日本初のバーチャルヒューマンカンパニーとして2019年に創業したAww。人々の想像力をかきたて、「Aww!」と感じさせる何かを生み出すことを目指す同社がYKBX氏ModelingCafeと共に推進するimmaのバーチャルファッションプロジェクトの舞台裏を紹介する。

記事の目次
    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.292(2022年12月号)掲載の特集「モデリングの今が示す、デザインの未来」から一部抜粋、再編集したものです。

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    [ imma × バーチャルファッション ]INTERVIEW篇/immaが語るバーチャルファッションの未来

    着心地や機能性とおもしろさとの兼ね合いを探る

    YKBX氏は、映像ディレクター、アートディレクター、アーティストの3つの顔をもつクリエイターで、2021年1月にAwwと専属マネジメント契約を結んだ。そんなYKBX氏に、Awwから「バーチャルファッションをつくりたい」という相談がもちかけられたのを機に、プロジェクトが本格始動した。「まずはバーチャルファッションにまつわる思想や概念的な部分の確認から始めました。バーチャルファッションはサイファイ(Sci-Fi)要素と相性の良い題材ですが、それを安易に盛り込む前に、思想や概念、着る人の気持ちを考えたいと思ったんです。Awwのメンバーと一緒に、"ファッションとは何か?"という根本的な定義から、未来に存在してほしいファッション、バーチャル空間で着たいファッション、immaらしいファッションといったトピックまで議論を重ねた記憶があります。それを基に、どんな見せ方をすればおもしろいかを考えながら、"ああでもない。こうでもない"とコンセプトデザインを描いていきました」(YKBX氏)。

    YKBX氏

    (アートディレクター)

    本プロジェクトでは、YKBX氏のコンセプトデザインを基にKim氏が絵型を描き、その絵型を基にモデラーがMarvelous Designer上でパターン(型紙)をつくってウェアをモデリングするワークフローが採用された。「Kimが絵型を描いたらYKBXさんにチェックしてもらう、モデラーがパターンをつくる中でシルエットの再現に悩んだらKimにアドバイスしてもらうという感じで、各々が柔軟に連携してくれたので、バーチャルとリアリティのベストバランスを選択できました。見た人に自分が袖を通した場合を想像してもらえるようなリアリティを保ちたかったので、着心地や機能性まで視野に入れ、見た目のおもしろさとの兼ね合いを探りました」(廣田氏)。なお、小物やシューズのモデリングにはMayaを使用し、質感設定ではAdobe Substance 3D Assetsを活用。モデラーはパターン担当、小物担当、シューズ担当、質感担当に分かれ、1着を4人で仕上げる編成にした。スタイリングのためのセットアップやポージング、ウェアのシミュレーション、ライティング、レンダリングもモデラーが担当している。

    松本龍一氏

    (ModelingCafe/キャラクターモデリングスーパーバイザー)

    Kim Taewon氏

    (Aww/ファッションデザイナー)

    廣田佑介氏

    (Aww/ディレクター)

    FASHION 1

    絵型

    ▲コンセプトデザインと、それを基にした色指定

    ▲ジャケットとパンツの絵型。コンセプトデザインのシルエットを再現するため、いずれも両サイドにテープをあしらっており、服への縫い付け方がわかるステッチ(縫い目)まで描かれている
    ▲シューズの絵型

    ウェアのパターン

    ▲パターンを制作中のMarvelous Designerの作業画面。「縫製まで視野に入れた絵型を先行して用意してもらえたことで、パターン制作時の迷いが激減しました。私はアパレルに精通しているわけではなく、パターンは未だ勉強中なので助かりました」(松本氏)

    小物とシューズ



    ▲【上】ジャケットの表面に浮かぶカプセル剤と【中】【下】シューズを制作中のMayaの作業画面。コンセプトデザインの段階ではディテールまで描き込まれていないケースが多かったので、実在するシューズを参考にKim氏がデザインを考え、リアリティのある絵型を提案した。「このオレンジ色のシューズはムーンブーツを参考にしています。1970年代にイタリアのTECNICAが発売したスノーブーツで、今も世界各国で愛されているロングセラーアイテムです。カワイイ服にも合わせやすいので、コンセプトデザインに馴染むだろうと思いました」(Kim氏)

