本連載「モーションキャプチャ 成功のための判断」は、長年現場でアクター、コーディネーターとしても活躍してきた谷山尚未氏が、モーションキャプチャを実際に扱う職業の方々に現場でのノウハウをインタビューしていきます。
第3回目となる今回は特別篇! 谷山尚未本人がモーションキャプチャ収録を成立させるための事前準備の重要さを解説していきます。
はじめに
モーションキャプチャというと、スタジオでアクターがスーツを着て演技をしている場面を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、実際にはその収録当日より前に、多くの準備と判断が行われています。
・どのスタジオを使うのか
・どんなアクターを呼ぶのか
・何を現場で解決し、何を後工程に委ねるのか
・そもそも、本当にモーションキャプチャを使うべきなのか
連載第1回では、現場で行われる「判断」を、プロデューサー視点から整理しました。第2回では、その判断が後工程でどのように評価されるのかを、アニメーター視点から掘り下げました。そして今回はその前段階、つまり「収録前に何を判断しているのか」に焦点を当てていきたいと思います。
モーションキャプチャの現場は、収録当日から始まるわけではありません。むしろ、その日の成否は、準備段階でかなり決まっています。
モーションキャプチャコーディネーター/CGプロデューサー:谷山尚未
1999年にスーツアクターとしてキャリアをスタート。その後、スタントマンとしてテーマパーク、映画、ゲームなど幅広い作品に参加。2007年にクアックラックを設立、15年間代表を務める。モーションキャプチャの代表作は『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族』(2012)、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(2017)、『SAND LAND』(2023)など。
モーションキャプチャの全体のながれ
まずは、モーションキャプチャ案件がどのようなながれで進んでいくのか、全体像を整理しておきましょう。
①モーションキャプチャを使うか判断する
②スタジオを選定する
③概算見積を作成する
④実施可否を決定する
⑤各種準備を進行する
⑥収録を行う
⑦最終見積を確定する
⑧ポスト処理を行う
⑨アニメーションブラッシュアップを行う
一見すると単純なながれに見えるかもしれません。しかし、実際にはそれぞれの工程で多くの判断が発生しています。特に重要なのは、「どこまでを現場で解決するのか」ということです。現場で取り組むべきなのか。後工程で調整するのか。あるいは、そもそもモーションキャプチャを使わないのか。その判断によって、準備内容も、必要なスタッフも、予算感も変わっていきます。
まず、「なぜモーションキャプチャを使うのか」を考える
モーションキャプチャ案件では、最初に必ず「本当にモーションキャプチャが必要なのか?」を判断します。近年では、ゲームや映像制作の現場でもモーションキャプチャを活用する機会は増えています。一方で、全ての案件がモーションキャプチャ向きとは限りません。
例えば、
・短尺のカット
・誇張されたアニメーション
・既存モーションの流用が可能なケース
などでは、手付けアニメーションの方が効率的な場合もあります。
その一方で、
・長尺の会話劇
・人数の多いシーン
・複雑なアクション
・即興性を活かした演技
などは、モーションキャプチャの強みを活かしやすいです。
重要なのは「モーションキャプチャを使うこと」そのものではなく「何を実現したいのか」を整理すること。リアルな身体性を重視したいのか。作画的にポーズやタイミングを優先したいのか。アニメーターの工数を減らしたいのか。演技の幅を確保したいのか。その判断によって、必要な準備は大きく変わっていきます。
スタジオ選定は「設備選び」ではない
モーションキャプチャスタジオにも、それぞれ特徴があります。
・光学式
・慣性式
・広い空間が得意
・少人数収録向き
・アクション対応が強い
・フェイシャル設備が充実している
など、得意分野は様々です。なお、以下は国内のスタジオの一例です。
-
▲「D1-Lab スタジオ」
恵比寿駅から徒歩10分の場所にある、半日から使用できる常設モーションキャプチャスタジオ。ダンスからアクションまで収録経験が豊富 -
▲「LOGIC&MAGIC STUDIO」
高品質なアニメーションから多人数のキャラクターライブまで、あらゆる用途に対応可能なハイエンドモーションキャプチャースタジオ
例えば、大きく走り回るアクションが多い案件であれば、十分な広さと天高が必要になります。逆に、繊細な芝居を重視する場合は、演技に集中しやすい環境が整っているかどうかも重要です。
スタジオスタッフが収録内容への理解力を備えているか。細かな演技ニュアンスを汲み取れる空気感があるか。小さな声や息遣いまで収録できる環境が整っているか。同じモーションキャプチャスタジオでも、得意とする案件や現場の進め方にはちがいがあります。
また、複数人同時収録を行う場合は、演者同士の距離感や接触の多い芝居にどこまで対応できるかなど、現場運用の経験値も重要になってきます。
つまり「どのスタジオが優れているか」ではなく、「今回の作品にどのスタジオが合っているか」を判断する必要があるということです。
見積で難しいのは「完成尺」と「収録時間」が一致しないこと
モーションキャプチャ案件では、初期段階でおおよその尺を基に見積をつくることが多いのですが、実際にはこの見積が大きくズレるケースも珍しくありません。その理由のひとつが「完成映像の尺」と「実際の収録時間」は異なるという点にあります。
