こんにちは、パーチ の長尾です。前回(第8回) は、3DCG 空間内の色環境を統一する方法を解説しました。これを実施することで、各シーンごとの色環境のバラツキをなくしたり、マテリアルの共有化が可能になります。これまでの連載で、ハード・ソフトの環境と、3DCG 空間の環境は整いましたね。そして今回は、現実世界で物を観察する環境を統一する方法を解説します。
私たちが製品カタログ等に利用される商品写真を 3DCG で制作する時は、お客様から製品の色と素材感が判るサンプルをお預かりして、それを観察しながらシェーダで色を調整します。他にも建築パースを作る場合や、製品開発のシミュレーション、CM のリップスティック、人間の肌など現物を観察して、厳密な色を 3DCG 化する仕事は多いですよね。でも、普段私たちが使っている照明は 「色を変えてしまう」 という特性があるので注意が必要です。また、照度と色温度が違う照明で観察すると、色付きのサングラスをかけて観察するのと変わらないですよね。これは前回の 「3DCG 空間の環境統一」 と同じことですので、前回を思い出しながら読んでもらうとパッと理解できますよ。
では、いつも通り 「一番大事なポイントを絞り込んで、難しいことをわかりやすく」 してありますので、最後までおつきあいください。
現実世界の照明は嘘をつく
青白い光(色温度が高い)の下と、暖かいオレンジ色の光(色温度が低い)の下で物を見た時に色が変わるのは判りやすい現象ですが、同じ白い光の下で見ても色が変わる現象があります。これは メタメリズム(条件等色)と呼ばれる現象で、厳密な色を再現する場合には非常に困った現象です。この現象は、普段私たちが職場で使っている照明のほとんどに見られるので、その理由と対応策を知っておく必要があります。職場の照明は「白い光」が多いですよね。それから、お洒落で落ち着く「暖かいオレンジの光(色温度の低い)」の照明もあるかもしれません。
「凸凹した波長も人間には白く見えてしまう」
平均して白く見えるようにいくつかのピークを組み合わせて、一般的な蛍光灯の光は作られている
この「白い光に見えている」照明ですが、光の波長で見ると実はかなり 「凸凹」 しているのが判ります。これだけ凸凹していても私たちの眼と脳は平均化して「白い光」として認識してしまいます。
「吸収されなかった波長が見える色になる」
全ての波長を均等に持った白い光が物質に当たると、いくつかの波長が吸収され、残りが反射される。例えば、紫以外の波長を吸収されると、物質は紫色に見える
リンゴが赤く見えるのは、白い光が当たって、赤以外の波長を吸収するためです。では、赤い波長を含まない光が当たるとどうなるでしょうか? 赤がなく、それ以外の波長が吸収されるので、黒く見えてしまいます。
「欠けている波長を反射する物質は正しい色に見えない」
特定の波長にピークを持ち、それ以外の波長が弱い、一般的な蛍光灯は、弱い波長を反射する特徴を持つ物質の色を正しく見ることができない。実際には複数の波長を吸収・反射するため黒に見えることは少ないが、物質の本来の色を変えてしまう現象が起こる
これと同じことが、ピーク(凸)を持った光で起こってしまいます。強いピーク(凸)の波長の色を強くし、弱い(凹)の波長の色を弱くするという現象が起きます。そのため、照明によって色が変わって見え、観察しながら作ったマテリアルカラーが実物と違ったものになるということが起きています。少しゾッとした方もいるんじゃないでしょうか?
