カオティックな世界が展開され大きな話題を呼んだKing Gnu「SPECIALZ」MV。King GnuのMVの中でもひと際異彩を放つ本作MVは、いかにつくり上げれらたのか。
独創的なカットが連続するカオティックな映像作品
TVアニメ『呪術廻戦』第2期「渋谷事変」のオープニングテーマとして書き下ろされたKing Gnu「SPECIALZ」。2023年9月21日に公開されたMVも、アニメ本編よろしくカオティックな世界観が展開される映像になっている。本MVのディレクターを担当したのは、PERIMETRON所属のOSRIN氏。これまでも「白日」のMVを手がけるなど、King Gnu作品には欠かせない注目の映像作家だ。
OSRIN氏はじめ制作陣が『呪術廻戦』の大ファンということもあって、原作の混沌とした世界観をKing Gnuらしく表現した作品となっている。映像には『呪術廻戦』のシーンを想起させるカットも多数登場し、それぞれが異彩を放つ表現の連続だ。「こちらの映像、少々カッ飛んでますが、信じてください。最強の自己暗示に仕上がってるはず。己へのまじないかけてみてね。私たちはスペシャル」とは作品配信に際してのOSRIN氏のコメントだが、その言葉通りカオティックな映像世界に引き込まれてしまう。
実写、CG、モーショングラフィックス等が入り乱れ、一見統一性に欠けるかと思いきや、それぞれの際どい表現が混沌としてありつつ調和している。
制作には、XOR、エヌ・デザイン、THIS MAN、NEWPOT PICTURES、UNDEFINEDなど複数の制作会社が参加し、CGパートは実働1ヶ月にも満たない期間でつくり上げられたという。「これまで何度も同じチームで組んできたので、得意とする分野にカットを振り分けて制作に臨みました」(エヌ・デザイン VFXプロデューサー・川瀬基之氏)。
さらにオンライン編集に関しても1週間程度で作業されている。「カオティックというコンセプトだったので、実写もCGも含めそれぞれのカットが強烈な個性を放っています。それこそが混沌の要素となっていますが、作品としての共通性をもたせる必要があったので、仕上げとしての調整には苦心しました」(XOR VFXスーパーバイザー・堀江友則氏)。
この尖った映像表現は、いかにしてつくり上げられたのか。各社の制作の裏側を紹介していこう。
<1>実写とCGが入り乱れたカオティックな世界
各社の個性で描かれた混沌のCG
OSRIN氏により提示されたコンセプトボード、絵コンテを基に各社にカットが振り分けられ、CGパートの制作は進められた。「混沌がテーマとなっている作品でしたので、各社の個性が存分に発揮できるようにアサインしていきました」(川瀬氏)。絵コンテをまとめたVコンテも準備されたが、それぞれのカットの詳細は各社の手に委ねられた。具体的には、絵コンテやVコンテから各カットのコンセプトを読みとり、資料を集めてビジュアルのイメージを固めていったという。
出来上がったCGカットは実に多種多様だ。オープニングのタイトルカットに登場する人体模型や随所にカットインされるキモい顔、そしてKing Gnuのベーシスト・新井和輝氏のロボットやドラムス・勢喜遊氏のロケット関連カットなど、枚挙に暇がない。それぞれの制作スタジオの個性が発揮されたカオスなカットが立ち並ぶ。
CG制作に先立って進められた実写撮影の撮れ高が非常に高く、画的に強いカットであったとのことで、各CGパートはそれぞれの意義を強く考えて制作に臨むハードルの高さがあった。例えばその代表的なカットがタイトルカットであり、幾度となく修正、検討が行われたそうだ。
そうして進められた制作では様々な要素が絡みつつ混沌さが演出されているが、全てが鬱々としたテイストではなく、和輝ロボットや勢喜遊ロケット、タコなどユーモアのあるポップなテイストも含まれ、随所にインサートされているキモい顔なども際どいビジュアルの反面サイケデリックな味付けがされている。この異なるテイストのミックスこそが突き詰めた混沌としての表現につながり、各社が役割をこなした証であると言えるだろう。
なお、CGカットの制作に関してもKing Gnuメンバーの協力があり、和輝ロボットや勢喜遊ロケットは本人のスキャンデータをベースにつくられている(担当:エヌ・デザイン)。整理された3Dモデルは各社に展開され、各々の担当カットで用いられながら制作が進められた。ここからは本作の代表的なCGカットの制作の裏側を紹介していく。
企画書と絵コンテの一部
本MVの企画書と絵コンテの一部。企画段階から混沌としたカットのイメージが提示されていたが、詳細は各プロダクションに委ねられ、カオスなCGカットがつくり上げられた。
