本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。
グラフィニカは、アニメーションに関連するほぼ全ての制作工程を社内でカバーしており、各工程の受託案件で高いクオリティを発揮している総合デジタルスタジオだ。さらに総合力を発揮して、企画立案・開発も含めた元請け制作も行なっている。第4回では、グラフィニカで技術開発を担うスタッフに、同社の技術開発体制の変遷や、各部門が開発しているツールについて語ってもらった。
技術開発スタッフの仕事
小宮彬広氏(以下、小宮):私はもともとアニメ、特撮、実写映画、CM、ゲームなど、CGを活用する様々なジャンルでCGデザイナーやプロデューサーをしていました。
自分で会社を起ち上げたのを機に2012年に京都へ移住し、その後2017年にグラフィニカの京都スタジオ設立に参画して、現在も京都スタジオの代表を務めています。昨今はゲームエンジンによる制作ワークフローの確立を主体としたRTR(Real-Time Rendering)開発室の室長と、その開発室が所属する技術開発プロジェクトの本部長も兼任しています。
田熊 健氏(以下、田熊):私はグラフィニカに入る前はアニメの撮影をしていて、少し3Dも触りながら、撮影と3Dをハイブリッドした画づくりをしていました。グラフィニカには2013年に札幌スタジオのマネージャーとして採用されました。
札幌スタジオができたばかりの頃は手が空いていたので、社内をいろいろと見回していたら、ツール開発をやっている人が見当たらなかったんです。そこで自らツールの整備を始めて、今にいたります。
小宮彬広氏
グラフィニカ京都スタジオ 代表/RTR開発室 室長/技術開発プロジェクト 本部長
田熊 健氏
グラフィニカ札幌スタジオ スタジオマネージャー/技術開発プロジェクト マネージャー
酒井邦博氏(以下、酒井):私はもともとゲーム会社でデザイナーとして勤務していました。業界でテクニカルアーティストという仕事が徐々に認識され始めた2010年前後から、テクニカル関連にも力を入れており、『HELLO WORLD』(2019年)をつくるタイミングでグラフィニカから声をかけていただき入社しました。
小山裕己氏:私は2021年からグラフィニカで技術顧問をしています。本職は国立研究開発法人である産業技術総合研究所の主任研究員で、CGと、ヒューマンコンピュータインタラクションという分野を研究しています。SIGGRAPHなどでの学会発表は、グラフィニカでも、本職の方でもやっているんです。
酒井邦博氏
グラフィニカ京都スタジオ/RTR開発室/テクニカルアーティスト
小山裕己氏
グラフィニカ 技術顧問。博士(情報理工学)
小宮:グラフィニカにおけるCGの仕事は、アニメが多いと思われがちですが、実はアニメとゲームの割合は同じくらいです。近年は、社内の技術開発を推進することで、ゲームの割合が増えてきています。
特にゲームのカットシーンの場合、以前は絵コンテを描く段階から発注していただき、アニメーションを付けたものをFBXデータで納品していました。しかし近年はUnreal Engine(以下、UE)を使ってフィニッシュまで行なってほしいという依頼が増えています。そのためには、UEによる制作環境の整備や、制作用ツールの開発をする必要があるので、RTR開発室を起ち上げました。
さらに、「UE上でカットシーンをつくるためには、どうすれば良いのか?」というゲーム会社さんからの相談を受けて、ワークフローやツールの整備まで行うケースも増えています。ゲーム業界での開発経験を活かし、酒井がRTR開発室のコア部分を担ってくれているので、こういった需要にも対応できているんです。
酒井:グラフィニカに入って、ゲームとアニメではDCCツールの扱い方やデータのやり取りの勘所といった文化が大きく異なることに気づきました。常にその間をつなぐためにはどうすれば良いのかを考えながら仕事をしているので、今でもゲーム開発の経験が活かされていると感じます。
現在の技術開発体制
小宮:グラフィニカの技術開発体制は大きく分けて、3DCG部R&Dチーム、VFX部技術開発Cafe、RTR開発室の3つに分かれています。
3DCG部R&DチームとVFX部技術開発Cafeは、会社の先導で組織されたわけではなく、現場の問題意識をもつ人たちが個別にツール開発を行う中で、現場発信のボトムアップで設置された開発チームです。3DCG部、京都スタジオ、福岡スタジオといった3DCG関連部署と、VFX部とでは、使用するツールが異なっており、環境を統一するよりも分けておく方がメリットが大きかったので、現在のような体制になりました。
3DCG関連部署とVFX部の両部門に対して、リアルタイムレンダリングやUEに関する包括的なサポートを提供しているのがRTR開発室です。
各部門の仕事内容
【3DCG部R&Dチーム】
酒井:3DCG部R&Dチームは、Mayaや3ds MaxなどのDCCツール内での作業を効率化するツールを開発しており、当社ではこれを「支援ツール」と呼んでいます。そのほかにも、案件ごとのワークフローとパイプラインのサポートや、ShotGrid(現、Flow Production Tracking)をカスタマイズした業務管理支援ツールの開発を行なっています。
田熊:現在3DCG部R&Dチームには開発者が4名、マネージャーが1名います。私もここに所属しています。
【VFX部技術開発Cafe】
小宮:VFX部技術開発Cafeは、アニメの撮影や編集工程のための開発チームです。Adobe製品向けの支援ツールや、After EffectsとPremiere Proのプラグイン、自社製のカット管理ツール、レンダリング支援ツールなどを開発しています。
田熊:VFX部技術開発Cafeは専属の開発者が1名おり、撮影監督などをやりながらツール開発をしているスタッフも何名かいます。
【RTR開発室】
小宮:RTR開発室では、UE向けの支援ツール開発に加え、UE案件のワークフローとパイプラインのサポート、UEの社内レクチャー、制作データのバージョン管理フローの整備などを行なっています。3DCG関連部署とVFX部の両部門をサポートするという立ち位置なので、活動予算は全社の年間予算の中に盛り込んでいます。
RTR開発室のスタッフ構成は、3DCG部R&Dチームと兼務している人を含めると、開発者が2名、外部協力者が3名、マネージャーが2名です。これに加え、UEのプロフェッショナルであるIndie-us Gamesさまとも業務提携しており、UEに関するアドバイスを受けています。
以上を合算したグラフィニカ全体の開発体制は、フルタイムのスタッフが6〜7名、ほかの仕事を兼任しつつサブで開発を行うスタッフが5〜6名ぐらいの規模になります。これらのスタッフは各地に分散しており、田熊は札幌、酒井は東京、私は京都に住んでいます。外部協力者の居住地も、大阪、東京、和歌山に点在していますね。
技術開発プロジェクト
小宮:最近は3DCG関連部署とVFX部の開発物を把握し、全社的に使用しやすい環境を用意していくために、「技術開発プロジェクト」という活動も始めています。ここでは、総務などの間接部門を含めた全社向けのサポートの展開や、社内の総務向け管理ソフトの相談、開発会社とのコーディネートも行なっています。
田熊:技術開発とは別に、社内のインフラ整備を担当しているシステム部もあり、現在は7名が所属しています。システム部も必要に応じて規模を拡大していっており、ソフトウェアやハードウェアの購買・管理から、インフラ導入整備、PCセットアップまで行なっています。
技術開発プロジェクトでは、さらに作品制作のためのワークフローやパイプラインに対応できるインフラを整備するために、システム部とのつながりを強化して、中長期的な機材の導入計画を一緒に考えています。
技術開発体制の変遷
田熊:グラフィニカは、2009年にキュー・テック(現クープ)がゴンゾのデジタル部門を事業譲受して営業開始されました。当時アニメにおけるCG活用の先駆者であったゴンゾのデジタル部門のスタッフがグラフィニカのメンバーとなったので、その強みが今のグラフィニカの在り方に大きな影響を与えています。
①技術開発体制を整備するきっかけとなった『楽園追放』
田熊:当社がアニメーション制作を担当した『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014年/以下、『楽園追放』)は、厳密にはフルCGではないのですが、かなりCG率の高いセル調のアニメーションだったので、当時のグラフィニカにとって大きな挑戦でした。
