AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO搭載のワークステーションが登場、トランジスタ・スタジオ 秋元純一氏のファーストインプレッションは?
2022年3月、最大64コアに対応する究極のワークステーション・プロセッサー「AMD Ryzen™ Threadripper™ PRO 5000 WX」シリーズがAMDから登場。これにあわせて、デル・テクノロジーズもDell Precisionワークステーションシリーズの新製品として、同プロセッサーシリーズを採用した「Dell Precision 7865 Towerワークステーション」を2022年9月に発売した。これまでにないメニーコアのハイスペックマシンがどれほどの実力を持っているのか、多くの人が気になるところだ。
一方、こういった魅力的なデバイスが登場するなかで、昨今のCGクリエイターのニーズはどのように変化しているのか。今回は、Dell Precision 7865 TowerワークステーションとAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの実力を検証する前段として、トランジスタ・スタジオの秋元純一氏に最近の状況や3DCG制作に求められるPC環境などを聞いた。さらに、デル・テクノロジーズやAMDの担当者との対談から、秋元氏とともにDell Precision 7865 TowerワークステーションとAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの詳細を深掘りしていく。
VFXは“仕組み”と“インフラ”で儲けられるが、仕事量に波があり設備投資にも課題あり
CGWORLD(以下、CGW):始めに、トランジスタ・スタジオの概要を教えてください。
秋元純一氏(以下、秋元):トランジスタ・スタジオは、映像系やゲーム系からCM系まで、幅広い分野でオールランドに対応するCG制作会社です。社員数は20名で、そのうちの75%がMaya、残りの25%がHoudiniをメインツールとしています。
最近の案件として、自分は某放送局のテレビ番組でオープニングタイトルを手掛けたほか、説明CGパートなども担当しました。さらに、VFX系としてはフルCGの映画タイトルにおいて、エフェクトCGなどをHoudiniで制作しています。
一方で、最近の需要としてかなり増えているのが、VTuberやアイドル系の二次元キャラクターアセットの作成です。これらは、Mayaをメインツールとするスタッフが担当しているので、Mayaスタッフの比率が相対的に増えています。
CGW:Houdiniのスタッフはなかなか増やせないのでしょうか。
秋元:単純にライセンスのコストが高いというのもありますが、他にも習熟の難しさであったり、VFX特有の事情もあったりします。例えば、エフェクトなどはフィニッシュワークに近い作業が多いため、モデリングなどの前半行程に遅れが生じると、必然的にそのしわ寄せが後半行程に来てしまいます。しかし、納期のタイミングには変更がないため、エフェクトなどの作業環境はどうしてもキツイ状況になってしまうわけです。
そうなると、新人を育てるにはハードルが高い環境ですし、短時間で品質も両立させるためには、十分なインフラ設備が整っていないと対応できないケースも出てしまいます。そういった点を踏まえると、経営者目線では「コスパが悪い」と言わざるを得ないだけに、弊社としてもMayaによるアセットワーク制作の比重が高くなってしまうわけです。
CGW:ビジネス的に考えると、アセットワーク制作の方がメリットは大きいと。
秋元:もちろん、VFXにもメリットがないわけではありません。例えば、モデリングは彫刻をやっているのと同じなので、1人のモデラーが制作できる物量には限界があります。つまり、量産ができないわけです。
一方で、VFXは1つの“仕組み”を作ってしまえば、それを「別のショットにも流用できる」という点が大きなポイントです。そのため、ときにはモデラー数人分に匹敵する作業量を1人でこなすことも不可能ではありません。ただし、現状では安定的に仕事があるわけではないため、収益面で「かなり波がある」というのも現実ですね。
また、VFXでは「インフラで儲ける」といったやり方もあったりはします。これは例えば、自分の作業マシンと同等の性能を持ったローカルマシン、あるいはサーバーを用意できれば「制作とシミュレーションを同時並行で行える」ため、作業効率の観点で収益を上げられるという手法です。ただし、リテイクなどの作業も含めると現実的には“複数台”が必要となるため、それなりの設備投資が求められます。
ちなみに、逆に言えばこれは「インフラ設備が充実していれば、短時間でクオリティの高いものが作れる」とも言えます。しかし、ほとんどのCGスタジオはインフラ設備が追いついていないのが一般的でしょう。そのため、「技術的には可能でも、時間がかかってしまうため実現できない」というのが、現在の日本のVFX業界における課題として挙げられます。
