近年、アパレル業界でもさまざまなDXが進んでおり、例えばマーケティングでは3DCGで制作された商品画像を活用することで、作業効率の向上やコストの削減などを実現しているケースが増えている。今回はアパレルCGを手掛ける三菱商事ファッションに、アパレル業界におけるDXの現状や同社の取り組み等を聞くとともに、導入するマウスコンピューター製PCを選んだ理由やその魅力を語ってもらった。
簡易CGでデジタル展示会を開催、さらなる活用で多彩なメリットが
CGWORLD(以下、CGW):初めに、デジタル事業開発部の概要と主なサービス内容を教えてください。
谷本広幸氏(以下、谷本):デジタル事業開発部には15名が所属しており、「営業」と「R&D」に分かれています。さらに、R&Dは「3Dモデリング班」と「CG班」に分かれて機能しています。アパレル経験者とアパレル非経験者の構成比は7:3程度。また、サービス内容としてはアパレル3DCADソフトウェアを使用して3Dモデリングを制作し、その3Dモデリングデータを起点として、枝葉の様にさまざまなコンテンツを制作・提供しています。
CGW:具体的には、どのようなコンテンツを提供しているのでしょうか。
山口真氏(以下、山口):例えば、アパレルではシーズン毎にメーカーや小売業者がバイヤー向けの展示会を開催しますが、これまではリアルなサンプルを展示するのが一般的でした。しかし弊社では、そのリアルなサンプルを3DCGに置き換え、Webを使用した「デジタル展示会」を提案。会場への移動といった物理的・時間的制約から解放されるため、バイヤーは自身の都合に合わせて商品を確認できるメリットが生まれます。また、デジタル展示会での使用に耐えうるレベルの3DCGを弊社では「簡易CG」と呼称しているのですが、この簡易CGと商品の仕様や価格などの情報を一元管理できる「デジタル展示会ツール」も、メーカーや小売業者向けに提供しています。
山口:さらに、この簡易CGをブラッシュアップし、顧客のWebサイトやオンラインショップでも使用できるフォトリアルな画像を制作。これを弊社では「EC用CG」と呼称しています。従来、顧客のホームページやオンラインショップに掲載される実写カットは、その大半が納品直前の最終サンプルや納品後の量産品を使って撮影していました。そのため、展示会を開催しても、実際の受注や販促を行うまでにはある程度の期間が必要でした。しかし、EC用CGを活用すれば、展示会から1ヵ月程度でWebサイトにアップすることが可能となり、受注や販促期間をより長く確保できるメリットが生まれます。
この特徴を活かし、顧客によっては消費者に新製品の先行予約を促すタイミングで、本来はシーズンの売れ残りで行うセールを受注期間中に予約特典として行っています。こうした活動は、メーカーと消費者の両方にメリットをもたらします。そのほか、最近では簡易CGを活用した短尺の販促用PR動画やアニメーションも制作しています。
CGW:単純な3Dモデリングの制作だけで終わらず、幅広いコンテンツ提供に取り組んでいるわけですね。一方で、従来であればアパレル業界とCGの接点はほぼなかったと思います。そのような背景にあって、3DCGを活用するまでにはどのような苦労がありましたか。
塩川綱一氏(以下、塩川):おっしゃる通りで、アパレル業界しか知らない我々にとって、CGの領域はまさに未知の世界。PCやスキャナーなどのハードウェアから種類が豊富なソフトウェアまで、その選定すべてが手探りで、インターネットで知り得た情報や3DCGツールの販売会社などからアドバイスをもらい、1つ1つ揃えていきました。
またソフトウェア起動までたどり着いても、座標軸を理解できていないために3D空間を把握できず、オブジェクトの移動もロクにできない有り様。途方に暮れたことも多かったですね(笑)。さらに、そういった部分に慣れてきても、次はモデルの仕上がりに関する課題が次々と発生。例えば「シワの表現や素材感が顧客の求める品質に達しているか」や「本当にリアルなサンプルの代替になり、最終的にB to C向けの商品画像として消費者の購買意欲に繋がるのか」などがありましたが、これらは現在も悩み続けている課題であり、その解決に向けてチーム一丸となって取り組んでいるところです。
同時進行が可能な作業フローを構築して集客の向上や経費の削減を実現する
CGW:非常に苦労してきたことがうかがえます。そんな状況にあって、アパレル業界で3DCGを活用したDXを実現する意義とは?
