宇宙人襲来により強いられたデスゲームを描いた本MV。原作漫画のエッセンスを散りばめ、細部にまでこだわった世界観の構築とVFX制作の裏側に迫る。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 311(2024年7月号)からの転載となります。

    原作の世界観にJ-POPらしさを追加

    3月25日よりプレミア公開されたano feat. 幾田りら『絶絶絶絶対聖域』MV。本楽曲は映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下、『デデデデ』)前章の主題歌であり、主演声優を務めた2人のアーティストがタッグを組んだことでも話題となっている。そして、MVでも原作のようなデスゲームを2人が演じ、実写、CG、アニメーションが交差するアクション性の高い映像作品として仕上げられている。

    映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
    前章・後章公開中
    dededede.jp
    ©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee

    そんな本MVの監督を務めたのはUNDEFINEDのMIZUNO CABBAGE氏。「クリエイティブディレクターの工藤ナオヤさんが書かれた企画を基に、映像として起こしていくところから企画が始まりました。前章主題歌のMVと後章主題歌のMVで2つのストーリーがリンクするような構成となっていまして、僕は前章MVをディレクションさせていただきました」(MIZUNO氏)。

    ▲左から、ディレクター・MIZUNO CABBAGE氏、アートディレクター・NAKAKEN氏、コンポジター・Marirui氏、CGアーティスト・iwaburi氏、CGプロデューサー・LIL SOUSHI氏(以上、UNDEFINED)、VFXスーパーバイザー・三宅智之氏(38912 DIGITAL

    ストーリー設定として、宇宙人が襲来し、人類がデスゲームを強いられるという原作漫画と通じるものであったが、そこにMVとしてのオリジナリティを加えつつ、原作の世界観を感じられるような映像を目指していったという。

    本作のVFXスーパーバイザーを務めた三宅智之氏(38912 DIGITAL)が原作の大ファンということもあり、企画段階ではMIZUNO氏と三宅氏の2人で相談をしながら内容を詰めていったとのことだ。「もともとの企画書で書かれてたのが原作から切り離された世界観でSF味が強かったんですが、『デデデデ』の良さは日常ノスタルジー感なので、そのバランスを意識しました。さらに、J-POPのMVらしいポップさも考慮すべき事項だったので、その3つの要素をかけ合わせてデザインしていきました」(三宅氏)。

    <1>細部にまでこだわって構築された世界観

    密度ある世界を描くためのプリプロダクションと撮影

    「三宅さんの原作への熱意に助けられた部分もあり、企画から絵コンテを描くまで驚くほど早く進みました。通常は、絵コンテを仕上げる前にサンプルなどを交えてコンセプトとなる企画書をクライアントに提示するのですが、その段階で同時に絵コンテも上がっていました。そこからその勢いのまま、撮影や実制作へと進んでいきました」(MIZUNO氏)。

    ロケ地も以前から使ってみたいと目星をつけていた街があったとのことで、ロケハンを経てスムーズに決定されたという。「原作者の浅野いにおさんはCGを用いた背景作画を行なっていて、密度の高い画が特徴のひとつに挙げられると思います。電線だったり看板だったり細かい部分まで描かれ、ノスタルジーの感じられる世界観が構築されています。その世界観を感じられるロケ地に早くからアタリをつけられたのは、実写VFXパートの制作においては幸運でした」(MIZUNO氏)。

    一方でJ-POPらしいポップさを作品に詰め込む必要もあった。アニメパートの挿入はその点で大きな役割を担っているが、実写VFXパートにおいては銃を代表とした美術のデザインにアーティストのポップさを損なわない工夫が施されてる。「銃はCGでデザインして3Dプリンタで出力し、塗装して仕上げています。硬いエッジではなく丸みのあるデザインにすることで、ゲームっぽさを演出しました」(三宅氏)。作中に登場する宇宙人のキャラクターなども、リアル系ではなくゲームキャラクターを想起させるようなデザインになっている。

    こうした準備を経て、撮影時には後のCG・VFX作業のためにフォトグラメトリーやHDRI撮影を行いながら進められた。

    「今回フォトグラメトリーとHDRI撮影を同じカメラでやろうと試してみました。カメラは富士フイルムのX-H2を使用しています。3Dスキャン時には8ミリの広角レンズを使いました。フルサイズのデータクオリティにはもちろん及ばないのですが、現場での取り回しがよく十分なデータが取れた上、広角であったので後の細かいつなぎの作業がほぼ発生せずスムーズな運用ができました。HDRI撮影時にはMeikeの6.5ミリレンズで3方向からブラケット撮影して、約18段分の全天球画像を約20秒で撮影しました」(三宅氏)。