フルCGによるタイトルカット
THIS MANが担当した、フルCGによるタイトルカット。
不気味な顔
同じくTHIS MANが担当した、随所に登場するキモい顔。King Gnu作品の過去案件のジャケット用にボツとなっていたアイデアがここで採用された。
勢喜遊ロケット
おどろおどろしいカット
エヌ・デザイン担当のおどろおどろしいカット。中心の人体模型から神経が伸びて街の建物に絡みついているイメージで作成された。
勢喜遊ロケットのカット
NEWPOT PICTURES担当の勢喜遊ロケットカット。
和輝ロボットがタコと戦うカット
和輝ロボットがタコと戦うカットはUNDEFINEDが担当。Houdiniをメインに作成されている。飛び散る液体はスライムっぽくするために、切られた断面からFlipSourceをつくり、FlipSolverでシミュレーションが施された。
<2>コンポジットでつくり上げられた奇妙な現実
不可思議な現象を全編にわたって演出
本作は実写パートのVFXが非常に多く、作業量もこれまでにない物量であった。「ボディーブローのように手がかかったのは、目のグルグル処理でした。映像では見えづらいですが、小さく登場する人も含め、妥協なく全ての登場人物の目に螺旋のようなグルグル処理を施しています」(堀江氏)。
とは言え編集時間も限られているため、手数を最小限に留めつつ効果的な処理を行うためにシチュエーションごとにバッチ処理を作成し、カットの量産が図られた。「2D処理では自由に動く顔の動きに対応するのが不可能だったので、Flame内で目を3Dで構築し、ワンストップでマスクとコンプも一気に処理することで、各カットの処理を15~30分程度でこなしていけるプログラムを構築しました」(堀江氏)。
そのほか、大がかりな実写撮影もあり、難度の高いワイヤー消しなどの作業も数多くあったという。「ワイヤーで吊った状態の撮影では、後工程を考えた提案も検討しましたが、ポストの都合でワイヤーの位置を制限してしまうとお芝居のクオリティが下がる可能性があります。それでは本末転倒なので、お芝居の都合である程度自由に撮影してもらいました」(堀江氏)。
ワイヤーの消し込み処理は非常に困難なものとなったが、その甲斐あってミニチュア部屋で宙に浮く自分自身の姿を覗く新井和輝氏のカットでは違和感のない芝居が展開されている。なお、本カットではNeRFを活用する試みも行われたということだ。
各シーンの調和においては、トーンをどこまで合わせていくかで苦心したという。「合わせすぎて混沌さを消してしまっては元も子もないため、OSRIN監督と一緒に色味、コントラスト、画の質感等の塩梅を探っていきました。それらの調整時間をしっかり取るためには余計に合成や消し、仕込みの時間を極限まで早く終わらせる必要があり、冒頭のカラーマネジメントをはじめとしたパイプライン構築と各カットの作業の方法論を序盤につくり上げることで、短期間でもしっかりクオリティを担保できた結果となり、私自身非常に意義のあるお仕事で、協力してくださった多くの方々に感謝しております」(堀江氏)。
目のグルグル
目のグルグルについては、フリームーブする素材約80ショット強の物量を、クオリティを担保しつつ短期間でどう処理していくかが鍵になった。
CG的アプローチを加えたコンポジット
実写素材とCG素材を用いて、CG的アプローチを加えてコンポジットを進めたショット。
ワイヤーの処理
本カットは新井氏が宙に浮く設定だったため、セットを作成してワイヤーで吊る手法が採られた。新井氏が窓から覗く様子の素材も撮ったがショットによってはパースが合わず、擬似的に3D化してパースの影響を考慮したコンプが施された。
引きのカットの合成ノウハウ
引きのカットでも上記の寄りのカットと同様に処理を施していくが、抜けの面積が多いのとテーブルへの接地部分が画角に入るため、合成のノウハウは変わっている。ショットによっては、手の位置を変更したりライティングの調子を整えたりして、辻褄を合わせるよう処理された。
CGWORLD 2024年1月号 vol.305
特集:海洋堂 デジタル造形移行への挑戦
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年12月8日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_渡邊英樹
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada