熊本県の天草諸島に位置し、豊かな自然やキリシタン文化を持ち、農林水産業や観光業を基幹産業としてきた天草市。そんな同市はいま、「デジタルアートの島」構想を掲げ、ゲーム・アニメ・映画などを制作する3DCG関連業種の企業・アーティストの誘致活動、移住後の支援制度の整備、3DCG人材輩出のための教育機会の創出に取り組んでいる。
今回は、そんな活動の一環として同市が定期開催中のCGクリエイター対象の「視察ツアー」参加者の声をお届けする。実際に移住、拠点開設を検討中のCGクリエイター、企業が天草市を訪問。ツアーを通じて見えてきた天草でのCG制作や暮らしの様子をお伝えする。
東京を離れて仕事をするなら天草がいい
――ツアーへのご参加お疲れ様でした。ツアーに参加されたみなさん、自己紹介をお願いします。
伊藤宗也(以下、伊藤):MIRASISONE代表取締役の伊藤宗也と申します。弊社は設立から約1年ですが、3DCG映像制作や、ホテルやレストランなどの屋内向けプロジェクションマッピングを手掛けております。
仲村 晃(以下、仲村):営業の中村です。CGに関してはまだ勉強中の部分も多いですが、業界を盛り上げるために全力で取り組んでおります。
竹本宏樹(以下、竹本):フリーランスの竹本です。元々は2016年8月からロンドンのダブル・ネガティブ(DNEG)、フレームストア、ILMロンドンで計8年ほどシニアゼネラリストTD、エンバイロメントゼネラリストTDとして勤務していました。主にゼネラリストとしてエンバイロメント、ライティング、ツール開発など多岐にわたる業務に携わらせていただきました。今年8月に帰国してからは東京でフリーランスとして仕事をしています。
嶋田 宏也(以下、嶋田):同じくフリーランスでCG全般の仕事をしています、嶋田です。僕はもう7年ほどフリーランスをやっていまして、その前に7年ほど会社勤めもしていたので、業界歴的には延べ13年か14年くらい。いまは埼玉に住んでいて、在宅で仕事をしています。
稲垣 匡人(以下、稲垣):デイジー代表取締役の稲垣です。弊社は2004年に3DCG・ビデオゲーム等のデジタルコンテンツ制作会社として発足し、VFX・アニメ・ゲームだけにとどまらずアプリの企画・制作、大手電機、自動車メーカー等とのプロトタイピングの開発も行ってきました。また、近年では現代美術作品として美術館に招待展示しNHKで紹介されるなど、受注のコンテンツ制作と共にアート作品製作にも力を入れています。
藤本 航(以下、藤本):一般社団法人デジタルアート天草藤本 航と申します。東京に本社を構えるCG制作会社、ORENDA WORLDとして天草市に進出しまして、そこから天草市と一緒に一般社団法人を立ち上げました。東京の仕事、天草を盛り上げる仕事と二足の草鞋でやっています。天草には去年5月に移住してきました。
宇津川達郎(以下、宇津川):藤本と同じくORENDA WORLDに所属しております、一般社団法人デジタルアート天草の宇津川です。普段はデザイナーとして活動していますが、天草では高校生へのCG指導や、小中学生向けのCG講座の企画など、教育関連の支援に力を入れています。
嶋﨑健介氏(以下、嶋﨑):天草市産業政策課の嶋﨑です。企業誘致やデジタルコンテンツ産業創出促進(デジタルアートの島創造事業)の担当しています。私自身、天草が大好きなのですが、若い世代が地元を離れてしまう現状に危機感を抱いています。そこで、天草の産業や環境を活性化させるために、このプロジェクトに取り組んでいます。
――ありがとうございます。みなさんそれぞれにCG業界でご活躍されているということだと思うのですが、そもそも今回はなぜツアーに参加されようと思ったのか、地方に拠点を持つことを考えるに至った経緯など伺えますか?