例えば、完成映像では10秒のカットだったとしても、実際の現場では、
・位置調整
・呼吸
・芝居の入り
・演技後の余韻
・安全確認
・カット後の停止
まで含めて、収録されています。特にアクションシーンでは、
・助走
・間合い
・着地
・武器処理
などが加わるため、実際の収録時間は比較的、伸びやすく、さらに監督が「スタート」をかけてからアクターが動き出すまでの間や、演技終了後に「カット」がかかるまでの時間も、現場ではデータとして収録され続けています。
つまり、現場で本当に重要なのは「何分の映像をつくるか」ではなく「実際にどれくらいの収録時間が必要になるのか」を想定できているかどうか。この感覚が不足していると「想定より収録が押す」「データ量が膨らむ」「後工程の処理時間が増える」といった問題につながりやすくなります。
「何を共有するか」で、後工程は変わる
実際の現場では、日程調整やアクター手配、モーションリスト作成、資料準備、香盤作成、データ準備などが並行して進んでいきます。ここでいう資料準備には、キャラクター設定、絵コンテ、小道具設定なども含まれます。
また、データ準備では、キャラクタライズ済みモデルを事前に用意するケースもあります。つまり、モーションキャプチャの準備とは「スタジオ予約」だけではなく、現場・演出・技術・後工程の認識を揃える作業でもあるのです。
連載の第2回では、アニメーターから見た「使いやすいデータ」の話が出ましたが、実際にその“使いやすさ”は収録前の共有に大きく左右されます。例えば、下記の情報が曖昧なまま収録に入ると、後工程で「思っていたものとちがう」ということが発生しやすいのです。
・キャラクター設定
・世界観
・武器サイズ
・カメラ
・ゲーム仕様
・演出意図
また、準備段階で見落とされやすいのが、小道具や空間サイズの設計です。モーションキャプチャでは、現実のアクターが演技を行います。しかし、作品内ではそのキャラクターの身体が必ずしもアクターと同じサイズとは限りません。
例えば、身長200cmのキャラクターが100cmの棒を持つ設定だったとしても、実際に演じるアクターが160cmなら、そのまま100cmの小道具を持たせると画面上ではサイズ感に違和感が出ます。
この場合、アクターとキャラクターの身長比率に合わせて、小道具側も縮尺を調整する必要があります。つまり「設定上の正しいサイズ」ではなく、「演技したときに自然に見えるサイズ」を準備しなければならないのです。
なお、以下は実際に小道具を持ったモーションキャプチャの例です。
-
▲アニメ『ワールド イズ ダンシング』より、
型付監修・津村禮次郎氏による能のモーションキャプチャの様子。扇を持った状態で収録された。データは作画ガイドとして活用される
sh-anime.shochiku.co.jp/worldisdancing-anime
©三原和人・講談社/『ワールド イズ ダンシング』製作委員会 -
▲モーションキャプチャのデータを作画ガイドとして活用したカットの一例。キャラクターは作画だが、扇は軸の部分がねじれた複雑な形状をしていることもあり、3DCGで表現されている。なお、詳しい解説はこちらの記事を参照
なお、小道具は武器だけではありません。
・椅子の高さ
・テーブル位置
・手すり
・ドアノブ
・段差
なども同様で、身体とのサイズ感や関係性がズレると、演技や重心に違和感が出やすくなります。モーションキャプチャでは、「デザイン設定」と「人間の身体」の間を、現場側で翻訳する必要があるのです。
また、アクター選定も重要な準備のひとつです。アクションが得意なアクターもいれば、繊細な演技が得意なアクターもいます。そのほかにも、作画的な誇張表現に強いアクター、リアルな芝居に強いアクター、ゲーム的な動きに慣れているアクターなど、得意分野はそれぞれに大きく異なります。「誰でも同じ結果になる」わけではないのです。
作品の方向性に対して、どのような身体表現が必要なのか。その判断によって、参加してもらうアクターも変わってきます。
良い現場は準備段階で方向が揃っている
モーションキャプチャの現場では、一見すると収録当日に多くの判断が行われているように見えます。しかし、実際には、その大半は準備段階で方向性が決まっています。
・どのような映像を目指すのか
・どこをリアルにし、どこを誇張するのか
・何を現場で解決し、何を後工程に委ねるのか
そうした判断が共有されている現場ほど、収録中の迷いは少ないものです。逆に、方向性が曖昧なまま現場に入ると「どこまでやれば良いのか?」「何を優先するべきなのか?」の判断がズレていきます。結果として、後工程での修正やリテイクが増えやすくなってしまうのです。
モーションキャプチャは、カメラが回った瞬間に始まるのではありません。その前段階で、何を判断し、何を共有し、何を想定できていたか。その積み重ねが、最終的なデータの質につながっています。収録とは、準備した判断の答え合わせといえるかもしれません。
そして、その判断を最終的に“身体”として表現するのが、モーションキャプチャアクターの仕事です。キャラクターのサイズ感。演出意図。スタジオ制限。データとしての扱いやすさ。そうした条件を踏まえながら、現場ではアクター自身も多くの判断を行なっています。
【次回予告】
次回は、モーションキャプチャアクター視点から、「使いやすい動き」とは何か、そして現場でどのような判断が行われているのかを掘り下げていきます。
TEXT_谷山尚未 / Naomi Taniyama
EDIT_戸崎友莉 / Yuri Tozaki、海老原朱里 / Ebihara Akari(CGWORLD)