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    本連載では2018年12月4日(火)∼7日(金)に東京国際フォーラム(有楽町)で開催されるSIGGRAPH Asia 2018の価値を、SIGGRAPH Asiaを愛するキーマンたちに尋ねていく。第6回ではローカルコミッティ エヴァンジェリスト(Evangelist)としてSIGGRAPH Asia 2018をサポートするデジタルハリウッド大学 学長の杉山知之氏に話を伺った。

    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

    90年代はElectronic Theaterに選出される学生もいました

    CGWORLD(以下、C):SIGGRAPH Asia 2018ではローカルコミッティ エヴァンジェリストに就任なさったそうですね。毎年のSIGGRAPHはもちろん、SIGGRAPH Asiaの会場でも頻繁に杉山学長をお見かけしますから、納得の抜擢だと感じました。杉山学長はいつ頃からSIGGRAPHに参加しているのでしょうか?

    杉山知之氏(以下、杉山):初参加はボストンのMITメディア・ラボで開催されたSIGGRAPH 89ですね。ちょうど客員研究員としてMITメディア・ラボに在籍していた時期だったので見物に行きました。河口 洋一郎先生(CGアーティスト)とトッド・マッコーバ先生(コンピュータミュージックの作曲家/MITメディア・ラボ 助教授〔当時〕)がコラボレーションした『FLORA』という映像作品が初上映された年だったので、よく覚えています。そのときニコラス・ネグロポンテ先生(MITメディア・ラボ 創設者)が「もういい加減、CGで『リアル』を追求するのは止めましょう」と呼びかけていたことも印象的でしたね。

    C:ものすごく時代を先取りした発言ですね。今から見れば、当時のCGはまだまだ『リアル』とは言い難かったと思います。

    杉山:そう、全然『リアル』じゃなかったんですよ。それなのに「『リアル』以外の表現を考えた方が良いんじゃないか」とネグロポンテ先生はおっしゃっていた。桁違いの先見の明をもった呼びかけでした。その影響もあって、僕はSIGGRAPHに行くたびに、3年先、5年先の未来を思い描くようになったんです。

    • 杉山知之
      デジタルハリウッド大学
      学長

      1954年東京都生まれ。1987年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。1990年国際メディア研究財団・主任研究員、1993年日本大学短期大学部専任講師を経て、1994年10月デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在は同大学・大学院・スクールの学長を務めている。SIGGRAPH Asia 2018ではローカルコミッティ エヴァンジェリスト(Evangelist)に就任し、同校の卒業生をはじめとする国内のCG・映像・デジタルコンテンツ業界関係者にSIGGRAPH Asia 2018への参加を呼びかけている。


    C:デジタルハリウッドを立ち上げたのは、その5年後の1994年ですね。初期の在学生作品は、SIGGRAPHのComputer Animation Festivalによく入選していたことを覚えています。

    杉山:2期生の作品が入選したのを機に、3期生の時代から「SIGGRAPH ツアー」と称して学生たちをSIGGRAPHに連れていくようになりました。90年代はElectronic Theaterに選出される学生もいましたね。でも、あっという間に入れなくなったんですよ(苦笑)。世界中でどんどんCGのレベルが上がったのに加え、学生作品であってもチームで1年以上かけてつくるのが当たり前になったので、個人制作が中心のデジタルハリウッドの学生には分(ぶ)が悪くなりました。

    C:最近はフランスとドイツの学生作品のクオリティが抜きん出ていて、「彼らと真っ向勝負をするのは結構厳しい」と塩田さんもおっしゃっていましたね(※)。

    ※ 詳しくは「Question 3:What is Computer Animation Festival?」参照。


    杉山:デジタルハリウッドの学生の大半は就職のためのポートフォリオやデモリール制作に注力しており、モデラーやアニメーターなどの専門職種に特化して腕を磨く人も多いので、Computer Animation Festivalに入選しなくなるのは当然です。一方で「腰を据えて作品をつくりたい」という人も一定数はいるので、今年から専門スクールに「本科CGヴィジュアルアーティスト専攻」というコースを新設しました。このコースではデジタルハリウッドの立ち上げ当初の校風を復活させ、ポートフォリオやデモリールではなく、作品をつくることを目的にした指導をしています。

