2024年10月11日(金)に行われた「Houdini Master Class 2024」の最後は、Houdiniのテクニカルアーティスト(TA)たちによるパネルディスカッションで締めくくられた。パネリストは、セミナーに登壇したInsomniac GamesのXray Halperin氏とSideFXのChiristos Stvriedis氏をはじめ、ポリフォニー・デジタルの齋藤 彰氏、Cygamesの岸川貴紀氏、ポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)の如月パベル氏、モノリスソフトの廣瀬充弘氏という錚々たる面々。事前に募集した質問に対して、各人の経験や考えに基づいたコメントが飛び交い、会場はおおいに盛り上がりを見せた。

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    国内外のHoudiniスペシャリストが大集合

    MC:はじめに、パネリストの皆さんの自己紹介をお願いします。

    廣瀬充弘氏(以下、廣瀬):モノリスソフトのTA、廣瀬と申します。Houdini全般、パイプラインの構築から全て担当しています。

    廣瀬充弘氏

    株式会社モノリスソフト
    テクニカルアーティスト

    岸川貴紀氏(以下、岸川):Cygamesの岸川です。もともとは映像業界にいて、エフェクトのアーティストやテクニカルディレクター(TD)、パイプラインTDを担当していました。現在はコンシューマやモバイルゲームのアーティストサポートやツール開発に携わっています。

    岸川貴紀氏

    株式会社Cygames
    デザイナー部 テクニカルアーティストチーム スペシャリスト

    Chiristos Stvriedis氏(以下、Chiristos):SideFXでテクニカルディレクターをしています。主にLabsチームでツール開発を行なっていますが、アーティスト的なバックグラウンドもあって、3DモデリングやVFX、広告やゲーム、音楽などの経験もあります。

    Christos Stavridis氏

    SideFX
    テクニカルアーティスト

    Xray Halperin氏(以下、Xray):私はもともと1993年くらいにデジタル・ドメインに入社して20年間VFXに従事し、そのほかデジタルハリウッドUSA校で教育にも少し携わっていました。2016年にゲーム業界に入り、現在はソニー傘下のInsomniac GamesでシニアTAをしています。

    Xray Halperin氏

    Insomniac Games
    シニアテクニカルアーティスト

    如月パベル氏(以下、パベル):PPIのテクニカルディレクショングループでグループリーダーを務めています。もともとはロシアのCM制作会社でCGを始めて、Houdiniはバージョン8から使っています。今はPPIでパイプラインの構築などを主に担当しています。

    如月パベル氏

    株式会社ポリゴン・ピクチュアズ
    テクニカルディレクター・技術推進グループリーダー

    齋藤 彰氏(以下、齋藤):ポリフォニー・デジタルの齋藤です。景観デザインなどのチームで、ツールデザインやワークフローの構築・仕様選定など、割とテクニカルなことを担当しています。前職ではMaya等でモデリングするアーティストだったんですが、HoudiniがまだPRISMSと呼ばれていた頃に初めて触ったので、Houdini歴は27年くらいになります。PRISMSは、今や有名なゲームデザイナーの横尾太郎さんから学びました。

    齋藤 彰氏

    株式会社ポリフォニー・デジタル
    景観デザインチーム チーフ テクニカルアーティスト

    会社にHoudini導入を促すには

    MC:Houdiniをプロジェクトに導入するのはなかなかハードルが高いとよく聞くのですが、社内でHoudiniを使う動きを活発化させるためにはどうしたらよいですか?

    岸川:社内でHoudiniを広めるには、端的に言えば自分が頑張るしかありません。運良くHoudini経験者が入社してきたりしない限りは、自分で何かをつくって誰かに見せたりしながら社内向けにプレゼンしていくのが重要です。まずは地道に仲間を増やしていくということが大切だと思います。

    齋藤:エンジニアやプログラマーに、Houdiniという便利なツールがあるんだと勧めるのも有効です。PythonやJSONをこれだけ扱えるとか、ワークフローを効率化できるといったことを伝えれば、意外と興味を持ってくれます。「CEDEC 2018」で実施した、プログラマー向けにHoudiniを勧める講演や、CGWORLD.jpのレポート記事を見てもらえるといいかもしれないですね。

    参考:「プログラマーだってHoudini覚えたい!~プログラマーのプログラマーによるプログラマーのためのHoudiniトーーク」、「プログラマーこそHoudiniを触るべき!~プログラマー目線での魅力が熱く語られたHoudiniトーーク~CEDEC 2018レポート(1)」

    パベル:私は、2つの方針が戦略的に大事だと思っています。アーティスト向けであれば彼らが何を課題にしているのかを考え、もっとクオリティを上げたいとか、もっと楽に修正したいといった要望に対応してあげると良いです。もうひとつは、プロデューサーのような決済権限を持っている人に向けて、コストとアウトプットのパフォーマンスをアピールすること。

    Houdiniにはこういう良さがあって、他のツールと異なる部分や、ライセンスコストはこれくらいという話をしっかり説明していく。あとは、ベテランのアーティストがHoudiniに乗り換えてくれるかどうかも重要なので、ぜひ味方にしましょう。