ほとんどの蛍光灯でこの現象 メタメリズム が起きています。違う種類(メーカーやブランド)の蛍光灯の下で見比べてみるとその違いが判ります。判りやすい実験方法は、暗い部屋にスタンドを用意して、数種類の蛍光灯を付け替えてみると、他の照明や壁面や机の反射光が少ないので蛍光灯の影響がより見やすくなります。見るものもたくさんの色が入った印刷物や、様々な色の素材を用意して比較すると良いと思います。物によっては随分変化してドキっとするかもしれませんね。
色評価用蛍光灯
照明には現物の色を正しく表現できているかを示す値があり、これを 「演色性」 と言います。単位は「Ra」で表され、100 が最も高い数値で自然光を表し、正確に色を再現していることを示します。
一般的な蛍光灯は、60~90 の間と低いために現実と違う色になってしまいます。そこで、私たちのように職業上、色に厳しい仕事をしている人たちが利用するのが、色評価用蛍光管 です。この蛍光管の演色性は、Ra98~99 と高く、波長が自然光に近似しているので、正しい色を観察することができます。一般的な蛍光灯と比べて凸凹がなく、どの波長でもきちんとエネルギーがあるので、現物の色を強くしたり弱くしたりすることがありません。
「色評価用蛍光灯の分光特性」
一般的な蛍光灯に比べ凸凹がなく、全ての波長がきちんと含まれているので、物質の吸収・反射が正しく行われ、色を正しく観察することができる
色を厳密に管理する仕事にもレベルがあって、それによって色評価用蛍光管の使い方も変わってきます。もっとも厳しい例として、製造工程や印刷などの成果物のチェックなどの現場では、色評価蛍光管の中でもより厳密に管理製造された物を使用し、専用の観察ボックスを設けています。観察ボックス内は蛍光灯の光をより正確に反射する塗料が利用され、蛍光灯の使用時間も管理されます。
私たちのような制作者の例では、制作デスクにスタンドを取り付け、色評価用蛍光管に入れ替えて利用しているケースが多いようです。または、制作室の蛍光灯を全て色評価用蛍光管に交換する場合もよく見られます。3DCG 制作の色再現性のレベルによりますが、大かたの場合は後者の利用法で十分な精度が得られると思います。
青白い光と暖かい光【色温度はモニタと同じにする】
蛍光灯には、光の色の違いを表す「昼光色」「昼白色」「電球色(温白色)」というのが ありますが、これは 色温度(ケルビン) と呼ばれる白の色合いを示しています。
「色温度の違い」
一般的な蛍光灯の色温度。色評価用蛍光灯にも色温度が違う製品があり、複数の蛍光灯メーカーから発売されています
「どれを使えば良いのか?」は簡単です、「モニタと同じ」 にしてください。そうすることでモニタと、観察する物との色を合わせることができます。具体的には、第4回で解説した「モニタの調整」を行なった時に決めた色温度と同じにします。
sRGB, Rec 709、Adobe RGB のカラープロファイルは 「6500K」 ですが、モニタの調整時にはこれを変更することができます。これは会社ごとに違う環境により、詳細に合わせ込むことができるようにしたカスタマイズ機能ですが、最終アウトプットにあわせるのが基本です。モニタが最終アウトプットなら 6500K、印刷物なら 5000K にすると良いでしょう。
私はカタログ(印刷物)で使用される 3DCG と、Web(モニタ)で使われる 3DCG を制作しているので、その時々でモニタの色温度を変えて利用しています。色評価用蛍光灯にも 6500K と 5000K がありますので、自分のモニタの色温度と同じ物を使ってください。色評価用蛍光灯はネット通販で購入できるので 「色評価用蛍光灯」 で検索してみてください。
適切なモニタの明るさと照明の明るさ
前回、3DCG 空間内で環境を作る話をしました。その際にはライトオブジェクトの 照度 を適切にし、固定することが重要でしたね。それと同じように、モニタの 輝度 と照明の 照度 も適切にすると制作しやすくなります。モニタは自らが発光するので 輝度 で表すことが多く、照明は照らしたものの明るさ、照度 で表すことが多いので、分けて解説しますね。
