
Bjarke Ingels Group(以下、BIG)は、デンマーク・コペンハーゲンに本社を置く世界的な建築設計事務所だ。今年10月、BIGにおいて「NOT A HOTEL SETOUCHI」をはじめとした多くのプロジェクトの統括を担う小池良平氏が、ボーンデジタル 主催「BIG in Japan From vision to visualization」での講演を目的として来日する。
CGWORLDでは、来日直前に小池氏にインタビューを実施。BIGとの出会い、精巧で美しいパース制作の裏側、そしてこれから建築業界において求められるスキルについて、たっぷり語ってもらった。
プロフィール

小池良平氏/Bjarke Ingels Group
2010年にコペンハーゲンのBIGにデザインアシスタントとして入社。BIGロンドンでシニアデザイナーを務め、2021年にはアソシエイトに昇格。
デンマークに2017年8月にオープンした新しいLEGO体験施設「The LEGO House」や、同じく2017年8月に開館した第二次世界大戦の掩蔽壕跡を改装した戦争史博物館「Tirpitz Museum」など、近年完成したプロジェクトの主要デザインメンバーとして活躍。
プロジェクトリーダーとしては、離島に建設される高級ヴィラ群「NOT A HOTEL SETOUCHI」や、オフグリッドの革新的な住宅プロジェクト「Vollebak Island」を含む、数々のコンペや設計依頼を統括。
Southern California Institute of Architecture(SCI-Arc)にて建築学士号を取得している。
「建築デザインには理由がある」ことを教えてくれたのが、BIGだった

――まずは、小池さんがBjarke Ingels Group (BIG)にジョインしたいと思った経緯を教えてください。
小池良平氏(以下、小池):高校卒業後すぐにアメリカへ留学し、まずは2年制の短大で一般教養を学び、その後、南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)に編入しました。
SCI-Arcは、フランク・ゲーリーやトム・メインといったロサンゼルスの前衛的な建築家たちが、既存の建築教育に対する疑問から立ち上げた学校で、非常にアバンギャルドな教育方針を持っています。当時はパラメトリックデザインやコンピュテーショナルデザイン、さらにはMayaなどのツールを使って、建築を実験的に探求していました。刺激的でクリエイティブな環境ではあったものの、正直、「なぜこの形なのか?」「何を目的にしているのか?」といった議論や問いかけが重要視されていなかったため、建築とはなんなのかがいまいち理解できていませんでした。
そんな中で出会ったのが、2009年に出版された、BIGの『Yes Is More』という本でした。この本では、ビャルケ(ビャルケ・インゲルス氏)がかつて漫画家を志していた背景を活かし、建築をアメコミの形式で解説されています。「なぜこの建築がこの場所にあるのか」「誰のために、どんな問題を解こうとしているのか」「その敷地のポテンシャルは何か」すべてのプロジェクトがひとつの物語として描かれ、建築がロジカルかつドラマチックに語られていたのです。
この本を読んだとき、私は初めて「建築デザインには理由がある」ということが理解できました。それ以来、BIGで働きたいと思うようになり、大学卒業後すぐにBIGのコペンハーゲン本社にインターンとして応募しました。これが、私のBIGでのキャリアの始まりです。
――今回、Bjarke Ingels Group(BIG)のメンバーの皆さんとともに来日となりますが、帰国する際、特に楽しみにしていることはありますか?
小池:日本に来られない間に、新しくできた建築やお店など、デザイン関係のものをブックマークしておいて、日本に行ったときに一気に見て回ることです。
以前、新素材研究所さんに個人的にかなりハマっていた時期があったのですが、知り合いのツテを頼って、オフィスに見学に行かせていただき、関東で手がけられたプロジェクトはほぼすべて見に行かせていただきました。そうやって日本で得た建築やデザインの知見は、出張から戻ったら同僚にもシェアしています。
建築関係以外の楽しみは、コンビニですね。海外にずっといると、日本で頻繁に使う「コンビニに寄ってく?」というフレーズが、どれだけ豊かで、ありがたく、楽しいものかというのが、本当に身に染みて分かります。日本に住んでいる皆さんは、それがどれだけ素晴らしいことかピンとこないかもしれないですが、「コンビニに寄ってく?」というフレーズに込められた興奮と楽しさ、そしてその時の友達や知り合い、または同僚と行く体験みたいなものは、日本でしか味わえないものだと思っているので、コンビニに行くことが、日本でのとても楽しみなことのひとつです。
――来日中に予定している活動について教えてください。
小池:現在進行中の「NOT A HOTEL SETOUCHI」の敷地調査、確認、そしてそれについての打ち合わせを主に予定しています。

