2077年の架空の都市ナイトシティに生きる人々、クルマ、建物にいたるまで、高密度な画づくりで世界観をつくり上げ評判を呼んだ本作。開発時にどのようなアートディレクションが行われ、現場での試行錯誤があったのか、CD PROJEKT REDの開発チームへのインタビューを通じて、そのプロセスを探る。
Interviewee
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ディレクションのカギとなった「アートバイブル」
ポーランドに本社を置くCD PROJEKTRED(以下、CDPR)は、2015年5月に『ウィッチャー3 ワイルドハント』を発売するや、その深いストーリーや、中世東欧をモデルにした世界設定、アートなどが世界的に評判となった。
その後、著名となった本スタジオが2020年末に満を持して送り出したのが『サイバーパンク2077(以下、サイバーパンク)』である。
度重なる発売延期に悩まされるなど賛否を巻き起こしつつも、2077年の架空の都市ナイトシティに生きる人々のファッション、クルマ、広告看板、手すりの形ひとつひとつに至るまで世界観に沿ってどこまでも詳細にデザインされたアートとそこから立ち現れる生々しい実在感、説得力は非常に高く評価された。
実は筆者、榊原 寛も背景班に加わり開発に携わった1人だった。本記事では、アートの方向性のルールを定めるカギになったと筆者が開発中に実感した「アートバイブル」と呼ばれる社内向けドキュメントにフォーカスする。
このアートバイブルがつくられ、チームにシェアされた経緯と、それが実際の各アート班に昇華され、適用されたプロセスなどを具体的に見ていくことで、本作のアートディレクションの秘密の一端を明らかにしたい。
大規模なプロジェクトで方向性をチーム内で統一し、説得力とリアリティをもたせながら架空のデザインをつくり上げることは、どのスタジオでも多かれ少なかれ苦労の尽きないトピックだと思う。
本記事では世界初公開の開発画像やエピソードを多数紹介しつつ、『サイバーパンク』のユニークなアート制作の過程を垣間見てみよう。
ちなみに内部向けの資料にはインターネット等からダウンロードしたものも含まれており、著作権への配慮から画像の一部にぼかしを入れている。ご了承いただきたい。
Point 01:「アートバイブル」の概要
『サイバーパンク』開発チームにシェアされた「アートバイブル」とはいったいどのようなものなのか。まずおおまかに説明していこう。
4つのアートスタイル
「アートバイブル」は、3人のアートディレクター陣の主導によりつくられ、2017年の終わり頃に全チームにシェアされた、計31ページからなるpdfファイルである。
各アートスタイルのコンセプト
これら4枚が、各アートスタイルを最も端的に示した重要なページである。
各ページの左側に抽象的なパターン、カラーチャート、テキストによるスタイルの解説、中央から右にかけて、キャラクター、背景、クルマ、ハードサーフェスのデバイス類のコンセプトアートが例示されている。
Point 02:アートバイブルの制作プロセス
「アートバイブル」の制作をディレクター陣が決断した背景と、そこで目指したものとは。
アートバイブル制作の動機
アートディレクター陣、主にキャラクターとハードサーフェス担当のPaweł Mielniczuk/パヴェウ・ミエルニチュク氏、背景担当のLucjan Więcek/ルチアン・ヴィエンツェク氏、ライティングとエフェクト担当のJakub Knapik/ヤクブ・クナピク氏が本格的に『サイバーパンク』のプロジェクトに加わったのは、『ウィッチャー3』の開発がひと段落した2016~17年頃のことだ。
CDPRによる『サイバーパンク』の制作発表自体は2012年にさかのぼり、それ以来小規模なチームでのプリプロダクションは続けられていたため、制作されたコンセプトアート、サイバーパンクやSFジャンルの映画、アニメの資料などが社内の共有ドライブなどに大量に集められていた。
とはいえ、各チームメンバー間で方針の統一が十分になされていたとは言えず、「何がわれわれの『サイバーパンク』なのか」と聞くと全ての人が異なる答えとイメージをもっているような状況だった。
加えて、アートディレクターたちは、既存の銃のデザインにちょっと未来要素を足しただけ、というような安直な借り物のデザインにしたくはなく、まったく新しいアートスタイルを本作のために打ち立てたいという野望を大きくもっていたという。