    C:『CGWORLD Entry VOL.020』(2018年9月発行)のCG作品投稿コーナーの1位受賞者はそのコースの在学生ですから、着実に目的を達成していると言えますね。再びSIGGRAPH入選者を輩出することも期待しています。

    杉山:そうなってくれれば素晴らしいですね。加えて、今はYouTubeをはじめ、個人作家が作品を発表できる場が数多くあります。そういう作家に発注したいというクライアントもいる時代ですから、作家を目指す人を受け入れるコースも必要とされていると思ったのです。

    ▲【左】『Fairytale Land』と題した本作は、『CGWORLD Entry VOL.020』のCG作品投稿コーナーで1位を受賞した。作者の朴 美佐(@misa_boku)氏は、デジタルハリウッド東京本校 本科CGヴィジュアルアーティスト専攻に在学中だ/【右】同コーナーで2位を受賞したのは仲條駿輔(@c_gshunsuke)氏(デジタルハリウッド大学 在学中)の『A Prediction』と題した作品だったため、期せずしてデジタルハリウッドの学生が上位を占める結果となった。なお、次号の『CGWORLD Entry VOL.021』はSIGGRAPH Asia 2018の会場にて先行配布するため、会場に足を運んだ方はぜひ入手してほしい


    • 合わせて本記事の冒頭画像で杉山氏と共に写っている作品『HINKA RINKAのニケ』についても紹介しておこう。本作は『サモトラケのニケ』をモチーフにしたインスタレーションアートで、デジタルハリウッド大学院生(2016年当時)の浅田真理氏(Mira Creative)がクリエイティブディレクターを務めた。2016年3月に東急プラザ銀座の3階から5階にHINKA RINKAがオープンしたのを記念して、同フロア内に2年半展示された。 現在は2体がデジタルハリウッド(御茶ノ水)のキャンパスに、1体が秋保の杜 佐々木美術館&人形館に展示されている。

    アジア各国のVFXスタジオが存在感を増し、着実に成長している

    C:先ほど「SIGGRAPHに行くたびに、3年先、5年先の未来を思い描く」とおっしゃっていましたが、具体的には何を見ながら未来を予想するのでしょうか?

    杉山:SIGGGRAPH会場には、世界中の大学や企業の研究者が、最先端のCPUやGPUをこれでもかと回した成果が一堂に会します。それを見ていると、コンピュータの計算速度が上がるのに比例して、どんどん世界が広がっていく様子がはっきりとわかるのです。CGの活用範囲が、映画やゲームだけに留まらず、様々な産業へ拡大している点はすごく良いなと思いますね。「今はどこまでできるのか」「将来はどうなっていくのか」といった全体のながれも見えてきます。もう少し具体的な例を挙げると、僕はExhibition会場では、必ず壁際の小さなブースをひとつずつ見て回るのです。

    C:新興勢力の、低予算のブースということでしょうか?

    杉山:そうです。勝ち組が会場中央に大きなブースを構える一方で、新興勢力は、お金がない中で、小さなブースで必死に新しい何かを売り込もうとしていますよね。それを見て回るのが面白いんです。その中に次世代の勝ち組がいるかもしれません。そういう情報はインターネットを検索してもなかなか手に入りませんから、見て回る価値があると思っています。

    ▲【左】SIGGRAPH 2018のExhibition会場の様子(photo by John Fujii)/【右】同じくExhibition会場の様子(photo by Jim Hagarty)
    © 2018 ACM SIGGRAPH


    C:杉山学長はSIGGRAPHとSIGGRAPH Asiaの両方に長年参加なさっていますが、SIGGRAPH Asiaならではの価値はどこにあると思いますか?