当初は社内ツールによる支援が一切ない状態で作品をつくろうとしていたので、手が空いていた私がプログラムを勉強して、社内ツールの整備を始めたんです。これが技術開発体制を整備するきっかけになりました。
『楽園追放』の制作を通して、社内ツールを使うメリットを現場スタッフにも感じてもらえたので、全社を挙げて技術開発にも注力しようという動きが生まれました。それに伴って技術開発スタッフも徐々に増えていき、中長期的な技術開発や、部門を跨いだ技術支援の機運が高まっていきましたね。
②『HELLO WORLD』の制作に伴い技術開発体制を強化
小宮:次のターニングポイントは、2019年に公開された『HELLO WORLD』でした。本作はフルCG映画だったので、制作するためには自社の技術開発体制を強化する必要があったんです。
同時期に酒井が入社して、リグ制作や、ShotGridの整備、社内ツールの整理に着手してくれました。本作ではUnityを使用していたのも大きなチャレンジでした。
③RTR開発室の発足と、技術開発プロジェクトの起ち上げ
田熊:2020年10月には、ゲームエンジンによるリアルタイムレンダリングを活用した新しいワークフローや、その関連技術を研究開発するために、RTR開発室が発足しました。現在もここが中心となって、UE関連の技術の蓄積を進めています。
2022年には、間接部門やインフラも含めた全社の技術支援を視野に入れ、中長期的な研究開発計画の下で行動することを目的に、技術開発プロジェクトが起ち上げられました。
社内スタッフの技術力を一層強化するために、技術顧問として外部から小山さんに加わってもらうことになりました。そのおかげで、新しい技術を勉強しながら技術力を高めていくスタイルが確立しています。
また、RTR開発室の発足以降、社外に向けた情報発信も積極的に行うようになりました。小山さんが技術顧問として加わったことで、より効果的な発信ができるようになったことは、大きな出来事でした。
④全社を挙げて、技術開発を推進
小宮:当社代表の平澤(直氏)自身が、グラフィニカの技術力向上を重要課題として掲げているので、全社の年間予算の中に、技術開発予算も盛り込んでいます。前述したRTR開発室の活動予算や、技術開発プロジェクトの活動予算、技術開発スタッフの人件費などは、その中から捻出しています。
全社を挙げて技術開発を推進するためには、開発のための環境とその体制を整える必要があります。そのため技術開発プロジェクトでは、全社のスタッフの意見を聞きやすくするしくみや、各部門でつくった全てのツールを社内に共有するしくみを整えたりもしています。加えて開発を継続したいツールに関しては、その開発を保守・サポートする体制も構築しているところです。
各部門が開発しているツール
小宮:各部門が開発しているツールをいくつかご紹介します。
田熊:先程ご説明したように、3DCG部R&Dチームでは、DCCツール内での作業を効率化する支援ツールを開発しています。
それに加え、DCCツール間の連携を支援するツールも開発しています。例えば、3ds MaxとMotionBuilder間でデータをやり取りしながら制作する作品があれば、それに対応できるリグ構造を整備したり、データのコンバートツールや、コンバート時に問題のあるデータを修正するツールを開発したりします。
小宮:3DCG関連部署は、ShotGridをメインに使用してカットの工数管理やテイク管理を行なっています。特に3DCG部では、ShotGridをカスタマイズしてカット制作やプロジェクト会議、日常会議の工数管理を行なっており、各スタッフが1日において何にどの程度の時間を使っているのかまで把握できるんです。そのため当社には、ShotGridをメインに担当する開発者が1名います。
3DCG部R&Dチームの開発ツール
田熊:VFX部技術開発Cafeも似通った状況です。各種支援ツールの開発はもちろん、カットのチェックやテイクの管理ができるShotGridのような自社製ツールを独自開発しています。
酒井:RTR開発室では、UE向けの支援ツールを開発しています。また、UEの社内レクチャーの一環で、手作業で行なった場合と、自動化ツールを使用した場合の比較動画などもつくっています。