UE5や優れたGPUレンダラーの登場で、CPU依存からGPU重視へ変わりつつある
CGW:そのような背景があるなかで、作業環境としてはどのようなPCを導入しているのでしょうか。
秋元:最近はエンタープライズ向けではなく、コンシューマ向けのBTOマシンをベースに、1年ぐらいのペースでパーツを入れ替えて運用しています。現状ではメモリが最低で64GB、ストレージはNVMe接続のSSD、CPUとGPUは上位モデルも選んでいる感じでしょうか。価格的には20~30万円で、VFXを担当するスタッフの方がやや高性能といったイメージです。
これに加えて、現在は20台程度のタワー型デスクトップPC(GPUは非搭載)をサーバーとして運用しており、それを使ってCPUのレンダーファームを構築しています。このような環境があるため、ローカルマシンはそれほどハイスペックである必要はないのです。実際、最近は2D系が多くキャラクターのアセットワークはそれほど負荷が高くないので、それで事足りるケースは多いです。逆に、それで処理が重くなってしまうショットワークなどは、クラウドのレンダリングサービスを利用するような方向性にしています。
CGW:近年は、CGの制作手法が大きく変化していますが、その影響を受けている部分はありますか?
秋元:最近は、Unreal Engine 5や優れたGPUレンダラーの登場によって、GPUを重視する傾向が出てきたと感じています。例えば、昨今は4Kでの制作も増えたことで、出力負荷は大きく増加しました。しかし、画素数が4倍になったからといって利益が4倍になるわけではないので、必然的にコストや作業時間を効率化する必要があります。そうなると、レンダリングスピードが圧倒的に速いGPUの利活用も必要だと感じるわけです。
さらに言えば、先ほど「クラウドのレンダリングサービスを利用する」と話しましたが、この場合はボリュームの大きいデータを扱うため、1回の費用が20~30万円かかることも普通にあります。自分の場合、1プロジェクトで最高200万円になったこともありました。そして、リテイクになると当然同じ費用が掛かるため、予算を考えればミスは可能な限り避けなければなりません。しかし、そこまでの管理リスクをスタッフに背負わせるのはちょっと酷ですし、こちらとしても申し訳ない部分は多分にあります。
これに加えて、4Kだとファイルサイズが1シークエンスで数百GB~1TBクラスにまで肥大化してしまうため、サーバーやクラウドを使うにしてもネットワークがボトルネックになるケースが増えました。そういった点も踏まえると、ローカルマシンで効率化が望めるGPUを重視する傾向はどうしても強くなってしまうわけです。
そういった理由もあり、今回のAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズとDell Precision 7865 Towerワークステーションの検証は、非常に楽しみです。最大64コアのメニーコアCPUがどこまでの性能を見せてくれるのか。結果次第で、GPU重視の観点が変わる可能性も十分あり得ますよね。
ワークステーションならではの特徴が満載、筐体デザインにもこだわりを詰め込む
CGW:ここからは、デル・テクノロジーズからDell Precision 7865 Towerワークステーションの概要を紹介ください。
中島章氏(以下、中島):Dell Precision 7865 Towerワークステーションは、AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの特徴を活かし、CPUのクロック周波数だけでなく“コア数”のニーズにも応えたタワー型ワークステーションの新モデルです。ワークステーションならではのポイントとしては、ソフトウェアベンダーの動作認定を取ることで安定稼働と信頼性を高める「ISV認定」、AIがユーザーの利用状況を学習して性能向上のための最適設定に自動チューニングするソフトウェア「Dell Optimizer for Precision」、特許技術でメモリエラーを極限まで削除する「Dell Reliable Memory Technology」などが挙げられます。
CGW:多くの人がスペックのみで作業PCを選びがちなだけに、ワークステーションならでは特徴は注目点となりますね。
中島:まさにその通りで、スペックだけであればどのメーカーでもほぼ同じものが作れます。だからこそ、ワークステーションならではの特徴に各メーカーの味付けが出るわけで、そこがアピールポイントとなっています。
秋元:メモリの機能強化は、ワークステーションらしいポイントだと思います。実際、メモリエラーで処理が止まることはあり得ますし、止まってしまったら現状では「諦めてもう一度やり直す」しか選択肢がないので、メリットになりますよね。