このような状況だったので、開発チームの全員が本プロジェクトのアートディレクションを確認できるような、配色、形状のルールなどをテキストと豊富な画像資料で説明した社内向けのドキュメントをつくることになった。
まず何から手を付けたか。現実では、時代によって政治や経済状況、人の価値観が変わり、それによってデザインのトレンドも変わっていく。複雑で巨大なオープンワールドを説得力あるものにするためには、世界のバックストーリーとデザイントレンドの関係性を設定することが大事だとアートディレクターたちは考えた。
そのため、本作の原作TRPG『サイバーパンク2.0.2.0.』の設定である2020年時点から、本作の舞台である2077年までの期間にどのような事件や変化があり、アートスタイルのトレンドの変遷があり、それが現在どのような層を成して残っているか、ということを想像し、テキストにまとめていった。
例えばある時代は軽薄な格好良さだけが求められ、巨大な軍産複合企業が支配して戦争が勃発した時代は威圧的なデザインの建築やクルマがつくられた。
それらが2077年現在、どのような社会階層や地域に残っているか、というようなことである。興味深いのは、このテキスト化のプロセスはまずアートディレクターが主導で行い、その後に社内のストーリー班や原作者のマイク・ポンスミス氏とすり合わせて調整する、というながれで進められたことだ。
その試行錯誤の中で、前述したエントロピズム、キッチュ、ネオミリタリズム、ネオキッチュの4つのアートスタイルが必要であると結論づけられた。
ブレーンストーミングによる特徴の抽出
前述の、バックストーリーの執筆と並行、あるいはやや遅れて、アートディレクターたちは過去のプリプロダクションでつくられたコンセプトアート、他の映像作品などのスクリーンショット、ネットで探した画像資料などを集め、プリントしたものをミーティングルームの広い床に大量に置いてブレーンストーミングを行なった。
そのプロセスを経て、スタイルごとの基準となるコンセプトアートや資料の選定、特徴を抽出していった。抽出された特徴には、そのスタイルで頻出の配色、材質、模様のパターンなどがあるが、特に筆者がユニークで興味深いと思ったのは「ライン・シェイプのパターン」と「ディテールの分布」である。それについて次項から詳しくみていく。
デザイントレンドの変遷
4つのアートスタイルそれぞれに、架空の年表上にそのスタイルが支配的だった時代がマッピングされ、それぞれが街のエリアや社会階層によって重層的に表れている。これらを様々なかたちでゲーム内に表現する必要があった。ちなみにこれらの設定画像はあくまで開発時のもので、最終的なゲーム内の設定とは異なる可能性があるとのことだ。
スタイルが1つではなく複数あることは重要なポイントだという。単純に巨大なオープンワールド内でプレイヤーにとって何らかの視覚的変化が欲しいということに加え、過去の歴史の変遷や貧富の差など世界設定のリアリティを表現するために必要だからなのだそうだ。
ライン・シェイプのパターン
この黒地に単純な線が数本描かれた図が、それぞれ4つのアートスタイルの特徴を表すのだと言われて読者はどのように感じられるだろう。筆者は初めてこれを見たとき正直ピンとこなかったものの、実際に制作を進めるにつれてこのような抽象的な図が様々な助けになることを実感した。
アートバイブルには豊富なコンセプトアートが示されているが、それはあくまで描かれている対象自体のデザインにすぎない。大規模プロジェクトでは新規のアセットを臨機応変にデザインしないといけない場面がある。そのようなときに、この図のような抽象的なルールが重要になってくるのだ。
クナピク氏によると、デザイントレンドを分析するときに人工物のパネルや部品のつなぎ目のパターンを見ることはセオリーのひとつであるらしい。これらの図はメカ等の部品がどのような形状をしているか、ひいてはどのようなシルエットを構成しているかを表しているのだという。
ディテールの分布
ラインのパターンに続いてこちらも抽象的に、無地に点が打たれているだけの図である。これは各アートスタイルでどのようにディテールが表面上に分布するかを図示している。
例えば、機能がそのまま露出しているのでディテールが全面に表れているエントロピズム、リズム間が感じられるキッチュ、部分的にディテールが集中するネオミリタリズム、機能が隠されるのでミニマリスト的なディテールの表れ方になるネオキッチュといったかたちだ。
もちろんそれぞれのコンセプトアートには、前述のラインのパターンも同様に採り入れられていることも窺える。
感情を定義するコンセプトアート
「アートバイブル」に収められたコンセプトアートのうち、一部は過去に制作されたものだったが、このために新たに描き起こされたものも多い。建物、キャラクター、クルマに始まり、自動販売機、ドア、携帯電話など小物のプロダクトデザインと呼べるものも含まれている。
それらがテキストや前述の抽象的な図によるスタルの説明を例示する役割を果たすと共に、細かいデザインへの徹底的なこだわりが「借り物ではないオリジナルなアートスタイル」を実現するためのクオリティベンチマークとして役立っていると言えるだろう。
例えば携帯電話。単純な箱型の物体でも、各スタイルに沿うかたちで部品ひとつひとつの形状にもこだわりぬいてデザインをつくっていった。
ブレインダンスと呼ばれる、頭部にケーブルを接続してバーチャルな体験を得るためのマシンも、スタイルごとにどのような差を出せるか試行錯誤を多く行なったという。
このように、非常にシステマチックかつ抽象的にルールを説明し、豊富なコンセプトアートで補足されてチームにシェアされた「アートバイブル」であるが、ここで指示したかったものは、ただの「形状」の説明ではない、とヴィエンツェク氏は強調した。それは「感情」なのだ。
扉を開けて、あるスタイルの部屋に入ったとき、あるいは町のある地区から別のスタイルの地区に移ったとき、それを体験する人に何を感じてほしいか、その心の動きを、開発チームに、ゲームをプレイする人に説明したかったのである。
Point 03:実制作への適用
チームにシェアされた「アートバイブル」が、どのように各アートチームの制作プロセスに適用されていったのか、その工夫とチャレンジを紹介する。
アートチームの制作フロー
本プロジェクトにおけるアートチームの制作フローを概説すると、キャラクターおよび、クルマや武器などのハードサーフェスは、コンセプトアート班が「アートバイブル」を基にして各々の3Dアセットに対応するコンセプトアートを描き、3D班がそのデザインに沿って3Dに起こすというながれだ。
一方、背景は、物量が膨大すぎて全てをコンセプトアートにはできないため、「アートバイブル」を基にいくつかキーになる地区、通り、ランドマーク、小物類のコンセプトアートが描かれた後、3D班が自由に解釈、適用する必要が多々生じた。
ハードサーフェスに関してはキャラクターコンセプトデザインコーディネーターのBenAndrews/ベン・アンドリュース氏、背景に関してはリード背景アーティストのMichałJaniszewski/ミハウ・ヤニシェフスキ氏に詳細を聞いたので、それぞれ順番に説明しよう。
「アートバイブル」の制作プロセス自体にも関わったアンドリュース氏だが、彼や仲間のコンセプトアート班は、クルマ、身体能力の拡張のために肉体に埋め込むサイバーウェアなどのより詳細な補足資料を「アートバイブル」に基づいて作成し、指針として関連チームにシェアした。
残念ながら機密情報とのことで画像は出せないが、まずクルマのデザイントレンドを、メーカー名、時代、ワゴンやピックアップトラックなどの車種ごとに分類し時系列に並べ、デザインの変遷を図にしてチームにシェアした。
画像は各スタイルごとのディテールの分布、ラインのパターンを採り入れながら、実際にエントロピズム、キッチュ、ネオミリタリズム、ネオキッチュでデザインされたクルマの例。
サイバーウェアのデザイン
身体に埋め込み、能力を拡張するサイバーウェアのデザインディレクションには一番苦労したという。なぜ彼らはサイバーウェアを埋め込む必要があるのか。住民と世界にとっての理由と説得力を出しつつ、美的にも優れていて4つのアートスタイルに適合するようなデザインをつくり出すために試行錯誤がなされた。
このように、素材、可動のしくみ、各部品の機能等、ゲーム内ではほぼ見えないような詳細にいたるまで、デザインが徹底的に練り込まれてつくられたのがハードサーフェス班のこだわりと言えるだろう。
建築モジュラーセット
特に背景チームはその物量から、コンセプトアートを全てにおいて用意できるわけではないため、大勢で制作してもアートバイブルにおおむね従った結果になる「しくみ」を考える必要があった。彼らの「アートバイブル」活用の例についてみてみよう。
まず、背景チームは4種類のスタイルに合うようそれぞれの、外観、屋内の壁、階段、手すりなどの建築モジュラーセットを多く制作した。そのセットがどのスタイルに属するかは命名規則やフォルダツリーでわかるようになっていた。
3Dモデラーとコンセプトアーティストがペアになり、モデルをつくり、各部品を仮組みした後、コンセプトアーティストがペイントオーバーしさらに良いアイデアがあればもち込むなどの試行錯誤を行い、デザインをポリッシュしていった。
以降の画像は簡易的な同じ構成のモジュラーメッシュの上にコンセプトアーティストがエントロピズムスタイルとキッチュスタイルでペイントオーバーしたもの。
マテリアルテクスチャ
「アートバイブル」に表れる各スタイルの模様パターンはテクスチャ化し、マテリアルライブラリとして皆が常時使えるようにした。
この傘アセットの例では、ネオミリタリズムのパターンテクスチャを再利用することで、どの社会階層のキャラクターが使うオブジェクトか明示すると共に、世界観やデザインに統一感を出している。
メッシュデカール
細かいねじ、パネルのつなぎ目、排気孔などのハードサーフェス系のディテールのアトラステクスチャをスタイルごとに複数作成し、3Dモデルの上に僅かに浮かせた板ポリゴンを載せることでディテールとして加えた。これも多くの3D班が大量のモデルを作成してもスタイルごとにデザインを共通化し、統一感を出す工夫のひとつである。
このようにして、背景の部品となる様々なメッシュを4つのスタイルによって揃えた後、各ロケーションを制作していくことになった。クエストが発生するロケーションではレベルデザイナーがレイアウトを設定して、背景がそれに沿って最終メッシュに置き換えるワークフローであったが、「このスタイルのこのモジュラーセットを壁の基本として使ってくれ」とリードが初めに指示する場合も多かったという。
ブロックアウトとペイントオーバー
街を制作する際、背景班はプリミティブメッシュをスケールして組み合わせブロックアウトを作成した。
この例では、ネオミリタリズムの地区のため、威圧的で大きな直線的シルエットが出るような形状が意識されている。地区の特徴をつかむのに重要な一部の通りやランドマークのみ、ブロックアウトを基にコンセプトアーティストによるペイントオーバーも行われた。
それらのブロックアウトとコンセプトアートの部分的なサポートの後、前述のモジュラーセットの部品に置き換えて最終的な背景がつくられている。
モジュラーセットにおけるスタイルの混成
3Dで実際に組んでみると、「アートバイブル」の通り、コンセプトアート通りにはいかない事例もあり、臨機応変な対応が求められた。例えばネオミリタリズムスタイルで巨大な屋内空間をつくると、広すぎる平面の床や壁が目立ち、のっぺりと見えてしまった。
そこで、ここは財力のある巨大企業のロビーであることから、ネオキッチュの流れるような木目のパターンをマテリアルにかぶせて、全体のシルエットはネオミリタリズム、ディテールは高級な素材感のネオキッチュとすることで情報量を出した。
カブキ地区に位置するカジノの内装はキッチュスタイルを基本としながら、別スタイルのモジュラーセットを意図的に混ぜたのだという。
単純に視覚上の変化を出すことも理由のひとつだが、カジノのオーナーが高価な内装を実現したい、しかし全てを上質な素材にするには予算が足りないから部分的に高い素材と安い素材が混ざってしまった、というような絶妙なストーリーテリングを逆手にとって実現しているのだという。
背景チームはその物量から、簡単に「アートバイブル」やコンセプトアートに1対1で対応してつくれるものではなく、3Dアーティストの裁量が多くならざるを得なかった。そのため背景スタッフ1人ずつが少しずつちがうスタイルや感性を制作の過程でもち込む結果となった。
例えば、ある地区は2人の背景担当が分担してつくったが、1人は映画『ブレードランナー』の大ファンであり、どちらかというとネオミリタリズム的な強いシルエットを強めに出し、もう1人はキッチュスタイル的な曲線を多く採り入れ、その揺らぎがそのまま地区の多様性と深さにつながった。
「アートバイブル」によるディレクションを統一する力と、各人の自由な創造力とが健全な緊張感を保つことで、これほど多様で、しかも説得力のある架空世界が実現できたのだとヤニシェフスキ氏は語ってくれた。ぜひとも本記事が、世界観を創り上げようと試行錯誤する読者にとって参考になれば幸いである。
CGWORLD 2022年9月号 vol.289
特集:『あんさんぶるスターズ!!Music』3DダンスMV
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2022年8月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_榊原 寛 / Hiroshi Sakakibara
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)