    絵コンテ

    三宅氏が描いた絵コンテの一部。絵コンテはVコン化され、制作の指標とされた。「以前より撮りたいと思っていたロケ地が頭にあって、そのイメージをもってコンテを描けたのが大きかったですね。CGとの馴染みも良い場所でしたので、最初から上がりの画がイメージできました」(MIZUNO氏)。

    ロケハン

    ロケハンの様子。MIZUNO氏の構想どおり、『デデデデ』で見られるような下町感、電柱や看板等の密度のある風景など、まさに原作の世界観を切り出したようなロケーションとなっている。ロケハン自体は、絵コンテに沿って具体的な撮影計画を立てながら進められた。

    キャラクターデザイン画

    「anoさんと幾田さんの共闘シーンは初期の段階からアニメで描くことを決めていました。デザインを見ていただいてわかるようにポップなアニメですが、J-POPらしいポップさを作品に取り込むことが大きなねらいでした」(MIZUNO氏)。なお、実写の衣装に関してもアニメ同様のデザインが準備された。画像はanoさんと幾田さんそれぞれのキャラクターデザイン画。

    銃のデザイン

    作中登場する銃は、市販のモデルガンに手作りのオリジナルパーツを加えて制作されている。まず3Dデータとして全体のデザインを行い、パーツを3Dプリンタで出力、組み上げた後に塗装が施された。銃のデザインはゲーム感のあるものとなっているが、これもJ-POPらしいポップさの演出にひと役買っている。

    プロップ

    本MVに登場するエナジードリンクやゲームのコントローラも手作りによるもの。コントローラの汚れや経年劣化など、実際のプロップとしてのリアルな出来映えに驚く。「テクスチャを描く際に意識してるようなディテール感を付与しました。3DCGとアナログ作業には通じるものがありますね」(三宅氏)。

    宇宙人ボスメカの3DCG制作

    ポップなイラスト感のあるデザインが施された宇宙人のボスメカ。モデルはBlenderにて作成された。「おおまかな形状をプリミティブからつくり、ハードサーフェス系のキットバッシュパーツをガンガン付け加えていきました。作業時間の関係でトポロジーを無視してブリーアンでつくらざるを得ない部分もありましたが、カメラが寄った際のディテール感を重視してモデル化しました」(NAKAKEN氏)。

    • ▲Blenderによるモデリング
    • ▲ブーリアンを使ってメカらしい凹凸を追加
    ▲クロスブラシにて作成された衣装
    ▲完成モデル

    フォトグラメトリーデータとHDRI

    X-H2にてレンズを付け替えながら、フォトグラメトリーデータとHDRIが撮影された。

    ▲街の3Dモデル。8ミリの広角レンズで撮影したことにより、つなぎの作業が簡略化できたという
    ▲HDRI。Meikeの6.5ミリレンズにて3方向から撮影。X-H2はシャッタースピード1/180000秒まで撮れるため、明るさのレンジを広くもてる利点があったそうだ

    <2>印象的なシーン制作の裏側

    得意分野を活かした分業によるVFX制作

    「VFX制作をふり返ってみると、見えるVFXと見えないVFXが混在していて、ハイコストな作業だったなと感じます。宇宙人襲来からのデスゲームを描く上で全編を通して派手なエフェクトなどは見てわかる通りですが、一見実写のみで構成されているように見えるカットでも、一般的なバレ消しなどは当然のこと、画の密度を増やすためにCG要素を多数追加しています」(MIZUNO氏)。

    このように非常に多くのVFX要素があったにも関わらず、本作では大がかりなパイプラインは組まれていない。制作スタッフそれぞれが得意とするツールを活用し、最適なつくり方でカットを仕上げるという分業体制が採られているのが特徴だ。

    「制作期間が限られていたこともあり、小規模なチームで臨機応変に対応するには、あえて固定的なパイプラインを組まずに作業を進めた方が効率的なケースもあるんです。もちろん、仕上げや制作仕様の基となる素材出しや、フォトグラメトリーやHDRIなどの撮影時に取得したデータの共有はしていますが、VFX制作そのものはそれぞれがベストな手法で臨んでいます」(三宅氏)。