    質感設定

    ▲質感を設定中のMayaの作業画面。Adobe Substance 3D Assetsのファブリックマテリアルをベースにしている
    ▲ジャケットは2層構造になっており、上層はツルッとした質感の透明素材、下層は紫色のコットンとジャージーのブレンド生地(Cotton Blend Jersey)のマテリアルを設定
    ▲2022年10月時点の最新ルック。レンダリングにはV-Rayを使用。二枚貝を彷彿とさせる両肩のパーツがユニークなシルエットをつくっている。ジャケットの袖は横方向に5枚切りしたものを5ヶ所で縫い合わせることで、2層構造を維持している。「5ヶ所で縫ってあるので、肩や肘の関節を動かしても2層が大きく分離しません。リアリティのある、機能的な構造にできたと思います。パンツの方は、横に大きく膨らんだシルエットの再現が難しかったです。前身頃と後ろ身頃をそれぞれ4枚の布に分け、モデラーさんがパターンのトライ&エラーをくり返してくれました」(Kim氏)

    FASHION 2

    絵型

    ▲コンセプトデザインと、それを基にした色指定
    ▲クロップトップTシャツとパンツの絵型。Tシャツは緩やかな曲線のボートネックラインで、首・袖口・裾にダブルステッチが描かれている。パンツのウエストバンドは上下に分かれており、それぞれに平ゴムを入れる指示が入っている。ウエストのフロント中央には白色の当て布がある。股上のバータックステッチ(棒状の補強縫製)を入れる部分も指示してあり、リアリティへのこだわりが見てとれる。股下には複数の大きな穴が空いており、穴の部分には透明生地を縫い付ける指示が入っている。裾にはドローコードが付いており、両サイドにはテープが垂れ下がっている
    ▲グローブの絵型。素材は金属のような光沢のあるラムレザーという設定だが、手のひらには摩擦の少ない異素材の生地を貼り付けることで機能性を演出している。手の甲にはパンツと同じテープを縫い付けてあり、手首にはジグザグのステッチが描かれている
    ▲シューズの絵型。「コンセプトデザインではどうやってシューズを着脱するのかが明示されていなかったので、中央に金属製のジッパーを付け、その上からベルクロ(マジックテープ)で止めるデザインを提案することでリアリティを高めました。ベルクロにもステッチを入れ、CGでも再現してもらっています。バーチャルファッションでも、こういうディテールが入るとすごく見映えがしますね。シューズの底はハードな印象のアーチシェイプなので、足に触れる部分はオーソドックスで履きやすそうなデザインにすることでリアリティのバランスをとっています」(Kim氏)

    ウェアのパターン

    ▲パターンを制作中のMarvelous Designerの作業画面。このパンツではポケットがつくるシルエットもアクセントのひとつなので、内部のパターンまで再現している。「ポケットや前立ての内側まで再現したかったのですが、シミュレーション時に布が暴れて外に出てきたりすることが多かったので、見た目に影響しない場合は再現しないという線引きをしました」(Kim氏)

    小物とシューズ


    ▲テープの金具とシューズを制作中のMayaの作業画面。「コンセプトデザインではテープだけが描かれていたのですが、長さを調節できる構造にした方がリアリティが増すと思い、フロントにはスナップボタンとコブラバックル、バックにはDリングとスナップボタンを追加しました」(Kim氏)。シューズの紐を通す部分にはシルバーのハトメまでつくってある

    質感設定

    ▲質感を設定中のMayaの作業画面。パンツにはコットン・ギャバジン(Gabardine Fabric)のマテリアルを適用。この生地は19世紀後半にBurberryが開発してイギリス軍用のコート(後のトレンチコート)に使ったことで知られており、耐久性に優れている。テープにはグログランという綿織物のマテリアルを適用。縦糸に細い糸、横糸に太い糸を使うことで横方向のうねりをつくっている点が特徴で、固く密に織られた重厚で高級感のある生地だ

    ▲質グローブの手のひら以外の部分には光沢感のあるラムレザー(Metalized Sheep Leather)のマテリアルを適用している

    スタイリング

    ▲2022年10月時点の最新ルック。パンツの裾のドローコードによって足首周りの生地が絞れるようになっており、コンセプトデザインのダボっと膨らんだシルエットの再現を可能にしている
    ▲今号の表紙用のスタイリングをしているMarvelous Designerの作業画面。ウェア、小物、シューズのモデリングが完了したら、Marvelous Designer上で統合し、スタイリングのためのシミュレーションを行う。「スタイリングもファッションの一環なので、細部までこだわって調整をくり返しています。なかなか満足できないので、ギリギリまで触っていたいという気持ちがありますね」(Kim氏)