伊藤:現在、主に東京や東日本を拠点に活動していますが、西日本にも進出し、拠点を設けたいと考えています。そのタイミングで天草市のプロジェクトを知ったのがきっかけです。福岡にも近く、第二拠点として魅力的だと感じました。また、私たちはプロジェクションマッピングの仕事を手掛けているので、地方創生と組み合わせる形で地域を盛り上げる取り組みができればと思っています。
仲村:今回は天草を知ることが目的だったのですが、想像以上にリフレッシュできました(笑)。東京を離れると本当にリラックスできますね。
竹本:リモートワークが普及した影響で、東京だけでなく人が密集している場所全般が苦手になってきました。どこでも仕事ができる環境が整った今、もっと自然に近い場所での生活もいいのではないかと思い、天草を訪れてみました。
嶋田:僕も同じ。リモートワーク定着以降、東京で土地代や家賃を払う意義も見出しづらくなってますしね。ただ、地方に行きたいと思っても、どこの地方に行ったらいいかわからなかったんですよ。そんなときにCGWORLDで天草の話を見かけたので、とりあえず1回行ってみるかと(笑)。
稲垣:CGWORLDの記事がきっかけで天草に興味を持ち、今回のツアーに参加しました。天草という土地が持つ独特の空気感やストーリーを味わいたいという気持ちもありました。というのも、最近は地方での芸術活動が非常に活発で、層がますます厚くなってきていますよね。
たとえば、瀬戸内や新潟など、それぞれの地方で芸術性が深められ、世界中から富裕層がプライベートジェットで訪れるような動きも出てきています。そんな中で、天草がデジタルアートを方向性として打ち出しているのを見て、まずは現地を直接見てみようと思いました。
――3日間ツアーに参加してみていかがでしたか? 印象に残ったことなどはあったでしょうか?
伊藤:僕が特に印象に残ったのは天草工業高校 情報技術科 CG系列での授業です。天草ならではの自然豊かな環境で、PCやzoomを活用して進められる学習環境の融合がとても興味深かったです。また、CGという一般的にあまり知られていない業界に、高校生たちが積極的に挑戦している姿を見て、どんな人材が育っていくのかとワクワクしました。
宇津川:現在私はCG系列の授業を週に1回(カリキュラムは、平日2時間の部活動も加え週13時間)受け持っています。実際に教える立場としても、高校生たちの成長スピードには驚かされます。15歳、16歳という若さからくる柔軟性や素直さがあり、吸収力が非常に高いんです。
伊藤:高校の3年間で、C++やPythonなどプログラミングを学びながら、3DCGのデザインをみっちり学ぶことで、どんなクリエイターが誕生するのか本当に楽しみですね。日本のエンタメ業界を変えてくれるかもしれない!
――他にはいかがでしょう?
仲村:キリシタン館が印象的でしたね。歴史や土地の雰囲気も素晴らしいのですが、何よりも館長の存在感がすごい(笑)。
藤本:館長の熱意がものすごいんです。天草四郎の話をさせたら右に出る者はいないという感じで(笑)。そんな熱意あふれる館長をCGでデジタル保存できないか、なんて冗談半分で話が出るくらい。館長だけでなく地元愛に溢れる方が多いですよね。
竹本:食べ物もすごく美味しかったですね。刺身盛りなんて、新鮮でものすごい量なのにめちゃくちゃリーズナブルで、かなり驚きました。地元のお酒もすごくおいしくて相性抜群でした(笑)。
藤本:やっぱり、人が素晴らしいですね。皆さん優しくて、特に若者たちは驚くほど素直で良い子ばかり。あまりに素直すぎて心配になるくらいです(笑)。私たちが伝えたことを吸収しようと興味を持って取り組んでくれているので、皆さん将来有望な方たちだなと思っています。
都会の喧騒から解放されたことで仕事の効率がアップ
――天草で仕事をするとなると、東京から地理的に切り離されてしまいますが、何か困ることはありそうですか?