谷本:これまでのアパレル業界の作業フローは長い間、「企画」→「生産」→「物流」→「販売」という流れが、バケツリレーのように一方通行で進んでいました。しかし、3DCGデータを活用して開発段階から商品のイメージを可視化・共有することができれば、3Dモデリングデータを起点に「企画」から「販売」まで同時並行で進められる作業フローを構築できるようになります。これにより業務が効率化され、質の高い商品開発や営業活動が行えるようになるわけです。さらに、材料廃棄の削減といったサスティナブルな取り組みにも繋がると考えています。
CGW:とても魅力的な取り組みですが、何か具体的な事例などはありますか。
山口:例えば弊社では、今年の6月にクラウドファンディングサービス「Makuake」で弊社の独自素材であるDiAPLEXを使用したメンズ吸水用アンダーウェアを出店。ここで掲載したアンダーウェアの画像は、アバターも含めて3DCGを活用しており、現物の撮影はまったく行いませんでした。さらに、吸水機能を説明した3DCGアニメーションも内製化しました。なお、このプロジェクトは開始から1時間半で約30万円分を販売し、3日目の午前中で目標金額(10万円)の約600%となる約60万円分に到達。最終的に、900%を超える約92万円分を販売しました。
また某メーカーとの協業では、ウェアを3DCG化するとともに、プロトサンプルの制作から展示会向けやECサイト掲載まで、全色のモデルをCG化しました。この案件では、展示会までのサンプルに関する経費を約30%削減できたそうです。
パターンをベースに3Dモデルを制作、ディテールなどを追加して納品画像へ
CGW:生産効率の向上だけでなく、集客数の向上やコストダウンなどにもつながっているわけですね。では、アパレルCGの制作工程をお聞きしたいのですが、まずは使用するDCCツールを教えてください。
塩川:3Dモデリングでは、CLO社のアパレル3DCADシステム「CLO Enterprise」とBrowzwear社の「VStitcher」などをメインとし、用途によって使い分けています。また、ECサイト向けのフォトリアルな画像に関しては、3ds MaxやMaya、Adobe Creative Cloudなどを使用。そのほか、靴のモデリングやアバター制作、モーション制作なども行うため、必要に応じてさまざまなソフトウェアを導入しています。
CGW:次に、具体的な制作フローを教えてください。
塩川:まず、顧客から提供されたパターン(型紙)データから、CLO EnterpriseやVstitcherを使用して3Dモデリングを制作するところから始まります。パターンをベースにデジタル上で縫製する(組み立てる)のですが、それだけでは不十分なので、衣服に使用される生地に関する情報や、ボタンやファスナーなどの付属品のモデルなども追加します。例えば生地では、PBR(Physical Based Rendering)に対応する高精度スキャナーでスキャンしたマテリアルと、物理的に正しいとされる物性値を専用の測定器で測定して追加。作業時間は平均で2型/日といった感じです。
塩川:次に、出来上がった3Dモデリングを顧客とともにサンプルチェックし、要望に応じて修正していきます。さらに、修正した3Dモデリングはデジタル展示会用やカタログ用として“映える”ようにディテールの追い込みやスタイリングを実施。最終的に出来上がったモデルにライティングやカメラ調整を施し、レンダリングを行って簡易CGを制作します。
ちなみに、ディテールの追い込みやスタイリングにはアパレルスキルが、レンダリングにおけるライティングやカメラ調整にはCGスキルが必要になるため、簡易CGは「アパレルの知識」と「CGの知識」が融合するスキームとなります。また、ボタンやファスナーなど生地以外のマテリアルにはPBR設定の知見が必要となるため、CGチームが3Dモデリストと協業するケースもあります。
CGW:簡易CGの行程はわかりましたが、EC用CGではどのような作業を行うのでしょうか。
塩川:EC用CGでは、CLO EnterpriseやVstitcherで制作した3Dモデリングをオリジナルのアバターに着装させ、ディテールのブラッシュアップやポーズ取り、スタイリングなどを行ってから、3ds MaxやMayaでレンダリングを行います。さらに、レンダリングしたカットにPhotoshpやAfter Effectsでレタッチを施して納品します。3Dモデリング以降の工程は、約10カットを平均4日で仕上げるイメージですが、PR動画や3DCGアニメーションの依頼がある場合は、EC用CG制作と同時並行で絵コンテや企画の構成も進めます。
アナログ作業で品質向上を目指すとともにコミュニケーションの円滑化にも注力
CGW:制作工程はとても多彩だと感じますが、クオリティを上げるための工夫や努力などにはどういったものがあるのでしょうか。
塩川:3DCGによる衣服のクオリティアップにおいては、とにかく「リアルな服をよく調査・観察することが重要だ」と思っています。制作上、サンプルがある場合は実際に着用してシワ感をチェックしますし、パターンの意図通りに仕上げるためにはどのディテールに注力するべきかなども検討します。
ライティングにおいても、実際のモデル撮影や商品単体の平置き撮影などに使用されているライティングやカメラ設定を研究し、品質の向上に努めています。DXに取り組んでいるにもかかわらず「かなりアナログな作業だな」と感じるかもしれませんが、アパレルは感性に左右される部分が多いだけに、感性を磨き上げるためには、地道な調査や観察が必要になるのです。
CGW:アパレル業界だからこその工夫だと感じます。一方で、管理側として意識している点があれば教えてください。
