Mayaで制作された学生作品を、SAFEHOUSE・鈴木卓矢氏が詳細レビュー。「WHO'S NEXT? 2023 ver.01 受賞者座談会」~Autodesk Day 2023(7)
毎年恒例となった、CGWORLD主催の学生CGトライアル「WHO'S NEXT?」。同コンテスト2023年第1弾の受賞者3名と審査員を務めたSAFEHOUSEの鈴木卓矢氏による本セッションでは、受賞者自らが、Mayaで制作した各々の作品の制作過程について実データを見ながら解説をした。鈴木氏からは、作品に対する評価のポイントに加え、さらなるスキルアップのためのアドバイスもあり、作品づくりに励む若手必見の充実のセッションとなった。
イベント概要
Autodesk Day 2023
日時:2023年8月4日(金)
時間:11:00〜19:00
参加対象:3DCG制作に携わる方、これから目指す方など
参加費:無料 ※事前登録制
会場:オンライン配信
cgworld.jp/special/autodeskday2023/
鈴木卓矢氏
SAFEHOUSE 取締役・背景モデリングSV
BlizzardEntertainmentのCinematics部署で、SeniorArtist として背景のデザインからモデリングまでを担当し多くの作品に携わる。
その後、ドイツでArtDirectorとしてリアルタイム映像制作で活躍しているErasmus Brosdau氏とタッグを組みSAFEHOUSE inc.を設立。自身のスキルアップのため、フリーランスの背景モデラーとしても幅広いジャンルのアセット制作を請けている。
また、後進を育てるため、自身の経験を基にBlizzard Entertainmentと同じ環境レベルでのアーティスト教育を行っている。
safehouse.co.jp/
<1>小南春斗『Magic hour』
小南春斗さん(HAL名古屋)
「WHO'S NEXT?」の常連であり、今回で4回目の挑戦。コンテストごとに作風が異なる多彩な作品を手がけ、今回は『Magic hour』で第6位に入賞となった。受賞作については、「ボリュームやシミュレーションを取り入れた画づくりにチャレンジしました。配色や構図には特に力を入れ、幻想的な作品を目指しました」と語った。
luwden.artstation.com/
小南さんは作品をつくり始める前に、学びたいことから作品のテーマやコンセプトを決めるとのことで、本作では「Mayaの機能であるBifrostに触れてみる、ボリュームを用いた画づくりに挑戦する」といった目標があったという。
リアルでありながらも、幻想的な雲の表現や、マジックアワーの美しい色彩やライティングを表現することにこだわって制作されたそうだ。
「ファンタジー系な雲で、ねらった位置に雲を置きたいということで、簡単なポリゴンメッシュをベースに雲を生成するというグラフをBifrost 2.0でつくりました。制作に関してはBifrostブラウザにあるテンプレートのスモークの数々や、ILMのReza Sarkamariさんのオンラインチュートリアルビデオを参考にしました。Bifrostのすごいところは、ビューポートでもかなりレンダリング結果に近いようなライトや質感が得られることだと思っています」(小南さん)。
鈴木氏は、本作が画像を小さくアイコンとして表示したときに映える画づくりができていたことを高く評価した。
「アイコンで見られる情報というのはディテールを抜いた状態なので、要は形を上手く使ってきちんと構図がとれているかというのが如実に表れます。デッサンするときも、自分が描いているキャンバスからいったん距離をとって離れて見たりしますよね。あれと一緒です」(鈴木氏)。
一方で鈴木氏は、細部にはまだ甘いところがあるとも指摘する。
「ディテールについては、重さとか大きさという、形ではなくディテールで表現すべき部分に情報のノイズが入っているんですよね。そのノイズというのは何かというと、ディテールに対しての説明不足ということなんです。例えば、気球の大きさに対して籠がすごく重そうだから、もうちょっと気球の風船部分が大きい方がいいんじゃないかとか、風船の膨らんでいる部分の形状が丸くツルンとしているんだけど、中の空気が上に上昇していくわけだから、もうちょっとひょうたん型とか上部が平らになっていてもいいのかなとか」。
「あと、現状はロープで浮遊感が表現されているんですが、もう少し気球の形のバランスで浮遊感を出せるようになってくると、そのシルエットで出した浮遊感に対して、ロープのディテールで表現している浮遊感っていうのが、情報の繋がりとしてマッチするんですよね。そうすると、もっと画として豊かになっていくと思います」(鈴木氏)。
また本作へのアドバイスとして、「今の時点では奥行きがないことがもったいないので、近景、中景、遠景をレイヤーごとにつくって、手前の気球を主役として残しつつ、奥の3機を背景に馴染ませてあげるといい」と鈴木氏は語った。