――小池さんにとって、ビャルケ・インゲルスさんはどのような人物でしょうか?
小池:現役最強の建築家、少なくともそのひとりだと思っています。私の中でビャルケは、小さい頃、近所にいたかっこいい年上のお兄さんの最上位互換。ギターが上手くて、その人に憧れてギターを始めたり、その人が言うことを何でも真似してみたくなるような、影響力を持つ近所の年上の兄貴。建築に対する思想も、人との接し方も、すべて尊敬しています。
ビャルケは「プレゼンがうまくて、口が達者で、グラフィックが巧みな建築家」と言われがちです。しかし、実際に一緒に働いてみると、彼ほど建築の知識と理解が深い人はいないと感じます。彼の持つ建築史やリファレンスの蓄積は圧倒的で、建築マニアという言葉がぴったりです。建築を心から愛し、その構造から文化的背景まで、あらゆる角度で本質を捉えています。
私たちが何日も、時には何週間もかけてリサーチした内容を共有すると、ビャルケはわずか数分でその核心を見抜きます。集中力の鋭さ、問題の本質を理解する速さ、そしてそれに対して瞬時に返してくるデザインの質と量、すべてが圧倒的です。そして何よりも、人として素晴らしい。今、BIGには世界各地の拠点のスタッフを合わせて約850人が在籍していますが、ビャルケを嫌う人は一人もいません。誰に対しても誠実で、ユーモアがあり、チームを前向きにさせてくれる。
圧倒的な建築家でありながら、同時に人間として魅力的で、一緒に時間を過ごすことが本当に楽しい。それが、私が知るビャルケ・インゲルスという人物です。
――小池さんから見た、日本企業と海外企業のちがいについて教えてください。
小池:海外企業、特にBIGでは“ジェネラリスト”よりも“スペシャリスト”が重視されていると感じます。もちろん、幅広く対応できる人材が求められる場面もありますが、それ以上にBIGでは何かひとつ突出した強みを持つ人が高く評価されます。もし人の能力を六角形のグラフで表すなら、すべてが平均的に整っているよりも、どこか一つが大きく突き抜けているような人が歓迎される、そんな文化があります。
ビャルケ自身もその考えを体現していて、BIGを設立して以降、ビジネス面もリードしてきましたが、経営判断で何度か危機を経験し、自分はこの部分は得意ではないと率直に認めました。そこで彼は、建築出身ではない経営の専門家をCEOに据えたり、ディテールや施工管理などを得意とする経験豊富な建築家をパートナーに迎えたりと、得意分野以外は信頼できる人に任せ、自分はクリエイティブに専念できる体制を整えました。
この弱点を補い合う組織づくりはBIG全体に浸透しています。日本ではひとりの建築家が受付からマネジメント、設計まで幅広く担うことが多いですが、BIGではそれぞれの得意分野を明確に分担し、互いの強みでチームを構成する文化があります。つまり、個人の“尖り”を組織の力に変える、それがBIGらしさであり、日本企業との大きなちがいだと思います。
誰が見てもその空間を直感的に理解できるように、精巧なパースをつくる
――小池さんが普段お仕事で使用しているソフトウェアの構成を教えてください。
小池:Rhinocerosで3Dモデリングを行なっており、図面も実施設計、基本設計レベルであればほとんどRhinocerosで書いています。パースをつくる際には、D5 RenderやEnscapeなどのレンダラをつかっています。他に使用しているのはAdobeのInDesign、Photoshop、Illustratorなどで、そこまで多様なソフトを使っているわけではありません。BIGのメンバーのなかには、RhinocerosのプラグインであるGrasshopperや、BIMなどを使用している人もいます。
――作業の効率化のために工夫していることがあれば教えてください。
小池:私たちはあまりPhotoshopでのポストプロダクションの工程に時間を費やさないようにしています。ポストプロダクションに時間をかけすぎると、再現性が下がり、変更が少し入っただけでも修正に時間がかかってしまうからです。なるべくRhinocerosの3Dモデル内、レンダラ内で完結するように意識しています。
――CG制作のためのツールは日々多様化していますが、どのようにアップデートしていますか?
小池:最近は私自身が頻繁にツールをアップデートすることはそれほどしていません。ただ、チームのメンバーにはどんどん新しいツールを試してほしいと伝えています。
私自身がそれらを積極的に使うというよりは、「新しいツールで何ができて、何ができないのか」を把握しておくことが、今の立場では重要だと思っています。そうすることで、チームの生産性や作業の可能性を正しく理解し、全体のスケジュールやプロダクションをより的確に組み立てられるからです。
私が新人として働いていた頃に感じていたストレスのひとつは、リーダーやパートナーの「これをこうやってくれ、何時間あればできるだろう」という見立てが、現実とかけ離れていることでした。だからこそ、今はツールの能力や限界を踏まえた上で、指示を出すようにしています。ツールの習得方法も、自分で学ぶより、チームがどのように使いこなしているかを観察し、そこから学ぶことが多いです。
――クライアントにビジュアルを見せる際に、心がけていることを教えてください。
小池:クライアントに見せるパースについては、できるだけ精巧でリアルに仕上げるようにしています。他の事務所では、あえてアーティスティックで抽象度の高い表現をするところもありますが、私たちはそれをパースで行うことはほとんどありません。抽象的な説明や概念の共有は、テキストや言葉、ダイアグラムなど、別の手段で行います。


