グラフィックデザイン、ゲーム、CG、映像などのクリエイティブ業界へ、デザイナーあるいはアーティスト職での就職を希望する学生は、エントリーシートや履歴書と合わせて、作品集(ポートフォリオやデモリール)の提出を求められます。今回はこれからポートフォリオ制作を始める人に向けて、ポートフォリオのフォーマットと制作ツールを紹介します。既につくり始めている人も、読むと新たな気づきがあるかもしれません。フォーマットも制作ツールも数多くの選択肢があるので、それぞれの特徴を知り、自分に最適なものを選んでほしいと願っています。
SUPERVISOR_斎藤直樹 / Naoki Saito(コンセント)
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
取材協力_室橋直人(東京工芸大学)、東洋美術学校
作例提供_鳴海さくら、堀内美里
アナログ(紙)とデジタルは何がちがうのか?
以降ではポートフォリオのフォーマットと制作ツールを紹介しますが、初めてつくる人の場合は、あれこれ考えすぎると手が動かなくなってしまうので、今ある作品や習作をどんどん紙に印刷して、手近なクリアファイルにファイリングすることをお勧めします。そうすることで、今の自分の実力や強みを整理できますし、ほかの人からの意見をもらいやすくなります。最初のファイリングが終わったら、少し腰を落ち着けて「どんなポートフォリオに仕上げたいか」を考えていきましょう。
▲ポートフォリオの代表的なフォーマットを整理してみました。以降では、それぞれの特徴を紹介します
ポートフォリオのフォーマットは、アナログとデジタルに大別できます。アナログのポートフォリオは、紙に印刷したポートフォリオのことで、クリアファイルと製本に大別できます。製本の場合は、自分で製本(手製本)するという選択肢と、専門会社に依頼するという選択肢があります。アナログのポートフォリオには、以下のような特徴があります。
アナログ(紙)のポートフォリオの特徴
・紙の質感、手触り、色の再現性など、細部までこだわりを発揮できる
・手で触れて閲覧できるため、存在感がある
・デジタルのポートフォリオよりも一覧性が高く、全体像を把握しやすい
・いったん製本すると、編集や修正が難しくなる
・印刷や製本をする場合、手間と費用がかかる
・送付する場合、デジタルのポートフォリオよりも手間、費用、時間を要する
・棚や箱など、保管場所を必要とする
一方で、デジタルのポートフォリオはWebサイトとPDFに大別でき、以下のような特徴があります。
デジタルのポートフォリオの特徴
・アナログのポートフォリオよりも多くの情報を掲載できる
・編集や修正が容易にできる
・Webサイトの場合、静止画と動画をまとめて掲載できる
・メールやSNSなどを通じて、低コストで多くの人に拡散できる
・メールやURLなどの情報をデジタルデータのまま送信できるため利便性が高い
・保管場所を必要としない
いずれも一長一短があるので、各々の特徴を踏まえ、自分にベストのフォーマットを選んでみましょう。
なお、日本の教育機関で学び、新卒として就職活動をする学生の多くは、アナログのポートフォリオをつくっています。ただし近頃は「デジタルのポートフォリオでも構わない」あるいは「デジタルのポートフォリオを推奨する」という会社が増えています。その背景には、デジタルのポートフォリオの利便性や扱いやすさを好む会社の事情と、学生の負担を減らしたいという思いがあるようです。既に入りたい会社が絞り込めている人は、その会社がどんなフォーマットのポートフォリオを受けつけているのか、調べてみることをお勧めします。調べてもわからないなら、直接問い合わせてみても良いでしょう。
ちなみに、ポートフォリオのデジタル化は海外の方が進んでおり、海外のCGプロダクションやゲーム会社の多くはデジタルのポートフォリオしか受けつけていません。
どれがベストな制作ツールなのか?