小南さんからの「もう少し長く見てもらえる作品にするためには、気球に何かポーズをとった人間を乗せてみるとかでしょうか?」という問いに対しては、「ディテールの中にディテールを入れても人は見ない」と鈴木氏はコメント。
「要は、人が何を見ているのかというと、基本的にはコントラストを見ているんです。例えば森の中に葉っぱを1枚置いたとしても、その葉っぱを見るわけがない。最初のぱっと見たときの全体としての形のとり方、シルエットのとり方が重要なんです。形だけでストーリーテリングできる状態をまずつくって、そこを深掘りしていくとディテールがどんどん見えてきて、ストーリーが展開していくっていうのが、静止画の画のつくり方です」(鈴木氏)。
<2>和久田瑞希『自販機下の悲劇』
和久田瑞希さん(京都外国語大学)
CG専門学校ではなく、京都外国語大学に在籍という異色の経歴。もともとイラストを描いていたが、他の表現方法を模索する中でMayaを使い始めたという。Webで使い方を学びながら独学を続け、今回『自販機下の悲劇』にて第2位に入賞となった。受賞に際して「魅力のある作品を目指し、独学で日々CG制作に取り組んでいます。今後も研鑽を積んでいきたいと思います」と語った。
100円玉を自販機の下に落としてしまったというシーンを描いた本作は、まず隙間から覗くような状況とはどんなものがあるだろうか、という発想からつくられていった。和久田さんが注力した点としては、状況がすぐにわかるように、見てもらいたいものを限定して、他は邪魔しないようにつくったこと。またキャラクターの性格がわかるように、バッグなどの小物にもこだわったという。
本作の優れた点として、この場面の前後がイメージできることだと鈴木氏は語る。また、魚眼レンズで画面の四隅を取って丸く使い、さらにその中に100円玉という小さな丸が入っている構図が素晴らしいと言う。
「アングルもそうですし、普通だとあんまり画面を歪ませずにそのままにしてしまうんですが、こういう逆にちょっと画面の端っこを歪ませて、四角ではなくちょっと丸にしてあげるみたいな演出も、感情移入とか没入感というのを増して表現できている感じがして、すごく良いと思います」(鈴木氏)。
また「そこまで深く考えていなかった」と和久田さんが言うのに対し、それを感覚的にできるところが凄いと鈴木氏は高く評価した。
「画の真ん中にあるコインや顔に視線誘導したいと思っていて、デフォルトのカメラではコインがあるかどうかもよくわからない見え方になってしまうこともあり、魚眼レンズを使いました。多分デフォルトの設定は焦点距離35mmになっていると思うんですけど、Arnoldの設定のところでfisheyeにして、被写体深度で視線誘導をしました」と、和久田さんは構図の工夫について語った。
「この魚眼レンズを使う前って、2Dの画としてはコインが目立っているけれど、没入感はない。要は記号的にコントラストがついているだけで、背景的にコントラストがついているわけではないんです。それを魚眼レンズでフレームをちょっと丸くすることによって、奥に対しての没入感がより出て、画にストーリー表現が出ています」(鈴木氏)。
また、一般的に使われている「視線誘導」とは2D的な技術のひとつであり、フォトリアルな3DCGの背景では使用方法が変わってくると鈴木氏は考えているという。
「視線誘導は古くからは西洋絵画でよく使われてきた言葉です。ペインティングによる視線誘導では、ディテールをコントロールして形を作れるので割と使いやすい誘導方法だと思っています。
一方で、フォトリアルなCGではレンダリングすると1ピクセル単位の情報が画面に出てしまうため、表現したい情報を邪魔してしまうことがあります。アウトライン、その画の中の構造、あとはディテール。この3つについてどうやってバランスをとって意識を誘導させていくかが、CGの背景モデリングの表現方法だと僕は思っています。つまり、単純に目線だけを動かしてしまうと、ディテールで情報説明をしている分、背景を眺める時間が短くなってしまいます。
背景モデリングの場合には、単純に目線で結ぶ視線誘導ではなく、フォトリアルならではの情報を使ってどう意識させるかを考える方がより見る人にばれにくい複雑な表現ができるのではないかと思っています」(鈴木氏)。
本作は線ではなく、形を使って人の見る意識を誘導させており、それを自然にできている和久田さんはセンスがある、と鈴木氏は語った。
<3>野口隆成『Holiday breakfast』
野口隆成さん(HAL大阪)