モニタの 適正輝度 は、あなたの制作環境によって変わります。部屋が明るい場合は、あなたの眼はその明るさに合わせて眼を調整します。そのため相対的にもモニタが暗く感じてしまいます。眼には 虹彩 というカメラの絞りと同じような機構があって、明るい場所では "絞り"(小さく閉じて光を制限する)、暗くなると "開き"(大きく開いて光を多く取り込もうとする)ます。猫の眼が昼間と夜で変わりますよね、あれと同じ機構が人にもあります。
さて、あなたの部屋の明るさはどれくらいですか? もし窓がなく天井に蛍光灯が普通の数だけ光っていれば、モニタの輝度は80~100カンデラくらいが適切だと思います。照明が少なく、薄暗い部屋なら60カンデラ。明るい部屋なら120カンデラくらいでしょうか。ポイントは眼が痛くならない、疲れが少ない輝度が適切となりますので、上記の輝度を目処に調整してみてください。部屋の明るさに応じて自動で輝度を調整してくれるモニタもありますが、厳密に制作環境を統一する場合は部屋の明るさとモニタの輝度を一定にする方が良いようです。
私の場合は窓のある部屋で仕事をしているので、昼間と夜とでモニタの輝度を変えています。正しい色を見るのには不適切ですが、窓があると気分が良いのでそうしています。もちろん色を正しく観察する必要がある時には、昼間ならカーテンを閉め、夜なら照明を消して、色評価用蛍光灯を点けて観察するようにしています。色評価用蛍光灯の照度も、蛍光灯の大きさや数、照明までの距離によって明るさが変わります。20W型で観察する物の照明までの距離が50cm程度の時、照度は約600ルクスくらいになります。私の環境だとモニタの輝度が80カンデラの時に照明を600ルクスくらいで、ちょうど同じ程度の明るさになって、モニタと現物を比較しやすくなりますよ。
「照明とモニタの適正輝度」
物を観察しながらマテリアルのカラーを決めるには、物を観察するための照明の明るさと、モニタの明るさを同程度にしておく必要がある
カラーマネジメントが適切かどうかを判定する方法(続 き)
前回、設定が合っているか確認する判定方法を紹介しました。今回は現物を見る環境が正しいか判定する方法を紹介します。
STEP 1
前回、X-Rite 社の 「ColorChecker」 シリーズ を紹介しましたが、ここでは「ColorChecker クラシック」を用いた手順を解説しましょう。まずは、これを色評価用蛍光灯の下で観察してください。
「ColorChecker を色評価用蛍光灯の下で観察する」
ColorChecker 本体を色評価用蛍光灯の下で観察してください
STEP 2
モニタに出すデータは、ColorChecker に付いてくる測色値を元にして作ったチェックデータを表示してください。
「測色値を元に作ったデータを表示する」
ColorChecker 本体(現物)と似せて、同じ場所を塗り潰して作ったデータをモニタに表示する。Photoshop や、3DCG のレンダリングウィンドウ等で表示する
STEP 3
両者を比較します。同じ色になれば、全てのハードウェア/ソフトウェアの設定と、色評価用蛍光灯などの照明環境が正しいことが判ります。
「同じ色になれば正しい環境」
カラーマネジメントの導入時や、メンテナンス時に現物とモニタをチェックして、両者が一致すれば正しい環境であることが確認できる
今回は、現物を観察する方法について解説しましたが、照明の特徴とモニタの関係は理解できましたか。次回は、カラマネの理解を深める 色に関する知識 について解説していこうと思いますので、ご期待ください。
TEXT_長尾健作(パーチ)
▼Profile
長尾健作(ながおけんさく)
広告写真制作会社(株)アマナにて、3DCG制作などの事業立ち上げを行なった後、(株)パーチ を設立。広告業界・製造メーカーに向けて、3DCGによる新しい広告制作手法の導入/制作サポートを手がける。各種セミナーでは、制作業務の効率化・コスト削減を実現するためのノウハウを提供。
パーチのカラーマネージメントの導入をサポートするWebページ
perch-colormanagement.jp/
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