    廣瀬:過去のシーンを汎用的に使えるようにHoudiniで整理して提供してみるのも手かなと思います。どうしてもHoudiniと聞くだけで拒否反応を起こす人は出てくるんですが、パラメータをいじるだけで良い感じのものがつくれるようにして、一対一で丁寧にやり取りしていけば、結構受け入れてくれたりします。

    Xray私も同じで、Houdiniを普及させるにはまずソリューションを提供することが重要だと思います。誰かから現状の課題を聞き出してHoudiniで簡単に解決できるようにし、それを一度体験してもらう。すると、こんなに楽なんだ、そんなにパワフルなツールなんだっていうのを肌で理解してもらえます。そこまでいけば、今度はHoudiniをどのように使っていこうかかという方向に考えがシフトしていくので、まずはソリューションを提示してみましょう。

    MC: Christosさんは実際にSideFX Labsで使いやすいツールをいろいろと提供されていますが、どういうことを心がけているんですか?

    Christos:作成したスクリプトやツールに関しては、アーティスト目線で実際に触ってみるようにしています。その立場からUIや使いやすさなどを改めて見直し、洗い出したフィードバックをもとに改善をくり返しているので、ぜひ使ってみてください。

    それぞれのワークフローの発想方法

    MC:効果的なワークフローのアイデアはどのようにして思いつくのか、そして運用までにどのくらいの期間で組み上げるのか教えていただけますか?

    廣瀬:私が個人で研究開発しているプロジェクトは、空き時間に少しずつ考えて、いったん頭の中でネットワークを全部組み上げてからHoudiniに落とし込んでいくアプローチを採っています。難易度にもよりますが、制作期間はだいたい2〜3週間くらいですかね。Houdiniのノードをどう組んでいくかを考えるのは1週間くらいで、その後1週間くらいで実装しています。

    パベル:私のワークフローのアイデアは「不満」から生まれます。不満は大事なインスピレーションの源なんです。作業しているときに「面倒くさい」と思ったら、それを許してはダメ。その不満をHoudiniのグラフやPythonのコードにしましょう。

    MC:Xrayさんも講演の中でいくつかツールを紹介されていましたが、どれくらいの時間をかけて作成しているんですか?

    Xray:今日の『Marvel’s Spider-Man 2』のプレゼンテーションに紐づけてお話しすると、ポイントクラウドをJSONに入れ込んで再度構築していくインスタンス作成ツールが2〜3ヶ月ほど、インポスターシステムは最低でも1年くらい、道路標識システムは約1ヶ月で制作しました。どういうシステムにしたいのか、何人くらいの人たちが使うのかなどの要件によって、ツールの制作期間は大きく変わってきます。

    例えば、多くのアーティストが頻繁に使うものであればエラーが少ないものを作成しないといけないので、多くの時間を投資してでも良いものをつくり上げる価値はあると思うんですよね。1回とか数回しか使わないものであれば、結構ラフな状態でリリースしてもいいかなと思うので、やはりツールの内容やどういう状況で使われるのかというのは非常に重要です。

    昨今のゲーム制作ではHoudiniを使うのが当たり前?

    MC:Houdiniの需要は年々増えてきていますが、最近のゲーム制作においてHoudiniの使用は必須でしょうか?

    齋藤:一概には言えませんが、制作するもののクオリティが上がっていけば、くり返しやらないといけない作業も増えてきます。すごくハイクオリティなキャラクターを制作していくと、最終的には衣装の縫い目とかステッチまでモデリングしないといけなくなる。そういったケースではやはりHoudiniを活用すると楽です。

    岸川:日々ユーザーさんたちの求めるクオリティが上がっていって、必然的につくらなければいけないものも多くなり、そういった物量に対応するためにHoudiniが注目されているのは事実としてあると思います。ただHoudiniを使うことが必須かというと、ゲーム業界で言えば作品の方向性によるとしか言えないかなとも思っています。プロシージャルよりもフルマニュアルで作成するのに向いたゲームはたくさんありますから。あとはアーティストのモチベーションに応じて使ったらよいのではないでしょうか。

    MC:ちなみに、Houdiniをプロジェクトで使用する頻度はどれくらいですか?