背景モデラーを目指して日々作品づくりに励んでいる。Mayaの使用履歴は3年ほどで、鈴木氏のYouTubeなどで使い方を学んでいったという。今回は2回目の応募であり、休日の朝、山小屋での朝食を題材にした『Holiday breakfast』で第1位に入賞を果たした。「ずっと憧れていた賞を受賞することができ、誠に光栄です。今後も、より良い作品を創り出すために、よりいっそう研究と努力を重ね、成長し続けていきたいと思います」と受賞の喜びを語った。
本作は休日の朝食をテーマにした作品であり、アイデアの出発点はアンリ・ル・シダネルという20世紀初頭のフランス人画家の絵だと野口さんは言う。
「背景モデラーとして作品をつくるときにどうしても人をつくるのが大変で、そのときにシダネルの絵画を参考にしました。シダネルの絵に人間自体は映っていないんですが、ついさっきまでそこに人がいたかのように見えるので、なぜそう見えるのか分析したんです。本作では、つくりたての食べ物とそれに使う食器を置くことで、画面内に人を描かなくても画面外に存在を感じさせることができるのではないかと考えました」(野口さん)。
構図や物量については、過去の入賞作品を調べて自分でもつくれそうな範囲に収まるように設定されている。そこから、仕上げとして光の演出だったり、臨場感を出すための湯気だったり、カーテンの揺れだったりと、細かなところの味付けを加えて完成させたという。そんな野口さんの、自分がやれることから逆算して作品をつくり上げるという方法は、企業にとっては即戦力だと鈴木氏は高く評価した。
鈴木氏によれば、本作で最も優れているのはモデルの説得力だという。「この目玉焼きのモデルさえ見てくれれば、ほとんどの人を説得させられるというレベルのクオリティですね」(鈴木氏)。
目玉焼きの形自体はいろんなリファレンスを見ながら制作していったとのことで、そこは特に苦労しなかったと野口さん。最も悩んだのは、黒胡椒の部分をどうつくるかだったという。
「小さいオブジェクトをたくさんつくって配置してもよかったんですが、本作ではディスプレイスメントマップを使って、黒胡椒の部分だけを浮立せるようにしてつくりました。具体的には、黒胡椒の乗っている黄身の画像を用意して、黒胡椒の部分だけを切り抜いた白黒のマップを作成、それを使って黒胡椒のところだけ飛び出させるというやり方です」(野口さん)。
加えて、黄身の部分の質感表現にはサブサーフェス・スキャタリング(SSS)が用いられている。
「リアルに見せるために半透明表現のSSS を使っていますが、黒胡椒の部分には適用したくないので、今度は黒胡椒以外のところだけが白黒になっているマップをつくって、黄身のところだけSSSが当たるようにしました。自分でオブジェクトを並べると黒胡椒がどうしても均等になってしまってリアルにならなかったので、もともと用意していた黒胡椒の乗った目玉焼きの写真を使ってマップを作成しました。焦げている部分もSSSが当たってほしくないので、黒胡椒と焦げている部分だけを切り取った白黒マップを使ってSSSを当てています」(野口さん)。
野口さんの語った、「自分の手で置いていくと等間隔になってしまう」という点は、背景モデリングにはすごく重要だと鈴木氏は指摘し、そこに現段階で気づけていろいろ試せているというのは素晴らしいと高く評価した。
また、カーテンがなびいて風が吹いているように感じさせることで匂いを表現していることを評価しつつ、カーテンがないと風が表現できないかというと実はそうではないと鈴木氏は語る。
「風とは何なのかというと、空間が動いているということ。空間が動いているように見せることは、カーテンがなくても表現できます。
そのひとつの方法として、人間は基本的に画を見るときに手前から奥を順番に見るんですが、逆に奥から手前に向かってくる空間の移動力を表現できれば風を感じさせることができると思っています。奥から手前に向かってすごい圧迫感のある背景というのは、逆にその圧迫感さえ消してしまえば心地良さになってくる。それはもはやディテールではなく、形なんです。
背景表現のひとつとして、目に見えて風が吹いているという表現だけではなく、空間が動いて見えることで感じる風という表現も存在している。こういう考え方もあるということを、今日伝えたかった」と、鈴木氏は野口さんがさらなる上の段階へ進むための課題を示唆してくれた。
最後に鈴木氏は次のように語り、講演を締めくくった。
「僕は2001年以来ずっとMayaを使い続けているヘビーユーザーですが、特に自由にカスタマイズできるところがMayaの強みだと思います。このセッションでMayaに興味をもった人は、オートデスクのAREA JAPANで展開しているSAFEHOUSEのコラムをぜひご覧ください。あとはSAFEHOUSEでもいろいろな人材を募集しているので、僕の背景のつくり方に共感してくれる人がいたらどんどん応募してほしいなと思います」(鈴木氏)。
TEXT_オムライス駆
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)