川口剛史氏(以下、川口):筐体のデザインでは、高性能なCPUとGPUを搭載することから冷却効率にこだわっており、内部を3つの区画に分けて効率的に冷却するクーリングシステムなどを採用。さらに、工具不要のツールレスで各パーツにアクセスできる内部設計でメンテナンスビリティを上げているほか、一見するとわからないかもしれませんが、持ち運びに便利なハンドルも備えています。また、手軽にストレージへアクセスできる鍵付きのフロントベイなども、オプションで選べるようになっています。
秋元:ハンドルがあるのはとても大事ですよ。ワークステーションは思いのほか重量があるので、筐体を持ち上げる際に腰を痛めてしまうことも少なくない。そもそも、CGデザイナーはずっと座っていて腰が弱いので(笑)、これは意外と嬉しいポイントです。また、弊社の場合はパーツの入れ替え頻度が高いので、ツールレスによるメンテナンス性の高さは大きな魅力に感じました。
サーバー向けの「AMD EPYC™」をベースにし、1ソケット最大64コアのハイパフォーマンスを実現
CGW:次に、AMDからAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズの概要を説明ください。
関根正人氏(以下、関根):AMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズは、サーバー向けのハイパフォーマンスCPUである「AMD EPYC™」をベースに、クライアントOS向けをターゲットにした製品となります。そのため、AMD EPYCと同様に1ソケットで最大64コアに対応できる点が最大の特徴です。従来の場合、64コアレベルになると2ソケットを利用したワークステーションが一般的でした。しかし、同じ64コアでも1ソケットの方が電力効率は非常に高くなりますし、CPU間のデータのやり取りなども発生しないため、パフォーマンス的にも圧倒的に優れています。
関根:また、メモリが最大8チャネルになったほか、PCIeレーン数も最大128レーンに強化されました。最近では複数のGPUやM.2 SSDを内蔵し、10GBASE-Tのネットワークカードも装備するなど、PCI Expressに対するニーズは以前よりも高まっています。そういったところも考慮し、フレキシブルに対応できる仕様となっています。
秋元:コスト面を考えると、シングルソケットにはマルチソケット以上の魅力を感じますね。また、経営者目線では電力効率(=熱問題)も無視できない。例えば、弊社はサーバー用も含めて多くのデスクトップPCが常に稼働しているので、冬場でも冷房はつけっぱなしです。当然、電気代はかなりの額になっており、今後さらにスペックアップして使用電力や発熱量が増えるのかと思うと、それこそ死活問題です(苦笑)。
CGW:今回の内容を踏まえて、次回はDell Precision 7865 TowerワークステーションとAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズでどんな検証をしてみたいですか?
秋元:やはり、CPUに多大な負荷のかかるレンダリングは試したいですよ。例えば、レイトレースがからんでくるガラスなどを多く含んだシーンにはチャレンジしてみたいです。実際、そういったシーンはCPUではとても回らないので、GPUレンダリングで対応しているのが現状です。
ただ、本音を言えばGPUレンダリングよりもCPUレンダリングの方が仕上がりは綺麗で、GPUレンダリングでは「どこかリッチさに欠ける」と感じているのも事実です。それだけに、そういったGPUのデメリットをAMD Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズで解消できるのか、そのあたりに期待したいところです。
Dell Precision 7865 Towerワークステーション(構成の一例)
- OS
Windows 11 Pro
- CPU
AMD Ryzen Threadripper PRO 5945WX プロセッサー(12コア / 24スレッド / 4.10GHz / 最大ブースト・クロック4.5GHz / L3キャッシュ64MB /
TDP 280W)- GPU
NVIDIA T400 4GB GDDR6
- メモリ
8GB(1GB×8)
- 電源
1350W
問い合わせ
デル・テクノロジーズ
TEL(個人・法人):0120-912-039(平日:9時~18時30分)
https://www.dell.com/ja-jp
日本AMD
TEL(法人):03-6833-1041(平日:9~12時/13時~18時、土日祝:9~20時)
TEL(個人):03-6833-1010(9時~20時)
https://www.amd.com/ja
TEXT_近藤寿成(スプール)
PHOTO_蟹 由香
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)