    杉山:SIGGRAPHに行くだけでは見えてこない、アジア各国の変遷ですね。SIGGRAPH Asiaが回を重ねるごとに、アジア各国のVFXスタジオが存在感を増し、着実に成長している様子がはっきりとわかります。母国を離れてハリウッドのVFXスタジオでキャリアを積んだ人が、母国に戻りVFXスタジオを起こすというケースが増えているのです。そういうVFXスタジオはハリウッドより人件費が安い一方で、技術はきちんと継承されているので、仕事がながれていくんですよ。


    CSIGGRAPH Asia 2017のComputer Animation Festival チェアのJuck Somsaman氏は、まさにそういうキャリアパスを歩んでいますね。Somsaman氏はRhythm and Hues Studiosで16年以上VFX制作に携わった後、2007年にバンコクへ戻りThe Monk Studiosを設立しています。同社は日本の『Kingsglaive Final Fantasy XV』(2016)にも参加していたので印象に残っています。

    杉山:そういうことが、あちこちの国で起こっています。90年代の「SIGGRAPH ツアー」では、SIGGRAPHへの参加と合わせて、Rhythm and Hues Studiosを含む会場周辺のVFXスタジオを見学して回りました。当時から、ハリウッドのVFXスタジオでは世界各国から集まった人たちが働いていました。今は彼らが母国へ戻り、VFXスタジオを起こす時代になっています。今後の彼らは、自国のゲーム産業にも関わっていくんじゃないかと期待しています。スマホの普及に合わせてアジア各国に新興のゲーム会社が生まれ、SIGGRAPH AsiaのExhibition会場にブースを出すようになってきました。各国のゲーム会社とVFXスタジオが手を組むことで、そう遠くない未来に、よりリッチなグラフィックスのゲームをつくるようになると思います。

    C:そうなれば、自国の文化に根ざしたユニークなゲーム開発がさらに加速しそうですね。

    杉山:加えて、各国の教育機関の成長にも注目しています。VFXスタジオだけでなく、アジア各国の教育機関も存在感を増しているので、SIGGRAPH Asiaからも目が離せませんね。

    SIGGRAPHを通して今後のながれを見定められる人を育ててほしい

    C:最後に、SIGGRAPH Asia 2018のエヴァンジェリストとして、どんな活動をしていきたいか抱負を聞かせていただけますか?

    杉山:デジタルハリウッドの卒業生の多くが、国内のCG・映像・デジタルコンテンツ業界で活躍しています。その中には会社の社長になった人もいますから「ぜひブースを出してください。あるいは発表してください。そして社員を参加させてください」と呼びかけています。デジタルハリウッド自体も、2009年の横浜、2015年の神戸に続き、ブースを出します。在学生にもなるべく見に行くよう呼びかけていますし、SIGGRAPH Asia 2018への参加を理由に授業を休む場合は欠席扱いにしないとも伝えてあります。CGの勉強を始めて間もない学生であっても、Computer Animation Festival、Emerging Technologies、VR/ARなど、刺激になる発表や展示は数多くあります。Job Fairもあると聞いているので、ぜひ覗いてほしいですね。

    ▲【左】横浜で開催されたSIGGRAPH Asia 2009のデジタルハリウッドのブースで取材を受ける杉山氏と、福岡俊弘氏(現 デジタルハリウッド大学 教授)/【右】神戸で開催されたSIGGRAPH Asia 2015の同校のブース


    C:欠席扱いにしないというのは、すごい判断ですね。

    杉山:授業と同等、あるいはそれ以上の価値があると思っているので、SIGGRAPH Asia 2018への参加を奨励しています。残念ながら、学生はもちろん、業界で働くプロも含めて、日本人のSIGGRAPHに対する認知はまだまだ低いと感じています。だからこそ、エヴァンジェリストとして、その価値を繰り返し伝えていきたいのです。SIGGRAPHでは、多くのVFXスタジオが苦労して構築した独自のノウハウを発表し、シェアしています。ほかの業界の人が見たらびっくりするような大事な情報が平然と開示され、シェアされ、教え合う気風があります。人材の交流も活発で、流動的です。その根本には「みんなで手を取り合って業界をよくしていこう」という価値観があり、そのおかげでCGの急速な発展が実現しました。その気風や価値観を理解し、SIGGRAPHでの発表や展示を通して今後のながれを見定められる人を業界各社が育ててほしいし、会場に送り込んでほしいと願っています。

    C:お話いただき、ありがとうございました。

    info.


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