小池:つまり、抽象的な部分は他の表現で伝え、パース自体は現実に近い、より具象的で理解しやすいものにする。私たちにとってパースの価値は「リアリティ」にあります。マテリアルの質感や重力の存在を感じられるような描写が理想です。
クライアントの多くは建築の専門家ではありません。抽象的なイメージは、建築的な素養がないと読み解くのが難しい。だからこそ、私たちはパースを限りなくリアルにして、誰が見てもその空間を直感的に理解できるように心がけています。
AIで作業を効率化し、人間にしか立てられない根本的な「問い」を追求する
――これからの建築業界で重要になるスキルは何だと考えますか?
小池:「問いを立てる力」だと思います。
この形状にはどんな構造が適しているかや、どうすれば最も安くつくれるか?といった問いには、すでにAIや各種ツールが高精度な答えを導き出せるようになってきています。けれども、このクライアントにとって、この敷地にとって、本当にふさわしい建築とは何かという根本的な問いは、今のところ人間にしか立てられない部分です。この問いを立てるためには、敷地の歴史やコンテクスト、クライアントの思想や欲求を丁寧に読み解き、そこから本当に求められているものは何か、何をつくるべきなのか、という方向性を見出すことが大切です。


小池:正しい問いを立てることができれば、あとは建築やデザインのプロセスを通じてその問いを解いていくだけです。私たちがBIGでよく行っているのも、まさにこのアプローチです。何が必要で、何が重要で、何が問題なのかを見極め、そしてその「問題」をポテンシャルに変えていく。これからの建築に求められるのは、そうした“問いの力”だと思います。
――AIが建築業界に与えるインパクトについては、どのように見ていますか?
小池:BIGではとてもポジティブに受け止めています。ビャルケは今年の初め、全社員に「AI」をテーマにしたメールを送りました。彼自身、昨年まではAIを試しながらも本格的には活用していなかったそうですが、昨年の終わり頃から真剣にその可能性を考え始めたそうです。メールでは、デザイン部門だけでなく、バックオフィスやフロントオフィスを含めた全員が、少なくとも一つのAIツールを使いこなし、その効果や気づきをシェアしてほしいと呼びかけられました。それをきっかけに、BIG全体のギアが一気に上がりました。各国オフィスにはAIチームが設立され、毎週のように登場する新しいツールを積極的に建築デザインに取り入れています。
私たちはAIを脅威ではなく、創造を加速させるパートナーとして見ています。確かに、将来的には大きな方針や問いの設定すらAIが担う可能性もあります。しかし、現時点では、プロジェクトの根幹となる「方向性」や「コンセプト」を定めるのは、やはり人間の建築家の役割だと考えています。
その上で、AIは“答えにたどり着くまでのプロセス”を圧倒的に効率化してくれる。ときには、人間では思いつかない新しい道筋を示してくれることもあります。たとえば、以前は3Dモデルからパースをつくるのに多くの時間を要していましたが、今ではAIが瞬時に生成してくれます。構造計算などでも、これまでラフな段階でも時間がかかっていた作業が、AIを活用することでテンポよく進められるようになりました。そうしたひとつひとつの変化が、確実に建築のスピードと可能性を押し広げていると感じます。
――最後に、BIGや海外の設計事務所で働きたいと考えている日本のクリエイターへ、アドバイスをお願いします。
小池:まずは働きたい事務所で、インターンシップを経験することです。私自身もインターンからスタートしましたし、現在のBIGのパートナーの半数以上が元インターンです。それほど、インターンはキャリアの入口として大きな意味を持っています。なぜかというと、インターンとして入るのが最もハードルが低いからです。日本人であっても、学生ビザを使えばインターンが比較的容易に認められます。雇う側にとっても、給与やビザの負担が少ないため、積極的に受け入れやすいのです。また、インターン期間中に活躍し、チーム内で高く評価された人は、卒業後に「戻りたい」と言えばほぼ確実に採用されます。
一方で、大学や大学院を卒業してからいきなりフルタイムの建築家として応募する場合、事務所側はビザのスポンサーとなり、相応のコストを負担しなければならないため、採用のハードルは格段に上がります。ですから、BIGをはじめ海外の設計事務所を目指すなら、まずはインターンとして挑戦し、現場で信頼を築く。それが最も確実で、自然なキャリアの入り口だと思います。
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)