    カット制作においては、一部では効率化を図るためにAIツールの活用なども行われたとのことだ。 大通りでanoが銃を撃ちながら煙の中を走り抜けるカットでは、Wonder StudioのAIによるモーショントラッキングが活用され、そのトラッキングデータをアタリとしてEmberGenによる煙のボリュームエフェクトをシミュレーションさせている。

    そのほか、ヒットエフェクトやノズルフラッシュの照り返しの作成においては、自動でデプスマップを生成するAfter Effects(以下、AE)プラグインQuick Depth 2が活用されている。また、アニメパートにおける背景制作ではiPad専用のイラスト制作アプリProcreateで制作されるなどの工夫もあり、それぞれが得意分野を活かし効率的に制作に臨んでいたことが窺い知れる。

    煙の中を走り抜けるカット

    煙の中を走り抜けるカットでは、Wonder Studioにて実写素材からモーショントラッキングデータを生成し、コリジョンデータとしてEmberGenにて煙をシミュレート。撮影プレートに各種CG素材を合成し、シーンが仕上げられた。

    ▲Wonder Studioにて生成されたモーショントラッキングデータ
    ▲EmberGenによる煙の作成
    • ▲撮影プレート
    • ▲各種CG要素の追加
    • ▲各種CG要素の追加
    • ▲デプス
    ▲ファイナル

    屋上からスナイパーライフルで狙われるカット

    屋上からスナイパーライフルで狙われるカットのシーン構築では、3Dスキャンデータを用いて背景の乗せ替えが行われた。フォトグラメトリーデータは、下から撮った写真とドローンで撮った写真から構築されているが、欠損部分に関してはコンポジットで調整が加えられている。

    • ▲撮影プレート
    • ▲人物のみ抜き出し
    • ▲ベースとなったフォトグラメトリーデータ
    • ▲CGおよびコンポジットで修正された背景
    • ▲ライフル弾を追加し……
    • ▲ブラーで調整

    CGによる背景処理

    一見実写のみに見えるようなカットでも、世界観を崩さないようCGによる背景処理が施された。

    ▲撮影プレート
    • ▲CGのシートを被せて……
    • ▲微調整

    マズルフラッシュ

    マズルフラッシュはAEプラグインBangにて作成。「カスタマイズ性に優れていて非常に使いやすかったです。マズルのサイズなどの細かい調整ができるのも利点ですが、銃の3Dモデルを配置して方向性を保って作成できるのが特に便利でした」(Marirui氏)。なお、服への照り返しは、Quick Depth 2でデプスを作成してシワなどのディテールを浮き出させて露出などを調整し作成された。

    • ▲Bangによるマズルフラッシュの作成
    • ▲Quick Depth2で生成したデプス
    ▲フィルタで露出を調整して照り返しを作成

    ヒットエフェクト

    敵へのヒットエフェクトのためのマスク作成の様子。本作では制作期間の問題から手作業をなるべく減らす必要があったため、AEのロトブラシで処理したとのこと。「少ない手数で精度を出すことができたので効果的でした」(Marirui氏)。

    瓦礫が飛ぶカット

    • ▲室内で瓦礫が飛ぶカット。「複数のコリジョンオブジェクトを配置して破壊シミュレーションさせましたが、構図としての収まりを意識し、破片のサイズや数、高さなどのバラけ具合を細かく調整しました」(iwaburi氏)
    • ▲本カットでは上下に黒帯が入るため、カメラ前にプレートを配置してバランスを調整していったとのこと
    ▲また、撮影プレートでは右手の布が揺れていなかったため、瓦礫の飛ぶ様に合わせて揺れている別素材が合成された

    アニメパートの背景

    アニメパートの背景はProcreateを用いてiPad上で描かれた。「マット画、カメラマップ用に描いたものなどカットごとに準備していますが、Procreateは3Dモデルを読み込んで3Dの絵を描けるので、便利でした」(三宅氏)。

    CGWORLD 2024年7月号 vol.311

    特集:とことん深掘り! アニメの3Dレイアウト
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年6月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_渡邊英樹 / Hideki Watanabe
    EDIT_藤井紀明(CGWORLD)/ Noriaki Fujii、山田桃子 / Momoko Yamada