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    こんにちは。ビジュアルデベロップメントアーティスト(Visual Development Artist)の伊藤頼子です。第17回ではリーダビリティー(Readability)やストーリーテリングなど、ライティングデザインの役割を解説しました。今回はライティングデザインによって場面やそこに登場する人物の感情を表す(ストーリーテリングをする)方法を学びましょう。

    TEXT&ARTWORK_伊藤頼子 / Yoriko Ito
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    陰影(明暗)を使い、画面をデザインする

    「キアロスクーロ」(Chiaroscuro)という言葉をご存じでしょうか。イタリア語で「明暗」を指す単語で、美術においては明暗のコントラストを指します。キアロスクーロは映画のライティングデザインにも用いられており、画面に明確な明暗(ハイコントラスト)をつくり陰影をデザインしていきます。また、投影(キャストシャドウ/Cast Shadow)(※)をデザインのツールとして使うことで、「恐怖」「緊張」などの感情や、「ミステリアス」なムードを表現できます。影は画面構成を面白くするためのツールとしても使えます。

    ※ 光に照らされた物体によって生じる、別の物体の上に落ちる影のことをキャストシャドウと呼びます。詳しくは連載 第2回をご覧ください。

    Lesson38:キアロスクーロによって明暗をデザインする

    ハイコントラストの画面をつくるときには、光が当たるところをいかにデザインするかがキーポイントとなります。また「ミステリアス」に見せたいキャラクターやモチーフは、影の中に配置します。必要以上に「見せすぎてしまう」と、絵が煩雑になり、画の中の焦点(Focal Point)がわからなくなります。明暗のコントラストがはっきりした画面は、陰影部分が見えないからこそ視覚に訴える力が強くなり、ミステリアスなムードが強調されます。

    ▲【左】のスケッチにキアロスクーロのライテイングを施し、【右】のサムネイルを制作しました。【左】のスケッチには多くのディテールが描かれていますが、そのほとんどをあえて見せず、人物にのみ光を当てています。これによって画面がシンプルになり、リーダビリティーが高まりました。最も強い光を奥の人物に当てることで、ミステリアスなムードも表現しています


    ▲『エマオの晩餐(Supper at Emmaus)』(1606)(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ/Michelangelo Merisi da Caravaggio/1571-1610)。バロック期に活躍したカラヴァッジョやレンブラントは、キアロスクーロを強調するライティングを好んで使いました。本作では磔刑に処せられたキリストが蘇り、その正体を弟子に明かす場面を描いています。この晩餐の後、キリストは消えてしまいます。キリストの左半身は陰に隠されており、ミステリアスなムードが強調されています


    ▲『牢獄の聖ペテロ(St. Peter in Prison)』(1631)(レンブラント・ファン・レイン/Rembrandt van Rijn/1606-1669)。牢獄に入れられた聖ペテロを濃い影の中に配置することで、その絶望と不安を表現しています。一方でその表情と「天の国の鍵」に光を当てることで、神の手が差し伸ばされていることも表現しています。この画は明暗を効果的に使うことで、絶望(暗)の中の希望(明)を暗示しています


    ▲『Citizen Kane(邦題:市民ケーン)』(1941)(オーソン・ウェルズ(Orson Wells)監督)の中のショット。向かって右側の人物はあえて顔だけが影の中に隠されており、観客に「誰なのか?」という疑問を抱かせ、ミステリアスなムードを伝えています


    ▲ヘンリー・セリック(Henry Selick)監督の『Shadowking』のために筆者が描いたビジュアルデベロップメント(この作品はキャンセルされました)。人形たちに下から光を当て、目を陰の中に入れることで「不気味」「恐怖」「ミステリアス」などの感情やムードを表現しています

    Lesson39:多様なキャストシャドウによって明暗をデザインする

    キャストシャドウは多様な使い方ができる、とても便利なツールです。画面における影の形や分量に気を配りつつ、ストーリーテリングに直結する材料として使ってみましょう。

    ▲『The Third Man(邦題:第3の男)』(1949)(キャロル・リード(Carol Reed)監督)の中のショット。犯人を追いかけるシーンでは、常に犯人のキャストシャドウが映されています。これによって、犯人の正体を見せることなくその存在を強調できます。さらに「恐怖」「威圧感」などの感情やムードを表現しています


    ▲『Shadowking』のために筆者が描いたビジュアルデベロップメント。向かって右側の2人を追いかける人物のキャストシャドウを描くことで、「恐怖」「威圧感」などの感情やムードを表現しています


    ▲『The Third Man』の中のショット。人物のキャストシャドウは面白いレイアウトをデザインするツールとしても活用できます。 このショットのキャストシャドウは、場面のデコレーションとして、さらにレイアウトに面白みを加えるツールとして使われています


    ▲ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ制作の『Zootopia(邦題:ズートピア)』(2016)の中のショットを筆者が引用目的で模写したものです。主人公のウサギの上に大きな水牛のキャストシャドウがおおいかぶさることで、両者の大きさのちがいと威圧感を表現しています


    ▲『Phantom Lady(邦題:幻の女)』(1944)(キロバート・シオドマク(Robert Siodmak)監督)の中のショット。窓からの光によって人物の影を床に投影することで、人物の象徴的な印象がさらに強調されています


    ▲『Stranger on the Third Floor(邦題:3階の見知らぬ男)』(1940)(ボリス・イングスター(Boris Ingster)監督)の中のショット。窓を見せず、窓からの光と窓のブラインド(もしくは柵)がつくる影を壁に投影することで、手前に立つ人物の視線の方向を示唆しています


    ▲『Shadowking』のために筆者が描いたビジュアルデベロップメント。キャストシャドウだけで画面の左側にあるもの(枝が曲がりくねった木と、ブランコに乗った人物)を示唆することで、不気味なムードを表現しています


    第17回のLesson36で紹介したものと同じ手法を使っています。道の反対側にある建物のキャストシャドウを使ってFocal Pointとなる人物に一条の光をあてることで、画面を整理しています

    今回紹介した映画の多くは、1940年代につくられたフィルム・ノワール(film noir)と総称される映画です。この時代の映画はモノクロのため、明暗のデザインが優れています。クラシックなデザインは、今のデザインにも大変役立ち、基本となります。皆さんもぜひ、いろいろなクラシック映画を観て、そのデザインを研究してください。




    今回のレッスンは以上です。第19回も、ぜひお付き合いください。
    (第19回の公開は、2018年8月を予定しております)

    プロフィール

    • 伊藤頼子
      ビジュアルデベロップメントアーティスト

      三重県出身。短大の英文科を卒業後、サンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学し、イラストレーションを専攻。卒業後は子供向け絵本のイラストレーション制作に携わる。ゲーム会社でのBackground Designer/Painterを経て、1997年からDreamWorks AnimationにてEnvironmental Design(環境デザイン)やBackground Paint(背景画)を担当。2002年以降はVisual Development Artistに転向し、『Madagascar』(2005)でAnnie Award(アニー賞)にノミネートされる。2013年以降はフリーランスとなり、映画やゲームをはじめ、様々な分野の映像制作に携わる。2013年からはAcademy of Art UniversityのVisual Development Departmentにて後進の育成にも従事。2017年以降は拠点をロサンゼルスに移し、現在はアートディレクターとしてアニメーション長編映画を制作中。
      www.yorikoito.com

    本連載のバックナンバー

    第1回∼第13回まではこちらで総覧いただけます。
    No.14:画の中のスケールとディテール
    No.15:ダイナミックな動きのある画を描く
    No.16:イメージづくりに使うレイアウトコンポジション
    No.17:ライティングデザイン