塩川:制作効率の観点で言えば、R&Dチームのメンバーが基本的に複数案件を抱えていることから、「コミュニケーションの円滑化」を重要視しています。メンバーは日本だけではなく韓国や香港、ベトナムにもいるため、時差などによるコミュニケーションの停滞は品質の低下や納期の遅延にも影響します。そこで、コミュニケーションを円滑にする手段として、会話以外にコミュニケーションツールを採用するほか、チーム員の業務内容や進行状況を案件毎に可視化できるよう、クラウドベースの進捗表や管理表も活用しています。
CGW:ちなみに、制作工程にはアパレル業界ならではの作業も含まれていると感じますが、アパレルCGの制作に求められる特別な能力などはあるのでしょうか。
塩川:アパレルの知識は当然必要ですね。例えば、天然繊維や合成繊維の「表情の違い」や縫い代の始末、ステッチの処理など、素材感やディテールを表現するためには、アパレル特有の知識が必要となるからです。ゲームやアニメのようなエンターテインメント業界であれば、衣服CGの生地情報や構造に注力する必要がない作品も多くあるでしょう。あくまで“想像上の衣服”と割り切っているケースもあるかと思いますが、アパレルCGでは理論値に基づいて作られている点が大きく異なる点と言えます。
ただし、我々としては“エンターテインメント業界”と”アパレルCG”を意識して区別するつもりはまったくありません。むしろ、将来的にはお互いの知見を持ち寄り、よりリアルな世界観が構築されることを期待しています。
優れたコスパやカスタム性が魅力、短納期もマウスコンピューターなればこそ
CGW:アパレルCG制作の特色が良くわかりました。では、実際のCG制作において負荷の高い作業にはどういったものがあるでしょうか。
塩川:CPUを使ったクロスシミュレーションやGPUを使ったレンダリング作業などは高負荷だと思います。とくにクロスシミュレーションはCPUに大きな負荷がかかりますし、メモリも最低32GBは必要でしょう。
CGW:そのような作業を行うにあたり、貴社ではDAIVシリーズを中心とするマウスコンピューター製PCを導入しているとのこと。DAIVシリーズの魅力や、マウスコンピューター製PCを選ぶ理由とは?
塩川:現在はDAIVシリーズの15.4型ノートPCを使っていますが、軽量ボディでもワークステーションレベルのパフォーマンスを発揮できますし、他メーカーと比較してコストパフォーマンスが高いのも魅力です。デザイン面では軽量で耐久性にも優れたマグネシウム合金を採用し、直線基調のデザインも好印象です。またデスクトップPC、キャスターが付いているので、移動しやすいところはとても便利です。
また、弊社の場合は業務の遂行上、急遽PCを追加しなければならいことがあります。そのような場合、マウスコンピューターは国内生産ということもあり、納入が安定していて短期間で入手できる点は大きなポイントです。昨今の半導体不足の影響で、他メーカーだとそのような対応がなかなか取れないだけに、その点は大変助かっています。さらに、他のBTOマシンと大きく異なるのが、デスクトップでは電源ユニットも選択できるということ。プロジェクトによってはGPUを増設するケースもあるため、ここも何気に重要なポイントです。
三菱商事ファッションに導入された現行機のポイント
三菱商事ファッションのデジタル事業開発部では、マウスコンピューターのDAIVシリーズを中心に、デスクトップPCとノートPCの両方を導入。3DモデリストはノートPCをメインに使用し、CG作業者はノートPCとデスクトップPCを併用している。また最近は、複数のデスクトップPCを使用したネットワークレンダリングも構築した。
現行機は、導入時に予算が許す限りの大容量メモリ(最低でも32GB)と高速CPUを搭載している点が特徴。また、ノートPCはテレワーク用として導入しているため、軽さや薄さといったモバイル性とともに、スペックのカスタムが可能でGPUにGeForce RTX 3060を搭載できる点が選択理由となる。
DAIV Z7【カスタマイズモデル】(デスクトップPC)
- CPU
インテル Core i9-12900 プロセッサー(16コア【Pコア 8、Eコア 8】 / 24スレッド / Pコア 2.40GHz、Eコア 1.80GHz / TB時最大5.10GHz【Pコア 5.00GHz、Eコア 3.80GHz】 / 30MBキャッシュ)
- メモリ
64GB
- ストレージ
NVMe接続SSD 1TB+SSD 2TB
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3060 / 12GB
- OS
Windows 11 Pro 64ビット
DAIV 5N[Windows 11](ノートPC)
- CPU
インテル Core i7-11800H プロセッサー(8コア / 16スレッド / 2.30GHz / TB時最大4.60GHz / 24MBキャッシュ)
- メモリ
64GB
- ストレージ
NVMe接続SSD 2TB(1TB+1TB)
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3060 Laptop GPU / GDDR6 6GB
- OS
Windows 11 Pro 64ビット
問い合わせ
株式会社マウスコンピューター
TEL(法人):03-6636-4323(平日:9~12時/13時~18時、土日祝:9~20時)
TEL(個人):03-6636-4321(9時~20時)
https://www.mouse-jp.co.jp/store/brand/daiv/
TEXT_近藤寿成(スプール)