    FASHION 3

    絵型

    ▲コンセプトデザインと、それを基にした色指定。上半身は下からインナー、ビスチェ、ハーネス、ジャケット、ベルトを重ね着している
    ▲インナーとビスチェの絵型。インナーは身体にフィットしたジップアップで、ビスチェのバックには肩紐の長さを調節するバックルや、着脱のためのジッパーまでデザインされている
    ▲ハーネスとパンツの絵型。ハーネスにもバックルと長さ調節用の穴がデザインされており、リアリティを高めている。パンツのバックのウエストは、ヨーク(切り替え布)で装飾することでアクセントを付けている
    ▲ジャケットの絵型。コンセプトデザインでは左肩付近にのみ描かれている紐(?)は、胸の前で留められるスナップボタン付きの肩紐だと解釈している
    ▲シューズの絵型。2本のベルクロで固定する構造で、負荷のかかる根元はメタルで補強するデザインになっている

    ウェアのパターン

    ▲パターンを制作中のMarvelous Designerの作業画面。ダウンジャケットのようなボリューム感とステッチを再現するため、ジャケットには表地と裏地が設定されている。フードには10個の角が付いており、コンセプトデザインと同じような上向きのシルエットにするため、角の数だけ布を分割して形状を整えている。パンツにも表地と裏地が設定されており、サイドに張り出した4個の角を支えている。パンツの緑色のラインはパイピングで表現した。ウエストと足首には伸び縮みするエラスティックバンドを設定しており、細かいギャザーが入っている

    「僕自身ファッションが大好きでリスペクトもしているので、単純におもしろいビジュアルだけを追求することは避けたかったんです。実際に着用できて、着心地が良さそうに見えるアイデアをKimさんが多数提案してくれたので、それらを盛り込みながらリアリティの強度と距離感を探りました。バーチャルファッションやメタバースはどんどん身近な存在になっていくと思いますが、向こう数年は現実との接続点が必要だと思います。バーチャルのデザインにリアリティをどう混ぜていくかは、僕の中ではわりと重要な課題です」(YKBX氏)。

    小物

    ▲ベルトのバックルを制作中のMayaの作業画面。ジャケットのフロント左、フロント右、バック中央の合計3ヶ所にベルトループがあり、ベルトを通してある

    「肩からずり落ちたジャケットを腰と両腕のベルトで固定することで、コンセプトデザインの雰囲気を再現しています。ただ、Marvelous Designerのシミュレーションで綺麗な着崩し感を出すのは思った以上に難しく、トライ&エラーをくり返しました。コンセプトデザインの雰囲気の再現と、リアリティのあるファッションの両立が一番難しい課題でしたね。それでもKimさんのアドバイスがあったので、かなりゴールをイメージしやすかったです。キャラクターモデラーは人体をつくるなら美術解剖学、服をつくるならパターンやテキスタイルについて調べますが、専門家の知識と経験には敵いません。ファッションデザイナーのKimさんがチームにいることで、モデラーだけでは思い付かない解釈や、的確な判断が可能になりました」(松本氏)。

    質感設定

    ▲ジャケットの質感を設定中のMayaの作業画面。ビスチェ、ハーネス、ベルト本体の光沢感のあるレザーの質感、スナップボタンやジッパーのメタルの質感、ベルトのバックルのプラスチックの質感などとの差別化を意識しながらパラメータを調整している。個々の質感は絵型と一緒にKim氏が指定しており、それを参考にマテリアルが設定された

    「Webサイト、書籍、雑誌などからリファレンスとなるファッションアイテムやテキスタイル、スタイリングの画像を集め、モデラーの皆さんにシェアすることでイメージの共有を図りました。リアルファッションの制作だと、生地や服が目の前にあって、チームメンバーが一緒に慌ただしく動くのでイメージの共有が容易です。一方でバーチャルファッションの場合はモニタを見ながら各々が別の作業をしているので、イメージがすぐに統一できません。この課題を解決するためにも、リファレンスをたくさん集めてゴールを示すことが重要だと思いました」(Kim氏)。

    スタイリング


    ▲2022年10月時点の最新ルック。角は発光する設定になっており、深海生物を彷彿とさせる
    ▲292号の表紙用のスタイリングをしているMarvelous Designerの作業画面。パンツの1点を引っ張ってシルエットやシワの入り方を調整し、Kim氏がイメージするスタイリングに近付けている

    「僕がAwwに誘われたのはコロナ禍が始まった後で、僕自身リアルな服を買う機会が減っていたこともあって、バーチャルファッションには未来があると感じました。今後、NFTファッションアイテムはさらに身近なものになり、既存ブランドの多くが従来のリアルファッションと併行してバーチャルファッションを展開するようになると思います。そんな未来の世界では、僕もファッションデザイナーの1人として、両方のデザインを手がけるようになっているかもしれませんね」(Kim氏)。

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    Information

    月刊CGWORLD + digital video vol.292(2022年12月号)

    特集:モデリングの今が示す、デザインの未来
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2022年11月10日

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    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎 / Hiroki Endo