「制作進行概論」は、東洋美術学校 クリエイティブデザイン科 高度グラフィックアート専攻でCGを教えるフレイムの北田能士氏が企画した連続講義で、デジタルコンテンツ制作に携わる会社から多彩なゲストが招かれる。第1回では、野口光一氏(東映アニメーション)と塩田周三氏(ポリゴン・ピクチュアズ)がプロデューサーの仕事について語り合った。続く第2回では、米岡 馨氏(ステルスワークス)が同社の制作進行術を解説。第3回では、白組でシステム管理を担う鈴木 勝氏が、同社のこだわり、仕事の進め方、時間管理の方法などを紹介した。以降では、その模様をお伝えする。
鈴木 勝氏(システム部 部長) 株式会社 白組
2004年入社。以後、同社のシステム管理を担う。『friends もののけ島のナキ』(2011)、『永遠の0』(2013)、『STAND BY ME ドラえもん』(2014)、『海賊とよばれた男』(2017)などの制作を、ネットワーク管理、サーバ管理、ソフトウェア管理などの面から支える。
株式会社 白組
1974年設立。アニメーションからVFXまで、様々な映像制作を手がける。3DCGに加え、ストップモーション・アニメーション(コマ撮りのアニメーション)やミニチュアを使った伝統的なSFXの制作環境も有する。両方の技術を組み合わせた、ハンドクラフト精神の宿る映像づくりを持ち味としている。
shirogumi.com
北田能士氏(取締役) 株式会社フレイム 株式会社冬寂
デジタルハリウッドにて1年間CGを学ぶ。2003年、大林 謙氏(代表取締役)と共にフレイムを起業。CM、映画、Web、ゲームなど、様々な媒体のCG・映像制作に携わる。2013年には自身が代表取締役を務める株式会社冬寂を設立。デジタルハリウッド、東洋美術学校ではCGの講師も務めている。
www.flame-design.co.jp
www.w-m.co.jp
答えだけを求めない。答えにたどり着くまでの過程で、大切なことを山ほど学べる
北田能士氏(以降、北田):今回は、映像プロダクションがプロダクトとして映像をつくるとは、どういうことなのか......、何が課題で、どんな解決方法があるのか......、といったことにフォーカスして鈴木さんから話を伺っていきます。事前にGoogleドキュメントで資料をつくってくださり、受講する学生全員に共有もしていただきました。9千文字くらいある充実した内容で、見出しもちゃんと付けてある。関連するWeb上の記事や動画へのリンクまではってあるから、情報を共有したい場合のサンプルという面でも勉強になると思います。語っていただきたいことが膨大にあるので、今日はほぼノンストップで鈴木さんに講義をお願いするような気がしています。
鈴木 勝氏(以降、鈴木):一生懸命にノートをとっていると、話に集中できないし、聞き漏らすこともあると思うんです。講義後も1週間くらいは共有しておくつもりなので、復習したり、自分の考えをまとめたりするときに活用してもらえればと思っています。資料にもあるように、これから話す内容は、大きく分けて4つあります。
●白組における映像のつくり方
●外部のスタジオとうまく連携する方法
●コミュニケーション能力はなぜ必要なのか
●『CGWORLD』などの取材になぜ応じているのか
鈴木:話す内容とは別に、伝えたいことも箇条書きにしておきました。
●一生懸命につくった経験は無駄にならない。一方で、その時期にしかできないことが、いっぱいある。まずは30歳になるまでの間に、夢中になってつくる経験を積み重ねてほしい
●アートと関係ないところで勝負に負けないようにする。アートの力は重要だけど、チームで連携してつくる場合、データ管理のやり方次第で作品の良し悪しが変わってしまうのも事実
●効率化を目標にしない!効率よくつくっても、いい作品ができるとは限らない。効率化はあくまで手段であって、目標は「いい作品をつくること」。手段と目標をしっかり使い分けないと、いい作品はできない
●学校を卒業した後も、常に学び続ける姿勢が大切。でも働き始めると、思った以上に勉強できる時間が減る。だからこそ、調べる方法、調べた情報を整理してライブラリ化する方法を、学生時代から常に工夫した方がいい
●答えだけを求めない。答えにたどり着くまでの過程で、大切なことを山ほど学べる。遠回りになっても、「実際に自分の手を動かして」1つずつ体験してほしい。聞くだけ、見るだけでは不充分。やってみることによって、初めて自分の中に取り込める。1人でやるのもいいけど、誰かと一緒にやってもいい
鈴木:これらのことは、白組の社内でも大切にしています。例えば『CGWORLD』に掲載されているメイキング記事には、答えにたどり着くヒントになる、過程の話がいっぱい書いてあるんです。映像制作の環境や条件は、毎回同じとは限りません。新作に取り組むたび、前作の制作方法のいい部分を継承しつつ、「新しい挑戦」も加えることで、よりいいものになっていると感じています。その過程にも注目してほしいです。
鈴木:白組は正社員が多い会社だからこそ、同じチームでつくり続けられる可能性があります。1作品では実現しなかったことでも、3作品先では実現させるといった目標を掲げることも可能です。それが白組の面白い部分だと思います。実写撮影はマニュアルを読めばできるようになるわけではないし、VFXは撮影現場のスタッフに協力してもらわないと上手くできないことが多いと思うんです。アニメーションは、どんどん新たなツールや手法が開発されていきます。チームで経験を重ねていくと、マニュアルに載っていないような細かいことまで判断できるようになる人もいます。そんな人たちの成長を近くで見ていると、すごいなと思いますよ。
映像の全てを言葉で説明することはできないので、伝え方を工夫する
鈴木:2017年4月現在、白組では250人くらいのスタッフが働いています。このうち、198人が正社員です。『friends もののけ島のナキ』や『STAND BY ME ドラえもん』を共同監督した山崎 貴と八木竜一も正社員で、みんな出勤したらタイムカードに打刻しています。
北田:世界的に見ても、これだけの正社員を抱えている映像プロダクションは珍しいですよね。プロジェクトの開始時期や規模に合わせてスタッフを集め、終わったら解散するというスタイルの方が多数派だと思います。
鈴木:スタジオは都内に3ヵ所あって、表参道の本社スタジオは65人で3チーム、三軒茶谷スタジオは162人で4チーム、調布スタジオは20人で2チームを編成しています。小さなチームがいっぱいあり、2人や3人といった極少人数で作品をつくることもあります。スタジオ間のスタッフ移動はかなり多く、パソコンごと移動させる場合もあります。大小様々なチームによる制作が可能で、柔軟性は高いと思います。
パソコンは1人1台、2∼3年間隔で新しいものに買い換えます。ペンタブレットのサイズは各々に好きなものを選んでもらいます。モニタは、24インチを2枚。縦置きしたい人もいれば、横に並べたい人もいます。白組で長年取り組んでいるのはモニタ環境の改善です。同じ型番のモニタであっても、キャリブレーションをやります。見ている色がチームのメンバー間で異なるとコミュニケーションが成立しません。大変ではありますが、モニタの色を合わせることも、円滑なコミュニケーションのためには不可欠なんです。
ソフトウェアは、スタッフの要望に応じてどんどん最新版を試せるようにしています。インターネットはかなり早くて快適で、混んでいなければ1GBを1分くらいでダウンロードできます。自分のスマホやタブレットを持ち込んで、会社のゲスト回線を通じてインターネットに接続することもできます。あらゆる環境を活用し、様々なことに興味をもち、最新情報を調べ、新しい表現に挑戦する雰囲気を生み出すため、工夫を重ねているんです。
メッセージツールとして、最近はGoogle ハングアウトを使っています。Slackを使っているチームもありますね。一方で、直接会話するコミュニケーションも大切にしてもらいたいと考えています。使い分けを学ぶことも大切です。映像の全てを言葉で説明することはできないので、実際に会って打ち合わせをしたり、動画の上からコメントを書いたりして、伝え方を工夫する必要性がどんどん増していると思います。
例えばTrelloというツールは、工夫次第でプロジェクトの可視化にも活用できるのではないかと考えたりしています。最近はWebサービスやツールが充実しているので、学生でも、どんどん試してほしいと思います。
北田:当社もTrelloは多用しています。メッセージツールはSlackを使っています。両方とも、プログラムによるカスタマイズをやりやすい点がいいですね。
外部のスタジオからの相談にも積極的に応じ、アイデアを出し合う
鈴木:学生の間は1つの作品制作だけに集中しやすいと思うんですが、仕事をやり始めると、複数のプロジェクトを同時並行で進めることが求められます。例えば、ある作品のCGをつくりながら、別の作品の企画やR&D(技術検証)を進めるといった感じです。白組では、スタッフ1人1人が、複数のプロジェクトに関わっています。同業他社と比較しても白組のプロジェクト数は多いから、「白組にいると時間が早く進む」と言われることが多いです。
誰かがやってくれるのを待つのではなく、率先してアイデアを考え、手を動かす人が多いから、とんち上手な会社でもあります。理想を掲げつつ、限られた条件の中で、どうやってプロジェクトを進めるか常に考えています。3DCGとミニチュアを組み合わせるというやり方も、そんな中で考え出された制作方法の1つです。
外部のスタジオと連携しながら仕事をすることも多いです。白組に限らず、1つの作品を1社だけでつくることは滅多にありません。例えば第2回のゲストだった米岡さんとも、一緒に仕事をしたことがあります。だから外部とうまく連携する方法も常に意識しているのです。
外部のスタジオからの相談にも積極的に応じ、アイデアを出し合ようにしています。「∼で困っている」と聞けば、一緒にプロジェクトをやっていないときでもシステム部は動くし、ほかのスタッフを交えて色々と考えてみたりもします。自分たちが研究したこと、やっていることでも、条件が変わればうまくいくとは限りません。様々な条件でやってみることに意味があると思っています。相談し合うことで、全員の発想力が高まっていくというメリットもあります。そうやって時間をかけて少しずつ積み上げた先に、フルパワーで制作できる状態があるんじゃないかと考えているんです。
データの流れをしっかり把握し、人為的なミスが発生しにくい仕組みをつくる
鈴木:安定して外部のスタジオと連携していくために、社内の情報、つくり方、データの流れなどを整理するよう心がけています。社内が整理されていないと、外部との連携がうまくいかないんです。相手に対して無理な要求をしていては、いい作品にはなりません。整理するときには、最終出力からさかのぼって考えることが大切です。例えば劇場作品であれば、映画館での上映形態、つまりは解像度、フレームレート、カラースペース、基準となる白色点などを調べます。それらを踏まえて、どんなつくり方をすれば無駄な作業をなくせるか、アーティストとシステム部が連携しながら、様々な角度からテストするんです。TV番組やゲームムービーの場合も、劇場作品と同じように、最終出力からさかのぼっていくことで課題や問題に対する解決策を見つけます。
北田:納品時の仕様から考えることは大事ですね。考えなしにつくると、やったことが後で台無しになって、無駄にお金がかかる。スタッフのやる気も目減りしますからね。
鈴木:テスト段階で、ハードウェア機材を借りて実験することもあるし、新しいソフトウェアやツールを試すこともあります。ただ、予算も時間も限界があるので、どのスタッフがどのツールを使うのかを想定し、現実に運用できる状態まで検討する必要があります。新しいツールを導入する場合は、そのツールを使いこなすまでの時間も考慮します。外部のスタジオも参加するなら、ツールを介したデータのやり取りに無理がないかを考慮することも重要です。
北田:私が学生だった時代は、ハードウェア機材もソフトウェアやツールも高額で、試したくても試せないことが多かったのですが、今は状況が大きく変わりましたね。
鈴木:学生の間は無料で使える、学びやすいソフトウェアが増えたし、チュートリアルの解説ビデオなども公開されています。チーム制作や卒業制作に向けて、早い段階から自分たちで実際に手を動かして試してほしいです。答えにたどり着くまでの過程や経験からも、大切なことを山ほど学べます。
もちろん、テストでは上手くいったものが、実際に作業してみると上手くいかないという場合も多々あります。複数のスタッフが関わると、何かしらのミスや、連絡が上手くとれないなどの問題が発生します。そういう事態を防ぐためにも、データの流れをしっかり把握しておくことが重要です。コンピュータを使うメリットは、同じ作業を効率化できることだと思います。データの受け渡しなど、クリエイティブではない作業はどんどん効率化して、データがスムーズに流れるパイプラインを構築することが大切です。
この「パイプライン」という単語はよく使われますが、学生には実感しにくい単語の1つではないでしょうか。
北田:おそらく、学生時代には理解しきれていない人が多いと思います。
鈴木:CGWORLDのCG用語辞典では、下記のように解説されています。
パイプライン
映画などの大規模プロジェクトにおいて、制作の効率化を図るための仕組み。モデリングやアニメーション、ライティングといった制作の各段階ごとのデータの受け渡し方法やバージョン管理のためのディレクトリ構造を決めること。データ受け渡しに人為的なミスが発生しないよう、ツールを制作する必要もある。
https://cgworld.jp/terms/パイプライン.html
鈴木:CG用語辞典にある「大規模プロジェクト」は、「複数人での作業」を意味しています。その中で「クリエイティブではない作業」をいかにミスなく効率化できるかがポイントとなります。もちろん時間は限られているので、使う回数が少ない仕組みであれば、無理して構築せず、別の作業に集中するという作戦を選ぶのもありだと思います。効率化はあくまで「手段」であって、「目標」はいい作品をつくることです。このバランス感覚はとても重要ですね。
CG映像制作には、作業が進むにつれてデータが増加するという、もう1つの課題もあります。データの増加があるから、CG用語辞典にある「バージョン管理」が必要となるのです。増加するデータは、3DCGモデル、レンダリング画像、実写素材、テクスチャ素材など様々です。これらを修正すれば、バージョン1、 バージョン2というように、バージョンも増えていきます。バージョン管理で扱うデータは、類似した名前や内容が多く、手作業で管理している場合には人為的なミスが発生しやすいので、ミスが発生しにくい仕組みをつくるわけです。
鈴木:CG映像制作における「コミュニケーション」には2つの定義があって、「人どうしのコミュニケーション」以外に、「コンピュータどうしのコミュニケーション」があります。つまりは、コンピュータどうしのデータのやり取りですね。社内だけでも毎日すごい量のデータが行き来しているし、外部のスタジオとのデータのやり取りも頻繁に発生します。制作環境がちがえば障壁となる要素も増えるからこそ、外部のスタジオの問題解決にも積極的に取り組むのです。
昔はHDDでデータを受け取って、人が任意のフォルダにコピーしていましたが、現在はデータ構造が複雑になり、人の手では間に合わない状況になっています。だからパイプラインという概念が生まれ、バージョン管理用のソフトウェアを使ったり、専用のツールを介して管理したりするようになってきました。白組では、定期的に最新データが転送される仕組みをつくるのと同時に、任意のタイミングでデータをアップデートできる仕組みも用意するなどして、変化に対応できる柔軟性も残すようにしています。それもまた、プロジェクトをスムーズに動かすためには重要です。
まずは自分の時間を自己管理することを目指してもらう
鈴木:最後に、白組の社員がどんな1日を過ごしているのか紹介しましょう。先ほど、1人のスタッフが複数プロジェクトに関わっていると話しましたが、関わるプロジェクトが1つであっても、その中にはいくつかのタスクがあります。そのため、1日の中でも複数タスクを同時並行で進めます。例えば、タスクA∼Cに関わっていたなら、1日中Aの作業だけをやるのではなく、Aのレンダリングをかけている間に、BとCの作業をやったりします。1日の中で、小刻みにA∼Cの作業を切り替えるといったことも珍しくありません。Aのレンダリング結果を見てから、Bの作業を再開する。明日はCのチェックがあるので、Cのレンダリングをかけてから帰ろう......というように、1人1人が時間の使い方を工夫しています。
北田:夜の間にレンダリングをかけておき、翌日にチェックするというサイクルにできれば効率的ですね。
鈴木:出社してからレンダリングをかけると、チェックできるのは午後になってしまいます。そういう無駄な時間の使い方をしないために、ちゃんと自己管理できるようになることが大切です。とはいえ、入社したての新人が、いきなりこんな働き方をすることは難しいですよね。白組では、経験が浅いうちは1つの作業に集中できるような環境を用意して、まずはその中で自分の時間を自己管理することを目指してもらいます。作業が一段落したら、リーダーが内容をチェックして、何をどうやれば改善できるかといったノウハウをどんどん教えていくようにもしています。
出社時間は10時で、お昼休みは好きなときに1時間とれます。定時の退社時間は19時で、残業することもありますが、残業時間の制限もあります。白組も含め、昔は多くのプロダクションが徹夜をやっていました。でも今は業界全体が、徹夜をせずにすむ方法を考え、実践していこうという方針へと転換しています。データの流れを把握する、コミュニケーションを大切にするといった様々な改善が、無理をせずにいい作品をつくることへつながっていくのです。
誰かが夜遅くまで作業をやってしまうと、連携している外部のスタジオにしわ寄せがいく可能性があります。どこかで無理をしている人が出てしまうと、一緒につくっているという一体感を共有しづらいですよね。100%守ることはかなり難しいのですが、ちゃんと時間通りにデータを届けられるよう努力しています。
鈴木:今日話したような心がけや工夫を、学生のうちからどんどん実践してもらえれば、チーム制作や、その先の卒業制作がさらにいいものになると信じています。そんな学生さんたちが業界に入っきてくれたなら、もっともっと面白いものがつくられるようになります。現在は主流のやり方や考え方であっても、新しい人たちが新しいアイデアを考えることで、変化していくものもあるでしょう。もちろん、その変化を私たちも吸収し、活かしていきたいと思っています。
北田:今日の話はとても密度が高く、数多くの気付きが含まれていました。とはいえ、データ管理や時間管理の最適化というのは、どこまでも継続審議が続く話題です。今後も定期的に情報交換をしていきたいですね。有難うございました。
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充