MayaとUE、コンポジット(撮影)間でのデータのやり取りに自動化ツールを導入した際には、手作業だと約35分かかっていた作業が、約7分で完了しました。こういう情報発信を通して、ツールを使用するメリットを実感してもらう活動も行なっています。
小宮:ゲームのカットシーンの仕事で、「アニメ並みにリッチな画にしたい」という相談を受けた際には、手動だと作業量が多すぎて対応できないところを、自動化ツールを使って効率化しています。
また、効率化のためのツールだけではなく、画づくりのためのツールも開発しています。例えば、アニメの撮影工程でよく行われるパラがけの処理(グラデーション素材を乗算やスクリーンで重ね、光源からの距離などを表現する処理)をUE上で行うツールを開発しています。
アニメの場合は、素材を出した後、後工程の撮影で処理を入れれば大丈夫なのですが、リアルタイムレンダリングの場合はできないので、同様の処理をUE上で行えるツールを開発しました。クライアントからは「ゲームのカットシーンの表現に、厚みをもたせることができた」と言っていただき、非常に高い評価を受けています。
酒井:Maya上のアセットのレイアウト情報をコピーして、UE上の同じアセットにペーストできるツールもつくったのですが、最近UEの標準機能として搭載されてしまったみたいです。
小宮:そのツールをわれわれがセミナーで発表したから、ということにしておきましょう(笑)
ほかには、ゲームや映像制作でゲームエンジンを使用する場合に欠かせない、PerforceやApache Subversion、Gitなどのバージョン管理ソフトの運用コーディネートもしています。
RTR開発室の開発ツール
RTR開発室の現状と、Blenderへの今後の対応
小宮:RTR開発室は、外部の会社から直接仕事を請けていません。例えば、3DCG関連部門がUEを使ったプロジェクトを受注した場合には、そのプロジェクトの窓口担当者からRTR開発室に相談がくるというしくみになっています。RTR開発室がつくったものは、窓口担当者を経由して現場に広めていきます。あくまでもRTR開発室は、現場のサポートを行う部門という位置づけなのです。
UEを使わないプロジェクトでも、扱うデータが膨大でプリレンダーだとコストがかかりすぎる場合には、窓口担当者から相談を受けることがあります。また「クライアントからこんな要望をいただいたのだけど、意見を聞かせてほしい」といったザックリした相談を、プロジェクトのプロデューサーから受けることもありますね。このような場合は、RTR開発室のスタッフが現場の打ち合わせなどに出て、アドバイスをしたりします。
最近はUEのワークフローが整ってきたので、新規開発よりも継続開発や保守の比重が増えています。UE関連の開発は落ち着いてきたので、Blenderへの対応を考え始めているところです。現時点ではUE関連に注力するというRTR開発室の方針に変更はありませんが、もうひとつの柱として、社内のワークフローやパイプラインの中で、Blenderも使用できるようにする準備を進めています
酒井:実は3DCG部では、開発の一環としてBlenderのテストをバージョン2.8(2019年リリース)の頃から始めていました。『HELLO WORLD』の制作にUnityを活用した直後に、同じようなことをBlenderでできないかと試みましたが、当時の機能では難しい部分があって一度ペンディングになったんです。
その後も、小山さんがリードした社内研究開発プロジェクトの成果をBlender上で実装するなどして、地道に開発を進めてきました。実制作への本格的なBlender導入の必要性を感じているので、開発タスクを洗い出しながら、今後の計画を立てているところです。
小宮:Blenderは全てオープンソースなので、自分たちでできることの幅が広がる点にメリットを感じています。クローズドソースのDCCツールはアクセスできない部分が多いので、シェーダ開発などの際に不自由を感じることがあります。今後、自分たちで先進的なルックを開発していくためには、Blenderのような自由度の高いツールの活用が有効ではないかと考えています。
先進的な開発への取り組み
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)