    廣瀬:今は主に背景まわりをはじめ、キャラクターエフェクトのシミュレーションやエフェクトなどでも使用しています。あとはキャラクターのスキニングでも使用したりしていますね。これからどんどんHoudiniが活用される分野は増えていくと思っていて、自分もほぼ毎日使っています。

    パベル:個人的にHoudiniは一日中起動したままにしています。会社的にはFXとキャラクターFXは全てHoudiniです。レガシーなデータでは一部MayaによるキャラクターFXは残っているものの、どんどんフェードアウトしていく傾向にありますね。

    PPIでは、直接アーティストがPDG(Procedural Dependency Graph)を扱いますが、アーティストの手を介さずにパブリッシュを行うケースもあります。例えばAlembicを出力して、そのAlembicに対してキャラクターFXをシミュレーションするときに、1日1回走らせたり、15分おきに走らせたりと、いろいろな頻度で実行しています。

    Xray:私は毎日四六時中ずっとHoudiniを使っています。Insomniac Gamesではかなり大規模なゲームのコードを書いているので、やはり規模に合わせたスケーリングがすごく上手というのがHoudiniの強みですね。TAの中では10人くらい一日中100%Houdiniを使っている人たちがいますし、1日に20%くらいの時間Houdiniを使っている人たちも50人から60人くらいはいると思います。

    というのも、リードエディターがHoudiniを使うようになってから使用頻度がどんどん増えていて、レベルエディタに紐づいたツールをさらに改良して開発していくことによって、レベルエディタとしてHoudiniを使うアーティストがより増えていくでしょう。

    パイプラインを組むときはPython or VEX?

    MC:何をつくるかによると思いますが、PythonとVEX、どちらを使ってパイプラインを組んでいますか?

    齋藤:私も最初悩んだ問題であり、初心者の方からもよく質問を受けるのですが、VEXはモデリングの操作そのものを行うツールだと思います。Pythonはどちらかというと、全体の動きをコントロールするようなパラメータの操作をしたり、ノードをクリアしたり、他のファイルにアクセスしたりなど、そういうときに使うイメージです。あと、Pythonだとライブラリやエコシステムが多いので、ちょっと込み入ったライブラリを使いたいときに簡単に呼び出して使ったりしています。

    Christos:VEXとPythonのどちらを使うかというのは、そのツールが最終的にどのプラットフォームで使用されるかによります。Houdiniで完結する場合はVEXを使えばよいでしょう。私たちはどちらかというと成果物を上げるスタジオではなく、ツールをつくる会社なので、そのツールがどういう風に使われるかによってVEXとPythonを使い分けています。

    テクニカルアーティストになる条件とは

    MC:最後に、TAになるための条件についてお聞かせください。

    岸川:コミュニケーション能力と素直であることは前提としてありますが、自分が理想とするTAという話をすると、やはり「プロダクション感覚」が重要だと考えています。ツール自体の情報は調べればいくらでも出てくるし、ツール自体も進化していくので、プロダクションでの動き方やスケールの仕方をつかめる人は向いていますね。

    あとは、アーティストの仕事を一度経験しておくというのも、割と重要なことだと思っています。 アーティストの不満を素直に感じるには、やはり結局一度自分の手で全部つくってみないと、どれだけストレスフルなことをアーティストがやっているのかわからないと思うので。

    Xray:ひと言で言えば「なまけもの」です。私は同じタスクを何度もくり返すのが本当に嫌いなので、それをくり返さなくていいソリューションを見つけるために一生懸命仕事して、その後なまけものになります(笑)。

    個人的な話は置いておいて、TAまでの道のりというのは本当に人によって大きく異なるので一概には言えませんが、やはり問題を解決するのが好きな人はすごくTAに向いていて、特にその問題解決をパズルのように捉えている人たちは良いTAになると思います。

    パベル: TAはテクニカルな側面もあれば、アーティストの側面もあります。自分にとって足りないことをまず勉強していきましょう。あとは、エンジニアの言葉もアーティストの言葉も喋れる存在であること。現場の言葉がわかるというのは、現場の痛みと苦しみをたくさん味わわないといけません。

    あとは、ずっと上手くいかなかったシミュレーションが突然上手くいったとき、それまでなぜ動かなかったのか、そしてどうして動くようになったのかを分析して、その知見を自分の中で貯めていきましょう。そうすると頭の中にHoudiniがそっくりインストールされるので、PCからいちいちHoudiniを起動しなくても頭の中で大体シミュレートできます。そういうメンタルモデルを構築していくというのも非常に大事かなと思います。

    齋藤:私の考えるTAという存在は、アートとテックの間で通訳のような仕事をする人。その意味では、TAに求められる大事なスキルのひとつとして、絵や動画に対してなぜカッコいいのかとか美しいのかを、ただの感想ではなく具体的な言葉でエンジニアに説明できる能力が挙げられると思います。そのためにはある一定のアーティスト経験が必要で、審美眼などのアート的な素地を備えていると有利です。

    また、皆さんが言うようにやはりアーティストには面倒くさい作業が多いので、その意見を吸い上げて今できるテクノロジーでいかにシステムに落とし込むことができるかというのが、私の理想とするTAのひとつの形かなと思います。

    Xray:齋藤さんの回答を聞いて『スター・ウォーズ』シリーズのC-3POを思い出しました。あのキャラクターはプロトコル・ドロイドであり、通訳者でもあるんです。TAというのはアーティストとプログラマー間の通訳をする役割を持っています。C-3POはバイナリコードとか、あらゆる言語を全て理解して通訳できるドロイドなので、TAの皆さんはC-3POのような存在なのかなと思います。

    TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_大沼洋平 / Yohei Onuma