続いて、ポートフォリオの代表的な制作ツールと、それぞれの特徴を紹介します。
ポートフォリオの代表的な制作ツール
・Adobe Illustrator
・Adobe Photoshop
・Adobe InDesign
・各種プレゼンテーションソフト(Microsoft PowerPoint、Keynoteなど)
・各種Webサービス(ArtStation、pixivなど)
Adobe Illustrator(以降、Illustrator)は、デザイン業界で高いシェアを有するドロー系ソフトウェアです。主な用途は2つあり、1つ目は「1枚もの」と呼ばれる印刷物のレイアウトです。1枚ものとは、1枚の紙でつくられる印刷物のことで、名刺、ポストカード、ポスター、フライヤー、書籍のカバーなどが該当します。2つ目の用途は、イラスト、線画、グラフ、チャート、ロゴなどの制作です。
ポートフォリオは複数ページで構成されますから、前述の2つの用途に該当しません。にも関わらず、多くの学生がIllustratorの機能を駆使して、工夫を重ね、ポートフォリオを制作しています。
▲第4回で紹介した堀内さんは、Illustratorを使ってポートフォリオを制作しています。Illustratorでポートフォリオをつくる場合は、このように必要なページ数だけアートボードを増やすというやり方があります。一方で、アートボードは1枚に留め、必要なページ数だけレイヤーを増やすというやり方を選択する人もいます。いずれにせよ、デザイン業界の一般的なIllustratorの使い方からは乖離しています。Illustratorはファイルサイズが肥大しがちで(設定次第ではありますが)、大容量になるほどセーブに要する時間が長くなり、オートセーブ機能もないため、フリーズやファイルが壊れる危険性が増えます。加えて、書き出すPDFも重くなりがちです(これも設定次第ではありますが)。そのため複数ページで構成される印刷物をデザインする際には、後述するAdobe InDesignを使用するのが一般的です
Adobe Photoshop(以降、Photoshop)は、多くの写真家やデザイナーが利用する画像編集ソフトウェアです。主な用途は3つあり、1つ目はカラー補正、コントラスト調整などの画像補正です。2つ目の用途は、写真や画像の合成です。3つ目の用途は、イラストレーションの制作です。Photoshopを愛用している学生の中には、工夫に工夫を重ね、Photoshopでポートフォリオを制作する人もいます。ただし、本来のPhotoshopの用途からは乖離しているため、効率的とは言い難い作業が多々発生します。
Adobe InDesign(以降、InDesign)は、多くのデザイナーや出版社が利用するページレイアウトソフトウェアです。雑誌、書籍、商品カタログなど、複数ページで構成される印刷物のレイアウトをするために開発されたので、複数ページに共通する要素をマスターページにまとめる機能や、容易にページの入れ替えや削除をする機能などが備わっています。セーブに要する時間が短く、オートセーブ機能もあるため、不具合があっても直前の操作まで戻れます。
アナログやPDFのポートフォリオをつくるなら、前述の2つのツールよりも、InDesignを使う方が作業効率が向上することは間違いありません。しかし、雑誌や書籍のグラフィックデザイナーとして就職するつもりのない学生が、ポートフォリオ制作のためだけにInDesignを学習するケースは少ないため、InDesignでポートフォリオをつくる学生の数は限られているのが実情です。
▲第2回で紹介した鳴海さんはグラフィックデザイナーを志望しているため、InDesignを使ってポートフォリオを制作しています
数は限られていますが、Microsoft PowerPointやKeynoteなどのプレゼンテーションソフトを使い、ポートフォリオをつくっている学生もいます。これらは前述の3つのツール以上に直感的な操作が可能なうえ、複数ページに共通する要素をマスターページにまとめる機能も備わっているため、工夫すれば短時間で見映えの良いポートフォリオを制作できるようです。
Webサイトのポートフォリオをつくる場合は、ArtStation、pixivなどの各種Webサービスを使用するケースが多くあります。これらのサービスはWebサイトの専門知識がなくても短時間で見映えの良いポートフォリオをつくれるように設計されているため、学生はもちろん、プロのデザイナーやアーティストも利用しています。
以上のように、フォーマットも制作ツールも数多くの選択肢があり「唯一無二の正解」はありません。制作ツールとしてPhotoshopを選択し、非効率なつくり方になったとしても、志望する会社に就職できれば問題はないのです。筆者が関わってきた学生の中には、100ページを超えるポートフォリオをPhotoshopでつくったイラストレーター志望の学生もいましたし、独学で習得したInDesignを使ってポートフォリオをつくったモデラー志望の学生もいました。その2人は、どちらも在学中に志望する会社から内定をもらいました。本記事を参考に、自分にとってのベストのフォーマット、ベストの制作ツールを見つけていただければと願っています。
今回は以上です。次回もぜひお付き合いください。
(第6回の公開は、2018年5月2日を予定しております)
プロフィール
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斎藤直樹(グラフィックデザイナー)
株式会社コンセント
神奈川県横浜市生まれ。1987年東京造形大学造形学部デザイン科I類卒。広告企画制作会社、イベント企画運営会社を経て、1991年株式会社ヘルベチカ(現コンセント)入社。HUMAN STUDIES(電通総研)、日経クリック、日経パソコン(日経BP社)などの制作に関わる。東洋美術学校ではグラフィックデザインの実習を担当。
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尾形美幸(編集者)
株式会社ボーンデジタル
CG-ARTS(公益財団法人 画像情報教育振興協会)、フリーランス編集者を経て、2015年よりボーンデジタル所属。CGWORLD関連媒体で記事の執筆編集に携わる。東洋美術学校ではポートフォリオの講義を担当。東京藝術大学大学院修了 博士(美術)。著書に『ポートフォリオ見本帳』(2011)。共著書に『ポートフォリオアイデア帳』(2016)などがある。
Information
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採用担当者の心に響く
ポートフォリオアイデア帳
発売日:2016年2月3日
著者:中路真紀、尾形美幸
定価:2,000円+税
ISBN:978-4-86246-293-0
総ページ数:128ページ
サイズ:B5判
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