本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。
第4回はグラフィニカの技術開発スタッフへのインタビューをお届けする。前編では同社の技術開発体制の変遷と、各部門が開発しているツールについて語ってもらった。後編では、同社が取り組んでいる先進的な開発や、対外的な活動の必要性を紹介する。
グラフィニカ 技術開発スタッフの仕事
INTERVIEWEE
先進的な開発の必要性
小宮彬広氏(以下、小宮):前編でご紹介したツール開発は、現場をサポートするための活動です。それとは別に、より先進的な開発にも取り組んでいます。目の前の案件をこなすのとは別に、長期的な視点で新しいチャレンジをしたり、研究論文で提案されているような技術を実装してみたりといった活動を、技術顧問である小山さんのアドバイスの下でやっているんです。
先進的な開発を進めるにあたっては、具体的なやり方を現場のスタッフに理解してもらい、協力を得ることが大事です。そこでわれわれは小山さんと一緒になって、グラフィニカがどういう思想をもち、先進的な開発を推進するのかを、わかりやすく言語化して伝えています。
小山裕己氏(以下、小山):Pixar Animation Studios(以下、Pixar)の元CCOであるJohn Lasseter/ジョン・ラセターさんの「アートがテクノロジーにチャレンジし、テクノロジーがアートをインスパイアする」(The art challenges the technology, and the technology inspires the art.)という言葉は、映像作品を制作するだけでなく、並行して先進的な開発を推進する重要性を言い表していると考えています。
この言葉はPixarの社内文化を示すものですが、日本のアニメ業界にも同様の文化をつくることが非常に重要なんじゃないでしょうか。
日本のアニメの制作手法や文化は、伝統的にアナログ制作の中で培われてきましたが、現在はその多くがデジタル制作に移行し、3DCGも積極的に使われてきています。この変化によって、テクノロジーとアニメ制作が融合する準備がようやく整ってきていると考えています。
そのため、テクノロジーを基に新しい表現を開発し、新しい表現から新たな発想を生み出す好循環を、これからの日本のアニメ業界の中でならつくっていけるのではないかという期待があります。
アートとテクノロジーが“共進化”できる創造的な開発・制作体制を業界内につくり、新しいアニメ文化を切り拓いていくことが、われわれの狙いです。
アニメ業界における技術開発の課題
小山:アニメ業界はアーティストがつくってきた文化圏ということもあり、伝統的に情報系の技術者(いわゆるエンジニア)が少なく、アーティストと技術者が協力して何かをつくる文化があまりありません。この現状を改革し、中長期的な技術開発ができる体制をつくることが、一番の課題になるのではないでしょうか。
この課題を共有して業界全体て議論していくため、SIGGRAPH Asia 2021では、アーチの加藤 淳さん、OLM Digitalの四倉達夫さん、東映アニメーションの今村幸也さん、私の4人で、「アニメづくりのR&D:現状と今後」と題したセッションを実施しました。
開発成果を活かすための試み
小宮:会社として取り組む以上、開発成果を現場にフィードバックすることも大事です。そのため闇雲に技術開発に取り組むのではなく、どうやったら開発成果を今後の制作に活かせるかまで考えて、技術の選定を行なっています。「開発が完了したら終わり」ではなく、さらに発展させるために別のプロジェクトをつくる動きも社内で起こっていますね。
開発成果を現場のユーザーが使用できるように、使いやすいインターフェイスをつくったりする環境整備も行なっています。専門家の先生方が開発した技術をエンドユーザーが使えるように整備できることは、グラフィニカの技術開発体制の強みです。
小山:技術を開発する専門家と、ツールをつくる専門家は、それぞれ得意とする領域が異なります。例えば研究者は、技術を開発することはできても、現場に寄り添ったツールをつくることは困難です。現在のグラフィニカの技術開発チームの強みは、専門性のレベル差はあるものの、お互いの領域について交わる知識を有した開発人材が集まっていることだと思います。
小宮:活動を続けることで、徐々に成果も出てきています。CEDEC2023では「アニメR&Dの最前線:絵コンテ制作支援からルック開発、ゲームエンジン活用まで」と題して、いくつかの事例を発表しました。スタイル転写技術の事例では、小山さんが中心となって研究開発を主導し、私がルックデベロップメントのマネージャーを務め、酒井がBlenderのAdd-on開発を担当しています。
小山:CEDECの運営委員の方から「アニメ業界において技術開発に力を入れているグラフィニカに、その開発成果を発表してほしい」という主旨のご提案をいただき、招待講演をする機会を得ることができました。
社内勉強会の開催
小宮:社内向けの技術情報発信にも力を入れています。最新技術を社員に紹介することで技術情報に対する感度を高めてもらうことを目的として、Microsoft Teamsで1回につき45分ぐらい、小山さんや私が画面共有しながら喋る勉強会をしているんです。オンラインで行うことで、社内ラジオみたいな感覚で気軽に興味のある社員に参加してもらえることを目指しています。
勉強会は1〜2ヶ月に1回の頻度で開いており、プロデューサーやマネージャー、現場のスタッフなど、様々な人が参加しています。
小山:勉強会を始めた頃は、当時流行り始めていたStable DiffusionやNeRFを取り上げていました。関連論文や原理の解説、映像制作における活用事例の紹介もしていますね。すぐに仕事に使える技術ではないけれど、もしかしたら5年後にはこの業界に入ってくるかもしれないという位置づけのものを紹介しています。
