近年、映画、ドラマ、ゲーム、CMなど、CGを用いた映像制作の様々な分野でプリビズ(プリビジュアライゼーションの略語)の需要が高まっている。しかし、プリビズに対する理解は業界内でもまちまちで、案件によっては本来のプリビズの価値が発揮されない場合も。
このような状況に問題意識をもち、プリビズに対する正しい理解を広めようと努めているのがジャストコーズプロダクションである。本連載では、『ほんとのプリビズ!』と題し、ジャストコーズプロダクションの協力の下プリビズについて深掘りしていく。
第2回となる今回は、『SUBARU VIZIV2』プロモーションビデオ、『シン・ゴジラ』のプリビズ制作がどのように進行されたのか語っていただいた。
初のプリビズ案件への挑戦、バーチャルカメラの活用
CGWORLD(以下、CGW):第1回ではプリビズとは何なのか改めて教えていただきました。第2回となる今回は、SUBARU(スバル)のコンセプトカー「SUBARU VIZIV 2」のプロモーションビデオ、映画『シン・ゴジラ』など御社が手がけられたプリビズ制作の過程についてお話を伺うことで、さらにプリビズについての理解を深めていきたいと思います。
まずは、初めてのプリビズ制作案件であった「SUBARU VIZIV 2」のPVについてお聞かせください。
小原 健氏(以下、小原):当社が手がけた最初のプリビズ制作が、SUBARUさんのコンセプトカー『SUBARU VIZIV 2』のPVのためのものでした。制作期間は2~3週間くらいで、当時としては珍しく、遠隔でのやりとりだけで進めていきました。イタリア人のデザイナーの方から送っていただいた資料を基にプリビズを制作し、完成してから初めて監督と顔合わせをしました。
柴田拓也氏(以下、柴田):実はその監督は昔、バーチャルカメラの存在を知って、うちに見学に来ていたことがあったんです。それから1年くらい経ったあとに、「実はプリビズ制作をお願いしたいんだけど」というご相談を受け、携わることになりました。
CGW:依頼の段階から、プリビズをやってほしいという要望だったんですね。
小原:はい、そうです。プリビズ制作も、ゲーム以外の案件を手がけるのも初めての経験でしたが、バーチャルカメラの使用をはじめ、やってみたら全てが上手くハマりました。
CGW:プリビズにバーチャルカメラを活用することで、どのような効果が得られましたか?
小原:1ショットの映像をつくるのに、普通は数日かかるくらいのものが、簡単に短時間で制作できるようになりました。また工数の短縮だけでなく、大がかりなセットや機材を使用することなく映像をつくり上げることができるのも大きなメリットです。
例えば先日も自動車のCMで、それまではクレーンで撮影していたようなシーンを、バーチャルカメラを使ったらどうなるのかという案件を手がけていました。
CGW:なるほど、様々な面でコストを削減できるのは大きなメリットですね。
小原:また、本編を海外で撮影した別のCMでは、サッカー選手が何人も出演するものだったんですが、彼らの時間を2時間しか確保できないという状況だったんです。そこで、先にプリビズで映像の内容を決めきってから実際の撮影に入るということになりました。
その案件では、私自身がモーションキャプチャの機材を使ってサッカー選手の動きを演じました。あの本田圭佑選手が実際の撮影のときに、動きをちょっと真似してくれたのは嬉しかったです(笑)。
CGW:収録本番に、時間などの制約があって失敗が許されないときのために、プリビズという設計図を用意しておくと、本番の撮影がスムーズに進行するというわけですね。
『シン・ゴジラ』の制作でもプリビズが真価を発揮
CGW:それでは続いて、映画『シン・ゴジラ』におけるプリビズ制作についてお伺いします。まずは『シン・ゴジラ』において、プリビズ制作を請け負うことになった経緯をお聞かせください。
柴田:庵野秀明監督率いるスタジオカラーさんは、もともと色々なところで、プリビズ制作ができそうな会社を探されていたらしいんです。なのでプリビズについて、ある程度の情報はもっていたみたいなんですが、なかなか上手くいきそうなところがなかったそうです。
そのながれの中で僕らにお話が来て、一度プリビズをつくってみようという話になったんです。そこで正式な依頼を受ける前に、作中の「タバ作戦」のシーンについて、数行だけの台本を基に小原の演出でプリビズ映像をつくって、さらに音楽も付けて、打ち合わせのときに「実はプリビズをつくってみたんですよ!」と先方のスタッフに見てもらったんです。
CGW:頼まれる前にいきなりプリビズをつくって見せたんですね。先方の反応はいかがでしたか?
柴田:みんな見終わったらシーンとして、庵野さんが「ちがうな.....」と(笑)。樋口さんが「見てちがうってわかっただけでもいいよね」とフォローをしてくれましたが(笑)。
小原:ただ、その段階では脚本が存在するだけで、映像としては誰も何も見てない段階だったんです。なので「少なくともこのイメージはちがうんだな」という共通認識が先方の制作陣の中で生まれたのであれば、やった意義はあったのかなと。まずは低コストで試作し改善を重ねる、これはプリビズの本来の価値なので。
柴田:「これがちがうなら、じゃあどんなものが欲しいの?」ということで、そこからコンテを複数描いてもらい、改善を重ねました。カラーさんと共に、バージョン1から4くらいまでつくりましたね。その段階で、最後に設定監修として呼んだ自衛隊の方に見てもらったところ「現実はちがいます。自衛隊はヘリコプターでビルとビルの間を縫うように飛行したりはしません」と言われて、またひっくり返ったりして(笑)。そこで一番変わって、ほぼつくり直しになりました。
CGW:それは現実と地続きの映像をつくりたいという監督の意向が反映されたということでしょうか。
柴田:映像として嘘をつくりたくないということだったんでしょうね。他にもゴジラが出現する場所や、破壊される場所が変わったりして、プリビズの内容は当初と大きく変わっていきました。
ただ、こういった試行錯誤を重ねられるのがプリビズの価値だと思います。監督の想像を“画”として一度具現化することで、次の質的な改善と、組織内で目指すべき指針の共有が行われる。プリビズを利用したことで「もっとリアリティを突き詰めたい」という監督の想いが実現できたのであれば本望です。
CGW:他に、監督からの要望などはありましたか?
小原:自衛隊の演習ビデオを参考資料としていただいたんですが、それは自衛隊の方々が遠くから長玉のレンズで撮影しているものでした。これが自衛隊の見るリアルな戦争の画だから、撮り方を参考にしてくれと言われました。
柴田:あとは、昔の怪獣映画では不可能だった画が欲しいという要望がありました。昔の怪獣映画はスタジオ内で、実写で撮影していたので、物理的にここまでしか撮れないという制限がありましたが、今回はそこが自由だからそういう画がほしいと。
「特撮で撮れなかった画を撮りたい」と言われ、われわれもそれは実現したいなと思いました。そこから、かなり遠い視点からゴジラや街並みが映る画を撮ってみたり、クルマからスマホでゴジラを撮ったらどうなるか、屋上から撮ったらどうなるかと、とにかく色んなアングルで撮影してみて、新しい画を模索していく時期がありました。
小原:あとはバーチャルカメラの魅力を伝えることができたのも嬉しかったですね。当時はまだ日本の映画業界にバーチャルカメラというものが知られていなかったんです。なので3Dアセットの中を自由に動き回れて、撮りたいアングルで撮りたいものを覗けるというバーチャルカメラの強みを日本の映画業界にプレゼンしていきたいという思いがありました。現場でも、途中からどんどんバーチャルカメラを使っていきましょうということになっていきました。
CGW:プリビズの段階でかなりの試行錯誤が行われ、演出が決められていったのですね。まさに“設計”ですね。
柴田:私たちがカットごとに詰めきったあと、メインでVFXを担当した白組さんに制作がバトンタッチされる際、庵野監督が「CGをお願いします、このままつくっていただければいいですから」と仰っていたと聞きました。設計図としてのプリビズを完璧にしてから本制作に入るというながれを日本映画でやったのは、『シン・ゴジラ』が初めてだと思います。
このような制作のながれをつくることができるのが、本来のプリビズの価値だと思います。プリビズなしにそのまま本制作をやってかかる費用・人月と、プリビズでかかる費用・人月はかなりちがいます。この経済的、工数的な利点が、最終的なクオリティにもちがいを生みだす構造になっています。
プリビズを行い試行回数を重ね、より練度の高い設計を構築できれば、スムーズな本制作の実現、そして作品のクオリティーを上げることにつながるのです。庵野監督からも「プリビズをやって良かった」と言っていただけました。
CGW:プリビズについての具体的な事例を伺うことで、プリビズが作品クオリティの向上や、制作の効率化に寄与していることがよくわかりました。今回もありがとうございました。
TEXT_オムライス駆
PHOTO _弘田 充/Mitsuru Hirota
EDIT_中川裕介(CGWORLD)/Yusuke Nakagawa