嶋田:リモートワークが前提になっているので、営業活動が焦点になるかもしれませんが、少なくともある程度長く業界で活動している人は、これまでの知り合いや人脈を通じて仕事が来ることが多いと思います。そのため、営業で大きな問題が生じることは少ないのではないでしょうか。むしろ、自分から発信していれば十分にやっていける気がします。
稲垣:オーシャンビューで仕事ができるシェアオフィスもあっていいですよね。
竹本:窓から美しい自然が見えるだけで、本当に違いますよね。東京だと窓の外は隣の家の壁ということも多いですが、自然の景色があるだけで、気持ちにもパフォーマンスにも良い影響を与えてくれると感じます。
宇津川:僕は一軒家を借りているのですが、とても快適です。自然がある環境だとリフレッシュしやすいですし、仕事の後に人混みを移動する必要がないのも精神的に楽ですね。気が休まる環境で仕事ができている感覚があり、疲れ方が全然違うと思います。
藤本:実は天草に来てから東京のORENDA WORLDの仕事と、天草の一般社団法人の仕事で、仕事量としては倍ぐらいに増えたと思うんですけど、気分としては全然楽にこなせているかなという印象ですね。
宇津川:帰宅ラッシュに巻き込まれないだけで全然違いますよね。それだけでなく、人混みや広告の視覚的な情報量、車やサイレンの騒音といったものが、どれだけ体にストレスをかけていたのかと実感します。
稲垣:以前自然豊かな環境で働いている人たちと一緒に仕事をしていた時、同じ仕事量なのに余裕が全然違うなと感じることがあったのですが、天草でこれだけ楽になったのを考えると、環境から受ける影響というのは非常に大きいんだなと思いますね。
宇津川:意図的にリフレッシュしようとしなくても、夕陽を眺めたり海を見ているだけで自然と気持ちが落ち着くのがいいですね。まるでコンビニに行くような感覚で気軽に海に行けるのも魅力です。この辺りの海はとても穏やかで、荒れることがほとんどないのも安心です。
藤本:疲れているけど、仕事は減らせない、頑張らないといけない!って人は天草に来るといいと思います。
嶋田:「人間再生所」みたいなところありますよね。
嶋﨑:実際、移住者の方からそういったお話はよく聞きます。
宇津川:天草で仕事をしてると、東京になかなか帰りづらいですよね(笑)。肉体的にも精神的にも健康に仕事ができる環境が整っていると思うので、特に疲れている人には天草はおすすめです。
オフィス、住居の確保には空き家サービスがおすすめ!改修費用の2分の1以内(上限100万円)を補助
――逆に、不満や足りない点などがあればそれも聞きたいのですが、何かあります?
伊藤:シェアオフィスが用意されているのですが、人によっては使用しづらい側面があるかもしれないなと。私たちは、守秘義務が伴う仕事が多いので、シェアオフィスのようなオープンな環境では作業が難しいんです。結局、良い物件を自分で探して利用するのが一番だと感じますね。
嶋﨑:空き家をご紹介するサービスと、空き家のリノベーションに最大100万円までを支援する制度があるので、そうしたものをうまく使っていただければ、と思います。
――ネット環境などはどうでしょう?
宇津川:いまのところ不自由を感じることはないですね。回線工事をする際に、空き家の放置された庭木が邪魔して工事がすぐに着手出来ないとか、そういうことで面倒だったことはありましたが、一度工事してしまえばそこからは大きな不便はなくやれています。
藤本:同じくですね。最初はStarlinkの利用も視野に入れていたんですけど、普通に光回線が使えたので、問題ありませんでした。
――これから天草が「デジタルアートの島」として発展するための展望や想いがあればお聞かせください。
嶋﨑:現状、天草を盛り上げていくために、多くの方々が熱い思いを持って協力してくださっていることに感謝しています。ただ、数社だけでの取り組みでは限界があり、長期的に発展していくためには、プロジェクトをさらに拡大し、多くのアーティストや企業に関わっていただく必要があると思っています。刺激や情熱を持って天草に集まってくれる方々が増えることで、この取り組みはさらに大きな成果を生むと信じています。これからもチャレンジを続けていきたいです。
いかがだっただろうか。
天草市では、インタビュー中に語られたシェアオフィスや空き家活用への補助以外にも、高校生までの医療費無料制度や天草エアライン企業誘致割引制度など、「デジタルアートの島」構想の実現に向けて数多くの制度を整備している。
制度の拡充や次回以降のツアーなど、様々な取り組みを続けていくとのことなので、CG産業に携わっていて、天草に拠点を持つことが視野に入るようであれば、引き続き、天草市の動向を観察されてはいかがだろうか。
TEXT_稲庭淳
PHOTO_fastvo
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)
EDIT_中川裕介(CGWORLD)