小宮:ほかにも、Unreal Engine 4(以下、UE4)の案件が増えてきたときには、使えるスタッフを増やすためにUE4の勉強会をやるなどして、社内の技術力を上げるための活動を行なっています。
先進的な開発の今後
小宮:先進的な開発であっても、その時々に求められるものや売れているものを視野に入れ、自分たちならどういうものをつくれるかを考えることが大事です。アートとテクノロジーの共進化を起こすためにも、独りよがりになることなく、近い将来に必要となるであろう技術にアンテナを張りながら開発を行なっていくことが重要なのです。
田熊 健氏(以下、田熊):今後は、アートだけでは技術・コスト的に難しかったルックを実現するために、技術的な支援をしていく、といった動きができると良いなと思っています。そのための地盤が次第にできてきたと感じています。
スタイル転写技術はその一例ですね。ものすごい工数がかかっていそうに見える映像を、新しい技術を用いてつくれるようになってきているので、継続して研究していきたいです。
小山:既存技術を作品制作の中で活用するだけに留まらず、新しい技術にも挑戦して、作品制作にどう活用できるかを模索していくサイクルを実現できると理想的です。そのサイクルを回していく中でできることをどんどん広げていき、全体の創造性を高めていくことが目指すべき到達点だと考えています。
対外的な活動の必要性
小山:アニメ業界の技術開発を推進するにあたっては、情報系の学生にこの業界の仕事を知ってもらう機会がとても少ないという課題もあります。
SIGGRAPHや国内の学会に複数のアニメ会社が参加し、もっと積極的に社内の技術開発の仕事をPRしていけば、新しい情報系の人がどんどん業界に入ってくるきっかけになると思うのですが、今はそれが不十分だと感じています。
重要なのは、アニメにはすごく興味があるのにアニメ業界に就職するという発想がない情報系の学生や人材にリーチすることです。ほとんどのアニメ会社が自社のWebサイトに参加作品の情報を載せていますが、研究開発成果や研究開発職の採用情報を載せているケースは極少数なので、学生には入口がわかりにくいと思います。
私の出身学科である東京大学 理学部情報科学科は、ゲーム業界を目指す学生も多かったのですが、そのほとんどはゲーム業界に情報系の仕事があることをもともと知っていて、学生でも何となく仕事内容のイメージが湧いたからこそ、興味をもったのではないでしょうか。
その一方で、アニメ業界の情報系の仕事は学生に伝わっていないため、イメージが湧かない状態なのだと思います。「アニメ業界にも、こういう仕事があります」という情報をちゃんと伝えることが大事だと考えています。
田熊:私が採用した修士卒の札幌スタジオのスタッフは、直接声をかけて誘いました。アニメ会社の採用では大学院卒をターゲットにしていないことが多く、そもそも就職先の候補として認識されていないというのが現状です。大学院で学んでいる学生に対しても、アニメ業界の情報系の仕事を伝えていく必要があると感じています。
Visual Computingへの協賛
小山:グラフィニカは、CGとその関連分野に関する学術研究シンポジウムであるVisual Computingへの協賛活動も行なっています。こういった活動は目に見える効果がすぐに期待できるわけではないですが、ちょっとずつ名前が浸透して、会社に対する認知が広がっていくことは期待できます。
私自身がVisual Computingの運営にも参加しているので、私の所属先のひとつとしてグラフィニカの名前が出ると、「情報系の研究をやっている人が、グラフィニカという会社に出入りしているんだ」という情報が学生に伝わったりもしますね。こういった機会を通して、「アニメ業界は情報系の人材を求めている」という認知が、少しずつ広がっていくことも期待しています。
田熊:私は札幌スタジオの採用も担当しているので、草の根活動の効果はすごく実感しています。
今年動いたから来年の応募者数が増える、というような即時的な効果はまったく期待できないのですが、社名を知っている人が1人でも増えると、中長期的には知名度の向上につながっていくと思っています。とにかく会社の名前を出して、こういう会社があると知ってもらうことが一番重要だと思います。
求める人材像
田熊:私たち自身も、全社を挙げて技術開発に力を入れ始めて数年という若いチームなので、「自分たちで切り拓いていくのだ」という気持ちをもっている方と一緒に働きたいです。
自分たちで切り拓いていくということは、自分の専門外の仕事に取り組む時間が業務の大半を占めるということでもあります。それでもモチベーションを維持できる方は適性があると思います。
小宮:アニメ業界に興味があり、働いてみたいという動機が、仕事を続ける上では重要だと思います。当社のスタッフの中には「アニメが好きだから、アニメ業界のこういう課題を解決したいんですよね」といった意見をくれる人もいます。そういう発想の人と一緒に働きたいですね。
筆者まとめ
今回グラフィニカの方とお話をして印象的だったのは、2020年に平澤 直氏が代表取締役社長に就任してからのスピード感でした。
就任後、実質3年にも満たない期間で、全社を挙げてしっかり技術開発に取り組むという方針を決め、研究開発の中枢機関となる技術開発プロジェクトを発足し、さらにはアカデミアとの交流も行なって成果を上げているのは驚きです。
もちろん蓄積がなければ計画を立てても動けないので、これまで技術を蓄積してきた現場の方の不断の努力の賜物でもあると思います。3DCG部とVFX部で培ったアニメ制作技術の蓄積と、それらを横断してリアルタイム技術をサポートするRTR開発室の存在は、ポテンシャルを感じます。
今後、映像制作の現場と技術開発チーム、そしてアカデミアの間の交流がさらに活発になっていったときに、どのような作品がつくられていくのか、今から楽しみです。
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)