
ピューマとバイソンのモデリングを担当
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
日本で働いていた頃から、英会話スクールに通ったり、オンライン英会話を受講したりと準備を進めていました。学生時代に真面目に勉強していた甲斐もあり、文法や単語は問題なく、それを実用的な会話で使えるように練習しました。
今は外国人の友達と話したり、海外ドラマを観たりと、緩いペースで無理なく勉強しています。
カナダに来てから2年半程になりますが、会社の同僚がプライベートで言っていることがほとんど理解できないこともあります。ミーティングで発言したときに、「意味が分からなかった」と言われることもたまにあります。コミニュケーションに関する挫折は毎日のように感じていますが、僕の仕事は上手に英語を喋ることではなく、良いモデルをつくることです。足りない英語力は仕事のクオリティで補えるよう、努力しています。
――トロントでの生活ぶりは、いかがでしょうか。
最初の頃は慣れないことも多く、友達もいなかったので、困難なことばかりでした。しかし慣れてしまえばとても住みやすい国です。様々な国から来た移民がたくさんいるので、多様な文化を受け入れ、ときには期待するのを諦め、全体的に何でも許し合おうという空気が流れているのを感じます。アジア食のスーパーが近所にあり、日本食が食べられなくて困ることもあまりありません。不満なことや、日本が恋しいと思うことも多々ありますが、国民性に後押しされ、自分自身も「まあこんなもんか」と妥協できるようになってきました。今では、ここで一生生活しても良いな、と思えるほど好きな街です。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
海外に行ってハリウッド映画の制作に関わるなんて言うと、信じられないくらい高い壁に聞こえるかもしれません。実際に僕も、海外への挑戦が目標であったものの、大きな不安や恐れがありました。しかし、いざ来てみると意外と大したことはありません。インターネットでものすごいクオリティの個人作品を見つけてしまうと、彼らのように「何でも上手につくれるようにならなければ」と思ってしまいがちです。しかし実際には、私たちはチームで作品をつくり上げていきます。それぞれに得意なことや苦手なことがあり、助け合って1つの作品をつくります。
僕自身も、周りのレベルの高さに比べて、自分のスキルはまだまだ低いと毎日のように感じています。しかし、それぞれが自分にできることをやって、チームとして良いものをつくり上げていく世界なので、自分ができることが何かあれば、それだけで必要とされるんです。
僕は22歳のときに、ゼロからハリウッド映画業界を目指し始め、3年半で憧れの海外スタジオで働くという目標を叶えました。もちろん、運やタイミングに恵まれたおかげもありますが、目指す場所に行くために何が本当に必要かを考え、それが例え周りの意見や過去の常識とは違っていたとしても、自分が「これで良いはずだ」と信じた方法を疑わず、進んできたおかげだと思っています。今、何が求められているのかを正しく判断し、「これでなら戦えるかもしれない」という武器を磨いてみてください。

【ビザ取得のキーワード】
① 大阪市立大学理学部生物学科を卒業
② LiNDAにてCGアーティストの実績を積む
③ ワーキングホリデーを利用してカナダの会社で1年就労
④ CPTPPのTechnicians枠でLMIA免除の就労ビザを取得※
※学歴や就業年数、職種などに応じて、外国人がカナダで就労ビザを得るために必要なLMIAという審査が免除される枠組み
あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada